ボブおじさんの努力の結晶
我らが密t……ナイジェル君の内偵にある程度の目途が立ったらしい。
いつもつるんでいる、我らが六名。
ナイジェル君を筆頭に私、オリバー、エドガー、フランツ、マティアス。
私達は(というか私が)赤太郎を引きずって、密室……じゃなかった、自習室へ向かう。
本当は一人で使う用の部屋なので、ちょっと狭い。
特にエドガーが物理的に大きいので、圧迫感すげぇな。
ナイジェル君に実践魔法コースの情報を共有してもらい、対策を練る為に集まったんだけど……エドガー、君の香水がフローラルすぎて気が散って仕方ない。
うん、今日はとっても薔薇臭いね。
「おい、エドガー……」
「密室だから仕方がありませんわ」
「開き直るなよ」
フランツの苦情も何のその、エドガーはしれっとした顔をしている。
こんな中、エドガーの香水に動じることなく机に資料を広げ始めたナイジェル君は、平常心強いと思う。
やがて資料の準備が整ったのか、ナイジェル君は粛々と椅子に腰かけ、議題を掲げる。
「それじゃあ第一回『攻撃目標:実践魔法コース対策検討会』を始めたいと思います」
「わー、ぱちぱちぱち!」
「とりあえず実践魔法コースで、現時点で目立った実力者の情報を入手してきたよ。コンプレックスネタ含む個人データと、最近の恥ずかしい失敗談と、あと魔法・体術方面の得意不得意を含む戦闘スタイルについてだね」
「おい、戦う上で一番重要そうなネタが最後になってるぞ」
「そっちは傾向と対策を練ればどうにかなりそうだし、実際に対人戦となったら揺さぶり有効でしょ? 相手の動揺を誘えるネタは頭に入れておいた方が良いと思って」
「はいはい、ナイジェル君!」
「なぁに、ミシェル?」
「現時点での実力者って、それは授業を通しての客観的評価ってことかしら」
「……実践魔法コースにも王族が混じってるもんね。他国のだけど。ミシェルが気にしているのはつまり、王子の身分を憚って実力を隠している猛者がいるんじゃ、ってことかな」
「そう、それ。身分と権力気にして忖度している勢って絶対いるでしょ。特に身分がちょっと低めの階層に」
何しろ精霊術の威力=精霊との親和性+敬う気持ち!
都会で優雅にアハハオホホと暮らしている王侯やら高位貴族の贅沢集団に、自然と身近に生きる庶民や平民に近い暮らしをしている下位貴族ほど自然への畏敬の念が育つとは思えん。頭ではわかっていても、敬っているつもりでも、やっぱりああいうのって身近に実感して生活している方が深層心理に刷り込まれるものね。
まあ、お偉い方々はそのへんわかってないけど。
何しろ精霊術の威力が年々低下している! 優秀な後進が少なくなっている!
⇒よし、精霊術の効率的な使い方や高威力の術を研究しよう! なんて考えている集団だからな。
それよりもまずは精霊様に祭壇作ってお供えする方が先だろ。
神だn……精霊棚つくれ、精霊棚。
と、そんな私独自の観点から考えても、絶対にお偉い方々で構成された成績上位集団より、ちょっと成績控えめで身分低めの方々の中にこそ実力隠した猛者がいると思うんだよなぁ。
「まあ、懸念は否定はしないかな。だけど今回に限って言えば、その忖度されてる王子が前面に出る可能性が高いし、忖度勢が王子に恥をかかせるようなことはしないかな、って判断したよ」
「つまり現時点で隠しているものを、あからさまに見せてくる事はないだろうって?」
「そうそう。実力隠すくらい慎重なんだったら、それをカミングアウトする場面も選ぶと思う。余程進退窮まった時とか、実力を出しても面倒にならない保証が得られてからとか?」
「入学から間もなく、まだ状況を測ってる現段階では尻尾を出さないだろうって事ですわね」
「そうか。実力を隠している奴らは今回も手を抜くだろうから、現時点で成績トップ勢を気取ってる奴らが要注意なんだな。そいつらの実力を超える事はしないってことだし」
「大体は入学直後の実力試験で出た成績順かなー。今の時点で注意すべきなのは。まあ、実力を隠している忖度勢が何らかの理由で実力を出し始めたら要注意だけど。何しろ魔法の威力が王子以下になるよう調整できる、緻密な魔法操作が可能な実力者ってことだからね」
「なあ、お前達」
和気藹々と話す、私達の脇で。
所在なさげな声がポツンと落ちる。
うん、どうしたんだい赤太郎?
「私はどうして連れてこられたか、わかってないんだが……もしや話のついでに、私のメンタルを滅多刺しするつもりで連れてこられたのか?」
「違います」
「違いますわよ」
「全然違いますってー」
どうした、赤太郎。怒っているの、赤太郎。
こめかみがひくっと引きつっているゾ!
この反応を見てわかる通り、いや最近の模擬戦の戦績を考えれば馬鹿でもわかるけれど。
我が魔法騎士コース一年で最も身分尊い赤太郎殿下は、入学したばかりの頃は自分が忖度されていたことに気付いている。
まあ、模擬試合で負け続けているしね。
最初は「ま、まあこんなことも……」と余裕を見せていたけれど、二度三度……十回二十回と負けるうちに焦りを隠せなくなり、最後には……あれは入学してから半月くらいしてからかな?
ヤツは、叫んだ。
『お、お前達っ 実力を隠していたなー!!?』
『そりゃ周囲の実力を測っていたんでさぁ。最初は実力隠して様子見するのは基本ですぜ、殿下』
そして冷静に返されて、押し黙った。
その頃にはもう、赤太郎が試合に負けたくらいでは理不尽な権力攻撃をしたりしないと、みんなが確信を持っていたので。
何しろ毎回殴り倒している超傍若無人な私への対応が圧力皆無だったからな!!
全くの無傷である。遠慮容赦なく殴り倒しているのに、全くの無傷である。
私があまりに身分・権力無視で王子を殴るので、入学後の一週間目くらいに……たしか、まずオリバーが隠していた実力を見せたんだよね。
あの時、一本取られてぽかんとしていた王子は、今思い出しても間抜けだった。あっはっは。
オリバーに続いて翌日、エドガーが王子を負かした。
二日連続であっさり負かされる王子を見て、何の被害も出ていないオリバー達を見て、様子見をしていた他の面々も恐る恐ると実力を出しはじめ……
今となっては、誰も躊躇することなく王子と実力勝負をしている。
まあ、赤太郎の今後の成長を思えばそっちの方が良いと思うけどね。戦闘力的にも人間的にも。
裏表なく、実力勝負ができる環境って大分重要だよ?
そんな訳で『忖度』という言葉は、現在赤太郎にとって一番胸に刺さるワードである。
どうやらオリバー達が実力を出し始めるまで、(私の存在を抜いて)クラストップの実力を持っていると思い込んでいた自分を思い出してしまうらしい。
王子様というだけあって基礎面とか、技術的にはしっかりとした教育によって誰よりも根付いているんだけど、如何せん場慣れというか、勝負慣れしてないからなぁ赤太郎。
剣筋が正直すぎるし、フェイントにはすぐ引っかかるし、誰かと争うには素直すぎるんだよなぁ。
それも最近、遠慮の消えた皆との模擬戦で少しずつ成長が見えるけど。
非常に嫌だと頭を抱える赤太郎の姿に、私は『黒歴史』という単語を思い出した。
「赤太郎殿下には是非とも重要な役割を担っていただきたく、この場にゲストとしてお越しいただいた次第」
「おい敬ってると見せかけて赤太郎って呼ぶな!?」
「そう、殿下にはおとr……我らが総大将として、旗印として気張ってもらわなくては」
「いま囮って言いかけただろ。言い直したとしてもわかってるんだからな」
「他のコースに、現時点での正確なクラス内番付は知られていないからね。きっと入学直後の実力試験順
だと思われている筈。だから実際はともかく他コースに実力トップだと思われている殿下には、餌としての利用価値があります」
「だからと言ってオープンにしろとも言っていないんだがなー!?」
「赤太郎殿下、良かったですね」
「なにが!?」
「言葉を隠さず、歯に衣着せずに正直な意見をぶつけ合う。これぞ気を置けない仲ってヤツですよ! 学生時代特有の青春ダ☆」
「そんなポジティブな言い方されても騙されないぞ!?」
「ナイジェル君、ナイジェル君、赤太郎殿下が成績トップって、私は?」
あっるぇー? 入学直後の実力試験って、忖度していた皆はともかく、私はぶっちぎりの成績叩き出してやったんだけどなー? 赤太郎を殴って。
コースごとの実力試験の結果って、食堂前の掲示板に堂々と張り出されていたし。
他のコースのもそうだけど、成績順位は公開処刑よろしく周知されてしまう。
そして私の名前は皆が忖度した結果、魔法騎士コースの一番に燦然と輝いていたはずなんだけど?
「ミシェルの場合は、性別が女性だから」
「うん?」
「魔法騎士コースの女性って時点で、先入観と凝り固まった固定概念が働いたみたい」
「……つまり、女性というだけで侮られていて、正確な実力で判断してもらえないって事かしら?」
「そういうことだね。魔法騎士コースの他の生徒達が、女性を相手に紳士的に振る舞った(※手加減した)結果だと思われてるみたいだよ」
「ほほーぅ? つまり敵は、私の事を女性だからってだけで侮っていると」
「そうそう」
「そして赤太郎が一番強いと思って真っ先に狙ってくるだろうと」
「そうそう」
そりゃもう……囮にするしかないね!
こうなったら盛大に赤太郎に気を取られてもらおう。
赤太郎より間違いなく強い人材が、七人くらいいるけどノーマークってことだもん。
「そこでね、ミシェル。君に事前準備の一環として情報の後押しっていうか……簡単な操作をしてほしいんだよね」
「えっ?」
ナイジェル君ってば何を言いだした―?
私に情報操作を……って、そんな無茶ぶりなー!?
何をさせられるのかと、一瞬身構えたけれど。
何のことはない。
「まあ、ミシェル様、それは本当ですの?」
「ええ、本当ですわ。アマンダ様に嘘は申しません」
「まぁぁ……♡」
うん、本当に何のことはない。
先日赤太郎の下着ネタで情報を売って以来、私は学内のお嬢様方からお茶会へお招きされるようになっていた。アレです、王子様の情報とか、将来有望そうな魔法騎士の情報源として有用だと判断されたようで……初っ端に絡まれた事実も今となってはなかった事となっている。
魔法騎士のお婿さんを考えているお嬢様達にとって、女っ気皆無の魔法騎士コースの情報は中々入手し辛かったらしく。今では学年を超えて先輩のお茶会に呼ばれる事すらある。
そして学内の女生徒=他コースの生徒ということで。
私はコースの壁を越えて女子が集うお茶会での、情報拡散係を任命された。
さも赤太郎が活躍しているように、奴こそが魔法騎士コースのエースであるかのように上手い事印象付けるお仕事である。まあ、元よりヤツの女子人気が高いので、お茶会の度に持ち上げて持ち上げて持ち上げ持ち上げ……打ち上げる勢いでヤツの事を語り、女子の好感度を高めてはいた。だって赤太郎の話は受けがいいし、お嬢さん達は赤太郎の活躍を知りたいんだもの。ここは需要に沿って、多少誇張してでも赤太郎を讃えておくことこそが、私がお茶会で人気者になる為の秘訣である。
なお、この時に間違っても、私が赤太郎に恋愛的な感情を持っていると誤解させてはいけない。
あくまで騎士候補として、ヤツを尊敬しているように身分を弁えた発言をせねばならない。
そうすることで女子の間では私の好感度が上がり、そして赤太郎への(誇張された)評判が上がる。
お茶会に参加していない方々にも、お茶会での成果は間を置かずに伝播するから気は抜けない。
ナイジェル君曰く、女性皆無の魔法騎士コースでは実感し難いけど、女性の話し声ってなかなか耳につくので、情報の拡散にうってつけなんだとか……うん、そういえば皆無って言いきってたな、ナイジェル君。
……まあ、そんな訳で。
早速今日から、お嬢様達のキラキラなお茶会に突撃だ☆
手土産には学内庭園のボブおじさん(庭師)に切ってもらった、手に取る人によって色を変えるっている珍しい薔薇を持参した。
前回のお茶会で、この薔薇を使った恋占いの話してたし丁度いいよね!
確か記憶ではコレ、『ゲーム』のバレンタイン的イベントで使われてた薔薇だった気がするけど、主人公が毎年1輪しか手に入れられなかった薔薇も、ちゃんと庭師のボブおじさんにOK取ったらわさっと束で貰えたし。
なんか学園の許可取って研究目的で育てている貴重な薔薇なのに、無断で拝借する不届き者が多いから怒って障害物を仕掛けていたらしい。ボブおじさんが。
そんな中ちゃんとボブおじさんに申告して譲ってほしいと許可を取ったことが好印象だったみたい。
でもそっかー、ゲームでは入手難易度高かったけど、ボブおじさんの仕事かー。
というか主人公、学園に咲いているからって庭師が管理している薔薇、勝手に摘んだら駄目だろー。そういうところが田舎育ちのマナー知らずって言われる由縁なんだぞー? その通りだけどー。
まあ主人公が薔薇を手に入れようとした時点で既に罠が仕掛けられていたところを見るに、主人公だけじゃないっていうか主人公より前に不届き者が大量にいたんだろうけれど。
多分彼女は勝手に花を摘んだら駄目だなんて知らなかったんだろう。薔薇の話を振って主人公に手に入れるよう勧めてきたキャラも、学園のどこそこで摘める~と言っていたから『薔薇=勝手に摘むモノ』って認識だったっぽいし。お貴族様達め、管理されている庭の花は、勝手に取っちゃ駄目なんだぞ!
本当は世話係を買って出た赤太郎が、常識の違うところから来た主人公に、ちゃんとその辺教えておかないといけなかったんだろうけど……ヤツは王子様だもんなぁ。きっとヤツの認識も『薔薇=勝手に取って良い物』だったんだろう。
さて、私の手元にはボブおじさんの好意で20本の薔薇がある。
お茶会に向かう前に、魔法騎士コースの野郎どもに持たせて一通り色チェックもしてある。
何故って? 話のネタにする為だ。
ありがちだけど、何でも薔薇の色によって相性だとか相手の好みとかがわかる……とか、まあ色々言われている。ちなみに諸説ありだ。
相性と好みはまた別物だと思うんだけど、どうなんすかね。
ただ個人の何に反応して色が変わるのか、判明してないって話だし……こじつけかな!
話のネタにはちょうどいいってだけで、私は真偽の程なんてどうでも良いし。
「まあ……カーライル殿下の薔薇は炎のような真紅。情熱的な恋の色ですわね、素敵」
「……ふふっアマンダ様の御髪の色とよく似た色合いでしたのよ。あれが殿下の恋の色だとしたら、きっとお相手は赤い薔薇が似合う麗しい乙女なのでしょうね」
「まぁぁ♡ もう、ミシェル様ったら!」
こういう時のポイントは、相手に都合よく解釈できるように喋る事。
決して具体的に、断定口調で、そして誰の事と限定するように言ってはいけない。
誰の事とは言わず、誰が聞いても自分にとって都合よく解釈できるように喋るのだ!
一瞬、カーライルって誰だっけってなった。
あぁ、そういえばそんな名前だったっけ。赤太郎の本名。
ちなみに私が手に取った薔薇は、赤・青・緑でほんのちょっぴり黄色い縁取りという混沌とした色合いになった。グラデーションとかではなく、きっぱり明確に分かれた四色。
うん、どっかで見た色合いだね。
というか精霊様の色だね!
推測になるけれど、多分これって力を貸してくれてる精霊の色なんじゃない?
薔薇持った人の近くにいる精霊に反応して変色してるんじゃない?
どうしてそうなるのかは不明だけれど……ん? あれ?
もしかしてこの薔薇を使えば、より確実に魔法(※精霊術)の得意属性がわかるんじゃね?
もしかすると、相手が隠し玉として温存している奥の手的なモノとかわかるんじゃね?
申告している得意属性とは別の色が薔薇に入っていたら、それは隠している得意属性ってことだもの。
おっと、これは……他の学科の方々にも、薔薇チャレンジしてもらおうかな?
その為にはお嬢様方の協力がいるなぁ。
いきなり見ず知らずの私が突撃して「ちょいとこの薔薇持ってみて下さーい!」なんて言っても怪しいだけだし。
ちょっとお嬢様達に提案してみよっかな?
元々薔薇も、お土産として一人一本持って帰ってもらうつもりだったし。
次回のお茶会までに、それぞれの学科の生徒達の薔薇色リストの作成を頼んじゃおうか。
あくまでも恋占いのネタとして。
今回のお茶会で既に魔法騎士コースの目ぼしい野郎どもの薔薇色リストを投下していたこともあり、私の提案にはお嬢様方も楽しそう! 素敵! と目を輝かせて賛同してくれた。
この様子なら、乙女の根性で各コースの成績優秀者分はまず間違いなくリスト作成が進むことだろう。ああ、あと顔面偏差値の高いヤツな?
きゃっきゃと楽しそうに男たちに薔薇を握らせる算段を立てる乙女たち。
そんな中、優れた目敏さの持ち主である令嬢の一人が、歓声を上げた。
彼女の指は、まっすぐと『とある人物』へと皆の注意を促す。
「――皆様、あちらをご覧になって! 」
見ろと言われて目を向けた先には。
特徴的な青い髪、学生生活をエンジョイできていないのかって感じの冷めた目。
乙女ゲームの需要に合わせたビジュアルを引きずる、長身細身で無駄に整ったツラ。
足長すぎ、まつげ長すぎなんだよラクダかテメェ。
実践魔法コースの制服を僅かな乱れもなく着用した…… 青 次 郎 。
奴が、そこにいた。