定期イベント:悪夢の寝起き☆ドッキリ大作戦 ~赤太郎編~
「朝、目が覚めたとき−−眼の前に何があったら一番驚く?」
ミシェル嬢の班のメンバー……チーム下剋上の面々にとって、当の企画はそんなミシェル嬢の言葉から始まった。
「なにそれ大喜利?」
「いえ、できれば本気で答えてくださいませ」
「え〜?」
「目覚めたときか……起きたら知らない場所だった、とかか?」
「それ、たまに聞きますわよね。酔っぱらいの体験談とかで」
「まえ学年主任の先生がそんな話してなかったっけ」
「他人の話はいいから、みんなの話を聞きたいな。我が身のこととして考えてくださらない?」
「我が身か……」
そうして、付き合いのいい彼らは我が身のこととして考えた。
「寝起きに眼の前でミシェルが拳を振りかぶっていたら魂消るかもしれない」
「オリバー? さすがに寝ていて無防備なやつを殴ったりしねえですわよ。防御もできねーじゃん。下手すりゃ訴えられるわ」
「お、お、おお起きたとき……し、知らない女の人がそこにいて、手足が縛られていたら………………こわい」
「犯罪じゃん。それこそ紛れもない犯罪じゃん。誰でも怖いわ、そのシチュエーション」
「ってかマティアス、なんか変なトラウマ呼び出してない? まさか……実体験?」
「……(ぶるぶるぶるぶる)」
「ちょっと落ち着け、水飲んで深呼吸して、日向ぼっこしながら空でも見てよう。な? ほーら今日は空が青くて高いぞー、マティアス。あの雲とか、なんの形に見えるー?」
「て、手枷……っ」
「おい、マティアス……? マジに落ち着け?」
「誰か話題変えろ、マティアスの気を逸らせ!」
「え、えーと! 起きた時に目にしたら驚くもの、でしたわね! 驚く、驚く……そうですわねぇ……おふとんの中に、ミシェルの亀がいたら驚くかもしれませんわぁ。それで指の先でも咥えられていたりしたら……怖ぇなおい」
「エドガー? 今ちょっと口調が野郎でしたわよ。淑女言葉どこいった、珍しい」
「おほほほほほほほ、あら失礼?」
「それじゃあ、次はフランツ。寝起きに何を目にしたら恐ろしい?」
「ねえ、怖いもんじゃなくて驚くもん答えてほしいんだけど」
「えー? 俺ぇ? そだなー……寝起きか。同じベッドで隣にまっ裸のエドガーが寝てたらビビるかもしれねぇ」
「え、何その状況。フランツ自分で言っておいて真顔じゃん」
「わたくしだってビビりますわよ、なんですのそのシチュエーション!?」
少年たちにゾワッとした怖気を残しつつ。
意味ありげな微笑を浮かべてミシェル嬢は両手を軽く打ち合わせる。
パァンっていい音がした。
「一通り意見をいただけましたわね。面白い案もありましたし、それでは皆の貴重な意見は無駄にせず参考とさせていただきますわ!」
いい笑顔だった。
「ちょっと待って」
「参考って、どういう意味だー!?」
「絶対にろくでもないことだろー!」
それはもう、仲間たちが黙って見過ごせなくなるくらいに。
彼らに詰め寄られたミシェル嬢は、抵抗なくあっさり真意を白状し……それを受けて、いま。
場の流れで企画に仕掛け人側として参加せざるを得なくなった班のメンバーたちは、人生初の寝起きドッキリに挑戦しようとしていた。
そして、いま。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
私達は目的の地……赤太郎の寝室に侵入していた。
は? 侵入が簡単すぎるって?
はっはっは。こういう時のために先生をこっちサイドに引っ張り込んだんだぞう?
鍵がかかっている?
先生がマスターキーを借りてきたから問題なしだ。
「問題しかないな……」
誰かがなんかボソッと言ってたけど気の所為だろう。
それより気にすべきは赤太郎である。
奴は今、私達の見下ろす先ですやすやぐうぐう眠っている。
「起きねえな」
「人の気配に鈍感過ぎじゃね?」
「殿下は使用人に囲まれ、傅かれる生まれ育ちだから……その分、人の気配が気にならないのかもしれないな」
「単純に昨日鹿に担がれ暴走しまくられたんで疲れてるだけじゃねー?」
「泥のように眠る、というアレですわね。昨日は慣れない合宿初日でしたし、そういう方多そうですわね。特に体力のない他コースの方々に」
ぐるりと囲まれているのに、この安眠ぶり……こいつ大丈夫か? こんなんじゃ野生では生き残れねーぞ。温室育ちの王子様め。
「うぅん……もう、食べられない……よ」
「おい、ベッタベタな寝言を言い始めたぞ」
「なんてありきたりな夢見ちゃってんだ……先生、撮ってるー?」
「おう、とっくに映像は記録中だ。面白い映像を期待してるぞー、俺も、王室も☆」
無断撮影された画像を、ご実家のご家族勢揃いした上で上映会が開催される模様の赤太郎。どうやら撮れ高を期待されている……!
「ぅぅ……だから、金毛青毛獅子鸞牛は、だべちゃだめなんだ……それ絶滅危惧種……! 西のローラン王国で保護指定……!」
「おい、ベタな寝言がベタじゃない展開を見せ始めたぞ」
「どんな夢見ちゃってんの赤太郎殿下」
「先生、撮ってるー?」
「おう、バッチリだ」
なんか夢に魘されながら妙にエキサイトし始めた赤太郎を、このまま蟻の行列を見守るノリで観察したい気もするけれども……本来の趣旨を見失ってはいけない。
私はきゅぽんっと。
携帯用の絵筆用ペンケースの蓋を外した。
「だめだ……! その牛は狩っちゃ駄目なんだ、ミシェル……!!」
「しかも食おうとしてるの私かよ」
赤太郎は私をなんだと……?
「まあいいや。とりあえず、寝ている時の悪戯で顔に落書きは定番ですわよね」
「どこの定番?」
きゅ……っと。
私は赤太郎の額にとりあえず一筆入れてやった。
『ビーフ』
私が牛を狩るとしたら、狩られる牛はてめぇだ。赤太郎。
ふっと食肉で赤なら赤犬……?とか一瞬思いつつ。
私の動向を見ていた同行者たちに向かってペンケースを振ってみる。
「折角の機会だし、みんなもやっとく?」
一国の王子の顔に落書き(不敬)するとか、そんな機会なかなかないよー?
勧めてみれば、何故か両手で額を覆って項垂れてしまうオリバー。おろおろと周囲に目を向けるマティアス。口元へ淑やかに手を当て、微苦笑を浮かべるエドガー。
そんでもって一瞬の躊躇いもなく、挙手してみせたフランツとヒューゴ。
フランツはともかく、君もかヒューゴ。
普段はツンと澄ました感じで、そこまで口数も多くないからクール系なのかと思っていたけど。
昨日の合宿開始からこちら、鹿に乗ってみたり求婚してきたりと意外性の多い一面ばかり見せてくる。普段の学校生活とは違う姿は非日常におけるギャップの一種的なナニかなのか、それとも本性が垣間見えているだけか……これがいわゆる、修学旅行マジックというやつなのか? 鹿に乗る姿とかが?
前世の世界でいとこのお姉ちゃんが修学旅行で意外な一面や普段と違う姿を見てドキッとしたり見直したり、印象が変わること、みたいな意味で修学旅行マジックって言葉を教えてくれたけど、使い方が合ってるのかイマイチわかんないな……前世で私、修学旅行行ってないし。
とにかく言えることは一つ。
ヒューゴ……意外とノリいいよね、君。
そんでもってお行儀よく参加の意を示して手を挙げる少年二人の横をすり抜け、さっさと無言で絵筆を手に取っていたのは先生だった。
そのまま躊躇なく、ぺとりと赤太郎の顔に絵筆を乗せる。
先生ェ……おぅい、教育者?
動画撮影中で、しかも国王夫妻の前で上映予定なのに良いのかアンタ。
「えー? なにこれ、絵の具つけてねぇのにするする描けるんだけど」
「それは絵の具をつけて描くんじゃなくて、インク内蔵型の筆だからですね。そのペン軸にインクを仕込んでるんです。インク量は限られますけれども、使用時の手間がぐっと軽減されますでしょう?」
「ヘぇ~! こんなの初めて見たわ。携帯用の筆記具って、小型のインク壺と筆のセットしかねえと先生、思ってたわ。軍事行動中とかにも重宝しそうじゃないの。どこで買ったんだ、グロリアス〜」
「買ったんじゃなくて、開発ったんですの」
「……つくったぁ?」
「ええ、ナイジェル君と共同開発で」
「……おおう」
「今は使用感を確かめる実験期間中でして。テスト用の試供品を何名かに配ってるから、今ならナイジェル君に声かけるとお試しセットをもらえるかも。ナイジェル君が正式に商品化にこぎつける前の今がチャンス! 先生に気に入ってもらえたら軍関係と学校関係で大口の契約を取り付けるチャンスに繋がるだろうから、多分快く譲ってもらえるよ」
「え〜怖っ。こんな時に売り込みしてこないでくんない? 先生、返答に困るわ」
しかし先生は、すぐ絵画に夢中になった。赤太郎に無駄な凹凸がないからね。本当にニキビひとつないものだから、マジでするする絵が描けて楽しくなったと見た。
しかし先生、絵筆に迷いがないな……思いの外、画風も写実的だし。
「……できた。名付けて『画期的なウインク』」
「おー……」
この教師、片側のまぶたにだけめっちゃリアルな眼球描きおった……。
赤太郎が両目を閉じていると、本当にウインクしてる様に見えるわ。
「じゃ、次俺ね~。赤太郎殿下にヒゲ描いちゃお」
「俺は目尻にちょっと描くだけで」
「別に大作を求めている訳じゃないから好きに描きなよ」
フランツとヒューゴがそれぞれ筆を手に赤太郎の顔を囲む。
その間に、私は他の皆と協力して仕込みを完了させるつもりだ。
「オリバーとエドガー、マティアスは赤太郎にこれ着せてくれる?」
「……これなに?」
一応、考えたんだよね。
まるっと全身着替えさせたら、赤太郎だって起きるんじゃね?って。
だから、着替えさせる手間の少ない衣装を用意した。着替えというか、羽織らせるものというか。
「なんだこれ……バスローブにしては薄くてペラペラだし、丈も短いし……」
「不思議な柄ですわね。背中のこれは……何のマークかしら」
オリバーたちに渡したもの、それは。
青く染め上げられた衣に、布の下側には白で躍動感ある波の柄が染め抜かれ、背中には濃く太く、力強さを意識した書体で『祭』の一文字。
前世の世界では俗に言う、祭用のハッピってやつだ。なお、私の手縫いである。
簡単に羽織らせて、帯を締めるだけのお手軽着衣だ。
うん、この時点でだいぶハッピーな見た目になってきたな。私は自分でも満足気って認めるしかない頷きを仲間へ向けて。
赤太郎のメタモル★フォーゼが進んでいく間に場のセッティングを進めることにした。
まず取り出したるはー……我ながらうねる触腕の躍動感に海産物の生々しさをうまく表現できたな、と。
そんな納得の……手作り邪神像ー♪
「え゛……っみ、ミシェル……? な、なぁにその禍々しいの……」
「粘土で作った邪神像」
「なぁに、それぇ……っ」
近くにいて、私のお手製邪神像と目が合ってしまったマティアス。ぶるぶる震えたその指が、邪神像へ向かおうとして力なく落ちる。
なお、像を作るに当たって参考にしたのは、前世で目にした割とポピュラー?な邪神です。
前世のお姉ちゃんと、美少女で有名なそのお友達ふたり。お姉ちゃんたちが歩いていた時に、近所の大学生のお兄さんとそのお友達が声をかけてきたことがあったんだって。一緒に遊ぼって。
誘われたお姉ちゃんたちは、丁度頭数がほしかった、と。そう言ってお兄さん達を我が家に引きずってきた。うちのお母さんを進行役に据えて、TRPGってジャンルのゲームをする為に。
友達と川原で野球しようとお出かけする間際、居間で見かけたお兄さん達はどなたも苦悩に満ちた難しい顔で頭を抱えていたなぁ。あのゲーム、クトゥルフって言ったっけ……? 私はやったことないけど、前世のお母さんが大好きだったなぁ。
あの邪神像の特徴的なビジュアルな、なかなかにインパクトが強すぎたよね。
赤太郎の枕元に、大きな靴下……ではなくお手製邪神像。ついでに布団の中、赤太郎を中心に囲むように、我が家の亀さん達を象った粘土像を七体。
赤太郎はハッピ姿に顔には落書き。
なんかやたらと芸術点お高いウインクする瞼の眼差し。目尻にはヒューゴが添えた★型の黄色いペイント。
そんでもってフランツが描いた……
「おぉう、さすがはフランツ。絵の感じがリアルだけど……これ、ヒゲ?」
「おう、我ながら細かくそれっぽいのが描けたぜ。題して……『ダンディ無精髭』だ★」
「いや、すごいよ。ホントに本物の不精髭っぽく見えるもん」
しかし、アレだな。
ここまでされて起きない赤太郎が不安になってくる。
「さて、普段の寮生活の様子について聞き込みした感じだと……そろそろ、赤太郎が起きそうな時間帯ですわね」
「あー……確かにそろそろかも?」
「事前に殿下の習慣まで調べたのか……」
「仕掛けるなら、ターゲットの習性を調べるのは、ね。当然ですわ」
「誰にとっての当然?」
そんじゃ、まあ。
赤太郎が自然にお目覚めになる前に……そろそろ起こすか!
私は荷物から、豚の腸を取り出した。
食堂でもらってきたんだ。腸詰め用の腸。
風船代わりに腸を膨らませて……
「まって、それどうするのだ」
「それは見てて」
私はそっと、膨らんだ腸を横たわる赤太郎の耳元に腸を添えた。
次いで私自身が赤太郎のベッドに上がり込み、拳を大きく振りかぶった。
拳が狙うのは、豚の腸!
振り下ろした拳が、重力とともに豚の腸を狙う。
「ーーッ殺気!?」
拳が赤太郎の顔面横スレスレをすれ違う寸前。
赤太郎がカッと目を見開いて、しっかり私と目が合った。
ヒュッて。
赤太郎が喉に詰まらせるんじゃないかって勢いで息を吸い込む音がした。
「な、なんだ襲g……!?」
咄嗟に腕で顔面庇った赤太郎の耳元で。
ぱぁんって盛大に豚の腸が弾ける音がした。
学年主任(魔法騎士コース)の先生。
冴えない中年のオッサンみたいな外見をしている。
元近衛騎士だが、怪我が原因で引退。その経験を買われて魔法騎士コースで教鞭をとっている。
現役騎士時代はちゃんとしっかり身なりを整えていたが、今は身だしなみもいい加減で現役時代と比べると見る影もない。
王妃様(赤太郎母)とは現役時代、国王に内緒で一緒に屋台でイカの串焼きを買って並んで立食いした仲。他にも複数の屋台で買った地方の地ビール飲み比べたり、砂肝の串焼きを食べ比べたり、手羽の串焼き食べ比べたり、豚足を食べ比べたりしていたらしい。※国王は下戸のため、誘われすらしていない。
今でも習慣化した筋トレや訓練を欠かさず、脱いだら凄いらしい。