その違和感は
「!?」
「あ、起きた」
心地良い風で目を覚ますと、王妃エルザ様の顔が覆い被さるようにこちらを覗いていた。ニコニコした笑顔は、いつも陛下の隣で執務をこなすいつもの彼女そのもの。それに安堵を覚えるものの、なぜ眠っていたのかの記憶がなくて焦る。
驚いて急いで起き上がった俺に、驚愕の事実が待ち受けていた。
起き上がって後ろを振り向くと、エルザ様が芝の上に座っていた。
しかも、ちょうど俺の頭があっただろう位置にエルザ様のお膝があるような? いくら鈍くても、それだけで状況は把握できる。
「しっ、失礼しました!」
「良いのよ、アレンは私の子どもみたいなものでしょう」
「……しかし」
「膝枕の一つや二つはさせてちょうだい。どうせ、本当の子どもたちはさせてくれないし」
「ごめんなさい……」
と、やはり予想した通り、どうやら俺はエルザ様に膝枕をさせてしまっていたらしい。
申し訳なさに押しつぶされそうになる。
エルザ様とは、侯爵家である父を通して交流をしていたのが最初だった気がする。
それからグロスターの屋敷に潜り込み、アリスお嬢様の死後に精神を壊してしまった俺を看病してくれたのも彼女。弱った部分を見せてしまったためか、こうして今でも俺のことを気にかけてくださっている。悪い気はしないが、ただただ申し訳ない。
「ふふ、アレンの顔面白い。そろそろ書類が出来上がると思うわ」
「あ、そうでした。書類待ちの時間に寝てしまって……」
「相当疲れていたみたいね。ちゃんと眠れてる?」
「……大丈夫です」
「クマ作って言うことじゃないわ。グロスター伯爵の件で大変でしょう」
「大変、ですが……」
心配してくださっているエルザ様は、そのまま俺と会話を続ける。
話したくはなかったが、彼女になら受け入れてくださるような気がした。
事情を知っている、彼女なら。
「正直な気持ち、事件性の有無に関わらずホッとしています」
「というと?」
「直接手を下したわけではないでしょうが、あいつらがアリスお嬢様を殺したんです。使用人だって、みんなでお嬢様をいじめて遊んで……。当然の報いだと思ってしまいました。自分は騎士団の総まとめをする立場で居ないといけないのに、犯人が居れば感謝したいとすら思っています」
「そう、自然な気持ちだと思うわ」
「……すみません」
「私が聞いたのよ、謝らないで。何かわかったら、私にも教えてくれる? あの子も、私の子どもだと思ってるから」
「承知です」
エルザ様とアリスお嬢様は、お茶友達だった。
何度か、薔薇の花を持って宮殿に向かうアリスお嬢様を見たことがある。どんな話をしていたのだろうか、今になっては聞けるはずもない。
エルザ様に見送られて、俺は陛下の元へと書類を取りに行く。
そういえば、最近アリスお嬢様に似たご令嬢が居る話をしなかったな。まあ、世間話だろうからさほど重要ではないか。
***
「ねえ、イリヤ」
「はい、お嬢様」
明日は、延びに延びていたガロン侯爵とお会いする日なの。
王宮の中は混乱中だけど、日常業務も進めないと領民たちが困るからって。前回の続きをした後、ガロン侯爵ができていないお仕事を貰い受けることになっているのよ。
今から楽しみでしょうがない。
それもあって、今日は良く筆がのるわ。
でも、心は重いまま。
「明日、イリヤもついてきてくれる?」
「そのつもりですよ。お嬢様を危険に晒すわけには行きませんから」
「……ごめんね」
イリヤは、グロスター家に起こっている出来事を調べてくれた。
お兄様がいまだに拘束されていること、領民たちの暴動、それに、お父様たちの死因がわからないことも。他にも情報があるらしいんだけど、確定ではないんだって。確実な情報になったらすぐ教えてくれるって、約束したの。今は、それ待ち。
私が謝罪の言葉を言うと、近づいて頭を撫でてくれる。
アリスだってバラしたあの日から、彼女は積極的に私の頭を撫でてくれるようになった。その手が温かくてとても心地よいの。お父様、お母様に撫でられているみたいでとても安心する。
「いいえ。むしろ、サルバトーレのクソ野郎から守れず申し訳ございませんでした」
「良いのよ。あの人、お兄様に似てたから対処しやすかったし」
「次来たら、イリヤが刻みます」
「……比喩よね?」
やっぱり、イリヤが言うと怖いわ。ほら、目が笑ってない。
背中がゾワッとした私は、慌ててペンを握りしめて文字を書く。
ペンだこが痛むも、それは私にとって悪いものではない。むしろ、もう感じることはないと思っていた部類の痛みなので、とても嬉しいの。だって、ペンだこって硬くなっちゃったら痛まないでしょう?
「大丈夫です、腹八分でやめておきます」
「……目八分じゃなくて?」
「そうとも言います、ふふん」
「ふふ、イリヤは面白いわね」
この身体は、ベルのもの。
私は、イリヤに正体を明かしたのを機に、その考えを持った。
だから、身体を大事にしないと。いつか、ベルに返す時がくるんだから。
次、ベルに会った時にその話をしてみよう。
「お嬢様、失礼します」
「アラン、お疲れ様」
「お疲れ様です、お嬢様。お気遣い、ありがとうございます」
「何か、用事?」
ベルのことを考えていると、そこにアランがやってきた。眉間にシワを寄せて、いつもより難しい顔をしている。
どうしたのかしら?
「あの、えっと……」
「なあに、追加のお仕事? 良いわよ、どうせお父様がおサボりしてるのでしょう?」
「それもそうなのですが、別件で」
「ありがとう」
アランは、片手に持っていた手紙を差し出してくる。どうやら、私宛らしいわ。えっと、差出人は……。
「え、サルバトーレ?」
「お嬢様、お貸しください。イリヤが焼き芋をする着火剤にしますので」
噂をすれば……ってやつね。封筒には、サルバトーレのサインが記されている。私が名前を言うと、すぐにイリヤの顔から表情という表情が消え去った。
それを見たアランは、「巻き込まれたくない」と表情に出しつつどこかに行ってしまう。
「ま、待ってよ。内容だけでも読んでから……」
「大丈夫です、読んだら脳が腐りますのでこちらにお渡しください」
「大丈夫よ。ちょっと見ちゃうわ……ね」
封筒を切ると、これまた金ピカな紙が入っていた。目がチカチカして痛いわ。こんな紙、どこに売ってるの?
いえ、それより今は内容ね。内容は……。
「……イリヤ」
「はい、お嬢様」
「今日の夕方、サルバトーレが来るらしいわ」
夕方の時刻まで、あと2時間弱。
私は、封筒片手にどうしたら良いのか考え始める。
でも、すぐは答えが出ない。




