暗殺者 1
副題:夏合宿・先輩達との交流編
私達がやっているのは、結局のところゲームだ。
どこまで本気で取り組むのかは、個人の裁量次第。
だけどゲームって言うのは、制限時間があるんだよ。
最初に言われていた通り、時間はやって来る。
山賊陣営として動くのは、終わりだ。
なんか騎士陣営に捕まったり脱走したり、プリンスシールド叫んだりとしている間に終わってしまった。
何か山賊らしいこと、したかしら。
行き当たりばったりでどったんばったんしている内にタイムアップだ。
若頭が予想外の働きを見せてくれたものだから、勝敗自体は勝ったけど。
でも頑張ったのは若頭で、特段、私達が何か貢献したって意識はない。
残念無念、次に頑張ろう。
次は私達、暗殺者陣営かー……あまり、向いていなさそうだな?
「ミシェルー、なんか面白い話して」
「ええ? 無茶ぶりー。そうねえ、じゃあ欺瞞に満ちた平和に溺れるデンタル王国を襲う魔王トレハロースと、それに立ち向かう勇者キシリトールの話でも……」
「何それ? 初めて聞く話じゃん」
「いま即興で作ったからね。展開もその場のノリで決める所存」
「――お前達、静かにしないか。偵察任務で、今は身を伏せている場面だぞ。与太話は後にしろ」
「なんなんだ、この子達は。なあ、いつもこんななのか」
今回も放流かしらん?
そう思ったけれども、そんなことはなかった。
山賊陣営として動いていた時の、私達のあまりの自由っぷりにどうやら諸先輩方は危機感を持ったらしい。
まあな。何しろただ様子を見て来るだけの偵察任務に出したはずなのに、騎士陣営の拠点を半壊させた上で枕カバーを一枚奪って凱旋してくるくらいだし。
結果、暗殺者陣営へと転身した私達は、先輩達から熱い眼差し、もとい監視を受ける事となった。
監視は言い過ぎかな? うん、先輩の班の一つと行動を共にして、監督を受けるって事になった。私達の班だけ。うん、放って置けないんだってさ。その言葉に含まれた意味にまでは言及しねーけど。
こちらは一年生、下っ端も良いとこ。
なので上級生に指示されたら、それに従うのみである。
そして上級生の班一つ付きっ切りで指導される内容はコレである。
ずばり、正しい偵察任務の果たし方。
うん、やっぱ捕まるまではともかく、相手の陣営半壊させてターゲットを奪取してくるのは最早『偵察』とは言えないんだと。
今後の活動とかにも支障をきたしそうだから、今の内に矯正しようという諸先輩方の温情である。
魔法騎士コースは一年の内は、基礎体力とか基礎訓練とか、剣術やら馬術の基礎やら、とにかく基礎を学ぶものが多い。専門的で特殊な課程やテクニックを必要とするものは進級してからって事になっている。
何故なら体力的について行けなくて、脱落する者がいるから。
武力行使や、偵察面でのテクニック等、悪用するとヤバ目な技術はそう易々と教えられないって事らしい。特に騎士になる見込みがない者には。
見極めって大事だよね。最初に絶対必要な前提条件:体力をどこまで身につけられるか、そこで篩にかけられている。やっぱり適正ってあるモノで、魔法騎士コースは他のコースより脱落者が多いらしい。それでも名門エリート校に入学できた才能を、途中で投げ打つのは勿体ないのか退学する者はあまりいないけど。大体が、他のコースへの転科を希望するらしい。主に総合コースとか、体力的に格段に楽なとこへ。
なお、体力は十分だけど魔法的な面でついて行けなくなった者は、魔法学園を辞して士官学校の扉を叩く者が多いそうな。流石に魔法面で脱落したら、魔法学園には居残れねえからな。
そんな訳でまだ一年生の私達には、偵察任務を遂行する上で重要となる特殊なテクニックは教えられないそうだけど。それでも、基本的な心構えや注意点、秘匿技術には繋がらない部分だけでも教えられることは多いというのが先輩の主張だ。
私達と行動を共にする先輩は、一班五名。
魔法騎士コースには私以外に女子がいない為、当然のように野郎ばかりだ。
「一応、自己紹介しておこうか。俺はロス・グランニート。気軽にロス先輩って呼んでいいぞ」
「よろしくお願いします、ニート先輩」
「待て? なんで姓の方を略した? しかもなんかそこはかとなく悪意を感じるのは気のせいか……?」
「そんな。でも私も未婚の貴族令嬢として、出会ったばかりの殿方の名前を愛称で呼ぶわけにはいきませんわ。ケルベロス先輩」
「待て。本格的に、待て! 何故、俺の本名を知っている!? フルネームで名乗ってないのに!」
一年なら知らないと思ったのに!
ショックを受けたと言わんばかりにそう叫ぶ、ケルベロス・グランニート先輩。
なお、女生徒たちのお茶会で聞いた話によると、ケルベロス先輩には双子の弟さんがいて、それぞれ『フェニックス』『ヒュドラ』というお名前だそうだ。ご両親のネーミングセンスよ。
これ多分、前世の世界なら『キラキラネーム』とか『DQNネーム』って呼ばれるヤツじゃないかな。
とりあえず、名付けられた本人が受け入れている訳じゃなさそうなのは確かだ。
私達とご一緒する先輩の中で、特徴的というか尖り過ぎて一番覚えやすいのはケルベロス先輩の名前だった。名前がインパクト強すぎたんで思わず弄ったけれども、あまり親しくはない初対面の先輩達だし、淑女としては苗字で呼ぶ所存だ。他の先輩方は、ラブラドール先輩、レイトン先輩、テル先輩と名乗った。
そして、先輩方の、最後の一人。
なんかさっきからやたらと私の頭を撫でてくる人がいる。
その名はアーネスト・グロリアス。
……名前を聞いて察したが、グロリアス侯爵家の、ご子息だ。
………………そしてグロリアス侯爵家は、グロリアス子爵家の本家である。
私の生家は、元はグロリアス侯爵家の筆頭分家だったらしい。
今はほぼ関係が断絶に近い程、縁遠いけど。
昔は侯爵家の嫡男に、我が子爵家の嫡男が誰より身近な側近として仕える風習もあったとか。
なんでも数代前の両家の嫡男が、しょうもない人間関係の縺れからステゴロの殴り合いに発展した結果、密だった繋がりをぶっ千切ったらしいけど。
なんか子爵家側の嫡男が「だったらお前んとこから独立してやんよ!」と宣言した上で、並々ならぬ闘志を滾らせて当時の戦争に参戦、誰もが無視できないような手柄を立てまくって凱旋したとか。それで当時の国王陛下の覚えもめでたくなり、領地もいくつか賜って本家の庇護がなくてもやって行けるだけの下地を整え、グロリアス侯爵家とは袂を分けたとか。
うん、うち側の先祖の行動力がすげぇな。
そんな先祖の因縁たっぷりな、グロリアス子爵家的に社交界で遭遇すると漏れなく気まずい思いをする相手No.1なグロリアス侯爵家の嫡男様が目の前に。
き、気っまずぅ……!
なのにそんな本家の嫡男が、私の頭を撫でてくる。なんぞこれ……。
困惑しながらも、相手は先輩。
しかも断絶した仲とはいえ、本家。
上下関係的に、突っぱねるのも難しい。
だから撫でられたとしても甘んじて受けるしかない……撫でられてるけど、下心は感じねえしな。
ただ、マジで、何故私だけ撫でられまくってるのかわからん。
止めろ、手を高速で動かすな。摩擦で静電気が発生するだろ!?
「お、おい、アーネストやめろって。グロリアス嬢がかわいそうだろ」
「そうだよ。初対面の女の子相手に失礼だって」
「いや、でも、だって」
「でももだってもないだろ。っていうか、どうしちゃったんだよ。お前、そこまで女の子にぐいぐい行くタイプじゃないだろ」
「そうそう。それにアーネスト、お前んとこ、彼女の家の本家なんだろ? 立場を盾にするみたいで最悪だぞ」
「だって……ああ、ロッシュにこんなに似ている」
うん? ロッシュ?
何故か私を見下ろし、切なげな顔をする本家の息子。
誰だよ、ロッシュって。なんで私の顔を見て、言うんですかねぇ。
「……グロリアス嬢、悪いな。すぐにコイツ引きはがすから」
「あの、先輩、ロッシュさんって……」
「あー……」
「ネズミですか? 栗鼠ですか? それともヤマネとかですか」
「マジかよ、察し良すぎだろグロリアス嬢。そこまでピンときちゃったのかよ」
「割と、たくさんの方が私を見て連想するらしいんですよね。栗鼠を。それで、私、どこの齧歯類と重ねられてるんですかね」
「………………こいつが二年前まで飼ってたっていう、チンチラだ」
「わーお、チンチラと重ねられたのは初めてですわ」
「なんでも本当の弟のように、可愛がっていたらしい」
「しかもオス。何となくそんな気はしていたけれども」
「お前を見ていると、愛チンチラの生まれ変わりのように思えてくるんだと」
「どう考えても、私の方が先に生まれていますよね? チンチラのお亡くなりになったタイミングより」
私を弟のように思っていたチンチラに重ねる、本家の息子。
つまり私は、本家の嫡男に弟のように思われているらしい。
おいごるぁ、私、子爵令嬢だぞ。
弟のようにとか失礼極まりないので、こんど女子生徒達とのお茶会でチクってやろう。
その情報が回り回ってどんな感じに本家の息子を追い詰めるのか、ちょっと楽しみだ。
私への距離感が貴族令嬢に対するものではないとして、隔離とまでは行かないまでも、本家の息子と私の間を何名かの人壁で隔てるように遮るように配置決めして、暫し。
私達と同行して、割とすぐに。
先輩方はこう仰った。
「お前ら、騒がしい。偵察任務で騒いでどうするんだ」
「口数減らして、喋る時は小声にしてましたが。端的に言って、静かにしてましたが……」
「存在が騒がしい」
「そんな!」
「というか口数を減らした上でデンタル王国だの魔王と勇者だの言っていたのか、お前ら……?」
ええ、なにそれ。
存在が騒がしいって……そんなの改善しようがねーじゃん!?
私達と先輩方では、認識に隔たりを感じる……。
「まず、喋っていなくっても移動するだけで意外と音はするものだ。自分達で思う以上に、周囲へ気配という形で伝わる。それを騒がしいって言っているんだ」
「えー……でも藪や茂みを通る時、物音を立てないって難易度高くないですか」
森の中だ。どうしたって、生い茂る植物と触れ合えば音が出るし、気配を完全に消して行動するのは難易度が高い。それを要求してくるあたり、やっぱり先輩方は私達よりも技術的な面で上に立っているんだろう。
技術力の面で、私達が先輩達より劣っているのは確かだ。
正式にちゃんとした技術を習うことはまだできない。けれど、見て盗む分には構わないだろう。
さーて、折角だし、存分に勉強させてもらおう。
そんな感じで、私達の『暗殺者ごっこ』はスタートした。
先輩らの監視がある分、独断で派手に動くのは難しいけれども
今回は敵陣営に乗り込んで暴れるよりも、先輩達の指導で少しでも成長する事を優先しよう。
指導を受ける事で、逆に先輩達のレベルも測れると思うし、ね。
デンタル王国……ミシェル嬢の即興でっち上げ物語の舞台。
国王デッパ統治の元、ホワイトな国家運営がなされている。
王家には三人の子供がおり、程々に仲良く育っていた。
美貌の王女オクバ、切れ者の王子ヤエバ、そして第二王妃の連れ子である王子サシバ。
ある日、古の封印から解き放たれた魔王が王国を襲う……!
王女と間違えて、うっかり美貌の第二王妃を攫って行っちゃったから、さあ大変。
女としての矜持を踏み躙られた王女オクバと、第二王妃の息子サシバは魔王許すまじと立ち上がる。
そこへ魔王を倒す存在として、勇者キシリトールの存在が予言され……?