とべ! 青次郎
12/20 ミシェル嬢と青次郎の戦闘開始位置についてご指摘があり、文章の一部を訂正いたしました。
そして、試合開始の笛が鳴る。
互いの距離は、大きく間を取って開かれている。
個人戦となると魔法使いにとっては有利な距離だ。
逆に近接戦闘系の人種にとっては、近づかないことにはどう頑張っても攻撃手段がない。
私達は魔法騎士を目指している。
だから完全物理特化の騎士達に比べれば、それなりに中・遠距離攻撃の手段もあるけれど。
それでも魔法戦闘系に特化している実践魔法コースの生徒とはどうしても手数が違うし、威力にも大きな差がある。
他の魔法騎士コース生徒は属性の相性を上手く使って試合の主導権を奪い取っていた。
どうしても最後は物理攻撃頼みになるので、魔法を使って実践魔法コースの生徒を牽制したり向こうの攻撃を防いだりしながら、如何に素早く接近するのかが肝になっている。
まっすぐ一直線に走ることができれば、二百mなんて大した距離じゃない。
だけど魔法により妨害されたり攻撃されたりして、普通なら簡単に近づけない。
そう、例年通りなら実践魔法コース生の一方的な見せ場……独壇場になるのが通例らしいんだけど。
実践魔法コースの生徒にしてみれば、私達魔法騎士コースの生徒を如何に近寄らせず魔法攻撃を叩き込み続けるかが課題と言えるかしら。大体は発動時間の短く済む魔法を連発して、こちらの足止め——からの発動に時間が欲しい大技でトドメっていうのが実践魔法コース生の望む流れかな?
組合せ操作がほぼ上手くいったお陰で、今のところ属性の利任せに魔法騎士コースの生徒が実践魔法コースの弾幕突破に成功している。やっててよかった組合せ操作。
でも定番というのは、多くの人に選択されるだけあって『強い』。
そのセオリーが、青次郎の念頭にもあるんだろう。
試合開始とほぼ同時に、青次郎の周囲が青白い光で揺らいだ。
みるみる空中に形成されていく、光を弾いて輝くナニか。
あれは氷か、水の塊か——輝き方からして、水かな。
うん、割と殺傷力高めの氷を選ばないあたり、やっぱり私を女子と見て侮ってやがる。
既に青次郎の手の内は……どんな属性に偏っているかは把握済み。
まあまあ『乙女ゲーム』でのイメージ通り、ヤツのポジションは『青』。
髪も青いしな。
そんな青次郎がいきなり爆炎とか使ってきたら、むしろ面白いんだけど。
御多分に漏れず、ヤツの魔法はほぼ水か氷属性だ。
この氷っていうのがちょっと厄介なんだよね。
何しろ魔法の癖に物理的な強度も併せ持っているから。
魔法で攻撃されると、かわすか防ぐかしないといけない。
防ぐ時は物理防御で防ぎきれるものじゃないから、魔法を使って防ぐ場合が多い。
かわすなら身体強化魔法は欲しいところだよね。
さて、私の場合は……まずは軽く、ギアを上げていこう。
私の肩のあたりに、ほわりと。
四色の柔らかな光が舞い降りる。
マゼンタ様、シアン様、孔雀明王様。
それから——黄色い新入りのあの子。
ふるりと光が揺れるのは、身震いなのか武者震いなのか。
青次郎から放たれる、水の礫。中々の飛距離に速度。
これは使い慣れていますな。
私は興奮したように明滅を繰り返す赤い光に呼びかける。
「マゼンタ様!」
『あいあーい!』
意気揚々、元気なお返事ありがとう!
マゼンタ様の声が私の呼びかけに応えると同時、私の周囲で薄く炎が躍った。
動きを阻害しない程度に発現する、炎の幕。
薄くてもマゼンタ様の力が籠った炎だ。
私に降り注ぐ水塊を蒸発させるだけの熱量はある。
だけどこれだけじゃ、青次郎に拳は届かない。
相手の攻撃を防ぐ手段を確立したなら、次は接近する手段を強化したい。
「孔雀明王様!」
『なのなのー!』
楽し気な声と共に、緑の光が一回り大きく膨らんで揺れる。
私の体に満ちる。宿る。
細かい指定をしなくても、孔雀明王様は私が全力で動く為の細かい調整をもう覚えている。
足が、腰が、身体全体が熱く感じる。
その熱を意識して体中で巡らせながら、私は地を蹴って駆け出した。
――ここまでは、多分、青次郎にとって予想の範疇内だろう。
他の魔法騎士コース生だって、似たようなことはしていた。
まあ、私の身体強化魔法はレベルが違うと思うけど。
きっと青次郎の予測よりずっと、私の体は速く動ける。
でも早く動けるだけじゃなく、青次郎への反撃だって織り込みたい。
アイツを殴る一発に全力を込めたいから……なるべく、最小限の労力で。
「シアン様!」
『南無妙法蓮華経、信じる者は救ってしんぜよう』
何を言いたいのか若干不明だけど。
何となくニュアンスで言いたいことはわかるような、わからないような。
厳かな音調でシアン様の声が響く。
私は自身のマントの下から、そっとラケットを取り出した。
まるで無惨にも金魚に逃げられた後のポイのように、枠組みだけのラケット。
だけどそこにシアン様の青い光が宿ると、まあ何てことでしょう!
ガットの代わりに、流動的な水の膜がそこに留まっていた。
青次郎から降り注ぐ水の礫。
炎によって多くは蒸発していく。
炎を通すことで、青次郎の放った水塊は数を減らしていく。
そんな中で、込められた精霊の力が強いのか炎を壁を越えて残る水塊もある。
私は眼前に迫る水塊に対して、自然と半身に構え……タイミングを合わせてラケットを振るう。
これが普通のシャトルとラケットなら、小気味いい音を立てて跳ね返したことでしょう。
だけど水+水。つまりは=水。
ラケットに張られた水の膜に触れた瞬間。
きゅぽんっと音を立てて青次郎の水塊はラケットに吸い込まれて水の膜と同化していた。
よっしゃ吸収成功——!!
「な、なんだと……!?」
青次郎が遠くでなんかほざいているが、気にするこたぁない。
この調子でどんどん水を吸収していく。
目ぼしい水塊をある程度吸い込んだところで——
「シアン様、お願いします!」
『良きに計らってしんぜよう』
溜め込んで、溜め込んで、溜め込んで……
青次郎から取り込みまくった『水』。
それを一気に、解き放つ!
鉄砲魚の水鉄砲的なビームっぽい水が、青次郎に直撃した。
「――っっっ!!?」
しかし残念!
所詮は只の水なので、水圧以上の攻撃力はない。
一点集中、とか。
高速回転とかさせたら洒落にならない威力も出せたかもしれないが。
あくまで『青次郎の水』を吸い込んだ分だけ『一気にリリース』したものだ。
元よりこっちを女子とみて手加減してやがったからな……
青次郎は全身濡れ鼠だけど、まだ余裕がありそうだ。
目を白黒させて咳き込んでいるが、まだ倒れていないし殴ってもいない!
つまり、試合続行!!
奴が襲い掛かる水の暴威に咳き込みまくっている、その隙に。
私は一気に距離を詰めるのだ。
どんどん、どんどん接近する。
相手との距離が十mまで縮まったところで、私は足の動きを変えた。
ここぞというタイミングを見計らって、役目を果たしたラケットを投げ捨てる。
空いた手を、すかさずポケットに突っ込んだ。
さあ、協力してもらおうか。
新しい『お友達』。
「『その他』様!」
『――!』
様とつけていながらも、全く敬ってないよな。この名前。
自分でつけておいて、自分でそう思う。
黄色い揚羽蝶サイズの光る物体が、ぶるりと羽を震わせた。
シアン様達のお眼鏡にかない、私の新たな同居人となった黄色い精霊。
その名は『その他』様。
我ながら雑過ぎる名付けである。
いやでも、だってさ?
あの時、黄色ちゃんにお名前つけようとした時にさぁ。
孔雀明王様が言うんだもん。
……黄色ちゃんは、まだ前の『お友達』に未練があるんじゃないの?って。
どこのどいつかは知らんが、前にくっついていた人間が相手をしてくれないから、相手をしてくれるだろう私のところに鞍替えしたという黄色ちゃん。
しかしまだ前の『お友達』を思いきれていない部分があったらしい。
前の『お友達』が相手をしてくれるんなら、やぶさかじゃないみたいな。
そんな葛藤を看破した孔雀明王様が、しっかりと心を決めるまで猶予が必要じゃないかって言うんだもん。
だから黄色ちゃんが覚悟を決めるまで、ちゃんとしたお名前はお預けになった。
その代わりに仮の名前っていうか、まさに仮名というか。
暫定的に仮免的な名前を付ける事になった。
もしかしたら黄色ちゃんが前の『お友達』のところに戻るかもしれないっていう可能性含みの名前なんで、間違っても情が移ってしまわないように。
さよならしちゃっても寂しくないように、わざと雑な名前を付ける事にしたんだけれど……
不思議だネ!
いざ呼んで接し始めると、こんな雑な仮名でも愛着って湧くんだな……。
仮の名前でも付けて呼んでとしていたら、意志の疎通ができるようになってくる。
『その他』様は付き合いが浅いので、他の三体に比べたらまだぎこちないけれど。
やれることは少ないけれど、でもちゃんと話が通じるから。
前以て簡単な『お願い』をしておけば、実行は容易。
私が『その他』様にお願いしておいたこと。
それは私が合図したタイミングで。
『――――!!』
とにかくめいっぱい、光る事。光らせる事。
精霊の姿が見えず、声が聞こえない奴は精霊をないがしろにしすぎる。
相手にも思考して判断してって能力はあるのに、簡単な『お願い』で済むことを小難しくする。
精霊と仲良くなれば手っ取り早いのに術式がどうの効率がどうのって小難しく考えて、長ったらしい呪文とか作ったりする。
お願いねって言えば簡単に済むのに。
何をどんな感じに、どのくらい何をするのか、事細かに長々と小難しく指定する呪文。
呪文を聞かされる精霊の方が「ん? それってどういう事?」って首を傾げていたりする。
術者が回数を重ねるごとに「ああ、はいはい。アレの事ね」と学習して術を発動してくれるようになるので、回数を重ねれば精度があがるって術者側に認識されていたりするけど。
つまり何が言いたいか?
簡単な指示で本来済むのに、魔法使いたちの呪文って無駄に長々し過ぎなんだよ!
私が青次郎の顔面目掛けて投げたのは、小さなガラス玉。
いわゆるビー玉というやつだ。
今回の試合に際して、予め『その他』様には指令を出していた。
私が誰かにビー玉を投げつけたら、ぶち当たる直前でソレを光らせてほしいと。
そうしてビー玉に光が灯る。
灯る……っていうか、激しく発光する。
それはさながら閃光弾のように……そう、目潰しだ。
「ぐあぁぁ!?」
それでは奴が目がぁ、目がぁぁって状態に陥っている間に、畳みかけるとしよう!
青次郎の逃げ場を封じ、ついでに審判の介入を最低限にする為に周囲の目に覆いをかける!
私は側でふよふよしている赤い光に、青次郎を指さしてGOサイン。
マゼンタ様は「合点!」とばかりに一度くるるっと回転して、
次の瞬間、青次郎の周囲に火柱が立った。六本くらい。
炎のヴェールが、火柱と火柱の間で燃え上がる。
なんか「熱っ!?」って声が聞こえた気がするが気のせいじゃないかな。
これで青次郎は逃げられない。
ついでにボコる瞬間も、審判には見えない。
私は走る速度を上げた。
我が意を得たり、シアン様に目配せをすれば察して私の足元から続く地面に青い線を引く。
冷たい輝きを宿した、道が出来ていく。
凍てつく大地、勢いを増して育つ氷の柱。
私は大きく足を踏み出して、王子へ向けて斜めに伸びる氷柱を駆け上がる。
この氷は、私の足場。
いわば発射台……いや、ロイター板のようなもの。
駆け上がった勢いを殺さず、氷柱の切っ先から、さらに先へと——!
さあ、拳でわからせてあげよう。
前方、斜めに飛んでおちていく。
向かう先には炎に四方を囲まれ惑う青い髪。
炎熱で視界を遮られ、『空』からの敵影にはまだ気付かない。
だけどもう、気付いた時には遅いのだけど。
飛び降りて、かかる加重。
この勢いで殴ったら、地面にめり込むかな?
でもめり込ませるより吹っ飛ばしたいな。
きっとその方が、ずっと気持ちいい。私の気分が。
だから、私は。
まずは飛び降りてかかる勢いを味方に、青次郎の頭に一発。(1hit!)
「ぐはっ」
着地後すかさず、殴られた勢いで上体の泳いだ青次郎を迎え撃つように斜め下から二発目。(2hit!)
「うぐっ!?」
青次郎の足がちょっと地面から浮いちゃったところを狙って……
私の手に、温かな光が宿る。
精霊の灯す、『力』という名の光が。
発光する私の手が、青次郎の顔面に届く。
私の手のひらはそんなに大きくない。
だけど青次郎が小顔なもんで、何とか顔面に五指を食い込ませられる。
「ちょ、まっ……ぐあぁぁ!!」
人はこれを『アイアンクロー』と呼ぶ。(3hit!)
そろそろ炎の壁で遮られた内部の様子に、審判が気を回す頃合いだろうか。
悠長に間延びさせたら、審判に止められてフラストレーションがまた溜まりそう。
だったらそろそろ……うん、次でトドメだ。
唸れ、私の拳!
身体能力と場慣れの違いは、彼の判断能力が働くよりも先に私を突き動かす。
毎日毎日模擬試合模擬試合と戦ってばかりの魔法騎士コース。
その場数の違いを舐めるなよぉぉぉお!!
私の拳は、まっすぐに。
驚きに目を見張る青次郎の頬にめり込んだ。(4hit!)
顔面歪んで、くしゃっとなって。
そしてヤツはお星さまになった。きらん☆
筋力の違いか、体型(というか体重)の違いか。
青次郎は赤太郎に比べると踏み止まる力が弱かったらしい。
おーおー、見事に飛んだ。屋根までは行かないけど、飛んだ。
その飛距離、赤太郎に比してざっと1.5倍ってところかしら?
あの様子じゃ着地の際に受け身もとれまい。
青次郎の医療室直行コースが確定した瞬間だった。
安心してね、残骸は担架が拾ってくれるわ。死んでないと思うけど。
そしてその場には。
青次郎を殴っていつもよりすっきりした爽やかな私と。
そんな私を信じられない!?みたいな顔で目ぇ見開いて凝視する衆目が残された。
みんなの視線が目に痛い。
あれ、もしかして私、やり過ぎた?
魔法の担架
魔法騎士コース訓練場の必需品。
勝手に浮いて自己判断で怪我人を回収し、誰に支えられることも無く傷病人を自動で医務室まで運んでくれる。