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1.バブゥッと生まれた世界

 ママンの胸元からダイヤモンドのネックレスをむしり取った直後、あたしは前世の記憶を思い出した。

 

 

 前世のあたしは21世紀を生きるキャリアウーマン。

 趣味は宝石店めぐり、給料の使いみちはもっぱら宝飾品の購入。


『イケメンに抱かれて眠るくらいなら、胸に金塊を抱いて眠りたい』

『満天の星空を見上げるよりも、宝箱いっぱいの宝石を見下ろしていたい』

『五つ星レストランで舌鼓を打つ暇があれば、ジュエリーショップのショーウィンドウを眺めていたい』


 それがあたしの人生だった。


 

 あたしの人生最後の記憶は、26歳のある春の日。

 趣味の宝石店めぐりの最中に、強盗事件に出くわしたのである。包丁を手にした覆面強盗犯たちは、宝石店のショーケースを叩き割り、宝飾品を次から次へとカバンの中に詰め込んだ。

 そのとき、ダイヤモンドの指輪が1つ、ころりと床に転がり落ちたのだ。

 

 あたしは咄嗟に、そのダイヤモンドの指輪を拾いあげた。どさくさに紛れて指輪を盗んでやろうだとか、そんなことを考えていたわけじゃない。

 ただあまりにも綺麗な指輪だったから、強盗犯にくれてやるのが惜しかっただけ。


 そうしたら運悪く、その現場を強盗犯の1人に目撃されてしまった。大切な獲物を横取りされたとでも思ったのか、逆上した強盗犯は包丁を振りかざしてあたしの方へと向かってきた。


 胸に鋭い痛みを感じたところで、あたしの記憶はプツリと途絶えている。


 

 そうかぁ、あたしは強盗犯に刺されて死んだのか。

 あたしはそんな事を考えながら、ママンの胸元からむしり取ったネックレスをちゅぱちゅぱとしゃぶった。


 え? なぜネックレスをしゃぶるのかって?

 それは今のあたしが生まれたてホヤホヤの赤子だからさ!


 前世の記憶があったのだとしても、赤子の本能には逆らえない。手に取った物は何でも口に入れたくなっちゃうお年頃なのさ。

 ネックレスを舐める傍ら、むっちむちの指先をぺろぺろと舐め回す。うん、何かしょっぱい。


「アリアンナは本当に宝石が好きなのね。積み木やお人形さんには目もくれず」


 あたしの手の中から、ママンがダイヤモンドのネックレスを取り上げた。あたしは「あー、だー」などと不明瞭に呻きながら、キラキラのネックレスに手を伸ばす。


 なるほど、今世のあたしの名前はアリアンナ。

 ということはここはアメリカ? それともイタリア? ひょっとしてオーストラリア?


 あたしは「ぶー、あぶー」と可愛らしく唸りながら、ママンの顔を見上げた。

 まだ20代前半と見えるあたしのママンは、お人形さんのように美人だ。さらりと揺れるプラチナブロンドに、ぱっちりとしたローズピンクの瞳……ローズピンク?


 まてまて。もしかしてあたしがバブゥッと生まれたこの世界は、俗にいう『異世界』ってやつ?

 なるほど、つまりこれは異世界転生。合点。


「アリアンナ。お母さんはお部屋のお掃除をしてくるからね。少しだけ1人で遊んでいて」


 涎まみれのネックレスをハンカチで拭いながら、ママンは行ってしまった。

 

 1人ぼっちになってしまったあたしは、仕方なく枕元に置かれていたクマのぬいぐるみを鷲掴みにする。

 子ども騙しのぬいぐるみになんか全く心惹かれない。でもただ寝っ転がっているというのもつまらないし――ん?


 あたしはぬいぐるみの顔をまじまじと覗き込んだ。一見すれば何の変哲もない熊のぬいぐるみ。しかしぬいぐるみの目の部分には、あろうことか大粒のサファイアが縫い付けられている。

 一瞬サファイアによく似たガラス玉かとも思ったけれど、違う。宝石に目の肥えたあたしにはわかる。これは本物のサファイアだ。


 一体どういうことなの。なぜ赤子のオモチャに高価な宝石が縫い付けられているの。


 狼狽えるあたしは、あちらこちらへと視線を移す。ふと、布団の上に投げ出された自分の脚が目に留まる。ムッチムチに肥えた脚だ。

 脚が千切りパンのようだという事実はさておき――あたしが目を留めたのは、今あたしが着ている衣服。薄桃色のロンパースには、本来ボタンがあるべき場所に大粒のルビーがいくつも縫い付けられているのだ。


 もしかしてこの世界では、宝石が特別高価な物ではない?

 ガラス製品や木製品と同じように、一般人が気軽に手に入れることができる?

 あたしが転生した異世界は、そんな夢のような世界なの?

 

 あたしはサファイアお目々のぬいぐるみを天高く掲げ、大きく息を吸い込んだ。


「バブゥ~!? (訳:ここは天国なのぉ!?)」


 ◇◆◇


 それから十数年の月日が経った。

 あたし、アリアンナは立派なレディへと成長した。


 ママン譲りのプラチナブロンドに、ぱっちりとしたローズピンクの瞳。

 そんな恵まれた容姿のあたしは、十数年の間にせこせこと溜め込んだ宝石たちに囲まれ、今日も今日とてにんまりと頬を緩めるのである。

 

「アッハッハッハ、ここは天国だ~い!」

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