緑の力
黄三郎に勝負を了承させた日の、放課後。
私は師父と会っていた。
師弟の契りを交わした師だ。
師匠と仰ぐのであれば、当然ながら継続的に指導を受ける立場となる。
本来であれば私から足を運び、何なら住み込みで身の回りのお世話をさせていただきつつ修行を付けて頂くべきだと思うんだけどね?
師曰く、自宅はプライベート空間なので住み込まれるのはご遠慮願いたいそうな。
まあ私も学生の身分だし、全寮制だしで住み込みは不可能なのだけど。
そうしたらなんと! 有難いことに!
師父が学園まで出向いて指導を付けてくれる事になった!
破格の扱いじゃなかろうかと恐縮したが、何のことはない。
なんと師父、そもそもダンス講師として学園に雇われとった。
主に教養系の講義が多い総合コースや、ダンス系のクラブ活動に関わっているらしい。
その為、毎日ではないが学園で仕事がある時には時間を取って弟子の私を見てくれる事に!
そうだよね、部外者だったらそもそもそんな頻繁に学園内へ入れるはずがない。
でもまあ、細かいことは良いや。
私は指導に来てくれた師父に、本日の出来事として黄三郎との決闘について報告した。
「騎士の国の小倅か……相手にとって不足はなかろう。貴様の実力、儂に見せてみよ」
師父からの感触はいい感じ?
ついでに、万全を期して戦いに挑む為、師父が教えて下さっている技術を——『気』とやらを、何とか一週間で習得できないかのご相談もしてみた。
「貴様は阿呆か」
そして師父からいただきました、ズバッと一言。
心底呆れたという顔で見られている。
「アレはそんな短期間で、簡単に習得できるものではない。まずは肉体を鍛え上げ、精神を研ぎ澄まし……最高の状態まで押し上げた心身の合一の果てに辿り着けるもの。貧弱で未熟な貴様の心と身でつかみ取れるものではないわ」
「仰ること、御尤もです。それでも敵と定めた男との戦いを控えている身としては、可能な限り精進致したく」
「……ふむ。貴様の相手は『騎士の国』の王子というたな。確かに少なくとも身体に関してはそやつの方が練度は上じゃろう。今の貴様にとっては、苦しい相手かもしれん。魔法なくば戦いようもないじゃろうな」
「では、魔法は解禁と考えてもよろしいでしょうか」
「戦いの場に赴くに、全力を出さぬは礼を失する。制限は特に設けぬ故、全力を尽くせ」
「やったー。魔法に頼りすぎって言われたばかりだったから、魔法禁止って言われたらどうしようかと思った。今の私では、魔法なしに戦うのは難しいですし」
「ふぅむ。そうじゃな、仮にも我が一門に連なる貴様が、惨めな敗北を晒すのはつまらぬ。よし、一つ助言をしてやろうではないか」
「助言ですか、師父」
「おお。貴様、緑色の精霊を連れているのではないか?」
「何故それを。もしや、師父は精霊が見えて……?」
「見えん」
「いや、今」
「見えんが、気配は知っておる。貴様がおる時は同じ緑精霊の気配を感じるでな。貴様のように身体強化の精霊術を使う輩からは、大なり小なり似たような気配がしよる」
「師父……それって見えるよりも、むしろ凄いのでは?」
「今は滅びし古き国……この国の元同盟国であったな。かつて『精霊の国』と呼ばれた『ギンバイカ王国』の伝承では緑色の精霊は『進化』や『生命』等を司るという」
「ここにきて緑精霊の力が明らかに。師父は、その国のご出身で?」
「馬鹿を言うでない。『精霊の国』は千年は前に亡びた王国じゃ。そんな国の出身であるものか。儂を幾つじゃと思って居る」
師父の外見は仙人っぽい雰囲気があるから、数百年生きてるとか言われても納得しそうな私がいる。
そう口には出さなかったけれど、私の顔を見てナニか察したのか。
師父は呆れたと言わんばかりの顔をしていた。
呆れつつも、弟子への助言は忘れないマメな師父である。
ご教示いただいた内容を心のメモ帳に書き留めつつ、私は自室に戻った。
一人の筈の室内は、賑やかだ。
だって人目をはばからず楽し気に騒ぐ精霊様達がいるから。
真っ白なお城を模した、精霊様ハウス。
鳥の名で呼ばれた名城を参考に作り上げた、私の傑作だ。
その天守閣に引っかかるようにして弾んでいた、緑色の光へと話しかける。
「孔雀明王様」
『なのー?』
「今日、孔雀明王様のお力は『進化』『生命』等って聞いたんですけど。孔雀明王様が緑色なのって、それってもしや三つの心が一つになれば的なゲッt」
『緑はライフゲージの色なの!』
「……ライフゲージ?」
え、それって格ゲーの画面上部に表示されてるアレ的な?
攻撃が当たる度にじりじり減ってくアレですか――?
思わず、頭上を見上げる。
だけどゲージ的なモノは見当たらない。
え、あるの? ライフゲージ、あるの?
私には見えないけど、孔雀明王様には見えているの???
ライフゲージがあったとして、それってやっぱり攻撃を食らったら減るんだろうか……ゲージがゼロになったらどうなるんだ、それ
「孔雀明王様、ゲージが空っぽになったら……」
『みんな、ばたんきゅー! なの!』
それは気絶ですか? 気絶なんですかね?
それとも、死……!?
……この件を深く追及したら、何か変な沼地に足を取られるような感じがしたので。
私はそっと、『ライフゲージ』なる言葉を聞かなかったことにした。
「ええと、気を取り直して! ねえねえ孔雀明王様、先ほど師父が言っていたことなんですけど」
私の側にいたから、孔雀明王様も師父の助言は聞いていた。
だけど内容を理解しているのか不安だったので、ちょっと見解に相違ってヤツがないか確認を取ろうと思ったんだけど。
『まかせて、なの!!』
「the安請け合い!!」
孔雀明王様は、任せてとしか仰らなかった。
うん、師父の助言内容、ちゃんと理解しているんですよね……?
心配になったけれど、翌日試してみたら何とかなったので理解はしているんだろう。
最初は持続時間が使い物にならないくらい短かったけれど。
そこは一週間、みっちり練習を重ねて最低限使えるくらいに練度を高めた。
そうして、待ちに待った日がやってくる。
魔法学園、学内トーナメントの日が。
参加する私達は、それぞれに規定内容を逸脱しない範囲で装備を整え集結した。
場所は生徒会が管理している『決闘場』。
コロッセオのように擂鉢状の舞台に、階段状の観客席。
学内トーナメントはいろんな意味で注目が集まるイベントだ。
ただ単に暇潰しで来ている人から、気になるアイツの動向をチェックする為に来る人まで、本当に様々。ちなみに気になるアイツの『気になる』方向性も個人によって様々だ。恋情、友情、憎悪に怨恨……愛憎渦巻く決闘場である。
『きゃぁぁ! マイケル君がんばってー!!』
「ははは。参ったなぁ、リンダのヤツ。あんなに大きな声で応援されたら恥ずかしいよ!」
「マイケル……リンダちゃんにどうしてお前が応援されるんだよ」
「ジャックには言ってなかったかな? 僕達、付き合いだしたんだ。一か月前から」
「てめぇっ!! 俺がリンダちゃんに想いを寄せていることを知っておきながら……!!」
「おっと試合前の私闘はご法度だよ。その手を放してくれたまえ」
「畜生、畜生、畜生……っ!! 絶対に貴様を地に這いつくばらせてやる! 試合で当たるのを首を洗って待っていやがれ!!」
「ふふ、僕と試合で当たるまで君が勝ち上れると良いんだけどねぇ?」
早速、なんか近場で愛憎渦巻いてんなぁ……。
面白いから、あの組合せの試合は是非観たい。
同じことを思ったのだろうか。運営側である生徒会に所属の、親しくしている御令嬢がさりげなくマイケル君をガン見している。私が御令嬢を見ていると、気付いてくれたらしく目が合った。そして真顔で頷く御令嬢。
マイケル君とジャック君の名は、第一試合一組目の参加選手として発表された。
どうやら組合せ操作は絶好調らしい。
名を呼ばれた二人は、真顔で見つめ合っていた。存分に戦え☆
時を置かず、第一試合八組目の参加者として私と黄三郎の名前も読み上げられる。
作為的なニオイがするね! 私が裏工作頼んだんだけれども!
そして自分の名前が読み上げられるのを聞いて、何故か黄三郎は眩暈を起こしたように体をふらつかせていた。おいおい大丈夫かよ、卒倒するにはまだ早いぜ黄三郎?
八組目の試合となると、まだ先の事に思えるけれども。
待機時間はたっぷりだ。今の内に、御祈りは済ませておきな!
そろそろ黄三郎とも試合で当たりそうな感じになって参りました。
さて、黄三郎との試合中にハプニングが……?
a.烏の襲撃
b.パンチラ
c.着ぐるみマスコットの乱闘
d.着衣がビリビリに破ける
e.アフロ
リンダちゃん
モブその1
魔法学園三年生。143センチ。65のFカップ。
ジャック君とは幼馴染の間柄。
一か月前、マイケル君に告白されて付き合い始めた。
恋に恋するお年頃で、ぶっちゃけ顔面偏差値が一定以上の男子なら誰でも良かった感はある。
顔は十人並みだが何しろすこぶる男受けの良いボディをお持ちなので、本人は知らないが密かに人気は高かった。最初に告白したのがマイケル君だったので、マイケル君と付き合うようになっただけ。要は早い者勝ちだった。
男女交際の経験はマイケル君に告白されるまでなく、まだまだ初々しい。
マイケル君
モブその2
魔法学園三年生。180センチ。細マッチョ。
顔が整っており、本人もそれを自覚している。黄三郎とは異なる真・色男。
魔法学園に入学してから三人目の彼女にビンタされてお別れした直後、噴水の側で偶然ばったり出くわしたリンダちゃんに腫れて赤くなった頬&切れて血の滲んでいる口端を水濡れハンカチで冷やしてもらってからリンダちゃんが気になるようになった。
ジャック君とは魔法学園に入学してからの腐れ縁で、寮は同室。
なんだかんだでよく話すので、リンダちゃんの話もジャック君から聞いて知っていた。
ジャック君
モブその3
魔法学園三年生。185センチ。某少年漫画の主人公が超野菜星人に覚醒した直後のような肉体を持つ。つまりマッチョ。
リンダちゃんとは幼馴染で、片思い歴は年季のいった十三年。
魔法学園に入学した頃から告白しようと思っていたのだが、リンダちゃんの好きなロマンス小説になぞらえて告白しようと思い立ったが運の尽き。
ロマンス小説の状況を再現する為に、魔法学園のトーナメントへ参加しなくてはならなくなる。
以来、優勝目指して体を鍛えに鍛え、二年でモヤシからマッチョへと脅威の成長を遂げた。
身長は二年で二十五㎝伸びたらしい。
しかし体を鍛えてばかりで人を殴ったことはなく、実践経験が足りない。
今度こそトーナメントで優勝してリンダちゃんに……! と意気込んでいたところで親友(と思っていた)マイケル君の裏切りを知る。




