兄と弟3
さあ、話の流れに不安しか感じない時間が到来したぞ?
この流れをどうしたものかと困惑を隠せない、我が友人たち。
だがそんな話の流れぶった切るように。
うちの頼れる兄様が、私個人にとっては更にとんでもない話題をぶっ込んできやがりましたぞ!?
「ところでミシェル。姉上達から是非お前の意見を聞いて来いと言われていた案件があるんだが」
「なんですの、兄様? 藪から棒に……」
「ひとまず、これを見ろ」
そう言って渡された、二枚の紙。
真っ白な背景に浮き上がる、ひらひらキラキラしたこの絵は……
「なんですの、これ」
「ドレスのデザイン画だ」
「いや、それは見ればわかる。そうではなくて、私が聞きたいのは私にこれを見せてどんな意見を?」
「お前が着るんだから、お前に意見をもらおうというのは当然の流れでは?」
「なんですと?」
私は再度、手元の紙を覗き込んだ。
……ひらひらキラキラしている。
どちらも基調色は白。片方は花冠に始まり淡い色合いの種々様々な花が飾りとして足され、もう片方はフリルとレースとオーガンジー的な透け感のある布がましましと増量されている。
なんぞこれ。
誰がどう見ても、十代のピチピチした若い子向けの清純派ドレスにしか見えんのだが。
なんだなんだとドレスのデザイン画を覗き込もうとする、友人共の額にそれぞれチョップをくれて、無言で遠ざける。女の身支度に関わる部分を覗き見るでない。
無言でチョップを放ちながらも、私の頭上には?マークまで放たれていた。
「え、私がこれ着るの? お姉様達でなく?」
「姉様、姉様。ジャンヌ姉様やエレミア姉様は年齢的にアウトですよ。これ着るの」
「シャルル、その発言はお姉様達には内緒にしてあげるわね。三十代も半ばを突破したジャンヌ姉様や二十代も後半のエレミア姉様に歳の話題はそれこそアウトだもの」
「ありがとう、ミシェル姉様。僕も姉様のその発言は内緒にしておきますね」
「右の絵図はジャンヌ姉上の一押し、素朴ながらも彩多く花を多用して愛らしさを前面に押し出した『春の妖精さんドレス』。そして左がエレミア姉上のお勧め、オーガンジーと繊細なレースで清らかさを強調した『穢れを知らぬ純白の天使ドレス』だそうだ」
「いや、カンペ見ながらコンセプトの説明をしろって話でもなく。というかむしろ、その説明文を見せて下さいよ」
説明を面倒だと思っている節が見受けられたので、カンペを渡してもらう。
そこにはでかでかと、『ミシェルちゃんの社交界デビュー用衣装案・最終選考』と記載されていた。
「で、デビュー戦の衣装とな!?」
「おいミシェル。なんでデビューに『戦』って文字足しちゃってるんだよ、好戦的過ぎるだろ、お前。一体何に出る気だ、何に。何のデビューなんだよ」
「待って、フランツ。さっきドレスのデザイン画と聞こえましたわ。ドレスにデビューとくれば、社交界デビューなのではなくて? ほら、ミシェルだって子爵家のご令嬢ですもの」
「ああ、そういえばもうすぐそんな季節か」
エドガーの発言に、納得したようにこっくりと頷くオリバー。
そう、そうなのだ。
この国では、そろそろ『そういう時期』に突入してしまうのだ……。
前にも述べたと思うけれど、この国は『魔法』を重視している。
純粋な魔法が廃れ、『精霊術』を『魔法』と呼称するようになった今でも、『魔法』は特別だ。
だからこそ、入試という名の難関を突破して魔法学園に入学した生徒達も注目を集める事になる。
率直に言って、この国の『魔法学園出身者』は『国が認めたエリート』と同義語だ。
当然、将来を嘱望されている。
もっとズバッというのなら、国の仕事に従事して功績を上げろと期待されている。
その発破をかける為なのか、それとも将来有望な人材への青田買いなのか。
魔法学園に入学してから三か月、一年生達の生活が落ち着いた頃合いで、余計なイベントが組まれている訳だ。
一年生全員、王様(※赤太郎の親父)の目の前に引き出されて「よきにはからえ」って声をかけられるってイベントが。
人はそれを『謁見』という。
十把一絡げに一年生纏めての「よきにはからえ」だけど、それでも国王の前に陳列……じゃねえ整列して直接お声をいただくというのは、王権社会のこの国では大変な名誉だ。とかなんとか。
王権によって身分と権利を保障されている貴族の子女にとっては、感涙噎ぶ程の名誉だ。とかなんとか。
私はよく知らん。
だが、名誉は名誉で、名誉らしい。
魔法学園に入学する頃合いの貴族子女は、まだ年齢的にデビュー前。
というかそろそろデビューでも?とお家で検討される年頃だ。
いつしか慣習の方が魔法学園入学の名誉に寄せていき、王様のお声がけいただくタイミングでデビューをする貴族子女が増えて、結果。
今の時代は、魔法学園入学者の謁見イベントと、貴族子女のデビューを同日・同じ場所で行うようになったらしい。
まあ、便乗だな。デビューイベントが他のイベントの便乗で発生するっていうのも世知辛い話だ。
魔法学園に入学していない貴族のお子さん達には複雑な心境の方もいらっしゃる事だろう。
ちなみにうちの姉や兄達は特に気にせず、他のイベントと抱き合わせで発生する分だけ盛大でお料理とか滅茶苦茶美味しかったわ~得したわ~! 面倒そうなお偉いさん達の注目が魔法学園生に向かったお陰で気楽に過ごせて得したわ~! と楽観的に楽しんできたらしい。強い。
さて、そんな面倒臭そうなイベントなのだが。
もう一度言うが、発生するタイミングが入学三か月後。
そして今は、入学から二カ月が経とうとしている頃合いだ。
つまり面倒臭いイベントが、気付けば来月に迫っている。超めんどい。
私が記憶の彼方に投げ捨てて忘れ果てていたドレスの話題が襲撃してきたのは、その為か。
お姉様達も、妹のドレスがどうのとかわざわざ気にしなくってもいいものを……!
「え、ミシェル、ドレス着るの……か?」
「マティアス? ミシェルも……レディ、ですのよ? むしろドレス以外の何を着ると?」
「………………ミシェルの事だから、紳士用の礼装着そうだな、と」
「私もそのつもりでしたわよ」
「そのつもりだったのか……」
ドレスの話を敢えてすっとぼけていたのも、そんな心積もりだったからだ。
ちゃっかり入手した兄の少年時代の晴れ着を手直しして、それを着て行ったれと思っていたのだけれど……こうしてドレスのデザイン画を突きつけて来られると、姉達の圧力を感じる。
時期的にもデビュタントまで一か月という期間は、ドレスの準備を始めるには遅すぎるくらいで。
これは恐らく、ある程度の形にはなっていて最終調整待ち、という事か。
姉達の厚意を無視して男装して行ったら駄目かな……そんな悪足搔きに満ちた心情を、察されたのか。
兄がどことなく憐憫の滲む目で、私を見据える。
「姉上達からの伝言だが」
「わあ、嫌な予感」
「『フェアリー☆ドレス』か『エンジェル☆ドレス』のどちらか、絶対に選べと。さもなくば」
「……さもなくば?」
「実家のお前の部屋を、ピンクとフリルとフラワーで満ち満ちたプリンセス部屋に大改装するそうだ。特に寝台はお花畑の夢以外は見られそうにない、乙女の夢をこれでもかと詰め込んだ薄絹の天蓋付きに変えてやると。」
「実家なのに全く安らげない!! え、なにそれ! 学園が長期休暇になったら実家に帰る予定なのに、どこで寝ればいいの!?」
「プリンセス部屋へと変貌した、自室の天蓋付きベッドで寝る事になるだろうな」
「全然全く以て安らげないわ!! なんて卑劣な脅しをしますの、お姉様達!」
なんという事だ。
姉達の本気が、ひしひしと伝わってくる。
これは、やる。ドレスを着ないと絶対にやられてしまう。
だけど、ドレスかー。着るのは別に構わないんだけど、裾が長いし重いし、嵩張るしで動き難いんだよねえ。
特に真っ白なドレスとか、汚したらと考えると怖くて仕方ないね!
「私のドレスなんて、誰かのおさがりで十分ですのに。ほら、ヴィンテージドレスってヤツ?」
「そうか。フェアリードレスは曾祖母様の、エンジェルドレスは大叔母上がデビュー時に着たドレスをリメイクした物だそうだ。良かったな、念願のヴィンテージドレスで」
「そんなとこまでお姉様達に先手打たれてた! っていうか物持ち超良いですわね、うち!」
どうやら姉達にはすっかり思考を読まれていたらしい。
私はげんなりしながら、弟シャルルにぺらりとデザイン画を見せてみる。
「もう正直、どっちでも良い……どっちがマシとかないし、シャルルはどっちが私に似合うと思う?」
「僕が選ぶんですか? じゃあフェアリードレスで」
「ははははははは。そっか、妖精さんかー……」
そうか、これを私が着るのか。
元々気鬱に思っていたけれど、デビューがますます鬱いイベントになってしまった。
「ちなみにエスコートはどなたが? お父様ですの、お兄様ですの? それとも兄様ですの?」
「俺だな。兄上は婚約者のエスコートをするだろう」
「あ、そっか。私がデビューならエスメラルダもデビューか……」
上の兄は、長男なのでいずれ子爵家を継ぐ。
子供の扱いがちょっと緩めの我が家だけど、流石に跡取りだけあって婚約者はちゃんと手を回されていた。
お相手の名前はエスメラルダ。
記憶にはないが五歳の時に私がナンパしたという、同じ歳の伯爵令嬢である。
前世の記憶を思い出してから記憶力が前世ばりに良くなったけど、それ以前は年齢相応の記憶力しかなかったんだよねー。エスメラルダは私が捕まえたって言われるけど、さっぱり記憶にない。
なんでも貴族の幼い子供達を集めた園遊会で、茂みに隠れていたエスメラルダを私が引っ張り出してお友達になったんだとかなんとか。そんな出会いを経たせいか、婚約者である兄より私の方が仲良しだ。
そんな彼女の性格は強がりで、意地っ張りで、素直じゃない。
本当は出会いの園遊会で妹のついでに世話を焼いてくれた長兄に惚れ込み、ご両親に頼み込んで婚約に漕ぎ着けたのに、何故か強がり意地っ張りな面がこんにちはして兄につれない態度を取っては振り回している。お陰で兄は婚約者に嫌われてると思い込んでしょんぼりしてしまっているじゃないか、どうするんだエスメラルダ。それでも頑張って気を遣って声をかけ続ける兄が不憫だろ、エスメラルダ。
彼女のことは前世の『おねえちゃん』が言っていた、『ツンデレ』なるものだろうと理解している。ただし『デレ』は極端に少ない。むしろデレずにキレる。あれは難儀なイキモノだ。
「お兄様がエスメラルダ義姉様を必死に宥めながら涙目でおろおろする姿が目に浮かびますねぇ」
「兄上の婚約者殿への態度は、サブマリンの世話をする時とほとんど同じだからな」
「ああ、サブマリン……兄様、私のサブマリンは元気にやっていますか?」
「主に世話をしているのは兄上だが、元気なんじゃないか? 今日の朝、庭の池で見かけた時は白鷺の嘴に噛みついて水中に引きずり込もうとしていたが」
「良かった、元気そう」
「いや『元気そう』じゃねーよ!? なに、サブマリンって! 白鷺って結構でけぇよな!? 水中に引きずり込むってどこの鰐だよ!」
「失礼ですわね、フランツ。亀ですわ」
「亀なのか!?」
「私の記憶には残っていないのですけれど、なんでも三歳の頃、私がどこかから拾って来たのだとか? 頑なに飼うと言い張り、屋敷の庭で飼育を始めて早十数年。今では直径六十㎝の甲羅を背負った立派なカミツキガメ的な池の主と化していますわ」
「ミシェル姉様以外の人が迂闊に近づくと、噛みつこうとするんですよねぇ。スイカくらいなら簡単に噛み砕く、あの顎で。あの生き物の事、僕は甲羅を背負った鰐だと認識していますよ」
「普通拾ってくるといえば犬猫が一般的だろうに。なんでまた亀なんて拾ってくるのか……あの頃のお前は内気で大人しかったのに、亀の何が気に入ったのか」
「大人しい? え、誰が?」
「ミシェルが」
「……え?」
「今でこそこうだが、六歳くらいまでは……好奇心旺盛なのに内気で、引っ込み思案な、それこそまるで子栗鼠のような娘だったんだ」
「それがどうしてこんな事に……」
「それは兄が一番知りたい」
何故か、しみじみと。
遥かなる遠くを眺める眼差しで、深々と溜息を吐く兄。
まるで擦りガラスのように内側の感情を見せない瞳に、どんな言葉を呑みこませているのか。
ぼそりと「あの頃は可愛かったのにな、普通の妹で」という言葉が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう! うん!
「僕は今の姉様も大好きですよ! 時々突拍子もない事をするあたりとか、見ていて退屈しませんし!」
なんか弟がそんなことをほざいたけれど。
不思議とあまり嬉しくなかったので、微笑みながらも無駄に力を込めてガシガシと頭を撫でてやった。




