入学から一か月・親睦会という名の殴り合い
ここから新しい内容になります。
まずは、連載を始めるにあたって主人公周辺の環境……人間関係についてから。
22/1/9 仲の良いクラスメイト達のキャラ描写を加筆しました。
「ちょっと、あなた?」
呼び止める声には、確かに私への指向性を持った険が含まれていた。
本来であれば柔らかに響くであろう、貴族女性の洗練された発音。
まだ魔法学園に入学して、一か月。
男ばかりの魔法騎士コースに入学した私には、まだこの学校で誰かを知り合いと呼べる程、女生徒との接触はなかった。
だから内心で首を傾げる。
誰が私を呼び止めたのか。
どうしてそんな、棘の含まれた声を出すのか。
好奇心は猫を殺すっていうけど、好奇心がなければ人類に発展なんてなかったと思うんだ。
なので私は振り向いた。
なんとなぁく、面倒の気配は感じていたけれど。
果たしてそこには、艶々綺麗に、一目見て「ああ、金と手をかけて維持している髪質だなぁ」とわかるキューティクルの持ち主が6人ばかり……。
さりげなくチェックしてみたけど、全員が隙のないメイクと整えられた指先を持っている。
手入れ具合から判断して、低く見積もっても全員伯爵以上のおうちのお嬢さん達だと思う。
そんな彼女達が、訓練された猟犬顔負けの距離の詰め方と連携で、一気に私を取り囲む。
これもう絶対、間違いなく私に用だわ。
わかっていたけれど、一応の抵抗というか……状況が呑みこめていない態で、敢えて問い返す。
「私をお呼びですか、レディ」
「え……? あ、ハッ そ、そうですわ!」
とりあえず、ここは魔法学園だし。
私は魔法騎士コースの生徒として通っている訳だし、淑女のご挨拶もなんか違うよねと思ったので騎士の礼を取ってみた。
そうしたら何故か、先頭にいたリーダー格っぽい女子が困惑を返してきた。
彼女の後ろの方で、さわさわと囁き合う他の女の子たち。
『え、あの方……子爵家のご令嬢でしたわよね? ご令息ではありませんわよね?』
『ご令息の筈がありませんわ! 確かに令嬢と名簿には記載されていましたもの!』
じっと私を見ながら、マジな顔で私の全身を目視確認し始める御令嬢までいる。
『……やっぱり、お召し物は奇抜ですが御令嬢ですわね。お召し物は奇抜ですけれど』
私の全身の下半分、腰から下に目を走らせた時に少しどころでなく怪訝な顔をされたけれど。
でも骨格やら足の形状やらで女性と認めたのか、困惑顔のままひそひそ断言する御令嬢。
そもそも女性騎士は志願者が少ない職業だ。
女性が騎士の礼を取る光景は、多分彼女達にとって想定外の反応というやつなんだろう。
「さて、レディ達。私を呼び止めたという事は何か御用があるのでしょう? お伺いいたしますわ」
「……ハッそうですわ!」
ずっと私の全身をスキャンしようとでもいうのかって感じで凝視するお嬢様達。
話が進まないな、って。
そう思ったのでこちらから水を向けてみる。
話しかけてきたのは向こうなのに、なんか私が会話を主導してるっぽくなってる。何故に。
そして正気に戻った彼女達による、怒涛の如き6人がかりのマシンガン言いがかりが始まった。
もう一度言おう。
マシンガン、言いがかりが始まった。
6人もいるものだから、一向に話が途切れない。口を挟む隙も無い。
ただただ一方的に、相手の主義主張をぶつけられるだけ。
一方的にぶつけられる一方で、こちらからの話は一切取り合ってもらえないヤツだ。これ。
そして彼女達の主張と要求をまとめると、次の通りとなる。
主張1.カーライル・レッド王子に近づきすぎな事。
主張2.乱暴な手段でもって王子の気を引こうなどと浅ましい真似を即刻辞める事。
主張3.貴族社会の序列を意識し、王子の婚約者候補たる5人の令嬢を尊重する事。
…………果たして彼女達は正気だろうか。
正気、だとして。
一体何をどんなフィルターに通せば、そんな話になるのか。
話を聞き進めている内に、私は悟った。
どうやら彼女達は、私が赤太郎の気を引いてお近づきになろうとしている、と。
何がどうなって何故そんな結論に至ったのかは不明だけれど、そう思い込んでいるらしい。
というか彼女達が属する派閥の、公爵家のご令嬢がそう思っているらしい。
公爵令嬢の指図により、私に警告しに来たといったところか。
彼女達には、是非とも物申したい。
それは誤解です。
そんな誤解から突撃してくる前に、是非一度、魔法騎士コースの訓練の様子をご覧いただきたい。一目現場を見て頂ければ、たちまちそんな誤解は雲散霧消すること間違いなしだから。
私の姿や言動を見て目を見張っていたし、どうも噂だけで私の事を判断しているような気配がする……けれども、そもそも私に一体どんな噂が流れているっていうのか。
魔法騎士コースにそんな誤解をしている人は皆無だと自信を持っている。
でも誤解を招くような噂が、どうやら他のコースには流れているようだ。
本当に、一目だけでも見てもらえれば瞬く間に誤解は晴れるでしょう。
……だったら、実際に見てもらえば良いのでは?
…………うん。良いかもしれない。
他のコースの授業がない日に、魔法騎士コースの訓練にご招待して見学してもらう、とか。
だったらその為に、ご招待できるよう彼女達とお友達になるべきだわ。
私は少しでも誤解を解こうと、意図的に会話の流れを意識した。
「え、ええと、私に関してどのように伝え聞いていらっしゃるのか存じませんが……」
「しらばっくれるおつもりですの? わたくし達、聞いていましてよ。殿下に馴れ馴れしく、距離も測らずに近づき……殿下からも、今までの女人にはない扱いを受けておいでだと」
「殿下が近くいることをお許しになったとも聞きましたわ。しっ、身体的接触も、その、多めだと……」
ああ、そりゃ多くなるだろうね。
身体的接触が。
悪意を持って曲解されてないか、噂……?
私は遠くを見るような眼差しで、令嬢達の誤解を解こうと根気強く穏やかに声をかける。
「真偽の程がわからない噂が、どれだけ流れているのかは知りませんが、」
「否定なさいますの!? 魔法騎士コースの生徒から漏れ聞こえる話にも、否定材料になるようなものは——っ」
「噂の事はわかりませんが、殿下の昨日の下着の色柄は知っていますよ」
ぴたり。
そんな擬音をつけたくなるくらい、一斉に御令嬢達の動きが止まった。
「ちなみに私だけでなく、おそらく魔法騎士コースの1年生であれば全員が知っています。まさかあんな下着を愛用しておられたとは……しかし殿方は殿下の名誉を重んじて、決してその色柄を口にすることはないでしょうね」
「な、なにを……」
「え、ちょっと待って詳しく?」
「ちょっマリアさん!?」
「淑女がはしたなくってよ!?」
「いやだってあんな意味深なこと言われたら気になりますわよ!?」
「私も教えるのは吝かではありません」
ぴたり。
再度、御令嬢達の動きが止まる。
「実は私は、魔法騎士コースに入学したものですから——まだ学園に、仲の良い女生徒がいないのです。魔法騎士コースは殿方ばかりですから」
「な、何を仰りたいのかしら? ミシェル・グロリアス様……?」
「いいえ? 私も女友達のいない学園生活は少し寂しいなと思っておりまして——お友達になら、つい魔法騎士コースの日々徒然に紛れた……尊いお方の普段のご様子など、他愛もないおしゃべりの合間にふと口にしてしまうかもしれませんね、なんて」
その後、御令嬢達とは放課後のカフェテリアでおしゃべりする約束をして、円満にお別れした。
一度に六人もの女友達が出来るなんて、私は運が良いなぁ!
なお、赤太郎殿下の下着の色柄を知っているのは何かやましいことや赤太郎のズボンをずり降ろす的なイジメがあった訳ではなく、あくまでも彼が自発的に脱いだ結果だとここにお伝えしておこう。
昨日は、まるまる一日使った魔法騎士コース1年の親睦会の日だった。
1年生で魔法騎士コースは40人クラスが2つ、合計で80人が在籍している。
クラスを分けてはいるものの、そこは騎士を目指す同志の諸君。
将来見事騎士になった暁には、国家の有事に力を合わせて戦う仲間達だ。
なのでライバル意識ばかりでなく、仲間意識やら連帯感やら……つまり親睦を深める為、定期的に全員強制参加の親睦会が開かれる訳なのだけれど。
魔法学園の、魔法騎士コースの親睦会だ。
もちろんそこには、教育的な意味が含まれる。
まずは企画書の作り方から。
親睦会で何がしたいか、まずは生徒達自身に希望を出させる事になる。
これは入学直後から告知されていて、1週間前を期限に1人最低1つ希望を提出する決まりだ。
そう、『提出』する決まり。
つまりは『企画書』の作成だ。
最初は先生方も何も口を出さず、1枚の白紙を手渡される。
さあ、ここに希望と自分の名前を書いて箱に投函せよと。
まずは全員にとりあえず書かせて、そこから添削しつつ『企画書』の作り方や解説に入っていく形にしたらしい。そして提出された中で、一番『企画書』としてまともな形式をしていた紙に書かれていた内容を、親睦会で実行すると。一体何が書かれていようと、『企画書』としての形が整っていればソレをやると。
そんな先生方の思惑など知らず、純真な生徒達は各々自分の希望を書いた。
中には一言『全員で鬼ごっこ』とか適当な事を書いた生徒もいるらしい。
中には一言『酒盛り』と学校でソレ書いちゃう? な事を書いた生徒もいるらしい。
そして提出期限翌日に、それぞれのクラスで担当教官から『企画書』についての講義と解説が始まった。
曰く、『魔法騎士』は『国家の上級仕官』なので、企画立案側の人間になる未来が約束されている。将来は『企画書』の作成技術が必要になると。
そこで強制的に、企画書作成に身が入るようにした結果が親睦会の裏事情だ。
内容は二の次で、一番整った企画書を書いた奴の『やりたいこと』に全員が強制参加。
自分のやりたいこと・やりたくないことでも強制参加。
嫌な事を遠ざける為には、嫌でも企画書作成に真面目に取り組む他にない。
加えて自分の書いた『企画書』が実現される事で、『企画書』の重要性や達成感を知る事になる。
幸いにも、魔法騎士コースという魔法学園の中では脳筋sideに分類される我らでも、学園の入試を突破した者達ぞろいだ。みんな最低限の教育・教養は身についているので講義を受ければ一応の書き方は身についた。自分の提出した『企画書』を教材に、それをより『企画書』らしく正していくという形で講義は進んだ。
そして私の『企画書』は、直すところがなかった。
とてもとても暇だったよ三時間。
第一回目の『企画書』講義は、主に先生の話を聞くばかりで終わった。
あ、あとはクラスメイトに請われてちょっとだけアドバイスしたりとか。
つまり昨日の親睦会、私の案が通ったんだよね。
半分ふざけて立案した奴だったのに。
いや、私個人は大いに面白かったけれども。
前世の、『いとこのお姉さん』が『教育実習生』だった頃に書いた『授業指導案』を参考に書き上げたんだけれど、どうやらアレが良かったらしい。
当時の『いとこのお姉さん』が「これで良いと思う? これで良いと思う!? 生徒達はこの授業で、面白いと思ってくれると思う!!?」なんて半分発狂、半泣きで私や『おねえちゃん』に縋りついてきちゃうようなアレな記憶だったけれど。ああ、あとおまけで見せてもらった『生涯学習概論』とかいう授業の、『展示会企画案を作る』っていう宿題の用紙も参考にした。
ちゃんと意見を言わないといけないからと、しっかり目を通した記憶が来世で役に立つなんて誰が思っただろう。
親睦会のテーマから、得られる効果、狙い、最終目標までちゃんと作った。
結果として白紙1枚からレポート用紙4枚に増加した『企画』の内容はシンプルに魔法騎士らしく乱戦GOファイト!
まる一日かけて、80人の魔法騎士候補生が相争う乱闘ごっこである。
ちゃんとルールは作ったし、魔法騎士コースの先生方が監督する前提だけどね?
5人一組で合計16のチームを作り、ひとりひとりに『急所』と書かれたハンカチと所属チーム識別用にチームごとで違う模様が入った鉢巻を配る。
鉢巻もハンカチもどこに着けてもいいけれど、必ず身に着ける事。
『急所』を奪われるか気絶したら脱落というルールで、チームごとの作戦タイム30分を置いてから昨日の乱戦は始まった。
場所は魔法学園が所有する、野外訓練用のフィールド。
小規模ながら森を想定した林や、山に見立てた丘に川や平原と多様な地形が造られている。
そこで始まる、所属チームの人間以外は全て敵、という血湧き肉躍る拳の祭典。魔法は初級魔法のみあり、馬は使用禁止、武器は木刀までOK。
個人の武に頼るも良し、チーム戦で統率の取れた作戦を立てるも良し。
最初の1時間はひたすら互いに潰し合い、決まった時間が経過すると審判役の先生が角笛を吹く。
角笛は、ルール変更の合図だ。
ルールは4段階で進化する。
最初はただチームごとの潰し合い。
次にくじ引きで先生方が決めた組み合わせで、チームごとの『同盟』が発動。
3回目の角笛でチームは全部で4つに統合され、『陣地』が指定される。
そして最後にチームは2つとなり、先生が双方のチームに投げ渡した『赤ちゃん人形(笑い袋入り)』を『王様』に見立てて守らなくてはいけなくなる。なお、笑い袋が混入されているのは『王様』を隠すのはルール違反の為隠せないように、だそうだ。
『同盟』の組み合わせは籤による完全ランダムの為、誰が敵になって誰が味方になるのかわからないドキドキ☆スリル感も味わえるゲームである。
下手したら自分が絶滅させたチームが次の瞬間仲間になる。ただし復活はしないので、その場合仲間は結果的に増えずに終わる。
なお、『企画書』では何が起こるかわからず、絶えず敵と味方が入り乱れる戦場における状況判断能力と敵味方の識別能力を養う為とかなんとか適当なこと書いていた気がする。
そして『乱戦』……戦いという形を取るのだから、そこには当然『勝者』が発生する。
ルールとしてはポイント制(加点式)を採用した。
・敵から奪った『急所』×1点
・『親睦会』終了まで脱落しない×5点
・『敵』の『王様』を破壊するか奪取する×20点
・『敵』の『王様』を破壊するか奪取した者と同じ陣営参加者×10点
・先生方からの投票(一人当たりの持ち点10点)
最も多くのポイントを稼いだチームには、ご褒美ありで『親睦会』を開催した。
そんなこんなで始まった『親睦会』で、私達のチームは……
……振り返ってみると、なんだか追剥に終始していた気がする?
「ははは……無駄に身包み剥ぐスキルが上達したぜ」
「これでいつでも追剥にジョブチェンジできますわね」
「ふふっ 貴方が言うと山賊っぽいわね。ビジュアルが」
「魔法学園卒業できなかったら山賊になるか」
「なって堪るか!?」
私のチームは、同じクラスの仲が良い4人と手を組んだ。
根が真面目で面倒見のいい、絵に描いたような好青年のオリバー。
お調子者で瞬発力が高く、歯に衣着せぬ物言いのフランツ。
背が高く、乱戦の最中だというのに今日も化粧のばっちり決まったエドガー。
寡黙で感情の起伏が表情に出にくいが、度胸の有るマティアス。
もう一人、仲の良いナイジェル君という子がいるんだけれど……
「君達、絶対に目立つからね。僕は目立ちたくないし、やりたい作戦もあるから別のチームに行くね?」
そう言われて、昨日は別行動だった。
ちなみに赤太郎は最初から別のチームである。
効率的にポイントを集める為、私達は敵を気絶させるよりも『急所』を奪う事に注力した。
フィールドの、森林を想定した林エリアを主な狩場に追剥だ。
特に身が軽い二人が樹上に潜み、ターゲットが狩場に入ってきたら頭上から強襲。
敵の注意が逸れた隙に、全身に葉っぱを装備して風景に溶け込むように身を隠していた二人が敵を無力化。残った一人が倒れた敵を拘束し、最後は二人を警戒に立たせて敵の身包みを剥ぐ。
この作戦で思ったよりも『急所』を稼いだ。
男の服を剥ぐことに抵抗はないのかと言われたら、目を逸らすしかないけれど。
私達がせっせと追剥をしている頃、赤太郎は赤太郎で頑張っていたらしい。
彼らが縄張りにしたのは、私達とは全く別の場所……池ポイントだ。
そこで赤太郎は下着一丁で水中に潜み、『敵』が近づくや否やナマズのように奇襲をかけて水中に引きずり込み、一気に気絶させるという面白い事をやっていたらしい。
アレだね、最近、赤太郎も模擬試合で負けがこんでたから。
この頃、すっかり泥臭くなってきたというかなりふり構わなくなってきたというか。
私は勝負に貪欲になるのも、手段を択ばず勝ちを取りに行くのも良いと思う。
入学直後の、あの甘ちゃn……王子様っぽいキラキラ潔癖感が薄くなってきたのは、戦闘職としては良い傾向じゃないだろうか。『乙女ゲーム』の『攻略キャラ』からはかけ離れてきている気がするけど。
でもね、そうだね。
ほんと、最近の赤太郎は本当に負けがこんでるから。
私からだけじゃなく、『魔法騎士コース』で。
魔法学園に入学してから、気付いたことがある。
赤太郎は王子様として高レベルの教育を受けてきた分、確かに技術力はある。
だけど型にはまっているというか、融通が利かないというか……応用力が低いんだよね。
技術はあっても、実際にそれが強さに直結するかというとそんな訳もなく。
フェイントにすぐ引っかかるし。
勝負中に揺さぶりかけたら素直に動揺するし。
問答無用で殴り掛かったら気迫負けするのか及び腰になるし。
つまり何が言いたいかというと、赤太郎って魔法騎士コース全体でみるとそこまで強い方じゃないんだよね。
うちのクラスでは、上位10人には入るけど5位より上には食い込めないくらい。
つまり上の下くらいの強さ。
だけどヤツは、『乙女ゲーム』では『魔法騎士コース』最強とか言われていた。
私はにっこりと、最近よく行動を共にしているオリバーやエドガーを見る。
お前ら、忖度したろ。
――つまりは、そういう事である。
赤太郎の『王子』という身分と肩書を慮って、身分の低い実力者達が勝手にレベルを合わせて勝負を譲っていたっぽいんだよね。
連日模擬試合を重ねて、私もクラスメイトの実力はほぼ把握できている。
現時点での実力を鑑みてもそうだし、なんとなく感じる伸びしろ的なモノを考慮しても、赤太郎が『魔法騎士コース最強』になれるとは考えづらい。
もしかしたらそこに、方々からの圧力その他があったかもしれない。
将来を思っての、自己保身や危機管理能力が働いたからかもしれない。
そしてそんな本来は有り得た赤太郎への忖度を、完全にぶっ壊してしまったのがこの私である。
そりゃね、子爵家の令嬢如き(しかも三女)がね。
地位も身分も世間体も権力バランスも何も考えず、問答無用で王子を殴りまくるのだ。
他のクラスメイトも、こうなってくると遠慮できなくなったらしい。
赤太郎が身分に物を言わせて、私を潰そうとしなかった点も大きいと思う。
赤太郎を殴りまくっている私に全く被害も圧力もないので、他の皆さんも遠慮を辞めたという訳だ。加えてクラス内で赤太郎に勝ちまくっている私、という扱いづらい人間と模擬試合をする際に真面目に戦うか勝ちを譲るかという問題が生じたという……赤太郎より強い私を倒して良いのか、倒したとして、赤太郎と戦う際に勝負を譲れば赤太郎が疑問に思うだろう、みたいな葛藤が発生した結果、頭を悩ませまくった脳筋諸氏が考えるのも面倒になって思考放棄した結果ともいう。
まあ、私に勝てる人間もクラス内じゃ少数派なんだけどね!
大概のクラスメイトは愛剣(※木製・訓練用)の餌食にしてやりました。
ん? 拳? アレはほら、対王子様用だから。
そんな訳で現在、赤太郎への忖度が消えたクラス内の空気は私にとっては快適である。まる。
そうして頭角を現す、本当の実力者達……良いね、良いね! 模擬試合が楽しくなるね!
特に他のクラスメイトにも勝てない赤太郎の顔とかね!
ゲームの中での赤太郎がどんなにいきがっていたか、思い出すと胸がスッとする。
ハッキリ言おう。私は性格と根性がよろしくない。
自覚はある。自覚はあるが、改善する気はないのであった。
自国の王子殿下の下着の色やら柄やらをエサに、貴族令嬢を釣るミシェル嬢。
ちなみに赤太郎のパンツは誰がデザインしたのか前面に雄々しい鷲、尻側に両前足を掲げて吠え猛るヒグマの柄が入った赤いパンツだったそうな……
なお、ミシェル嬢は気付いていないが、クラスメイトの隠れ猛者たちが実力隠して王子に忖度するのを辞めたのは、王子に一人勝ち状態でミシェル嬢が悪目立ち&孤立することを案じての事である。
王子に勝つ事で生じる権威主義者たちの面倒臭さ<クラスメイト唯一の女子の安全