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昼下がりの客人

「お腹いっぱい」

「お気に召したようですな」

「ええ!」


 お庭で食べたサンドイッチは、お部屋で食べるよりずっとずっと美味しかった。

 付け合わせのピクルスも、食欲を刺激してくれる酸っぱさでね。さすがザンギフ、わかってる!


「特に、この鴨肉のサンドイッチが美味しかったわ」

「そちらは、イリヤが早朝に獲った鴨を使用しております」

「え!? イリヤって、狩りもできるの?」

「ええ。料理以外でしたら、大抵のことはできますよ。料理以外でしたら」

「……そう」


 ……2回言ったわ、アインス。


 そこまで言われると、やっぱり食べてみたいな。

 前、そんなことをアインスとアランに言ったら、ものすごい勢いで止められたけど。「イリヤに言ったら喜んで作るからお止めください」って釘さされて。

 アランなんて、ニコニコ顔だったのに真っ青になって震えてた。本当、どんな味なんだろう。


「にしても、思ったより風が少なくて心地良いわね」

「左様ですな。ローズマリーも根付いて良い感じでしたし」

「ええ。あれって、誰がやってくれたの? お礼がしたいわ」

「庭師のバーバリーですよ。そういえば、お嬢様はお会いしたことがないですな」

「庭師居たの!? え、ごめんなさい。ご挨拶が遅れてしまって」

「ああ、大丈夫ですよ。彼女はちょっと……その」

「……?」


 少し温めの紅茶を飲んでいると、アインスが言葉を詰まらせてきた。

 温かい飲み物が出る時、熱々だと私が火傷するからっていつも温いのよね。これはこれで美味しいけど、たまには熱々の紅茶が飲みたいわ。みんな、過保護すぎるのよ。


「ああ、噂をすれば。そこに居ましたよ」

「そこ……?」


 そう言って、アインスは私の隣に立ち真っ直ぐ前に向かって指をさす。でも、いくら視線をめぐらせても、人らしき影すら見えない。

 私、結構目は良い方なんだけど。ほら、お屋敷の窓をフォーリーが拭いているのは見えるもの。私の視力の問題ではなさそう。

 もう一度、アインスの指先の方向を見て……うん、居ない。


「ごめんなさい、見つからないわ」

「ははは、無理もございません。ほら、あそこの木の上に」

「……木のう、え……あああ!!」


 居た! 居たわ!

 木の上に、こちらを凝視している女性が!


 緑を貴重とした色の作業服らしきものを着込んだ女性が、木の上の太い枝にしがみついてこっちを見ていたの。見つけた時、ちょっと嬉しくなっちゃってはしたない声を出してしまったわ。反省反省。

 そんな私を、アインスが「ははは」と言って笑っている。恥ずかしい。


 とりあえず、ご挨拶に……。


「ああ! どうして!?」


 カップを置いて立ち上がると、木の上にいたバーバリーは一目散に逃げてしまった。結構高い木から飛び降りるなんて、運動神経が良すぎるわ。あれじゃあ、追いかけても捕まりそうにない。


「申し訳ございません、お嬢様。彼女は、極度の恥ずかしがり屋なのです。後ほど、私が態度をあらためるよう本人に言っておきますのでお許しください」

「え、アインスなら捕まるの?」

「運が良ければ」

「そ、そう……。別に怒らなくて良いから、ローズマリーのお礼だけ伝えてちょうだい」

「お嬢様はお優しいですね」


 むしろ、気づかなくてごめんなさいって感じだわ。目が覚めてから、一通りご挨拶に出向いたと思ったのにまだ居たなんて。

 私は、何ともいえない気持ちになりながら席につく。すると、


「……っ、…………!!」

「……ぁ……ぉ」

「何やら、騒がしいですな」

「お客様かしら?」

「いえ、本日は訪問の予定がないはずなのですが……」


 門のあたりが騒がしいことに気づいた。

 ここからだと、ちょうどお屋敷に隠れて見えないのよね。


 騒がしいというよりは、怒っているような声がするわ。しかも、一方的に。

 この声は、多分ザンギフとアランね。2人とも、怒らない人なのに珍しい。


「ねえ、私も行ってみたい」

「いけません。あの声は、歓迎される客ではございませんので」

「アインスは、誰なのかわかっているの?」

「……お嬢様、申し訳ございませんがお屋敷に戻りましょう。失礼します」

「え?」


 再度カップの紅茶を飲もうと手を伸ばしたところで、私の身体はアインスによって抱きかかえられ、隣に置かれていた車椅子に下されてしまった。


 ……アインス結構力があるのね。私は、急に抱きかかえられたことよりも、そっちに驚いてしまいコクコクと頷くことしかできない。無視されてしまった質問の答えを聞きたいけど、それも言い出せそうにないわ。

 しかも彼、とても真っ青な顔してるの。


 膝掛けをもらい肩にかけると、すぐに車椅子が動き出す。


「ねえ、お片付けは……」

「それは、後ほどでも大丈夫です」

「……そう。ごめんなさい」


 あと一口紅茶を飲みたかった、なんて言えない雰囲気だわ。もったいない。

 部屋に戻ったら、アインスに頼んでみよう。お仕事頑張るのを条件に、ドライフルーツも出してもらおうかしら。

 確か、先日ザンギフがフルーツを乾燥させたって喜んでいたし、分けてくれると良いのだけれど。


 なんて考えながら車椅子に乗ってお屋敷の角を曲がると、目の前に居た人とぶつかりそうになった。


「キャッ!?」


 急に車椅子が止まり思わず目を瞑ってしまうも、いつまで経っても衝撃はこない。

 恐る恐る目を開くと、真っ赤な紳士服に身を包んだ長身男性と目が合った。その人は、私を見下ろしながら馬鹿にするような笑みを送ってくる。


 すぐにわかった。

 その人物が、サルバトーレ・ダービーであると。


 だって、いつもならアインスが「お嬢様、急に止まってしまい申し訳ございません」とか何とか話しかけてくれるもの。今は、それすらなく、背中から圧を感じるだけ。きっと、ものすごい勢いでサルバトーレを睨みつけているのね。

 彼の後ろには、これまたものすごい顔をしたザンギフとアランが居る。双方、今にでも殴り合いを初めそうな雰囲気があるわ。


「何用でしょうか」

「はは! 元気にしていたか、婚約者よ。俺様が哀れなお前を見に来てやったぞ!」

「本日は、お約束がないとお聞きしました。貴方様が婚約者であろうとも、マナーは重々守っていただくようお願い申し上げます」

「……何だと?」

「本日は、お引き取りください。後ほど、改めてお約束を「お前、誰に向かって口を聞いてるんだ?」」


 車椅子に乗っているのもあり、目の前のサルバトーレは大きく見えた。でも、不思議と怖くない。

 どうしてだろう? って考えていたけど、すぐに答えが見つかった。この人……。


「私の婚約者でいらっしゃる、サルバトーレ・ダービー様に話しかけております」

「……お前」

「お引き取りください。これから、予定がありますの」


 この人、ジョセフお兄様にそっくり。

 自分が一番で、他人は二の次。それでいて、「してやってる」って気持ちが強いから感謝を強要してくるの。

 でも、絶対に欲しい言葉なんか言ってやらないんだから。こういう人は、一度でも下手に出れば今後もこのようなことを繰り返すわ。それを、私はお兄様で嫌というほど学んでいる。


 私は、車椅子から立ち上がりできるだけ視線が近くなるようにし、キッパリとした口調で返事をした。すると、


「何だと、この!」

「お嬢様!」

「お嬢様に何をする!」


 サルバトーレが、私のドレスの胸元を片手で掴んでくる。その力は、とても強い。けど、半ば宙吊り状態になりつつも、頭の中は冷静だった。

 本当、婚約者だと思ってるの? こんなことを女性にするなんて、恥知らずも良いところだわ。まだ、言葉だけで虚勢を張ってるお兄様の方がマシね。


 アインスやザンギフ、アランが動こうとしたのを、私は片手で静止させた。ここで使用人が伯爵家のご子息である彼に手でも出したら、向こうの要望で解雇しなきゃいけなくなる……なんてこともありえるもの。


「お手をお退けください」

「俺様に命令をするのか!」

「お退けください、と言いましたが聞こえませんでしたか?」

「お前……! 生意気にっ!?」

「!?」

「!?」

「!?」


 でも、私なら婚約者だから出しても良いわよね。


 片手で彼の頬を平手打ちすると、庭全体に響き渡るようにパシーンと良い音がした。でも、この音を聞く限り表面だけを叩いたって感じね。もう少し手を開いてすればよかった。


 私がそんなことをすると思っていなかったらしい。その場にいた全員が、ポカーンとした表情になってこちらに視線を向けている。

 サルバトーレなんて、私を離したことに気づいていないみたい。胸ぐらを掴んでいた、そのポーズのまま固まっている。ちょっと間抜けだわ。


「お引き取りください。無礼にもほどがあります」

「わかっ、た……」


 再度声をかけると、サルバトーレは何だか夢でも見ているような表情のまま、ふらふらとした足取りで門へと行ってしまった。そちらに目を向けると、とても立派な馬車が止まっている。

 あれに乗って来たんでしょう、先に帰さなくて正解だったわね。


「……お嬢様」

「あ……。ごめんなさい、私ったら」


 その後ろ姿を眺めていると、残っていた3人がいまだに私を見ていることに気づく。

 視線に耐えられなくなった私は、謝罪をしながら車椅子に座る。


 さっきは、婚約者なら叩いて良いとか思っちゃったけど、そもそも人を叩くのが良くないわ。令嬢として、あるまじき行為だった。みんな、幻滅していたらどうしよう……。


「……ザンギフ」

「ガッテン承知!」

「アラン」

「はい!」

「パーティの準備を」

「え?」


 自分の行ないに縮こまって反省していると、アインスが落ちた膝掛けを拾いながら声を張り上げてきた。

 名前を読んだだけなのに、ザンギフもアランもわかったような顔してガッツポーズなんてして。……どうしちゃったの?


「お嬢様」

「は、はい!」


 状況がわからずキョロキョロあたりを見渡すも、馬車に乗り込んでいるサルバトーレの姿が小さく見えるだけ。あ、それに、ちょっと離れた木の上にバーバリーを見つけたわ。

 彼女、木の上にいるのがデフォルトなのかしら? 確か、パトリシア様も木登り好きだって言っていたから、もしかしたら気が合うかも。


 そうやって遠くを見ていると、アインスが話しかけてくる。


「まず、お助けできず申し訳ございません」

「そして、私たち使用人をお守りくださりありがとうございます」

「ありがとうございます! 僕、感動しちゃいました!」

「え?」

「私もよ。いつもあの態度でくるから、スカッとしちゃいました! お嬢様、素敵!」

「……え?」

「今日は、パーティよ! 腕によりをかけて料理を作るから、お腹すかせておいてくださいな」

「僕、材料調達してきます!」

「私は、お嬢様を送り届けてから武勇伝を屋敷全員に聞かせて……」

「…………え?」


 私は、予想外の反応に固まっていることしかできない。これって、幻滅はされていないってことで合ってる? 自信がないわ。

 周囲の3人の張り切りようについていけずバーバリーに視線を向けると、小さく拍手しているのが見えた。彼女のノリも、しっかりフォンテーヌ家だったことが良くわかる場面ね。でも、もう少し近くでお話したい。


 とりあえず、使用人強制解雇のような事態にはなりそうもないわ。それだけわかれば、あとは良しとしましょうか。

 ただ、ベルが言っていた「婚約者に会えば、もっと私に詰め寄っている」が良くわからないまま。もう少し様子見して、色々話を聞くべきだったのかも。

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