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ベルとして、息をする

「こちらが、厨房です」

「広いのね」

「ええ、たくさん食べるためにですよ。病は食事からと言いますから!」

「気からじゃ……。まあ、でも当たってるわね」


 置かれている状況を整理した私は、イリヤに城の中を案内してもらっていた。

 もちろん歩けないから、車椅子に乗ってね。

 玄関から始まり、ダイニング、お父様お母様のお部屋、お庭にリネン室も見せてもらったわ。グロスター家よりずっと狭かったけど、掃除が行き届いていて使用人の雰囲気も険悪じゃないからホッとしちゃった。

 それに、会う人全員が私のことを歓迎……いえ、大歓迎してくれてね。「ベルじゃないんです」って何度言いそうになったことか。


 本当、どうしてベルは自殺なんてしたんだろう。


「ここでは、料理長をはじめ3名の料理人が働いております。車椅子、動かしますね」

「よろしく。水場を見たいわ」

「ガッテン承知いたしやしたあ!!」

「ちょ!? もう少しゆっくり動かして頂戴」


 この車椅子、ベルのおばあ様の私物なんですって。一昨年、ご病気でお亡くなりになったとか。

 お尻の部分がフカフカしていて、とても座り心地が良いの。しかも、取手の素材は金とプラチナね。輝きが違うわ。


 経済状況が危ういって聞いていたから、これを見た時は「盗んできた?」なんて思っちゃったけど。蓋を開けてみれば、皇子様にもらったとのことだったの。

 どうやら、おばあ様は皇子様の語学の先生だったみたい。すごいわ、おばあ様!


 私も皇帝陛下へ謁見しに行った時に、何度かお会いしたわ。5年前に13歳だったから、今は18歳ね。背が伸びないのを気にしていらしたけど、今はどうなっているのかしら。


「……!?」


 厨房の中をぐるりと一周していると、入り口付近で何やら大きな物音がした。振り返るとそこには、大男と言う言葉がこれほど似合う人はいないだろうと思わせるような容姿の男性が1人。厨房服をきているところを見ると、ここで働いている使用人とか?


「お、お、お、ああ、お、お、おおじょ、おじょ」

「……えっと」


 挨拶をしようとするも、なぜか壊れた蓄音機のごとく不審な音を口から出しつつ私を凝視しているから、声をかけにくい。しかも、その無駄に立てている小指は何? とても気になるわ。


 どうやら、その大男が持っていた綿棒やボウルなど調理器具が落ちた音だったみたい。その人の周りに、これでもかってほど散らばっているのがこちらからでも見える。


「イリヤ、お片付けを手伝ってあげて」

「かしこまりましたあ! イリヤ、いっきまあす☆」


 私が言うと、イリヤが飛んで大男の方へと向かっていく。その間も、「お嬢様がお優しい」と泣き出したり、小指を立てている手を胸元に持ってきて何やら乙女ポーズをとったりして、面白い男性だわ。

 きっと、これが俗に言う「オネエ系」ってやつなのかもしれない。


「改めまして、こんにちは。……こんばんは、の時間帯ね。貴方のお名前を教えてくださる?」

「ああ、お嬢様が動いていらっしゃる……。こんばんは、ええ、こんばんは。ああ、お嬢様。本当に、記憶が……。こんなにお痩せになられて。……お嬢様、私は、ザンギフ。この屋敷で、料理長を勤めている者でございます」

「そう、料理長さんね。ザンギフって呼んでも良いかしら」

「はい……、光栄の極みでございます。ああ、お嬢様」

「そんなに崇めないで。私は、教祖ではないのよ」

「ははあ……」


 だから、崇めないでってば!


 ザンギフは、イリヤが道具を拾っている中、私に向かって祈りを捧げるように手を合わせてくる。もしかして、私の身体が1年も眠っていたから天国から戻ってきたとでも思っているのかしら?

 だったら、ちょっと高度過ぎるギャグだわ。


 にしても、その大きな身体をこれでもかと小さくしてる姿は、可愛らしいという言葉がピッタリね。この調子でお菓子作りをしていたら、カメラでも構えてしまうかもしれない。


「お嬢様がお目覚めになられたことは耳に入れていたのですが、本当に……。本当に……私は」

「ちょっと、泣かないで。1年もの間、ごめんなさいね」

「そんな、そんな……私に向かって謝罪など……。ああ、お嬢様、お嬢様。これは夢ではないのですね」

「……」


 夢だったら良かったのに。

 起きてすぐは、私もそう思っていた。


 けど、今は……この城にいる人たちに会えば会う度、夢じゃなくて良かったと思う自分がいる。ベルじゃない罪悪感と、ここで愛されて生活していく現実との狭間で、私はこれから息をするんだって。なんだか、複雑ね。


「ザンギフ」

「なんでしょうか」

「今日の夕飯はなあに?」


 まだ食べられないけど。

 匂いくらいは堪能したいな、だって生きてるのだもの。


 そう思って軽い気持ちで問いかけたのだけれど、この人もフォンテーヌ家の一員だったわ。だって、


「今日の夕飯は、ニース風サラダにキャベツのテリーヌ、ラタトゥイユとグラタンとパンと……。そうそう、食前にはアミューズと冷たいお水を。お料理を召し上がる前には、ワインよりも冷たいお水の方が相性がよろしいのです。ワインで酔った感覚でザンギフの料理を召し上がるのだけは許しません。お嬢様もどうか、その点だけは……って、お嬢様はまだ16歳、未成年でしたね。ははは!!」


 と、いつ息をしてるの? って心配しちゃうくらいのスピードで話し始めたんだもの。


 というか、私は16歳なのね。それがわかっただけでまあ、収穫と思っておこう。

 でも、でも……。


「ところで、ワインの話なのですが、ザンギフの故郷があるオリヴィエ地方では」


 私は、その後1時間近くもザンギフの料理談を聞くはめになってしまった。


 イリヤが途中で止めてくれるかなって期待したけど、彼女も一緒になってニコニコしながらお話してるんですもの。まあ、知識が増えたし楽しそうだったから止めなかったけど。

 止めなかったけど! 次からは遠慮して欲しいわ。だって、この調子で全使用人の話を聞いていたら私はいつ眠れば良いの?


 それに、ザンギフ。

 夕飯の準備は大丈夫なの?



***



「お嬢様、旦那様からお手紙をお預かりしました」

「ありがとう。このままの、体勢で、ごめんなさい、ね」

「いえ、目が覚めてすぐにこんな動かしてすみませんでした。アインスにお説教を食らってしまいました、ぐすん」


 次の日のお昼過ぎ。

 昨日動き過ぎたのか全身筋肉痛に耐えられない私は、カーテンが閉められた寝室のベッドで横になりながら、イリヤを出迎えた。渡された手紙を受け取るために腕を伸ばすのも、一苦労だわ。


 昨晩あたりから、骨という骨がピキピキと音を立てて私をいじめてくるの。身体の方向を変えるだけで、人生が終わるんじゃないかってくらい全身痛むし、昨日は大丈夫だったのに太陽の日も目に沁みて痛みが酷い。


 これって、身体が私に馴染んできてるってことなのかな。というか普通に考えて、1年も寝ていた身体なのに上半身を起こせるってありえないもんね。反動だと思っておこう。

 それに、なんだか声も昨日より出しにくくなってるし。


「それよりも……ゴホゴホッ」

「お、お嬢様あああああ!! アインス、アインス! お嬢様が死にそうです! アインスうううううううううううううう!!!」

「ま゛、待って! ちがっ、ゴホッ……むせただゴホ、白湯を」

「あああああ!! アインスううううう!!!」


 話を聞いてちょうだい!!


 イリヤは、顔を真っ青にしながら開け放たれた扉に向かって烈火の如く叫び声をあげている。その肺活量が羨ましい。


「なんだね、騒がしい」


 そこに、ちょうどアインスが来た。手には、昨日飲ませてくれた白湯が入ってるであろうグラスを握りしめて。どうやら、私の体調を確認しに来たところだったらしい。タイミングが良過ぎてびっくりだわ。


 私は、死にそうになっているイリヤの前で飲み物を口に流し込む。すると、すぐに咳が治った。乾燥が原因だったみたい。


「ありがとう、アインス」

「昨日より、声が澱んでいらっしゃるな。痛みなどは?」

「特に。乾燥かなって思ったんだけど」

「うーん。湿度は最適ですが……。これから喉が痛み出すやもしれぬ。イリヤ」

「はい、何でも屋☆イリヤとは私のこと」

「では、何でも屋さん。ザンギフに頼んで大きな寸胴鍋にお湯をたっぷりもらっておいで。この部屋だけでも加湿しよう」

「承知しましたあ! 100口持って参ります!」

「1口で良い、1口で!」

「……ふふ」


 痛みで気絶しそうだけど、このやりとりを聞けば思わず笑ってしまうわ。

 でも、笑うと腹筋が痛む。ずっとこの調子は勘弁ね。


 私は、「お嬢様の笑顔のために50口持ってきます!」と意気込んでいるイリヤの後ろ姿に笑いつつ、上半身を起き上がらせる。でも、途中でアインスに止められちゃった。


「今日は、起き上がらない方がよろしいかと。何かあれば、イリヤかアランに」

「……アレン?」


 アインスの手を借りながら毛布に潜り込んでいる中、懐かしい名前が聞こえてくる。

 思わず嬉しそうな顔をしたのだろう、それを見たアインスは、


「おや、もうアランと打ち解けたのですか」


 と、いつもの優しい顔して聞いてきた。

 でも、先ほど聞いた名前ではない。私は、上げた口角をゆっくりと戻す。


「アラン……?」

「ええ、アランです。ほら、お嬢様が目覚めた時に居た燕尾服の」

「……ああ! あの泣いてた男の子」

「ははは! 男の子とは。まあ、お嬢様と歳は近い。誰か、恋人と聞き間違えましたかな」

「い、いえ。恋人なんて居ないわ」

「そうですか。ところで、その手紙は?」

「あ……」


 変に思われたかしら。そう思ってチラッとアインスを見たけど、視線はイリヤから受け取った手紙に向いていた。……うん、大丈夫そう。

 気をつけなきゃ。私は、アリスじゃない。ベル・フォンテーヌなんだから。


「お父様から預かったと言っていたけど。私が開けても良いものなのかしら」

「なら大丈夫ですよ。開けましょうか」

「お願いするわ」


 私がそういうと、アインスは枕元に置いてあった手紙をサッと取り、ペーパーナイフで封を切ってくれた。

 真っ赤な封蝋に描かれている紋章は……ここからだとよく見えない。さっき見ておけばよかったわ。


「おや、これは……」

「なあに?」

「どうぞ、お嬢様の判断にお任せします」


 先に読んだアインスは、なんだか驚いたような顔をしているわ。どうしたのかしら?


 私は、疑問に持ちながらも無言で中身を受け取る。痛みに顔を歪めながら手紙を確認すると、そこには……。


「……お茶会?」

「ええ。これは、デュラン伯爵の御令嬢……パトリシア様からのお誘いですね。階級からしてお断りするのは失礼に当たりますが、今回はご体調によって辞退するのは可能でしょう。その辺りの常識は、デュラン伯爵でも持ち合わせていることですし」

「10日後に、お茶会……ね」

「……まさか、出られるとでも?」

「ええ、出るわよ。私が目を覚ましたことを知って出されたのでしょう? それに、社交界もチェックしたいし」

「……本当に変わられましたね」


 でも、きっと10日じゃあ車椅子からは離れられない気がするわ。それでも大丈夫かしら、そのパトリシア様という人は。


 私が手紙を読んでいると、諦めたらしいアインスがため息をつきながら脈を見てくれる。

 そこからは、ドクドクと私にも聞こえるほど強い脈拍を感じた。……そうよ、私は生きているのだから。アリスの時だって、もっぱらお茶会に行ったし、なんなら主催者側も経験したわ。マナーは大丈夫。

 ただ、お相手を知らないからそこは調べなきゃ。イリヤと……アラン? が手伝ってくれるかしら。


「それまでに、お茶は飲める身体にしておきたいわ」

「はい。このアインス、お手伝いいたしましょう」

「よろしくね」


 そうと決まれば、ドレスもチェックしないと。

 そういえば、衣装部屋には案内されていないわね。後で、イリヤに聞いてみよう。


「お待たせしました、お嬢様あ!」

「イリヤ!?」


 でもその前に、本当に50口近くの鍋を使用人数人かがりで運んできたから、戻しに行ってもらいましょう。

 だって、この部屋結構狭いもの。持ってきたお鍋を全部入れたら、私の寝るスペースがなくなってしまう!

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