よーし、自己正当化しゅーぅりょおーう! さーあ殴るぞー!
今日は朝から快晴!
絶好の戦闘日和である。
この日の為に鍛冶屋に持ち込んで細工をしてもらった殴打用の手袋を装着し、腰にはしっかり吊るした愛用の木剣。
昨日は早く寝たし、体調は絶好調!
精霊様の御座所であるドールハウス(城モデル)の前で柏手打ってお供えをして。
精霊様達とも朝からビー玉で遊び、気持ちは整っているし精霊様達との協調もばっちり。
鏡の前で服装に乱れがないか、三回確かめて納得の頷き。
今日は待ちに待った、実践魔法コースとの合同訓練日。
青次郎を殴れる日である。
前世の記憶にある『遠足』よりもよほど待ち遠しかった。楽しみだ。
楽しみ過ぎて、右手が疼く……!
青次郎を殴れと轟き叫ぶ……!
私は意気揚々と学園へ向けて一歩を踏み出した。
今日の合同訓練、その本来の意義は実践魔法コースと互いの連携を深める為の訓練だ。
魔法騎士という、中衛も出来るけど基本前衛の私達。
後衛から火力高めの攻撃で戦闘に参加する実践魔法コース。
互いの戦い方や戦場での運用法についての理解を深め、協調できるようにっていう。
だけど魔法騎士コースと実践魔法コースの仲がアレなので、内実は互いに協力して高め合うというより張り合って出し抜いてより優位に立つ為に水面下で鍔迫り合う訓練と化している。
まあ、訓練の目的自体は変わっていないので、気持ち的に嫌々でも仕方がない状況では諦めて協力し合えるよう、ちゃんと従来の目的通りのカリキュラムで進むんだけど。
今日はその第一歩。
互いの戦い方や、その有利不利を含めた特性を学ぶ。
それぞれ魔法騎士コース生と実践魔法コース生でペアを組み、まずは敢えてそれぞれの得意な間合いで模擬戦を行う予定だ。近距離・遠距離からの戦闘を一回ずつ、計二回の模擬戦を各ペアで行う。
つ・ま・り、上手い事ペアを組めれば最低でも二回、相手を殴れるチャンスがあるって事で。
しかしペアを決めるのは、厳正なる籤引きによる。
なので私達は早朝から顔を突きつけ合わせて、教室でこっそりパクってきた籤に手を加えていた。
ペアを決める方法が厳正なら、裏から手回しして厳正じゃなくしてしまえば良いんだよ!
ぱぱぱっと手早く細工して、教官達にバレる前に元の場所に戻さないと!
「組み合わせは、ミシェルの無念を晴らす為に実践の王子様とミシェルのペアで良かったんだよね」
「お願い、ナイジェル君!」
「うちの赤太郎殿下も、現段階で実力が出たらマズいし、適当に……弱い人と当たるように細工しておくか」
「ちゃんと赤太郎殿下の得意属性に弱い相手を選べよ」
「そうですわよねぇ模擬集団戦で囮の役目を果たしていただくまでは、本来の実力やクラス内順位がわからないように配慮する必要がありますものね」
「お前ら朝から堂々と不正の相談か!」
「あ、殿下おはようございまーす!」
「ご機嫌いかがかしら、殿下!」
「今日も朝からせいが出ますね!」
「全く悪びれないな、こいつら……」
こういう時、手先が器用なフランツと何故か色々な小細工方法を熟知しているナイジェル君の組み合わせが良い感じに嚙み合うんだよねぇ。
ナイジェル君がやり方を指示して、フランツがパパパッと実現してしまう。
最後に目敏くって注意深いオリバーが第三者目線で確認して、問題がなければ準備完了!
後は教官達が気付く前に用意されていた籤を元の場所へと戻して、知らぬ存ぜぬを貫き通すだけである。
赤太郎も顔を引き攣らせながら、黙認の方向だ。
奴も教官達の『打倒! 実践魔法のいけ好かねぇ陰険野郎ども!』のスローガンに圧力をかけられている一人である。ついでに言うと合同訓練の回数を重ねれば集団模擬戦に発展する。その時に備えた戦略として、魔法騎士コースと実践魔法コースは互いに自分達の実力や奥の手を温存したいと考えているのが定番だ。こちらの実力を程よく隠す為の組み合わせ操作は、クラス全員から納得をいただいている。
イカサマ? うん、知ってる。
でも青次郎を殴れるんなら手段を選ぶ気はない!
コースも違うし授業でしか堂々と殴れる機会がないのに、遠慮してたらいつまで経っても殴れないんだもの! 組合せ操作に際して、こちらに有利な条件で組合せを決める資料として先日完成した変色薔薇の色相レポートを嬉々として提出させて頂いたわ! ご協力ありがとう、何も知らない実践魔法コースのお嬢様達! お陰で実践魔法コース一年男子の、七割くらいの生徒については得意・不得意属性のデータが揃いましたよ!
そうして下準備が完了し、満を持しての合同訓練—―
予定調和通りに、魔法騎士コース生と実践魔法コース生のペアが決まっていく。
魔法騎士コースの生徒達はすまし顔。
何も知らない実践魔法コース生は組合せが如何に彼らにとって不利なものか、まだ知らない。
そうして私は青次郎とペアになった。
本当にやるのか、とクラスメイト達が不安そうな顔をしていた。
それはさながら実践魔法コース一の実力者(笑)とペアになった私を心配しているようでいて、その実は青次郎を心配している。でも大丈夫。私はみんなのことを裏切り者とは思わないよ。
ニコッと笑って仲間達を見ると、何故か視線を向ける先から皆が視線を逸らしていった。
一方、整列する私達魔法騎士コースの対面にて。
青次郎殿下はそれはそれは不機嫌そうな、難しい顔をしていらっしゃった。
おうこら『女の子』のお相手に決まったのがそんなに不服かこの野郎。
それでも顔に出すんじゃねーよ、本っ当に王子かテメェ。
私がもし何か一般的な普通の貴族令嬢だった場合、そんな顔されたら泣くぞこら。
社交能力……いや、対人能力見直せ。
ナイジェル君が言っていた。
私が『女子』だから、他の学科では『男子』に手加減されて好成績なのだろうって認識だって。
青次郎も多分それを真に受けている。
いや、アイツの場合は私の成績も関係ないかもしれない。
というか興味ないだろうし、私の成績とか知らないかも。
私が『女子』だから。
それだけで侮られている。
『女子』だから……何だって言うの。
青次郎は固定観念に囚われているんじゃなかろうか。
それに、視野狭窄に陥っているんじゃないかしら。無自覚だろうけど。
確かに私は『性別:女』よ?
腕力とか筋力とか身体能力とかの育ち具合とか、やっぱり生物学的に男性の皆々様……特にエドガーとかと比べると、違うって思う。筋トレ頑張っても結果が微々たるものだなぁとも思う。
確かにただ『騎士』になろうっていうなら、女には厳しいかもしれない。
絶対になれないとは言わないけど、貴族令嬢なら無理だろうなって思う。
だけどそれは『騎士』であって、『魔法騎士』はまた違うでしょ。
だって『魔法騎士』は『魔法ありきの騎士』。
全部自前の筋肉だけで補う『騎士』とは違うのだ。
筋力が必要なら魔法でブーストするし、持久力が足りなければやっぱり魔法でブーストするし、全体的に身体能力足りないなってなったらやっぱり魔法でブーストする。
一般的には魔法で強化しても限界があるし、しすぎると持続時間オーバーで魔力枯渇してぶっ倒れるらしいけど。
私はそこらへん、精霊との関係強化によって克服している。
一般的な貴族のお嬢様とはそこが違うのだ。
これは私の感覚で、こんな感じって理解しているだけなんだけど。
『魔法』を『家電』に例えると、個々人が持ってる『魔力』は屋根に着けた『ソーラーパネル』。それぞれパネルの大きさや性能で発電量が増減するけど、太陽光発電で電力溜めて『家電』動かす感じ?
古くて由緒正しい血筋の王侯貴族は強い魔力持ちが多いっていうけど、私はそれを『先祖代々受け継いだ屋敷や城在住だから敷地面積や屋根の範囲が広い』=『ソーラーパネルがたくさん』というイメージで受け止めている。
だけど数百年前から、経年劣化なのか『ソーラーパネル』の発電量が下がっていて『魔法』を使うだけの力は溜められなくなっていて。
そうして人々は『ソーラーパネル』だけで頑張って『家電』動かすのを諦めて、『発電所』から電力供給を受けて『家電』を使うようになったのだ。自分の持っている魔力を『電気代』にして。
ただし、供給される電力量……発電所から電気が送られてくる送電線の太さや強度みたいなものは、精霊との精神的な繋がりによって上下する。そして供給量以上に使おうとするとブレーカーが落ちる。
魔法に詳しい筈のお偉い方々は何故かこの送電線から供給される電力を増やす、のではなく……見当違いの方向でより多くの電力をもらおうと無駄な努力をしているけれど。
残念ながら送られてくる電力量は精霊側の気持ち次第。
その点で言えば私なんか、精霊に城(ドールサイズ/手作り)を貢いだ女ですし?
『発電所』にめちゃくちゃサービスされて、電力使いたい放題に近い状態だ。
そんな私が、『魔法(※精霊術)』の分野で誰かに能力を疑われる云われはない。
だから、『魔法騎士』となる事について、能力に不足はないって胸を張って言える。
志望動機は『王子を合法的に殴る為』だけど。
動機が不純っていわれるかもしれないけど、ここまで一途に頑張って来たんだから立派な職業選択の理由だと思う。ある意味では純度百%よ、多分。
大体青次郎もさぁ、王族でしょ? 王子様なんでしょ?
つまりは将来、王様になる見込みなんでしょう?
だっていうのに、その頭の固さはヤバいと思うんだよねー。
無意識のうちに固定観念働かせて、自分で気付かないまま男女差別とかしてるよね。どこの国だって、国民の半分は男で、もう半分は女なのに。臣民の半分を差別しちゃうような王様はクーデターされちゃっても文句言えないと思うのよね。
だったらさ、大人になって固定観念がマジで固定して手遅れになる前に。
まだ頭に柔軟剤……間違えた、柔軟性が欠片だけでも残っているだろう、十代の今の内にさ。
軌道修正、しておいた方が良いと思うんだよね。
だからさぁ、青次郎……余計なお世話かもしれないけどね? ちょっとその残念な目に見えないポンコツ部分……私が軌道修正してあげるよ。物理的にさ。
狭くなっちゃっているその視野を、私がこの拳で広げてあげる。物理的に。
うん、決めた。
壊れたテレビは斜め四十五度で叩けって、前世の誰かが言っていたし。
ヤツの固定観念を私がぶっ壊して差し上げるのだ。
ああ、ほら、良いね! 私の鬱憤にプラスの理由付けができたんじゃない?
殴る理由、ちゃんとあるよ!
だから殴って良いんだよ。
やがて試合は始まった。
教官がコインを投げて、最初はモヤシ共に有利な遠距離間合いでの試合から。
魔法騎士も、魔法を使いはする。
でもやっぱり、『騎士』とつくだけあって得意な間合いは近距離だ。戦い方もほぼ物理。
魔法は補助や奥の手という扱いが多いかな?
そもそも威力や精度はやっぱり本職に劣る。
……もちろん、一部例外はあるけれど?
弄した小細工のお陰で、苦戦らしい苦戦もなく試合はサクサク進んだ。
中には有利になるよう組合せの操作をしてもなお、楽勝とはいかない試合もあったけれど。
というかこちらの計算が通用しない番狂わせだってあった。
それでも、それなりに算段を立てていたお陰で順番はすぐに巡ってきた。
「ミシェル、負けるなよ!」
「ぶっ飛ばしちまえ、ミシェル!」
「お前ら相手が他国の王子だってわかっていて野次っているのか……?」
声援という名の野次が飛ぶ。
やれやれって感じで溜息をつく青次郎。
私は敵にも味方にも、等しくにっこり微笑みかけて。
右の拳を左手のひらに叩きつけた。
――さあ、証明の時間だ。
私が騎士を目指すのが無謀かどうか……今からわからせてあげる。(物理的に。)
魔法騎士コースの生徒さん達が何やら組合せ操作やら籤への細工やらやり始めてくれたお陰で、青次郎を殴るところまで行けませんでした……。
青次郎が星になるのは、また次回☆
さてさて、ミシェル嬢に殴られるのは大前提として。
果たして青次郎はどのくらい吹っ飛ぶのかなっ?
a.10m
b.15m
c.3500m
d.ブラジルまで(地球を半周☆)