いにしえより伝わりし伝統の差し入れ+炭酸=なぜか残念
ナイジェル君から実践魔法コースとの戦闘訓練実施が早まるかもしれないと。
そう伝え聞いた翌日、私達魔法騎士コースは教官から正式にその通達を受けた。
なんと三週間後には青次郎を殴r……実践魔法コースとの戦闘訓練カリキュラムが開始だってよ! やったぁ!
そして同時に、目がすっごくマジな教官から、これ以上はないってくらい圧のかかった声で「お前ら、意地でも実践魔法コースの奴らに遅れは取るなよ?」と脅s……釘を刺された。
私もまだ魔法学園に入学したばかりだから、詳しく知る訳じゃないけれど。
なんでも魔法騎士コースと実践魔法コースは少々、なんというか、伝統的にあまり仲がよろしくない、らしい。
魔法(※精霊術)も使うけれど、物理攻撃主体で前に出て戦う魔法騎士コース。
物理攻撃は危険が迫った時の護身程度で、後方から魔法(※精霊術)攻撃に専念する実践魔法コース。
力を合わせて連携を取ればピタリと合致しそうなものだけど。
自分達でもそれをわかっているからこそ、互いの戦い方や連携の取り方を学ぶ為に合同の戦闘訓練がカリキュラムに組み込まれているっていうのに。
頭ではそれをわかっていて表面上は協力していても、何故か精神的に反目している。
互いの戦い方の違いから、それぞれ重視するナニかが違うのかもしれない。
だけど私は、心の底ではわかっていた。
「きっとお互いにお互いのコンプレックス刺激しまくりなのでしょうね!」
「み、ミシェル……っお前、みんながわかっていて言わなかったのに!」
身体を鍛える肉体派、つまり男の憧れる筋肉を有した魔法騎士コース。
ほぼモヤシで構成されていながらも、火力では上回る実践魔法コース。
つまりは、そういう事だと思う。
魔法騎士コースはアイツらモヤシの癖に……! と火力の高い攻撃力を羨み、それを持っていながら接近戦では紙装甲ですぐ倒される不甲斐なさに奥歯をギリギリさせている。
そして実践魔法コースは単純に身体能力とか肉体美とか、そういう物理的な方面での劣等感から魔法騎士コースを脳筋と罵り、野蛮だと侮蔑する。
互いに何となく相手の本音を察しながらも、代々色々なアレが積み重なって仲が悪い、と。
更にナイジェル君情報だけど、今の魔法騎士コースの主任教官と実践魔法コースの主任教官は学園生徒時代から筋金入りの仲の悪さで色々拗れているんだとか。
しかも魔法騎士コース主任の妹同然の幼馴染が実践魔法コース主任の奥さんで、実践魔法コース主任の初恋の君にして永遠のマドンナが魔法騎士コース主任の奥さんだとか……。
学園生時代、魔法騎士コース主任が奥さんと交際しだした時には、実践魔法コース主任が魔法騎士コースの教室にまで殴り込んで決闘騒ぎになったとかなんとか。
うん、ナイジェル君? 君、どこでそんな情報拾ってくるのかな?
いや、情報を提供してもらえていつも助かってるけれどね?
更には教官がマジな目で「やれ」って暗黙のうちに言ってるも同然だから、何の気兼ねもなく青次郎を殴れるから助かるんだけどね?
そんな訳で魔法騎士コースの戦闘訓練は厳しさが増した。
実践魔法コースとの合同訓練が始まるまでに全体的にレベルを上げて、格の違いを判らせてやれとのお達しにより、教官達の指導にも力が入る。
魔法騎士コースは午前中に座学、午後に実技という構成になっている。
座学を後回しにした場合、目いっぱい体力消耗した後で座学とか、寝る生徒の続出間違いなしだからね。
だから一日の最初に座学をやってから、午後に身体を動かす。
中には実技でギリギリ限界まで消耗して、午前中の記憶が吹っ飛ぶなんて生徒もいるみたいだけど。
魔法騎士コース専用の訓練場で、今日は……今日も剣を振る。
やっぱり騎士を名乗るからには、剣や槍、弓は使い熟して当然。
ああ、あと馬術訓練も必修だね。
馬を走らせながら戦う訓練もするので、必然的に魔法騎士コースの訓練場は敷地面積が広い。
その広い敷地のあちこちで、今は生ける屍が量産されていた。
教官のしごきに体力を消耗しすぎて、起き上がれなくなった1年生諸君である。
苦し気な呻き声が、なんともゾンビめいた趣を醸し出している……。みんな、生きてる?
今は訓練と訓練の合間に挟まれた、休憩時間。
私は彼らの様子を眺めながら、備え付けのベンチに腰掛けてせっせと手指を動かしていた。
左手には銀色に輝く針金の束。
右手には職人街で一目惚れして手に入れた、使い馴染んだ愛用の工具。
しっかりと握って針金をくるくると巻いて行けば、やがては可愛い猫足のアイアンチェア風の椅子……になる予定。
「ミシェル、お前……器用だなぁ」
「っていうかあの訓練直後に、そういう細かい事する元気があんのな、お前。すげぇよ」
「そう? やっぱりアレじゃないかしら。教官達も、私が女性なので気を使って訓練を軽くしてくれているのかも?」
「速攻でバレる嘘つくなよ。お前、平気な顔して俺達と同じ訓練こなしてたじゃないか」
「当たり前の顔で、男に混ざってたよな……」
「男のわたくし達でも辛いものがありますのに……一体、どういう体力をなさっていますの?」
「ふふふー! 基礎体力はコツコツみっちり、六歳の時から鍛えてきたもの。地力が違いますのよ」
さすがに体力無尽蔵な訳じゃないわ。
だけど入学からさほど間もない今はまだ、入学前にある程度の訓練を受けていたとしても基本的に軟弱な面の有る貴族の子弟を鍛えている段階。
つまりみっちり基礎体力を積んできた私にとっては、まだ余裕のある内容となっている。
連続して体力消耗系の訓練ばかりだから、一日の終わりには私も辛くなってるけれどね!
今はまだ余力が残っているので、新しくうちの精霊の家に入居した新住民分の家具をちまちまと作り足していく。精霊さんのサイズに合わせたベッドも、今の内に骨組みだけでも作っておこうかなぁ?
「……ほんと、手先器用だな?」
「っていうかミシェル、お前そういう趣味あったのな。純粋にすげぇ」
「でも、貴族令嬢の趣味、という感じじゃありませんわよね……愛用のマイ工具を持っている令嬢なんて貴女ぐらいではなくて?」
「うちの住民が増えましたのでー、新しい家具を揃えているところですわ。心を込めて、ひとつひとつ自分で作ることに意義がありますのよー」
「住民? サイズ的に小動物……?」
「どうしてイキモノだと思っているのかしら? オリバー、よく考えてみますのね。人間の形に合わせた家具がどうして小動物に必要ですの。ミシェルはきっと、新しいお人形さんをお迎えしたに違いありませんわ」
「人形ぉ? ミシェルが? うっわ、想像つかねぇ」
「ふふ。好き勝手に言うわね、あなた方。まあ、ご想像にお任せしましょう」
私を話のネタにしている間に、息も整ってきたらしい。
徐にエドガーが立ち上がり、自分の鞄から何かを取り出した。
金属製の……バットみたいな?
私の隣に腰掛けて、エドガーがバットに手をかざす。
すると手のひらから、キラキラと小さな青い雪結晶が光と共に舞い散った。
おお、さすがはエドガー。術一つとっても見栄え的な意味で美意識が高い。
それに繊細な制御力。手元のバットだけ冷やすって、調整難しいのにあっさりと。
「エドガーって氷系の術得意だったっけ」
「いいえ? わたくしの得意とするのは風系ですわよ? 風に乗せて舞い散る花びら! という光景を実現したくて血の滲むような努力を重ねたものですわ」
「動機はともかく、風系が得意なの? 食べ物だけ冷やすって難しいと思うんだけど」
「わたくしの場合は、氷系は使えても威力が低すぎますの。それこそ、食べ物を冷やすくらいしか使い道がない程度には」
「それでも使えるだけでも凄ぇけどな。氷系って難易度高いじゃん」
「あら、褒めてくれて有難う。さ、これで良いですわね。丁度良く冷えたみたいですわ」
「エドガー、それは?」
「ふふ。ほら、連日教官のしごきでみんなぐったりしているみたいですもの。みんなの事を労ってさしあげても罰は当たりませんでしょう?」
エドガーが、バットの蓋を開ける。
そこにはとろりとしたオレンジ色の蜜を纏う、黄色い果実の断面。
うっわ女子力高っ……檸檬の蜂蜜漬けだ!
前世の私がスポコン漫画とか青春系の漫画で度々目にした、差し入れの定番・檸檬の蜂蜜漬けだ!
「ほら、あなた達ー? 食べたいならおいでなさい」
「おー? エドガー、それなんぞ?」
「差し入れはエドガーからか……そのぶっとい指で、作ってきたのか」
「……可愛い女の子からが良かった」
「あら、無理に食べなくてもよろしくてよ。食べたくない方に強要する程、わたくしも無粋じゃありませんわ」
「み、ミシェル、お前は差し入れとか……」
「ん? 私から皆に分けてあげられるモノは、水くらいよ」
「水なんぞ近くの水くみ場に行けば浴びる程あるわい!」
文句を言いつつも、みんな甘い物が欲しかったのか。
エドガーと檸檬の蜂蜜漬けを交互に見比べてしょんぼりしながらも、全員が粛々と並ぶ。
「はい、ミシェル」
「ん? 私、並んでいませんわよ」
「ミシェルは女の子なのに、毎日むさい男共に混じって頑張っていますもの。これはわたくしの労いの気持ち。特別に一番に差し上げますわ」
きらり。エドガーの白い歯が光る。
こいつだったら歯磨き粉のCMに出れるな。
私はそんなことを考えながら、傍らに置いていた自分の鞄へ手を伸ばした。
テケテケン♪
取り出したるは、2ℓくらい入りそうな大きめ水筒と愛用のコップー!
「エドガー、ここに入れてくださる?」
「まあ、お水で割りますの? それも良いですわね」
エドガーが私のコップに、薄切りの檸檬と蜂蜜を程よく入れてくれる。
そこに私が水筒の水を注いだ。
じゅわー!
お日様の光を弾いて、炭酸の弾ける爽やかな音!
「っちょ、おい、なんだその水! 泡立ってるぞ!?」
「え、も、もしかして発酵? ミシェル、その水ヤバいんじゃ」
「あはははは! ただの水に何を怯えているのか、肝が小さいわよ」
「ただの水って、それはただの水じゃなくて不審な水だろ!?」
「ただの水ですー。炭酸泉の水ってだけで」
「たんさん、泉……? なんだそれ?」
「みんなも飲んでみます?」
私がそう言って水筒を揺らしてみせると、皆の衆は一様に顔を見合わせて。
何故か度胸試しに挑む漢のような顔で、ごくりと唾を呑みこんだ。
まさに恐る恐る。
自分のコップと水筒と、私の顔を三角の線で結んだように、順繰りに見ながら逡巡している。
そんな顔をされたら、私も悪ノリするじゃないか。
「さーあ、未知への恐怖を見事に制し、最初に挑戦する勇者は誰だー!?」
「おい、勇者って! そんだけ胆力が必要な事ってか!?」
「その場のノリですわよ。まあ、誰が一番に挑戦するかで度量が測れますけれど?」
「……っく、俺が、いく!」
「マティアス、お前……!?」
「いや、そんな決死の覚悟みたいなもの要りませんわよ」
微かに震える、マティアスの腕。
金属製のコップも小刻み。
エドガーがそこに蜂蜜檸檬を落とし、私が炭酸水を注ぐ。
シアン様に冷やしてもらっていたので、温度は最適だ。さあ、ぐいっと行くがよい!
意を決した顔で、マティアスは、ぐいっと一気にいった。
そして噎せた。
ついでに噴いた。
あ、炭酸初めてさんが、そんな一気にいくから……!
もっと躊躇すると思ったのになぁ。
人のいない方に顔を向けるだけの理性があったらしいが、簡易的に発生した人間噴水ですね。
檸檬と蜂蜜の甘酸っぱい匂いがふわっと香る……が、全然爽やかでも気持ちよくもない。
咳き込むマティアス。
おい、大丈夫か! と焦った顔で叫びながら、その背を擦るフランツ。仲いいね。
やがて、やっと落ち着いたのかマティアスはグイっと腕で口元を拭い。
震える腕でコップを掲げ、こう言った。
「も、もう一杯……っ」
こいつ馬鹿だな、と。
マティアスには悪いけど、そう思った。
マティアスのチャレンジ精神は無駄にはならなかった。
盛大に噴いて噎せる様子に「そら見たことか……」「やっぱり……」と何やら失礼なことを囁きかわし合っていたクラスメイト達も、それでもなお再チャレンジしようとするマティアスを見て興味を引かれたらしい。
咳き込んでもまた飲みたくなるようなものなのか、と。
マティアスは口数の多い方じゃないから、詳細な食レポは元々期待されていない。
とりあえずその反応で出方を決めようと思っていたらしい。
新たな被害者が出ないよう、「慣れないのに一気に行くとびっくりしますわよ」と声をかけて、希望者には炭酸水をふるまった。全員に行き渡らせる為に、少量ずつだけど。
「し、舌が! 水? ほんとに水!?」
「ぐあぁっ……く、口の中が……痛い痛い、なんか弾ける!」
「なんぞこれ!?」
全員から疑問の目を向けられる、私の水筒。
うん、その水筒には何の変哲もありませんわよ?
「ねえ、ミシェル。この水ってなんなの?」
「ナイジェル君にはいつも有難い情報をもらってますものね。貴方には隠せませんわー……という訳で解説して進ぜよう! これは王都郊外の山奥にて、ミシェルちゃんが朝一で汲んできた炭酸泉の水である!」
「いや、その炭酸泉って言うのがなにっていう……ん? 待て、王都郊外の、山?」
「うん。私、日課で毎朝、山の頂上まで走り込みしていますの。その帰りに汲んできている水です。偶然山で迷って炭酸泉を見つけた時は小躍りしたね。四年位前の話だけど。以来、毎日汲んでいますのよ」
「し、子爵令嬢の労力が……いや、山頂まで走り込みって!! それ令嬢の日課じゃねーよ!!」
「郊外の山っていうけど、一番近い山まででも、どれだけの距離があると思ってるの!? それを、毎日!?」
何故かクラスメイト達が炭酸水を呑んだ直後よりも騒然とした。
初めての炭酸パニックよりも衝撃が強いと言うのだろうか。
「ご安心なさって? 我がグロリアス子爵家所有の山ですわ。ですので、不法採取ではありません」
「いや、誰もそこは心配してない。っつうか王都郊外に土地持ってるのかよグロリアス子爵家。すげぇな」
「戦手柄でゲットした先祖の功績ですわー。元は王家の狩場だったとか」
「ってことは元は王領か……」
「数百年前の話ですけれどね」
「それで、毎朝そこまで走ってるって? なんでまた……」
「なんでも何も、私は魔法騎士志望だもの。単純に体力づくりの一環です」
加えて言うと、身体強化の術訓練です。
いつも山のてっぺんまで身体強化して走って行って、限界がきたら歩いて帰る。
この日課を始めた頃は山のてっぺんまで身体強化も保たなかったんだよね……少しずつ、身体強化したままで行ける距離を増やしていったんだよねぇ。
それが今や、身体強化術の制御をお任せしている孔雀明王様との連携強化+成長によるパワーアップのお陰で行って帰ってくるまで、まるっと往復分の距離なら余裕で身体強化したまま走破出来る。
それを思えば、私も成長したものだ。
ふとした拍子に自分の成長を実感して、ちょっと胸が熱くなった。
うん、これも精霊様達のお陰だよね。帰ったら供物を捧げようっと!
私が帰ってからの予定を決めて、うんうんと頷いている横で。
何故かクラスメイト達は炭酸パニックの時以上に戦慄した目で私を見ていた。
「女性のミシェルが、そこまで本気で……」
「これは、おい」
「……ああ。俺達も、本気にならないとな」
「明日からわたくし達も走りますわよ。ミシェルは女子寮だから、一緒に示し合わせて走るのは難しいでしょうけれど」
「いやいや、いきなり山まで行けねぇよ。途中で倒れるって」
「まずは無難に、学園の外周を走るところから始めるか……」
後日、級友達が早朝の体力づくりを日課にプラスしたことを知った。
何に触発されて基礎練増やしたのか知らないけれど、戦力強化は喜ばしい。
来る、実践魔法コースとの合同訓練を思えば、この調子でどんどん力をつけてほしい所である。
『クラス唯一の女子』というポジションをエドガー(♂)に取られているかもしれない疑惑。
そして次回、とうとう標的がミシェルの目の前に……!