定期イベント:悪夢の寝起き☆ドッキリ大作戦 ~黄三郎編~
冒頭は赤太郎視点。それ以降はミシェル嬢視点です。
不思議な夢を見ていた気がする。
だけど意識の片隅で、いつの間にかさわさわと感覚を刺激するものがある。
……人の気配、か?
妙に気になって、夢の世界が遠くなる。
うぅーん、なんだ……?
意識の隅っこで、警鐘が鳴った。
あ、そういえば今は寮生活。
眠っている内から世話の為に周囲を使用人が行き来することは、いまはない。
拭いようのない違和感が、目覚めを促した。
体内時計はまだ起床時間前。
急なリズムの変更に、すぐには対応が難s……ハッ、殺気!?
寝ている俺のそばで、闘志の膨らみを感じ取る。併せて殺気も。
俺は矢も盾も堪らず、ぐずる体内時計を蹴っ飛ばして目を開けーー……
……たら、眼前至近距離に、俺に向かって拳を振り下ろすミシェルが見えた。
あ、死んだ。
真っ先にそう思った十五の朝。
せめて辞世の句を詠む時間が欲しかっ……
パァンッ
「ひゃぅん!?」
予想外の破裂音。
それも耳の直ぐ側で炸裂して、耳にきぃんと残響が響く。なんだ、何事だ。
そうだ俺、ミシェルに殴られーーて、ない!
ミシェルがあんな至近距離で、しかも寝ていて無防備だった俺を相手に、外した、だと!?
まさかそんな事があるはずが!
混乱の中、なんとか状況を判断しようと周囲を見回し……なんか、目が合った。
おぞましい、触手の中心にある眼差しと。
あ、瞳孔が横に裂けてる。
精神を汚染するよう眼球奥にあるものは……虚無。
虚無が俺の心を絡め取ろうとする。
「ぴぎゃぁぁぁあ!」
危機察知本能が、勝手に俺の喉を引き絞る。
悲鳴を上げながら、慌てて視線をそらして跳ね起きた……ら。
ごろっと、妙な感触が腕やら肩やらに触れる。
掛け布団を引っ剥がすと現れたのは。
どこか見覚えのある亀×7。
「うっわわわぁぁ!」
左右を取り囲む、亀。
枕元には禍々しいナニか。
左右後方を塞がれた俺は、危機感に急き立てられるがまま、残された退路……前方へ向かって、水面に飛び込む時のように突っ込んだ。
勢い前転、前方に向かってベッドから転がり落ちる。
そのままベッドの壁面に張り付くようにして顔を半分上に出し、亀やらナニかやらに警戒そのまま様子を伺うが……
「……?」
あれ、なんかおかしくないか?
あの妙な生き物も亀も、動かない……?
「先生、撮ってたー?」
「おう、バッチリだ☆」
「見事な七転八倒でしたわね……(哀れみの眼差し)」
「!!?」
え? えっ!?
何事だ!?
なんで俺、先生やらオリバー達やらに囲まれて……?
状況がまっったく把握できず、キョロキョロするばかりに俺を前に。
ミシェルが妙にツヤツヤといい笑顔でなんか妙なプラカードを掲げた。
そのまま意気揚々と、プラカードに書かれているまま同じ言葉を口にする。
「ドッキリ、大成功〜!」
なんのことだ、それ。
そう思った、十五の朝。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「ええと、なんだ? つまり抜き打ち油断度チェック、みたいな?」
「もういいよ、その認識で」
「絶対にそれだけじゃないだろうって含みを感じるが、まあ良い。それをなんで、よりによってミシェル主導でやってるんだ。誰がミシェルにそんな権限与えちゃったんだよ……」
「企画立案が私だからですわ。むしろこの仕掛け人になるために企画した」
「ミシェル、お前この野郎……」
「ははははは。めっちゃ面白かった。そんじゃ次の予定が押してるんです私達はそろそろお暇しようかな!」
「……次の予定? 何だその言葉の不穏な気配」
「入手した起床時間の習慣データ的に……次は黄三郎のお部屋だね皆の衆。それじゃあ撤収、移動ー!」
「きさぶ、って……ちょっとストップストップおいこら止まれよ移動じゃないだろ国際問題ー!!」
はっはっは。貴人用の特別室が防音バッチリなのは調査済。赤太郎がいくら叫ぼうとも、廊下や他の部屋に音漏れすることはない。
さて、赤太郎が王族という理由でこの特別棟へ隔離されているのなら。他の『王族』だって同じ事だよね?
という訳で、次にさっさか突き進むのみ!
私達は赤太郎を置いて、部屋を後に……しようとしたんだけどな?
うん? なに? 君もついてくるの赤太郎。
あーあ、そんなに慌てて。
最低限の身だしなみすら整えてないじゃん。
手櫛で髪を整えようとしているけどさぁ……それよりまずは、顔くらい洗え?
そうしたら鏡を見ることになって、自分のお顔の芸術点お高い様子が目に入っただろうに……。
ほら、お部屋の警護をしていたお兄さん達が、部屋から出てきた赤太郎を見て、ぎょっとしてるじゃん?
でもあたふたしている赤太郎は気づかない。
きっと心情的に、それどころじゃねーんだろうなぁ。あのお祭り調のおめでたいハッピだって着たままだ。
そしてそんな赤太郎を、先生はしつこく続行して録画していた。多分、赤太郎は動画撮られてることにも気づいてないんだろう。
せっかくなんで、赤太郎が正気に戻る猶予を与えることなく行動することにした。ほーら、我が身を振り返る時間はやらないぞぅ。黄三郎の部屋に早足で直行だ!
そうして、黄三郎の部屋に突撃する寸前。
ピタリと足を止めてあたふたしながらついてきた赤太郎の鼻先に指を突きつけ忠告する。
「ちなみにこれ、それぞれの生国には許可を得ての試みだから。間違っても邪魔はしないよーに!」
「は、はぁぁ!? 許可ってなんだー!」
なお、平穏な学園生活で腑抜けているかもしれない黄三郎の鈍り具合、日常的な鍛錬の錬度を再確認する為って名目で黄三郎の生国に許可を申請したらあっさり許可が出た。
流石は物理系戦闘職特化、『騎士の国』様だ。
相手が王子でも、鍛える為には平気で野犬の群れにでも放り込む王様の治める国なんで話が早い早い。赤太郎以外の四王子に関して、許可を求めて各国に書簡を出したけどさ、手紙の返りが一番早かったもん。
ちなみにお返事の早さ、次点は青汁の実家である。
「それじゃあ黄三郎の部屋へ突入といこう。赤太郎より気配に鋭敏であることが予想されるから、みんな静かに、慎重にね」
「わざわざ俺を引き合いに出す必要あったか、いま」
「赤太郎、だからしーってば」
そうして、私達は、黄三郎の部屋へ踏み込んだ。
「うぅ……ん……だれ……?」
踏み込んだ途端、一気に状態が半覚醒まで推移したぞ、おい。
流石は脳筋の国で脳筋流の英才教育を受けて育った男だ……。
私達は息を潜め、気配を抑える。赤太郎はあわあわしていたので口を塞いだ。タオル詰めろ、タオル。
赤太郎の存在というか、気配がなんかうるさい。
入口付近に赤太郎を留め、私は気配を抑えて慎重に歩を進めた。班員たちが緊張しながら私を見守っているのがわかる。
私は赤太郎の顔面落書きに使ったのと同じ筆を手に、そろそろと黄三郎へ接近し……額にそっと筆先を這わせる。
この時点で、黄三郎がまだ目を閉じたままなのが不思議なくらい、奴の意識が覚醒に向かっているのがわかる。
『マトン』
黄三郎の額にそう書くのが、限界だった。
最後の一字を書き終えるのと同時、黄三郎の目がバチッと開く。
至近距離で目が合った。
「きゃぁあああ!?」
黄三郎、悲鳴が乙女っぽいな。おい。
「なぜ羊肉……」
オリバーの呟きが聞こえる。
額への落書きしかできなかったのは無念だ。でも奴は脳筋騎士の国で国王から直々に英才教育を受けて育った男。むしろ顔への落書きを許してしまっている時点で、まだ修行半ばの身としては割と快挙なのかもしれない。私の気配の消し方はまだまだだ……こんなことなら我がクラス屈指の潜伏能力激高野郎、某元暗殺者を連れてくるべきだったかもしれない。
寝起きにちょっと取り乱した黄三郎。
しかし奴は一呼吸ですぐに周囲の観察を済ませ、冷静さを取り戻……しかけて、赤太郎の姿を発見してめっちゃ微妙そうな顔をした。うん、赤太郎ったらまだ私達に悪戯☆された姿のままだもんな。いい加減、せめてハッピにくらいは気づけ?
そうして黄三郎は私と、赤太郎をチラチラチラチラ交互に見て……ハッと何かを察したかのような顔をすると慌てて自分の体を見下ろしたのだった。
あいつ、自分が自前の寝間着姿のままだってわかって、露骨に胸を撫で下ろしたぞ。
そんな黄三郎の動作を見て、首を傾げる赤太郎。
そろそろ赤太郎のやつに、手鏡でも渡してやるべきかもしれない。
まあ、赤太郎のことは置いておいて、それより今は黄三郎。
……予定していた悪z……ドッキリメニューの半分もこなせなかった。誠に、遺憾である。
これじゃあ成功とは言えないね……。
私は無念な気持ちで肩を落としながら、用意していたプラカードを振る。
『ドッキリ失敗……!』
黄三郎にめっちゃ「なんのこと?」って顔をされたけれども。そんな黄三郎を見て、同じ被害者の立場から思うところあってか、赤太郎が説明し始めていたけれども。
それを見ながら私が思うことは一つ。
あーあ、せっかく用意してきたのに。
準備してきたお着替えセット……セイウチの被り物(布製)だけでも着させたかった……!
せめてこれは置いていこう。
ベッドに忍ばせる暇もなく、カバンに詰めたままだった『冒涜的な邪神像』を、枕元にセットしてみるのだった。
なお、このあと、黄三郎には全力で邪神像の受け取りを拒否された。無理やり押し付けたけどね! だって作ってはみたけど、私自身がめちゃくちゃ持て余してたんで!
それぞれの寝起き
赤太郎
寝起きは良いし毎日規則正しく同じ時間に起きるが、急な生活リズムの変化に弱い。
黄三郎
子供の頃から気を抜けば父に地獄の訓練場へ放り込まれ、熟睡して寝覚めたら別の場所という経験を数度繰り返した結果、眠りは浅いし人の気配には敏感ですぐ目が覚める。
次回:寝起き★ドッキリ第三回。
次なる餌食となるのは……?
a.青次郎
b.青次郎
c.青汁
d.桃介
e.青次郎