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鏡の中のチャンピオン

作者: 山川 友秋

大晦日の夜、後楽園ホール。多くの若者やカップルが楽しそうに歩いたりしゃべったりしている中、宮沢徹は真新しいピカピカの大きな鏡に写る自分の顔や体を見ながらふぅーっとため息をつく。そして落ち着かなさそうに靴ひもを何度も結んではほどいた。

くそったれ。こんなにもイライラした気持ちでリングに上がるとは。俺はこの程度の男だったのか。

宮沢は自分の小心ぶりをあらためて感じていた。

日本フェザー級タイトルマッチ10回戦。

宮沢のボクシング人生、最後のリングである。

「少しは落ち着いたか、宮沢」と控室の外からトレーナー、安田の緊張した声が聞こえてきた。

「ええ、なんとか。自分の顔を見たら少しは」

宮沢はわざと明るい声でいい自分を元気づけた。

鏡に写る姿。それはまさに宮沢の苦労と努力が現れた姿だった。減量であばらが浮き出た腹には脂肪がほとんどない。顔は青白くやせこけ眉間に皺が出来ている。

「深呼吸をしろ。誰だってタイトルマッチは緊張するんだ。無理するな」安田は宮沢を励ました。彼にはこの試合に掛ける宮沢の気持ちが痛いほどわかった。

安田は宮沢の専属トレーナーになってもう10年は立つ。

もう、いい年なんだから定職につき彼女や嫁さんがいてもいいと思うのだが、安田は宮沢が付き合っている女性がいるとか、趣味や娯楽に遊びに出かけているといった噂を聞いたことがない。

彼は若い頃からボクシング一筋だった。

強くなるためなら安田の言う通りのメニュー、毎日10キロのランニング、千回縄跳びなんでもやった。仕事ですら週3回、ジムに通うためにアルバイトしかしていない。

だがなあ・・・。

残念ながら安田を含め傍から見ても彼にボクシングの才能があるとは思えなかった。

何度、俺がボクシング以外の道を探せといってきたことか。

本当に宮沢、お前はよく頑張ったよ。

安田は鏡に写るボロボロの宮沢を見ながら涙が出そうになった。

「なあ、安田さん。俺、チャンピオンになれるかな」宮沢はようやく心が落ち着いたらしく穏やかにいった。

日本タイトルマッチの試合が決まった時から何度この言葉を安田に尋ねたことか。

宮沢は既に30歳。彼自身も今日が最後の試合だと分かっている。

「宮沢・・・」

安田はどう答えていいのか分からない。ただ、鏡に写っている彼の姿は紛れもなくチャンピオンだった。

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