九・五話 それぞれの決戦前
最強怪人はもうすぐやってくる。
ジュン、ゼロ、ウィナは戦いに向けそれぞれの日々を過ごしていた。
まずゼロは薄暗い牢獄の中に一人でいた、逮捕されたからだ
鉄格子の外には看守がひとり見える。
「仮に……最強怪人との戦いまでに脱獄できたとして」
囚人用のベッドに寝転んでぶつくさ考える。
看守に怒られないようサイレントボイスで。
「……私はそもそも戦いに面向かなくて良いのでは?」
彼女は戦いをやめてもいい気がしていた
「戦いの中でジュンを理解しようという動機はある、けどそれだけで命を賭けるっておかしいかも」
「人を守りたいって思いは全然ないしなー」
ゼロはベッドの上でゴロゴロし始めた。
さらになんとなく苛ついて壁をバンバン叩く。
「囚人番号403番!!静粛に‼‼」
流石に看守に怒られた。
お返しに彼女は中指を立てた。
「……」
看守は高熱でドロドロに溶けた鉄の棒を無言で出してくる。背の低い女性であったが、その姿に異様なまでの迫力があった。
彼女はその手に持った拷問器具を使うかもしれない、そう思わせる。
「すいませんでした」
ゼロは素直に謝る、意味なく熱した棒を押し付けられる程マゾじゃあない。
「まったく!いい加減にしないと爪の間に針金差し込むからな!」
「……なんでそんなに犯罪者に対して厳しいんですか?拷問とかって法律的にオッケーなんです?」
「だめに決まってるだろ……」
看守は呆れていた。頭の悪い人を見る顔で。
「え?じゃあなぜそんな熱した棒を持ってる?」
「この街は治安が悪いんだよそこらの不良が拳銃を持ってるくらいに、だから法律犯すくらい過激にならないと善良な市民を守れない」
それを聞いてもいまいちゼロには納得できなかった。
「治安が悪いのは怪人のせいじゃ?」
「あぁ、たしかにそんなモン使わないと説明付かない事件も多い……怪人なんて馬鹿なもの信じる気はないが」
「怪人はいうほどありえない存在じゃないかも」
看守はばかにするよう笑った。
「仮に怪人がいたとしても、人間が起こした事件のほうが何百倍も多いし悪質なんだ」
ゼロはそれを聞き少し引っかかるものがあった。
「じゃあなんで市民を守るんです、人間が怪人より悪いのなら市民の大半が死んでいいクズってことでしょう?」
のでそれはすぐにたずねてみる。
「極論だな、そんなことはない」
「市民に悪い人が多いから、治安も悪いかもって思ったんですが」
看守はまたばかにするよう笑った。
「人は助け合い支え合って生きてる、それだけはいつも美しいと思うから」
それからいきなりなんか言った。
「……はぁ?」
ゼロにとってそれは意味不明な動機だった。
金のためとか、人をいたぶるのが趣味とか言ってくれたほうがまだわかるのだが……
「人の醜い姿もたくさん見てきたが……それでも人を守ることに意義はあると信じてるのさ」
看守はようやく普通に笑った、少しカッコつけた風でもあるが。
ゼロはジュンのことを思い出した、あいつも守る守る言っていたので。
なので看守にもっと話をしてもらえばジュンのことも理解できるかもと期待したが……
「ほら以上だ、とっとと静粛にしろ」
切り上げられた。
「やっぱり納得がいかないかも」
ゼロが食い下がろうとしたら、看守が鉄の棒を見せつける。
もはや棒の温度は冷えきっていたが、それでも返り血で錆びたそれには威圧感があった。
ゼロは黙る。
やっぱり彼女は無駄に拷問されたい人間じゃあないのだ。
さて、ゼロがそんなことしている頃ウィナはアパートの一室にいた。
きったねぇ事故物件で見るからに安いとわかる部屋にて、ポテトチップスをばりょばりょ食べていた。
「うめえなぁ、晩飯……」
ウィナはさらに酒を取ってグビリと喉に流し込む。
ついでにスマホで動画も流していた。
オススメ欄に出てきただけで何も知らない人がふざけてる動画を眺める。
別に面白くはないが、つまらなくもない。だからだらだら見るのに最適だ、多少見逃したシーンがあっても気にならない。
酒を飲む。ポテトを食べる。
こういう自堕落な雰囲気こそウィナにとって気楽だった。
これが彼の日常だ。
しかしスマホから急になにやら勇壮な音楽が響く、ウィナの好みではない。
動画が広告に切り替わったようだ。
ウィナは広告内容なんか確認せずスキップしようとして、止まった。
画面には文字が表示されている。
"皆の暮らしを守る人がいる"
どうやら就職サイトの広告だった。
普段なら無視してスキップボタンを押すようなものだ……しかし今のウィナにはできなかった。
"あなたも誰かを守れる"広告はまるでウィナに語りかけるよう文字を表示する。
「俺はみんなの暮らしなんて守んねぇよ」
強く強く、画面に向け言い放つ。
"この不景気にも……誰かを助ける仕事はあります"
「……そりゃあ皆が守られて喜ぶんなら、俺だって積極的に戦う」
"不景気就職センターです"
「でもそうじゃねぇだろ、守られた結果傷つくことだってあるじゃねぇか」
ウィナはスマホの電源を切る。もはやダラダラしている気にはなれなかった。
ウィナはポテトチップスの残りを一気に口に放り込み、一気に噛み砕いて食べた。
やらないほうがいい食べ方だとわかっているが、自然と彼はそうしていた。
「……俺は酒のために戦う、絶対に守るためには戦わねぇ、恩着せがましいことはしねぇ」
強いその宣言は他の誰でもない彼自身に向けられていた。
……さて、ジュンはこの日どうしているかというと
橋が近くにある河原にて、段ボールを地面にひいて寝ていた。
怪人から皆を守る事ばっかり考えていたら、いつの間にか家がどこにあるかわからなかった。
そもそも最初からなかったような気すらしてきている。
のでずっと前から野宿ばかりしている。
「そろそろ"奴"が来そうだけど……こないなー」
ジュンは星を見る。
夜空の美しさをわかっていそうなツラで。
しかし実際は違う、眠れないからただ目を開けて星をぼんやり眺めているだけなのだ。
彼の見た目と本質は違う。
だんだん眠くなってきて目を閉じていく。
しかし、そんなことやめて跳ねるように起きた。
「奴が来てる、近いな」
最近はすぐ戦いに行けるようなファッションで寝ている。
なのでそのまま走り出した。
「守れるかな、皆を」
ジュンは走った。戦いの地に向けて草原、住宅街を、繁華街と色々なところを駆け抜けていく。戦いの場に向けて。
そんなジュンの姿を見てたくさんの人が驚いた。
学生らしきものが、深夜0時に走り続ける様子はまさしく異常だ。
……皆を守りにいく英雄に見えることは決してない。
「何あれ?」
「頭おかしいんじゃない?まぁ見るからに馬鹿そうな顔してるし」
ジュンを見たカップルが陰口を叩く。
わざわざ人に聞こえるくらいの音量で彼らは喋った。
なのでジュンは立ち止まり、彼らを見る。
ヤニ臭い男と、歯がめちゃくちゃ汚い女がいた。
「俺は君たちも守るよ」
ジュンはなんとなくそう伝えて、また走り出した。
「ホントなにあれ」
「やっぱ頭おかしいんだアレ」
カップルはジュンを理解できなかった、だからかなり酷い言葉を吐く。
ジュンは己の背中に侮蔑の声がかかっても、気にすることはない。
ただ、戦いに向かって走り続けた。
さてこれで、ジュン、ウィナ、ゼロ、三人の過ごし方を見てきたわけだ。
だがしかしもう1人、決戦の地に赴かんとしている者がいる。
一応そいつについても見ておこう……そいつとは、最強怪人だ。
ジュンたちの敵だ。
ゆったりとそいつは立っていた。
普通の町中で横断歩道を渡ろうとしたが、赤信号なので止まっていた。
しばらくして青信号になったので、渡りだす。
その姿はまさしく普通の人間だ。
しかし本質は普通じゃない、そいつは一つの町を滅ぼそうとしている危険存在なのだ。
そしてそれは横断歩道を渡り切った。
午前3時25分ジュンのいる町に、今、最強怪人は足を踏み入れた。