八話 VSウィナ
ズレ空間とは怪人や普通じゃない人間が入れる謎空間である。
空間外から認識も干渉もされなくなるが、中から外へ干渉と認識を行う事が可能な理不尽な場所だ。
そんなズレ空間の中に入っていれば当然かくれんぼで最強だ。
なのでそれを活かし、ジュンはウィナの下校を尾行していた。
「守るんだ……守る……何をしても……皆を……守る!」
バレないからって、ぶつぶつ呟きながら堂々とウィナの後ろを歩いていた。
これはストーカーであり、はっきりいって最低の行いである。
ジュンはゼロに双眼鏡で監視された結果こういうやり方を学んでしまったのだ。
そうしてウィナの後ろをつきまとって、わかった。
彼の下校は結構珍しいタイプのものだ。
まず、ウィナは学校を出た途端にコンビニに行き酒を買って飲んだ。
それから、道端に捨てられた酒を飲んだ。
歩きタバコの密集地に行って副流煙を思う存分味わった。
あと、道端で襲ってきた食人族を全員殴り倒した。
なかなか珍しい下校の流れである。
ジュンはそういう事する人もいるのかー、と思っただけで彼の異常性には別に気にならなかった。
そうやって尾行していると、ウィナは公園のベンチで休憩しだした。
そして学生鞄を開け、ガムテープを取り出す。
食人族との戦いでついた傷を、それで塞いだ。
そして酒瓶も取り出して貪るように飲み始めた。
……一応注釈を加えておこう。
ウィナは学生だが成人しているので未成年が飲酒しているわけではない。
ジュンは黙って彼を見守り続けた。
突如プルルという電子音が響く。
ウィナのスマホに電話がかかってきた。
彼は電話に出てすぐさまスマホに叫ぶ。
「学費なんていらねぇよ!バイトだけで充分稼げんだ!
」
なにやら争っている様子だが、それ以上彼の事情はわからない。
のでジュンは堂々とスマホに耳を近づけた。
ズレ空間にいる限りはこんなことしてもバレやしない。
『だから学費くらい出してやるって言ってるだろ』
大人男の声がした。察するにウィナの父親だ。
「知るか!俺がサボって留年したんだから学費はいらねーよ!だいたいもう絶縁しただろうが!」
『お前なぁ!なにも言わずいきなり絶縁してそれですむとでも』
ブツッ、とウィナは電話を切る。
「俺は酒さえのめりゃ満足なんだ、施しも手助けもいらねぇ」
ぶつくさ言いながら、彼は口から押し込むよう酒を飲んだ。
「俺の現状はこれでいいのにどいつもこいつもてめぇの勝手な幸せと優しさを押し付けてきやがって……それでいてさも素晴らしいことをしたみたいに笑ってやがる、相手に嫌な思いさせといてよぉ」
「大変そうだなぁ」
ジュンはぼんやり彼を眺めていた。
さて、ウィナの言葉は切実だ。
彼の性質は誰かに説明したところで共感どころか理解もされにくいものだった。
他人からの施しや手助け、優しさを苦痛にしか思えないのだ。
だから、周りにわかってもらえることはなく軋轢ばかりが生まれていく。
かといって誰かに理解してもらってもなにもよくならない。
こういう性質を持っている人間は、理解されれば気持ち悪がられるだけ。
よって、彼は常に人付き合いで嫌な思いしかできないわけだ。
「あとそこのストーカーふざけんな」
そんなウィナが唐突に怒りの声を上げる。
ジュンはあたりを見回した、自分はバレてないはずだから他にもストーカーがいるのだろう。
なのに、ジュン以外ストーカーらしきやつはいなかった。
「てめぇだよ!」
いきなりウィナはズレ空間に入って来て、ジュンに殴りかかって来た。
だがそのパンチは避けた。
「おいおい、いきなりだな」
「嘘だろ!?本当にいやがった……!」
ウィナもまたジュンに驚いている。本人も半信半疑でストーカーに怒っていたらしい。
「雰囲気で俺に気づいたね?君って人間より怪人に近いんじゃないのか?」
「知らねぇよ……!」
「でも君は怪人じゃないってわかるよ、調べたから」
「てめー、いつから俺に付きまとってた」
ウィナはジュンの口ぶりに疑問を呈する、調べたなんて言われれば当然どのくらいか気になる。
「朝から今まで」
「ふざけんじゃねえストーカー野郎‼‼」
ウィナが激怒する。
そして”鞭”を出した、ジュンもまた素早く巨砲を出して構える。
「戦わなきゃわかりあえないか」
「わかりあいたいなら、そもそもストーカーなんてすんな‼‼」
「それはすまなかった、本当に申し訳ない」
「今さら謝ってももう遅い‼‼」
ジュンの謝罪は誠心誠意だったがウィナの怒りは収まらず鞭で襲い掛かって来る。
殺す気で。
「じゃあ仕方ない、連射モード‼‼」
ジュンも巨砲を右腕に纏った、ここで死ぬわけにはいかない。
戦闘開始だ。
ジュンはバシュバシュ弾を撃つ、一秒につき30発程度。
ストーカーしたうえに、銃を撃つなんて結構ひどい奴である。
一応死なないよう足や腕に狙いをつけてはいるが……このバトルの原因はそもそもジュンなので言い訳にならない。完全にジュンに非がある。
さて、バトルの内容だが……ウィナがジュンに有利だった。
鞭による広範囲攻撃はすさまじいのである。
ウィナは一振りで50発程度弾丸をかき消せる。
彼は鞭を生きているかの如く暴れさせ、ジュンの撃った弾は全て届かない。
「それじゃあもっと強い弾は!?」
ジュンは精密モードに切り替えて一発撃ってみた、それもかき消された。
単なる射撃は効かないようだ。
破壊モードならばどうにかなるかもしれないが、それをやれば殺してしまう。
具体的に言うと体を原子レベルでバラバラにしてしまって、遺体は一切残らない。
仲間にしたい相手を殺すわけにはいかない。
「……コンバットモードだ」
ジュンは呟く。あまり気乗りしないのがわかる程、小声で。
「なんだテメー?コンバット?」
そして巨砲を右腕から消した。
巨砲をまとっていない素状態に一瞬で戻した。
「な……何してやがる?」
ウィナは驚いて硬直した。
「邪魔だから、アレ」
「だからって武器をしまうなんて馬鹿だ、脳に芋虫詰まってんのか」
ウィナはジュンを見下すようににやけていたが、一切合切警戒を緩めず隙を見せていなかった。
「気になるなら俺の頭をかち割って確認してみればいい」
「そうさせてもらう!!」
「そうはさせないのさ!」
会話は終わり、二人はまた戦い始める。
ウィナがジュンに鞭を振り回しだした。
ジュンがウィナに向かって走りだした。
「ムダに距離を詰めてきてなんだ‼変な事すりゃ奇襲になると思ってぇ‼‼」
「するのさ!奇襲に」
ジュンに襲い掛かるのはあまりにも激しい連撃。
その一撃一撃が重たく、人の骨ぐらい簡単に砕く。
ジュンは跳び、スライディングし、側宙をしたりと予想不可なアクロバットで避けつつウィナへ距離を詰めていく。
「あと、三歩で殴れるな‼‼」
すぐさま距離は詰まった。ジュンは一瞬でウィナの懐に潜り込めた。
しかし彼はそこまでの男である。
側頭部に鞭が迫っていた、もう回避は間に合わない程に。
ジュンは仕方なく鞭の軌道に自分の右腕を差し込んだ。防御を選んだ。
「馬鹿め!!」
ウィナがそう叫ぶ理由がジュンにはわかる。
この鞭は腕程度でどうにかなる威力でない、そうガードすれば腕がもぎとられる。
だが、ジュンには策があった。
巨砲を右腕に再び纏った。
そして巨砲が鞭を防ぎ、はじく。
「なに?‼」
ウィナの驚く顔は傑作だったが、ジュンは気にしない。
すぐまた重い巨砲を消し走る。
「武器のオンオフも、一つの戦略だ!」
ジュンは跳ぶ、ウィナめがけて走り幅跳びの要領で高く高く。
今にも殴りかかろうと拳を振りかぶって。
「うぜェんだよ!!」
ウィナは鞭を振って反撃しようとした。だが、その瞬間野性的本能で己が犯した間違いに気づく。
飛びのかねばならなかった。絶対に回避をしなければならなかった。
ウィナは体を強引にねじって、今すぐにでも無理矢理後ろに下がろうとした。
だが「もう遅い」ジュンが彼の現況を告げる。
本当逃げるにはもう遅い。ジュンの敗北は確定していた。
ジュンが拳を振り下ろす、それと同時に巨砲を出現させた。
大きく硬いものが、拳と共にウィナめがけて振り下ろされた。
顔面にとんでもない勢いで迫りぶちあたる。
一瞬の接触だったがとんでもない威力だった、ウィナの体は地面にたたきつけられバウントし宙に浮かぶ。跳ねたのは3メートル程度。
それから何度かバウンドを繰り返し、ジュンは最終的に仰向けに倒れたまま動かなくなった。
ぴくりとも。
「えッ!?死んだ?‼……」
ジュンは駆け寄って確認する、そしてべつに彼が死んだわけではないとわかり胸をなでおろす。
ただ単に技を食らって色々やる気を無くしたようだった。
倒れたまま、ウィナはめんどくさそうにポリポリ頭を搔いている。
「……武器を一瞬で出現・消失させられることをいかして、普通じゃ出来ない格闘戦をするのさ」
「聞いてねえ、というかそれだけ強いならお前仲間いらねぇだろ」
「巨砲は弱点まみれ、だからカバーしてもらわなければ全力は発揮できない」
「ああそうか、どうでもいいな」
ウィナは倒れたまま話す。
「なぁ、俺は君に仲間になってほしい」
ジュンはまた勧誘する。戦って彼の実力を悟ったせいで余計に彼を諦められなかった。
彼は間違いなく強い、絶対に強い、仲間にすれば戦いは非常に楽になる。
「だから戦わないっていってんだろ、最強怪人なんかと」
しかしそう簡単に一緒に皆を守ってはくれないから苦労しているのだ。
ジュンは説得を絶対すると決めた。
「……君には戦う力がある」
「うぜー野郎だな、俺は人を守る気も……他人に幸せを押し付ける気もねぇ」
ウィナの言葉はジュンにとって解らないものだ。
ほぼ初対面の相手の奥底を見極められる程観察眼は無い。
だが、解らないからといって怯まない。
「じゃあ、君は誰も守らなくていい」
ジュンは本気でそう言った。
「……は?」
「人を守るのは俺がやる、君は自分の生活とか、お酒屋さんを守るためにでも戦えばいいさ、人を守る必要はない」
「……詭弁だ、俺がどんな動機で戦おうと結果として人を守っちまうじゃねーか、ごまかされるかよ」
ウィナに説得は届かない。
「そもそも人を守ったとして、それが相手に何かを押し付けることになるのかい?」
なのでジュンは自分の考えをしっかり伝えてみる事にした。
「命を守ることは、生きてりゃ幸せだという価値観を押し付けることだろ?」
「それは違うと思う、命を守ることは相手の権利を守ることだ、命をどうするかは全部持ってる人の意志に委ねてる」
「……そうやって本人に道を決めさせてやるために人を守るってか?」
「いや、俺はそういう"スタンス"で人を守るだけだよ、人を守る"目的"は違う」
「じゃあ、それは何だ」
ウィナに何のために戦っているのかと問われ、ジュンが迷う事は無い。
ずっと前からたった大本の理由は一つで戦ってきた。
だからこう即答する。
「……守ろうと思ったから」
その言葉を聞いた瞬間ウィナが目を見開いて硬直する。
ジュンには彼の情緒がわからなかった。
しばらくしていると彼は大きな声で笑いだした。
「お前っ、それだけ、それだけかよ!?」
ウィナは物凄いにやけ面を浮かべていた。
「なぁお前、共感された事ってあるか?」
さらにやけに楽しそうにウキウキ質問をする。
「さぁ、そんな事今まで気にした事もない」
「お前頭おかしいだろ」
また彼は大笑いした。
「急になんだい?」
「金とか絆のためでもなく、思いつきで人守って死にそうになって平気なツラしてやがる、イカレてる」
「変かい?」
「ハッキリいってヤベェだろ、まともだったら戦うの止めようとか多少は思うぜ?」
「そうかな?俺にはちょっとわからない話みたいだ」
ジュンはウィナがなぜそんなに楽しそうなのかわからなかった。
だが答えは単純だ……ウィナは楽しかったのだ。
同類だと思えるやつにあったのは初めてであった。
ジュンも他人から理解されないどころか、まともに理解されたら気味悪がられる性質の持ち主だ。
ウィナとそういう点では同質。
かといって互いに理解も共感もできない。
だがウィナ、他の誰かに理解してもらえない性質の奴がいると知っている。
知っているからジュンの歪さも許容できる。受け入れることができる。
そして相手の存在を受け入れられるのであれば、友達や仲間にもなれる。
「いいぜ、一緒に戦ってやっても」
だからウィナは戦うと決めた。ジュンと共に戦うのは面白そうだなと感じた。
「ありがとう、あとストーカーしてすまなかった」
ジュンもまたウィナの事が良くわからなかったが心の底から礼をする。
これにて二人は正式に仲間となったわけだ。
ジュンからしてみれば本当に助かった、最強怪人に勝ち目が若干出て来た。
「あ、でも給料寄越せ、理由なく命賭ける程イカれてねぇ」
ふとウィナが思い出したかのように言った。
しかしジュンはそこまでお金を持っていない。
「……缶ビール2000杯ぶんくらいでいいかい?」
嘘はつかずにギリギリ出来る提案をした。
「じゃあいいぜ一緒に最強怪人をぶちのめそうぜ」
ウィナはニヤリと笑う。先程の大笑いとは違って不敵な笑みだ。
全力で戦って滅ぶならそれも良し、勝てるならそれも良し。
ウィナにとってはそうだった。
人を守る意思と自分を大事にする気がほぼ無い彼には一番実力が発揮できる程度のプレッシャーがかかっていた。
「とりあえず、二本ビール買って来いよ、乾杯しようぜ」
「わかった」
乾杯はジュンにとってよくわからないものだ。
しかし、ウィナにとっては何かしら意義のあるものだと思ってジュンはそれを受け入れる事にした。
ジュンはコンビニに行き戻って来た。
「未成年は酒が売れないって言われた」
「そうだった、じゃあ俺が行ってくるぜ、待ってやがれ」
ウィナもコンビニに行き、彼はちゃんと酒を二本持って戻って来た。
「じゃあ二人で乾杯しようよ」
「未成年が酒を飲むな」
「二本買って来たのに?!」
「いや俺二本飲みたかっただけだし」
「なるほど、そういう事もあるのか」
ジュンは自販機に行きオレンジジュースを買って来た。
それから、ジュンはオレンジジュース、ウィナは酒で乾杯する事にした。
それからジュンはオレンジジュースを飲みながらふっと空を横目で眺めた。
普通の澄んだ青空がそこにはある。
平和の象徴足りえる程、美しい空。
だがどこか不気味に感じた。あまりのもこの雰囲気は嘘くさい。
傷つけられて、それでも無理矢理笑っているみたいな空だ。
滅ぶか滅ぼされるかの戦いがもうすぐ始まる事にもうジュンは気づいていた。
決戦までの時間はもうほぼ無い。
おぞましいものがあともう少しで、自分達のところに辿り着く。
それをひしひしとジュンの心臓が感じていた。