三話 VSアリ怪人
今日も今日とて朝っぱらからスタジオで、情報番組の出演者たちが白熱の議論をしていた。
話題の中心はとある高校の不良が逮捕された事だ。
ナイフを振り回して同級生を切りつけようとし、おまけに薬物でドーピングして襲い掛かった不良が捕まった。
その不良は前回出て来たアレだ。
……そいつはジュンにした事だけが問題になっているわけではない、警察が調査した結果4人程いじめで追い詰めて自殺させたこともあった。
とはいえ、不良の行い事態はそこまで議論されているわけじゃない、この程度でわざわざニュースにならない。
ジュンの住む町では悲しいことに人が人をよく殺すからだ。
この事件で最も話題になる問題は、そのいじめを学校ぐるみで隠蔽しようとした事。
しばらく出演者達はジュンの住む街について議論をして、次の議題に変えた。
これは番組にとっては尺埋め程度の意味しかないが、ジュンにはかなり深くかかわっている。
“最近起きている怪事件の原因は何か”
「先日も高校でいきなり窓ガラスが割れたらしいじゃないですか、おまけに意味不明な転倒者も多数…ふくらはぎから出血した者も」
「それは偶然の一致でかたずけられるでしょう、どちらも偶然起き得るものです」
「しかしねぇ……同時に起きるなんてそうそうないよ」
奇妙な事件というものは昔からあるが、数年前から急激に増えた。
急に窓ガラスが割れたり、急にたくさん人が転んだり、急にガス爆発が起きたり、何も無い空中で鼓膜を破る程の爆発音がしたり。
そういう理由不明の現象があちこちで起きるようになったのだ。
原因はだいたい怪人だが、それを認識できない人間ばかりだから堂々巡りな議論を繰り返す。
しかし、この番組は意図せず核心に迫っていた。
「ところで怪人を見た……という人がいるらしいですね、事件現場で」
出演者の一人が与太話として言った。
「嘘に決まってるじゃないですか、最近何千件も事件が起きてるのに目撃者は数人なんですよ?」
「怪人が見える人がいるってのも~、怪事件の一種かも」
「そういうふざけた解釈はこういう場に相応しくないと思います」
出演者たちは気づかない。
自分達が議論している怪人の犠牲者になろうとしていることに。
「お馬鹿さんたちね、自分達が殺されるっていうのに……」
硬い皮膚と、硬い牙、そして六本の腕を持った奴がこのスタジオにいた。
その見た目を表現するなら“アリ怪人”と呼ぶのが相応しい。
堂々と居るが、”ズレ空間”にいるから認識も干渉もされない。
彼女は出演者たちの顔を一人ずつ間近で見て、舌なめずりしている。
殺す前に獲物の顔を見て、感情を昂らせているのだ。
「はぁ、たまらない……死ぬ時どんな可愛い顔をするのかしら?」
アリ怪人がふと気づく。
このテレビにそぐわない雰囲気の男がいる。
アリ怪人は思う、こいつなんも考えて無さそうな顏してる。
「気の抜けるツラしてるわね、こいつからさっさと殺しましょう」
「おいおい、俺は優しそうなイケメンだぜ?」
「えっ」
男が急に返事をしたことに怪人は驚く。
よく見れば、男に席はない。
空気椅子で座ったフリをずっとしていたのだ、だから出演者っぽく見えていた。
怪人はこいつ頭おかしいんじゃないかと恐怖した。
番組が始まってからもう30分以上経っているのに、こいつが最初っからいた記憶がある。
つまりこいつは空気椅子を30分延々として番組の出演者になりすましていたのだ。
「あなた!なぜここに!?」
「俺は盾石ジュン、皆を守るためここに来た」
アリ怪人の出会った男は盾石ジュン、今日も今日とて若干かっこつけたポーズで登場だ。
腕を組んで、重心が左に偏った立ち方をしている。
「なぜここにやって来た?私がここの奴らを殺す計画をいつ知ったのかしら?」
「今朝知った、テレビ見てたらここの雰囲気ヤバいなってわかってな」
アリ怪人は理解した、ジュンがズレ空間に入ってきているのは自分の邪魔をしようとしているからだ。
「……私の邪魔をするな‼‼」
怪人の行動は速かった。己のやりたいことを邪魔されてたまるかと、六本の腕でジュンに殴りかかる。
「おっと危ないねぇ……」
しかしジュンは余裕でバックステップで避けつつ距離を取る。
空気椅子30分なんて彼には余裕だった、普段と動きのキレは変わらない。
さらに巨砲をいつもどおり右腕にまとう。
戦闘開始だ‼‼
まず初めの状況だが……2人の間にはそうやすやすとは詰められない距離が生まれていた。
その結果、アリ怪人とジュンは互いの出方を知ろうと待って睨み合う。
遠距離武器で先手が取れるジュンの方が有利だが、ジュンは動かない。
そして不利な怪人も、状況を変えるために動いたりしない。
両人ともかなりの理解していた、下手に隙を見せちゃあいけないヤツが相手だと。
ここにいる二人は間違いなく強者だった。
ぴりりと、雰囲気は重くつめたく張り詰める。
……その横で殺し合いの場にふさわしくない気の抜けた議論がスタジオで行われている。
「しかも怪人と戦う正義の味方の目撃者もあるって」
「いよいよ現実と漫画の区別がついてない人達の言い分じゃないですか」
「正義の味方なんて決めつけちゃダメかも~」
被害者になりそうな出演者達は、怪事件に関わりなんかないと思い込んで議論を続けている。
彼らはやはり気づかない、自分達が名も知らぬ誰かに守られている事に。
「巨砲‼‼精密モード‼‼」
しかし延々とにらみ合っていても仕方ないのでジュンは弾を撃つ。
ひらりとアリ女は躱した。
かなり速い弾丸なのに意外と俊敏だ。
「そんな遅い弾当たらないわ」
なんて自信満々だが、猪怪人よりは遅いとユウは思う。
「……じゃあ連射モード」
今度は巨砲から無数の弾丸が発射された。
弾速は先程より落ちるがアサルトライフルのような連射能力。
とにかく一杯撃てばあたるかもしれない。
「馬鹿ね、無駄よ」
しかしアリ女は六本の腕をクロスさせガードした。
鋼鉄を六つ重ねたようなものだ、全ての弾丸が防がれて床に落ちていく。
落ちた弾丸は、死んだ怪人と同じように次々と消滅していった。
だがジュンは連射を止めない、ガードをされたからこそむしろ連射する。ガガガンと鋼鉄を叩くような音は連響き続ける。
「……結構えげつないのね‼‼」
アリ女は叫ぶ。彼女からしてみれば、とめどなく攻撃が来る状態で防御を解くのは危険である。
だから行動を封じ込められる。
「……困ったな」
しかしジュンも下手に動けない状態に陥ってしまった。
射撃を途切れさせればアリ怪人は動き出して人間を襲ってしまうだろう。
膠着状態の中ジュンは悩む。
戦うためになにがあるか思い出す。
巨砲が持つ3つの力のうち、何がこの状況を打破できるだろうか。
まず、カマキリ怪人を倒した破壊モードはどうか。
何もかもを打ち壊す力を持っているあれなら、アリ怪人も一瞬で殺せるだろう。
しかし範囲や射程距離がデカすぎてむしろ使えない、この場所を壊すし人を巻き込みかねない
では猪怪人を倒した精密モードは?
あれは連射力が低い代わりに色々とバランスが良いから。
しかも電柱を粉々にするほど威力があるうえ狙ったところを正確に狙える、最も便利なモードだ。
しかしアリ怪人はこの弾を避けられると既にわかった。
最後に、アリ怪人に現在使っている連射モードはいかがなものか。
このモードは名の通り連射だけが取り柄だ。
一応人間を殺す程度に威力はあるが、弾速や集団はそんなに良くない。
以上3つが巨砲の全て。
どれも一癖あるモードしかない、これらを駆使して倒さねば皆を守れない。
ジュンは必死で考えた、どうすればいい。
何をすれば勝てる。
「あなた……こんな事をしていてなにかになると思う?」
いきなりアリ怪人が話しかけて来て、ジュンはどきりとした。
嫌な予感がした。
「……なんだ?」
だが動揺は悟られないように冷静ボイスで返答する。
「フフフ‼‼」
アリ怪人は不気味に笑うと、腕を一度素早く振った。
そしてすぐさま元のガード状態に戻る。
その意味をジュンは察して、連射を止めた。
「……精密モード‼‼」
弾丸を出演者のよくしらないおじさんに向けて撃つ。
それは殺すためではない、守るための弾丸。
アリ怪人が腕を振って弾き飛ばした弾丸が、おじさんの脳天を撃ち抜く軌道で飛ぶ。
ジュンの放った弾丸が、おじさんを殺そうとする弾丸にぶち当たり、対消滅した。
ジュンの撃ちだした弾丸でおじさんが殺されるところであった。
助かってよかった……なんて一息つく暇はジュンに無い。
アリ怪人は、ジュンとの距離をかなりつめていた。
だから殴りかかって来るのだ。
「巨砲オフ!」
ジュンは重たい武器を一旦消し、回避に専念する。
近距離戦も出来なくはないが、流石に今回程強い相手は厳しい。
一度逃げて距離を取らないといけない。
だが六本の腕から繰り出される高速パンチの束はあまりにも理不尽だった。
なにせ六本だからどこからでも攻撃がトンでくる。
逃げても逃げた先に拳が飛んでくるのだ、防御しようとしても防御できていない場所を殴られるのだ。
しかもその拳は鋼鉄のような強度……。
何度も殴られ、出血し、骨にひびが入り、ジュンの体の動きは鈍っていく。
もう逃げていても無駄だと判断し、カウンターに転じようと「コンバット……!」逆に前へと踏み出す。
だが、アリ怪人の動きのほうが速い。
「無駄よ、あなたじゃ勝てない」
カウンターに対するカウンター……力強い六本の腕に同時に殴られ、ジュンの体はメチャクチャに回転しながら吹き飛ばされた。それはもう、ジュンの作戦通りに。
「精密モ―――ドォ!」
空中で踊るかのような回転のなか、無理矢理に巨砲を右腕にまとい、敵に撃つ。
ジュンの狙いは完璧だ。
「危ないわねっと」
だがアリ怪人は身を逸らして避けた、渾身の反撃を無に帰してにやにやとしている。
そしてジュンは重力によって床にたたきつけられ、ダメージを受けるともに起き上がる。
「まだ……俺も死にはしてないか」
怪我まみれになってしまったが状況は決して最悪じゃない。
距離が取れたからだ、殴られはしない程度に。
巨砲を怪人に向け構え、撃つぞと脅しをかけるが怪人のニヤニヤは崩せない。
まだまだ怪人は消耗していない。
まるで開戦間際のような膠着状態に戻った、お互い相手の出方をうかがって動かない。
それが続いて数秒、そして数十秒、さらに一分。
「私を殺せないのよ、あなたじゃ」
「のわりに俺を警戒して近づいてこないんじゃないか」
二人は自然と話し始めた。
べつに話して戦況が変わるわけではないが……彼ら自身にも対話の理由はわからない。
もしかしたら強敵へ敬意を表しているのかもしれないし、違うかもしれない。
ただ一つ言えるのは、彼らの動機は少なくとも合理的で無い何かだ。
「ほら、よくいうじゃない……ウサギを狩るのにもライオンは全力を尽くすって、だから丁寧に詰ませるのよ」
「君はアリじゃないか、まるで君がライオンみたいに言うのはおかしい」
「ことわざってヤツよ」
アリ怪人はくすくすと口元を緩ませる。
「……君はアリさんで、俺はアリクイさんだ」
「何急に?意味がわからないわね」
「アリクイさんはアリをかるときに全力を尽くす……俺が狩る側だって言っているのさ……連射モード」
ジュンは巨砲のモードを変えてすぐさま銃弾を撃ちまくる。
待ちの姿勢でいくと勝てない、先手を取るべきだと判断した。
アリ怪人もジュンに向かって急激に距離を詰める、殴り殺すために。
戦いは幕を降ろそうとしている、どちらかの死によって。
「馬鹿ね、そんな程度の攻撃効かないわ!」
アリ怪人は走りながら叫んだ、たしかに連射モードの弾丸は当たりまくっているが微塵も効いていない。
体の弱そうな部分は彼女の六腕で防がれる。
「いいや!!効かせるのさ!」
「当てさせないわ!」
怪人が走る、ジュンが撃つ。
数えきれないほどの弾丸は怪人に当たって火花を散らすも、一切効かず床に落ちて消えていく。
しかし、バチンと脇腹あたりで音がして怪人の体がよろけた。
「‼な‼‼に!‼‼よ‼‼???」
怪人には理解出来なかった、効かないと思っている弾丸が効いたことなど。
タネは単純でジュンが無数の弱弾の中に、精密モードの強弾を混ぜただけだ。
無数の弱い弾で油断したところに急に強い弾が来た結果……もろに受けたのだ怪人は。
そしてそのせいで、アリ怪人のボディが少し抉れた。
穴が開いて青い血が、流れてる。
「でも‼この程度!!」
「連射モードォ‼‼」
叫びと共にまたしても無数の弾丸が怪人を襲う。怪我という、ジュンが作った弱点に向かって。
今度は“トドメ”の弾だ。
「ガード‼‼」
叫びながらアリ怪人はガードしようとしたが間に合わない。
既に連射モードの弾丸は何秒も前から発射されており、容赦なく次々彼女の”怪我”に着弾していく。
鋼鉄のような皮膚も役には立たず、彼女の内部に弾丸は何十発も抉り込んでいく、そしてその度に怪我は広がってまたダメージが通りやすくなる。
煙と血しぶきが怪人を隠す程弾があたってもジュンは撃ち続けた。
そして連射をやめたのは、怪人が前のめりに倒れてもさらに撃ちまくり、もう十分ダメージを与えたと判断してから。
「精密モードの弾丸はお前絶対避けてたから当てれば効くんじゃないかと思った、だから当てるために工夫したのさ」
ジュンは説明してやった、べつに怪人に作戦を教えてやる意義はないが。
「まだ、まだ……殺したりない……人を……人を殺す‼‼殺したりないの‼」
倒れはしたがアリ怪人はまだ生きている、必死でガードしてどうにか死なずにはすんだようだ。
だがボロボロになった手で床を握り立ち上がろうともがく様は、もう助からないと誰が見てもわかる。
ジュンはとどめを刺そうと巨砲を構えるも……そんなすぐにやめた。
アリ怪人が、背中から何分割にも切られたのだ。
当然死んだ怪人は、元から無かったかの如く消滅する。
……しかし殺したのはジュンではない、別の何者かだ。
人が立っていた、アリ怪人のいた場所に。
ジュンと同年齢程度に見える女性が、剣を二本持っている。
「助けてくれてありがとう、なんか知らない人」
「私はゼロ、知らないの?よく見たら知ってるかもね」
ジュンがたずねた結果もらえた返答は、あんまりいい答えではなかった。
名前しかわからないのでジュンは言われた通り彼女をよく見る事にした。
服装は独特……頭半分にとげ付きのバイザーを、黒のロングコートを着ている。
そしてコートの両裾それぞれに、クワガタムシのイラストが描かれていた。
あと、若干ぶかぶかの黒光するズボンを履いている……見た目からジュンは察する。
「あぁ!この番組に出演してた人だね!」
「……」
ゼロは何も答えないが、否定もしない。
無言の肯定をするタイプなようだ。
ふと、ジュンは番組はどうなったか気になりだした。
出演者がズレ空間に入ってきているという事は、周りからしたら急に消えたことになり大騒ぎになるだろう。
だがしかしあたりを見回せば存在しているのは静寂、もう人はいない。
番組収録はいつの間にか終わっているようだ。
「驚かないの?私が怪人と戦えるのに戦わなかった事や、そもそもこのズレ空間に入れる事不思議かもって思わないのか?」
ゼロとやらはたくさん気になる事があるようで、前のめりにジュンにたずねて来た。
「……ズレ空間に入って怪人と戦える人って、案外わりといるし」
「へえ、じゃあぜんぜん怪人と戦わなかった事への疑問は?」
「戦わないタイプの精神構造ってだけだろう?」
「じゃあ質問していい?」
「何を?」
ゼロは黙った、頭の中でどう質問するか考えているらしい。
沈黙の中でジュンには少しだけ不安があった。
彼女と殺し合いになるかもしれないという不安。
そうなった時、先日の不良戦のように戦った両者が生き残るのは無理かもしれない。
きっとそのくらいには彼女が強いと、立ち方だけでわかった。
ゼロの雰囲気は、収録中のそれとはまるで違って恐ろしいものだ。
人を殺していそうな程鋭い目つきだけでなく、彼女の全てから狂暴性がにじみ出ている。
だからジュンは怖がる、もし彼女の牙が自分に向けられた時、彼女を殺さずに無力化する方法が思い浮かばない。
そんな彼女の質問はなかなか来ない。
無言の時間は何分も続いた、30分程。
「……なんか見た事ある気するんだけどな~つまり絶対最近見たはずなんだよな~?いつだ……?」
ジュンは先手を取って話題を振ってみたが。
「あなたは何のために戦っている?」
ゼロは意にも介さず己の疑問をぶつける。
「そりゃあ、戦おうって思ったからじゃないか」
そしてこれはジュンの解答である。
「……なぜ戦おうと思ったのか聞いているんだが?」
当たり前の事だが、彼女に納得してもらえるわけが無い。
しかしジュンはさつまきのが答えになると思っていた。ので注釈は追加しなかった。
「……そういえば俺、君に頼みたいことがある」
おまけに急に話題をふる。
「さっきの答えは何!?」
「いやそれはだから戦おうと思ったからだって言ってるじゃないか」
ジュンは何かを彼女に頼もうとしている。
それはいったい何事か……?
今回ジュンが戦ったのはアリ怪人でしたね。
この世界の平均的な怪人の強さっていうのは猪怪人ぐらいだけど、アリ怪人はそれよりはるかに強いんですよ。
猪怪人の高速突進を回避できるジュンと近接戦闘して、彼女は有利に立ち回れていましたから。
しかも遠距離戦でもジュンの攻撃を平気で対処出来ていてすごかったですね。
しかしたった一発の弾丸をきっかけにアリ怪人は敗れてしまいましたね、それまでは圧倒的に優勢なバトルをしていたのに。
どんな強者でも油断やミスで敗れてしまう世界は厳しく切ないということでしょうか。
もっとも、アリ怪人のやろうとしていたことを思えば彼女への同情はできないと思うんですよ。