16話 萬月楓
萬月楓は自己肯定感の薄い少女だ。
彼女には一個違いの姉と妹がいる。
姉も妹も非常に優秀な人間だ。
両親も姉と妹を可愛がっている。
そしてそれは彼女に対しても同じ。
両親は優秀だからと贔屓などせず平等に接していた。
姉と妹も出来た人間で自身の才能を驕り増長するコトはなかった。
とても仲睦まじい姉妹として周囲からは認識されている。
まさに理想の家族だったが…
彼女はその事実が嫌だった。
まるで自分だけが除け者にされている様な疎外感。
情けをかけられている様な劣等感。
彼女はそんな物を幼い頃から今に至るまでずっと感じてきた。
結果自分に自信を持てない卑屈な性格が出来あがっていった。
頭では理解している。
自分は愛されている。
大切にされている。
しかし一度そう考えてしまうともうどうしようもなく自分の殻に閉じこもる。
彼女は自己肯定感の薄い人間としての人格が形成されていった。
勿論人並み程度の努力はした。
勉強にしても運動にしても出来うる限りの努力は重ねて来たが結果的に姉妹に敵う事はなく惨めな思いを上塗りするだけだった。
そんな彼女にとって唯一心休まる時間が読書だった。
読むジャンルには拘らない。
恋愛、推理、アクション、ファンタジー、あらゆるジャンルを読んだ。
読みあさった。
物語の中に没入している時は嫌な事を忘れられる。
その物語の世界の一部になっている時は不要な事を考える必要がない。
だから彼女は読書が好きだった。
家にいると誰かが読書の時間を邪魔してくる。
だから彼女は自分だけの世界が欲しかった。
貴樹と共に行った喫茶店もその一つだ。
彼女は貴樹の事を好ましく思っている。
自分に近い何かを感じているからか…。
まだ話す様になって日は浅いが親近感の様な物を彼女は感じていた。
野上との出会いはそんな彼女が外で歩き読書をしていた時だった。
普段はそんな下品な事はしないのだがずっと楽しみにしていた本が発売され読みたくて居ても立っても居られず本屋で本を購入するなり近くの公園で触りだけ読むつもりだったのだがその道中で不良とぶつかってしまいそのままナンパされるハメにあってしまったのだ。
それを助けてくれたのが野上だったというワケだが今にして思うのはアレはもしかしたら仕組まれていたのではないかという事だ。
野上は不良とも繋がりがありハーレム漏れした女子を不良に流して協力を得ているなんて噂も聞いた。
きな臭い噂が絶えない男だ。
十分あり得る事だが当時の彼女は不良から助けられた安堵から彼を信頼してしまった。
女慣れした紳士的な振る舞いも彼女の警戒心を解くのに大きく貢献していた。
しかし時間の経過に伴いその態度は妙に馴れ馴れしいモノに変化し最初は精々肩にタッチする程度だったのが足に触れてくることも増え芽生えはじめていた恋心が疑心に変わり嫌悪感に変わるのに時間はかからなかった。
周囲の女子達が彼に馬鹿みたいにデレデレだったのも彼女が冷静になるのに一役かっていた。
結果的に野上から相手にされなくなり貴樹に嘘告をする事になったのだが今は本当に良かったと思う。
貴樹に出会えた事もそうだが下手すればあの時の不良達の下に連れて行かれていたかもしれないのだから…。
「はぁ…片桐さんかぁ…怖いなぁ…」
自室の机に顔を突っ伏しながら彼女はぼやく。
片桐瑞穂のまえでは強気に振る舞っていたがああいったタイプは彼女が最も苦手とするタイプだ。
自己肯定感が強く自分が一番正しいと思い込んでいる。
こちらの言葉に耳を貸さず自身の持論が正しいと威圧してくるタイプの人間。
本当は怖くて怖くて仕方が無かった。
高校生活は最悪の一言に尽きる。
姉や妹みたいになれないのはもういい。
私には私の道がある!
そんな心づもりで高校生活をスタートさせたのにやること為すこと裏目に出る。
はじめて付き合いたいと思った異性はハーレム願望が強くそれを実行するためなら下衆った事も平然と熟す人でなしだった。
話の合わないギャル達に囲まれお腹が痛い毎日を過ごす日々。
連中のせいで酷いめにあってる人達も何人か見てきた。
しかし萬月楓にはそれを止める事も正す事も助ける事も出来ない。
自分がそうなりたくないから…。
保身に走る自分が嫌だった。
物語のキャラクターみたいにはいかない。
自分はただの非力な子供なのだから…。
「もうあそこには戻りたくない。私は自由になるんだ、でもどうすればいい、片桐さんと仲良く出来ないと私は……、」
貴樹は片桐瑞穂と萬月楓は似ているといった。
幼少期彼女は気弱だとそういった。
なら彼女も気弱な自分を強い自分で護っているだけなのかもしれない。
依存癖があるならそれを利用出来ないか?
「中原君は彼女が気弱なんて言ったけど私からしたら片桐さんと野上君は同類ですよ…自己肯定感の塊…」
頭を抑える。
考える事が多すぎる。
私はただ本を読んでいたいだけ、好きな事を共有出来る友達と本を読みたいだけなんだ。
中原君は本が好きだと言っていた。
私のお気に入りの喫茶店も褒めてくれた。
こんな形の出会いではあったけど彼と出会えて良かったと彼女は本心からそう思った。
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