親睦会の結果から繋がるもの
早速、誤字報告をいただきました。
ご指摘ありがとうございます。
親睦会の勝者は、ナイジェル君達のチームだった。
他に実力のある者はたくさんいたので、大勢にとってどんでん返しともいえる結果だ。
ナイジェル君は小柄で力もそんなに強くないし、技術力もまだまだこれからといったところ。
クラス内での戦闘力は下から数えた方が早い。
そんな彼が、どうして乱戦を制したのか。
何のことはない、ただの作戦勝ちだった。
ナイジェル君達は最初の『同盟』が発動するまでに、5つのチームを沈めた。
仲間に猟師の息子がいたらしく、大型動物用の罠(プロ仕様)を使って次々と。
そして無力化した25人の敵から、『急所』だけでなく所属を示す鉢巻まで奪っていた。
何の為に?
それぞれ別の陣営に潜入する為だよ!
こいつら、別のチームを装ってばらばらに別れて各陣営に潜伏、最終的に内部から崩壊させるっていうえげつない手段でポイントを稼ぎよった。
目立つのを避け、真面目に潜伏して、最後に2つの陣営に統合された時には上手いこと本来は敵の陣営に三人が潜んでいたらしい。そして敵が仲間だと信じ切って油断しきっているところを、広範囲に及ぶ目潰しをした上で背後から切り捨て御免と打ちまくるっていう……しかも『王様』の奪取にまで成功。ポイントの荒稼ぎ状態だね。
あれだ、所属チームの鉢巻は親睦会が始まってから配られるから、自分達以外の誰がどのチームに配属されたのかわからないっていう状況を上手に使いましたね。
そして君達、なんで唐辛子パウダー(目潰しアイテム)なんて持ってたのさ。
一体何に使う為に持参したのか、謎過ぎる……。
事前に私の案が採用されたらしいよって、口にはしてたよ?
でも具体的なルールとか教えてなかったのに『乱戦』って情報だけでさ……敵味方が入り混じる状況じゃ自爆に繋がりかねない危険物持ち込むなよ。
ナイジェル君は、うちのクラスじゃ腕っぷし的には下から数えた方が早い。
技術力もまだまだだし、何より体力と筋力が足りない。
小柄で童顔だし、色々薄くて細いし、これだけなら舐められそうなものだけど。
でも、うちのクラスにナイジェル君を侮る者はいない。
間違っても、「お前、軍人に向いてねーよ」なんて嘲るヤツはいない。
だけど「お前、それ騎士の戦い方じゃねーよ……」って言うヤツは何人かいる。
今回の『親睦会』は、そんなナイジェル君の真価をまざまざと見せつける結果になった。
別のチームを装って敵陣営に潜伏っていう作戦は、親睦会の終了と共に物議をかもした。
そりゃかもすよな。単純な殴り合いの陣取り合戦かと思ったら、騙し討ちで大量虐殺(死んでない)だもん。
先生方もちょっと困った顔をしていた。
味方だと信じていたナイジェル君達に内部からがったがたにされた陣営の人達は、ブーイングの嵐だった。
だけどナイジェル君がねー、まっすぐな目で言ったんだよね。
「ルールに駄目って説明なかったじゃないですか。それにこれ、戦争を想定するなら将来起こり得る事態ですよ。今ここで体験しておいてよかったじゃないですか。今後、こういう事態を想定して注意できるようになりますよ。疑心暗鬼に陥るのはまずいかもしれませんけど、僅かな可能性を疑う心は軍人に必要だと思います」
ルール的には、自分の所属を示す鉢巻と『急所』を身につけておかないといけない。
だけどそういえば、『どこに?』とは指定がなかった。
『急所』なんかは、そもそもパッと見えない場所に隠してつけるのが前提、みたいな感じだったし。だったら所属の鉢巻も、見えない場所に巻いていたって、別にルール違反って訳でもなく。
ナイジェル君達は服で隠れる場所に鉢巻をつけて、額には別のチームの鉢巻を巻いた。
ただ、それだけだと。
魔法騎士コースは、基本的に半分脳筋。
だけど半分は魔法っていう知的な作業を好む知性がある訳で。
先生方が一理あるって納得しちゃったので、判定は『有り』になった。
そしてナイジェル君達のチームが危険を冒して勝利に貢献したって先生方のテクニカル評価いただいて、圧倒的な票数で『第一回・親睦会』の覇者となった。
そんな彼らには先生方が用意したご褒美が与えられた。
五つの選択肢から好きなモノを選べるんだけど、何を選んだのやら。
「ナイジェル君にはしてやられたよ……」
「えへへ、がんばったから」
『親睦会』の翌々日。
親睦会の翌日は後始末やらの諸々でバタバタしていたので、翌々日になってしまったけれど。
昼休みの食堂で、私達はナイジェル君を囲んでいた。
私刑じゃないよ? お祝い会だよ?
こいつはナニかやらかすだろうと思っていたけれど、想定以上の成果を叩き出してくれたので皆でただただ感心していた。
素直に凄いと思ったので、お布施(※ジュース)もあげちゃおう。
というか食堂のメニューを一品ずつ皆で奢った。
お陰で今日のテーブルはちょっと豪華だ。
「まさか急ごしらえのチームで、それもあんな短い作戦時間であんな大胆な作戦を他のメンバーに納得させるとは……どうやって交渉したのやら」
「ひみつ。でも一言いうとしたら、みんな、借金は程々にね?」
「ああ……お前が言うと、重みが凄いな」
「お前、もうちょっと慎ましくしとかないと先生に目を付けられるぞ」
「次の『親睦会』じゃ間違いなく、生徒・教師双方から注目っていうか警戒の対象だろうな」
「次の『親睦会』、何をやるかきまってないじゃないの。でも私もそう思うわ」
「えへへー。でも僕が警戒される分には構わないんだ」
「あら、構いませんの?」
「うん。僕に注意が向いてる隙をつくだけだから。何も必ずしも、僕自身が作戦を実行する必要はないもんね?」
「ああ、別に実行犯を用意して自分は囮になるつもりか」
「ナイジェル君は、体張るタイプじゃないと思ってたのに」
「僕も自分の体を張ってどうにかなるなんて己惚れてないよ? ただ、最初に大きなことをやっておいた方が『あいつはやる』って印象つくから。あとはただただ無難に大人しく真面目にやってるだけで、勝手に疑心暗鬼に陥ってくれると思うんだー」
「そうか。なんかこわくなってきたから、これ以上ナイジェル君の考えを深堀りすんのはやめとこうか、みんな」
「同感。それよりナイジェル君さ、『親睦会』のご褒美って結局何選んだんだ?」
「それはわたくしも気になりますわ。確かご褒美の選択肢って……何があったかしら?」
「確か、精霊術の権威で生きた化石……間違った。生ける伝説たる学園長先生との対談と——……」
そう、『親睦会』のご褒美。
それはあらかじめ用意してある五種類のご褒美から、一つ選べることになっていた。
選択肢は以下の通り。
・学園長との対談
・魔法騎士コースの卒業生でもある魔法騎士団長の時間(三時間)
・一昨日下着姿で潜水の限界に挑戦していた我らが殿下の妹君たる王女殿下のお茶会参加権
・学食のタダ券一か月分
・現役魔法騎士による特別指導(二週間)
……こうして並べてみると、学食タダ券が異質に見えるわ。
学生のご褒美としては、定番な気がするのにね?
私だったら、このラインナップなら『王女様のお茶会』を選ぶかな。将来の就職の足掛かりになりそうだし。男ばっかのクラスメイト達は、お茶会に別の意味を見出すんだろうけれど。
さて、ナイジェル君はこの中からどれを選んだのかな。
私達の好奇心に、ナイジェル君は懐から紙束を出して答えた。
「学食のタダ券一か月分だよ」
「マジかー……」
「ってあれ、ナイジェル君一か月分丸々持ってるの!? チームで分けるものじゃ」
「大丈夫。チームメイト達には了承を得てるから」
「……了承?」
「うん。金銭に変えてから山分けする」
「おい」
あっさり、金に換えるって言ったな……タダ券を換金してくれる両替所なんてないから、それってつまり転売ってことでは?
学食で一番高いメニューは、確か1,800G。デザートなら1,500Gが最高額かな。
タダ券は学食の全メニューが無料で食べられるから……
「一枚、1,200Gで販売するよ。おひとり様二枚まで」
「きっちり堂々と転売するなや。元手ただのチケットを1,200Gで売ろうとか」
「ただじゃないよ? 努力っていう、僕達の労力と敵対陣営の人達の犠牲を捧げて手に入れたんだから」
「犠牲って言うな。そんな血に濡れていそうなタダ券で金稼ごうとか、恨まれるぞ」
「だけど敢えて、私は買おう!」
「ってミシェル!? あなた、買いますの!?」
「うん。今度、弟が見学に来るって言ってたから……可愛い弟の飲食費くらい、奢りたいでしょ? 折角なら高くて美味しいもの食べてほしいし。あの子も育ちざかりだから」
「へえ? ミシェルって弟がいたんだ?」
「確か三女だから、お姉様もいらっしゃるのよね?」
「うちは女三人、男三人の六人兄弟だよ。上に姉二人、兄二人で弟一人ね」
「兄弟多っ!! こ、子だくさんなんだなグロリアス子爵家って」
「両親も兄弟多いんだよ。父母合わせて十六人の叔父叔母がいるし」
「紛う事なき、多産の家系だな……」
「お陰で上の姉様は多産を見込まれてお嫁に行ったよ。離婚したけど」
「いきなり世間話にセンシティブな情報ぶっこむなや。反応に困るわ」
「その離婚した元結婚相手が、お隣の士官学校で剣術指南しているキャスパントル伯爵よ。時々魔法騎士コースの上級生にも出張授業に来ている、現役騎士の」
「更に反応に困るネタを暴投してきおった」
「なっ——キャスパントル伯爵、だと!?」
ガタリ。
椅子を勢いよく引きずる、大きな音が響いた。
見てみれば隣のテーブルに、何故か赤太郎の姿が。
やあ、奇遇だね……?
どうやらたまたま近くの席にいて、私達の会話が聞こえていたらしい……?
今は何やら驚愕の眼差しで私を見ているんだけれど?
うん? そんなにびっくりしてどうしたの、赤太郎。
「ま、まさか……模擬試合の度に私に殴りかかってくるのは、キャスパントル伯爵への私怨からか! 私がキャスパントル伯爵の剣の弟子だからか!?」
「そんな訳、ないでしょう。私は恨みを持った相手には身代わりなど介さず直接殴り掛かる主義ですわ」
だからお姉様と離婚したキャスパントル伯爵も、その内授業にかこつけるとか何か機会を見つけて直接殴り掛かる所存である。チャンスはある。上級生になれば士官学校から、元王宮剣術指南役のキャスパントル伯爵が出張授業に来るからな! 待ってろよキャスパントル伯爵……その首を牛乳石鹸で洗って!
まったく、この世界は殴りたい相手が多すぎて困る。
順番にこつこつ一人ずつ殴っていくにしても、全員殴り終えるには何年かかることか。
優先順位を変える気はないから、まずは各国の王子様達を真っ先に殴るのは確定だけど。
そしてそれにぴったりな行事が、長期休暇前に開催される予定なのよね。
それまでに、腕を磨いとかなきゃ!
私怨を関係のない第三者にぶつける気はない。
そんな気持ちのたっぷり籠った私の言葉に、赤太郎も嘘はないと思ったのか。
何故かしどろもどろになりつつ、あっさりと納得する赤太郎。人の言葉は疑うってことを覚えよう。
「え、あ、そ、そう……? いや待て、それならやっぱり私に直接的な恨みがあるという事か!?」
「そんな……誤解なさらないで? 恨みなんてありませんわ。ただ生理的にイラッとするだけで」
「せ、生理的にいらっと……」
「おま……自国の王子相手によくそんなスパッと言い切れるな?」
「どうしたの、オリバー。顔が引き攣ってるわ?」
「お前のせいだよ」
何故か同じテーブルのみんなが疲れた顔をしている。そして赤太郎は啞然としている。なぜかしらー?
私の様子を、とっくりと眺めて。話題を変えた方が良いと思ったのか。
ナイジェル君が、何気なく新たな話題を投下した。
私にとっては、燃料を。
「そういえば一昨日の乱戦、」
「親睦会な」
「うん、親睦会をね?見てたらしいよ」
「ん? 誰が?」
「学園長と、実践魔法コースの学年主任が」
「……うん?」
「それで、面白そうだし戦場を模した教育としても効果的だから、やってみようかってなったらしいよ」
「誰が、何をするって?」
「まずは試験的に、実践魔法コースでやってみるつもりだってよ? 最初にやり始めた僕ら魔法騎士コースと合同で」
……なんですと?
「それに伴って、魔法騎士コースと実践魔法コースで互いの連携や戦い方を学ぶ為に、最初のカリキュラムでは入学三か月後に設定されていたアレ……両コース合同の戦闘訓練実施を早めるかもだって」
私の血が、ナイジェル君の言葉で一気に滾った。
それは、それはつまり……っ
魔法実践コースに身を置く、王子。
青次郎を殴る機会の到来が、早まったってこと——!?