山賊 6
肉壁赤太郎は、やっぱり効果抜群だった。最早、絶大と言っても良い。
私達の前に、戦う事も出来ずひれ伏すしかない騎士陣営の諸君。
無力、まさにこの光景は無力という言葉を体現するようだ。
彼らを無力にしたもの、私達の手に入れた赤太郎。
「これが、権力……!」
「権力って素敵ね」
「そうであるとも言えるかもしれないが、違うからな? これが正しい使い方じゃないからな? お前達のそれは、世にも稀に見る間違った使い方なんだからな?」
用法用量が違う。
調子に乗る私とフランツに「うわぁ」とでも言いたそうな顔を向けるハインリッヒ。
高位貴族故に、権力という単語に何か一家言あるのかもしれない。
でも使われている当の赤太郎は何かを諦めたような顔で遠い目をしている。
その目は、何かを諦めているように見えた。
どうした、赤太郎。まだ若いのに諦めを覚えるのは、早いんじゃないか?
常用すると効果が薄れるかもしれないので何度もは使えないが、使い始めの今はインパクトもあるし、対処法を確立できていない敵対陣営への大きな優位性だ。有効な手は、使うに限る。赤太郎には意識を切り替えて、前向きに頑張ってもらいたい。
「さて、それでは。お待ちかねの尋問タイムといきましょうか」
そして、権力に屈して私達に捕獲された方々には、もっと前向きに頑張ってもらいたい。
「お、俺達に何を聞くつもりだ」
「言っておくが、俺達は脅しには屈しない……!」
「それって脅しじゃなくって見返りアリの取引なら応じると?」
「誰もそんなこと言ってないから!?」
私達の目の前には、結構な人数が捕虜としてミノムシ状態。
わぁい、さっきまでとは立場逆転ー!
意気揚々、これ幸いと調子に乗ってやろうじゃないか。
赤太郎さえあれば(アイテム扱い)、追加の敵が来ても制圧可能だってわかったからね。少なくとも、隙は作れる。うちのクラスの奴以外。
対処可能だと思えば余裕も生まれるってもんだ。
本当はさっさと敵の陣地からは逃げるに限るんだろうけど、この場で尋問なんてしちゃう私達の余裕っぷりよ。
「私達が聞きたい事は、一つ。簡単な質問ですわ」
私はにっこり微笑み、なんだかミノムシの中で一番偉そうなミノムシを引きずって移動する。
「お、おい、俺をどうするつもりだ!?」
「ちょっと隔離」
「隔離!?」
他の面子と一緒にした状態で尋問しても、他のミノムシが圧をかけて喋らない可能性があるからな。
他からはちょっと離した上で、私達で円陣組んで取り囲む。
そうして、私達からの圧を四方八方からかけてみる。
その上で、私は偉そうなミノムシの正面に立ったまま問いかけた。
「枕カバーは、どこ?」
何の為に私達が敵陣営くんだりまでやってきて、捕虜にまでなったのかって。
そりゃ枕カバーの為である。
ちょっと色々暴走しかけておざなりになっていたけれども、まだ当初の目的を忘れる程、私達もお馬鹿さんじゃないつもりだ。
「あ、そういや枕カバーの為に俺ら、ここにいるんだったな……」
「フランツ……?」
「色々あって忘れていた……」
「赤太郎……」
訂正。
馬鹿二人。
「………………」
「マティアス、視線が泳いでいましてよ」
マティアス、お前もか。
更に訂正、馬鹿三人だった。
とりあえずお馬鹿さん達の失言は聞かなかったことにしておく。
気を取り直して、楽しい尋問だ。
「で、枕カバーは?」
「……俺がそれを喋ると思うのか?」
「素直に喋った方が良いと思いますわよ。その方が楽になれます。いえ、新しい世界を知らずに帰ることができますわよ」
「は?」
さて、尋問、脅迫、取り調べ。
とはいっても学内のゲームで、相手は同じ学生だ。
荒事どんとこいな魔法騎士コースとはいっても、そんなに過激なことが出来るはずもない。
故意に肉体を傷つけるようなことは勿論アウトだ。
でも肉体の傷は目に見えるけど、心の傷は見えないんだよね。
相手の心をわざと傷つけるのも非道な行いだと、人間としてアウトだと思うけど。
傷を負うかどうか、本人に選んでもらうのはアリだと思うの。個人の選択の自由ってヤツ?
だから、私は選んでもらうことにした。
傷を負うといっても、人によっては致命傷。だけど人によっては軽微な傷。
どう受け取るか、どのくらい重く受け取るかは本人次第だ。
「お喋りしていただけないようでしたら……」
私が指をパチンと鳴らすと、事前に軽く打ち合わせた通り。
フランツに嗾けられて、ディッセルハイム13世が前に出る。
ずずいっと、偉そうなミノムシの斜め前方から。
身を乗り出して……っていうか覆い被さるような圧迫感で顔を覗き込む。
そして一つ目巨人は、その大きな口をガパッと開けた。
鋭利な牙のずらりと並んだ、肉食獣さながらの口。
大きく開いたそこは、柴犬くらいなら丸呑み出来てしまえそうだ。
当然、人間の頭部もな。
「今から一分以内に素敵なお話を始めていただけない場合、アナタにはこちらのディッセルハイム13世氏のベーゼが進呈されます。めっちゃディープなヤツな」
「ほわっつ!?」
安心しろ、ベーゼと言ってもマウストゥマウスじゃない。
対象範囲は頭全部だ。
一つ目巨人の接吻、別名「顔面丸呑み」。
頭部を丸ごとぱっくりやっちゃっていただくことになるその光景は、有態に言えば捕食の一言だ。
勿論? 我ら人間に友好的なサイクロプスとして? フランツの使い魔になってくれた身の上だし?
丸呑みとは言っても、本当に呑みこんでもらう訳じゃないけど。
ただ頭を丸ごと口に含んで、若干の甘噛みをしてもらうくらいである。
命に別状はないし、怪我をすることがないよう加減もする約束だ。
身体的な傷を負うことはないけれど、サイクロプスの唾液塗れにはなるだろう。
物質的には無傷で済んでも、ナニかを失う可能性がないとは言い切れない。
私なら御免である。
でも勘弁してくれと思うようなこと程、脅しとしては効果的だと思うんだ。
なお、サイクロプスには文化的に接吻という愛情表現は存在しないらしい。
ディッセルハイム13世への指示も、「合図をしたらアイツの顔面口に含んで甘噛みな。噛み砕くなよ」という内容だ。ディッセルハイム13世的にも、それ以上でもそれ以下でも他に意味は感じられないらしい。
さて、サイクロプスの丸呑み。
視覚効果もばっちりだし、見る者に恐怖と不安をもたらすことだろう。
だから私としては、この偉そうなミノムシが我が身を犠牲に黙秘を貫き、ディッセルハイム13世の接吻(丸かじり)を受ける羽目になっても問題はない。
それを見せつけられることになる、他のミノムシ達に言うだけである。
――次はお前らだ、と。
きっとみんな、お口が軽くなるって。
私、信じてる。
ちなみに犠牲者二号三号を生み出すまでもなく、偉そうなミノムシは制限時間一分を半分も費やすことなく陥落した。仮にも騎士陣営だろ? 例え権力には弱かろうとも、騎士がそう易々と屈するな。もう少し悩めよ、根性なしめ。
自分でやっておいて、そう思う私。
うん? 私? この脅しをかけられたのが私だったら……様子を見て反撃する自分しか想像できないな?
だけど、たら、れば、なんて仮定の話をしても意味がない。
今は今として、やれる限り頑張ろう。
私達の脅しに屈したミノムシから得た証言によると、枕カバーは既にこの地にはないらしい。
いつの間に……。
都会派サイクロプスの襲撃があった時点で、事前に指揮官役の生徒が通達していた『襲撃があった際の手引き』に従い、既に次の拠点候補地か、指揮官担当の生徒の元へか、どちらかへその場の判断で離脱しているのだという。ちなみにどちらを目的地に選ぶかは、離脱時の運搬担当者たちの判断によって選ばれるそうな。
さて、思い出してほしい事が一つある。
そういえば、枕カバーを被せたサンドバッグは大八車に積み込まれた上で、その上にナイジェル君が据わってくつろいでいやがったな……? という記憶が脳裏を過ぎった。
もしかしなくても、運搬担当ってナイジェル君達の事か。おい。
ナイジェル君が消えたのは、わかる。
私達が解き放った囮に、思いっきり釣られてたもん。
だからナイジェル君がいないのはわかるんだけど……ナイジェル君だけじゃなく、その班員とか、私のクラスメイトだけピンポイントで姿見ねぇなと思ってたんだけど。
もしや、それがその答えなんだろうか。
私のクラスメイトだけ姿を消しているのは、枕カバーの警護の為だと?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆彡
一方その頃。
「だああぁぁぁあっ!! ちょ、やばいやばいやばい! あのくま、第三の武器を取り出しやがった!」
「そんな、やっと包丁一本叩き折ってやったと思ったのに!」
「は? どっから出した、アレ!? あんな物量のモノ隠し持てるような余地どこにもねぇだろ!」
「なんで背中にすっと手をやったと思ったら、そこに高枝切りハサミが握られてんだよー!?」
「右手に包丁、左手に高枝切りハサミってバランス悪っ」
「いや待て、アレはまさか……手元で、片手でハサミの開閉ができるだと! そんな、包丁と高枝切りハサミで遠近両方の攻撃が可能だとでも!?」
「うぉふぉぉおっ!? ナイジェル君、ちょ、悪いけど担がせてー!! ナイジェル君個人の回避能力じゃちょぉぉぉぉっと厳しい! 厳しいから!」
「シビア! さっきより回避がシビアになっちょるー!!」
「ノキア、さっさとナイジェル君を担げ! ヤバいから! ヤバいから!!」
「担ぐのは良いけど、落とさないでね」
「そういうナイジェル君はそろそろその手の大山椒魚を手放そっかー!?」
ミシェルのクラスメイト達は、一頭の小型グリズリーに翻弄されていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆彡
一応、ミノムシから枕カバーの向かった先と思われる場所、次の拠点候補地と指揮官役の居場所、その二か所の情報を聞き出しはした。
けどなぁ、なんでかな。
思いっきり、方向が違うんだけど。
拠点防衛の為の指揮を取っている指揮官役は、次の拠点候補地の安全と最低限の設備を確立させた後、周辺警備の為に敢えて拠点候補地を離れたのだという。
山賊陣営と暗殺者陣営を警戒して、何かの作戦行動中みたいだ。
その作戦の詳細までは、ミノムシ達に知らされていなかった。お前ら、三下か。
今私達がいる陣地は、枕カバーの離脱後、山賊・暗殺者陣営への目くらましとして使いつつ、順次人員を次の拠点候補地へ移動させていく予定だったんだと。
ミノムシ達はあまり重要な情報を握っていなかったんで、今わかるのはそのくらいだった。
私達の収穫は、騎士陣営の生徒達をそこそこの人数ミノムシにして転がしてやったことと、騎士陣営の元拠点を混沌の坩堝に叩き落してやった事。
そして既に枕カバーがこの地にはないという情報を掴んだ事。
この収穫を、大きいと見るか、少ないと見るか。
そこを評価するのは多分、私達じゃなくて私達の陣営の先輩って事になるんだろうな。
悔しいけど、今はもう、これ以上ここで出来る事はなさそうだ。
今度こそ、撤収である。
そう言えば私達って事前偵察って使命を与えられて、ここに来たはずだったんだけどなー。
気が付いてみれば、騎士陣営の元拠点を潰してしまったような気が……するような、しないような?
「偵察って、何だったっけ」
「やめろ、フランツ。そこを深く考えるな」
「せっかく、そこから目を逸らしていましたのに」
フランツやオリバー、エドガーも思うところがあるのか。
ディッセルハイム13世大暴れの結果、色々と半壊しちゃった感じな騎士陣営の元拠点を眺め、改めて微妙な気持ちになった。
「それじゃ、俺達こっちなんで」
「お前ら、流石に好き勝手し過ぎだろ……」
「単独任務とか、自由を与えて解き放つと危険な予感しかしない」
割と好き勝手なことを言う、赤太郎とその班員達とは騎士陣営のとこを離れて、すぐに分かれた。
まあ、私達も好き勝手な事をしていたんで、言われるのも仕方ない。
プリンスシールドはとても美味しい武器……じゃねえ、防具だったよ。
機会があったら、また使わせていただきたいくらいだ。
別れ際、赤太郎がなんか私の顔を見て「寒気がする」って言っていた。
なんだ、風邪でも引いたのか?
この島に面倒見てくれる召使はいないんだから、体調、気を付けとけよ?
「さぁーて、これからどうする?」
「偵察って任務は完了したんじゃね?」
「アレを偵察と言って良いものか……」
「情報は掴んだ。だったら偵察と言っても過言じゃないと思う」
「過言だよ。情報を得る代わりに敵陣地の拠点潰してんじゃん。それもう偵察って言わねぇよ」
任務は一応、形としては終わったし。
私達は下っ端一年生なので、先輩方の指示に従うのが基本。それが縦割り社会ってもんだ。
だったら先輩の指示が効力切れとなった今、どうするか。
自由に勝手にぶらぶらするのは、山賊の下っ端らしくはあるけれど。
でも騎士候補生の下っ端としては、自由過ぎるのもどうかと思わなくはない。
一応、偵察だったし。
掴んだ情報を報告すべきだろうし。
一旦、山賊陣営に戻るという事で班員達との意見は纏まった。
さて、行こうかというところで。
「あの……ミルキー戻ってこないんだけど」
「そういえば、うちのテディも戻って来ませんわ?」
マティアスとエドガーの二人が、自分の使い魔不在を思い出してしまった。
捨てられた子狸みたいな顔をする、絶世の美青年。
やめろやめろ、他所でそんな顔したら美少年・美青年好きなマダムに攫われるぞ、テメェ。
いや、マダムじゃなくても美形好きな先輩方に拉致されてしまうかもしれない。
若干マティアスの身が心配になりつつ、その使い魔については実はあまり心配していない。
だってあの大山椒魚、使い魔って言うだけあって魔物じゃん。
あれただの大山椒魚じゃねーんだもん。
それにエドガーのとこの若頭だってついてるんだ。
相対しているのもナイジェル君とその一派だろうし、流石にクラスメイトの使い魔だってわかっているのに命を取るようなことはしないだろ。
……尻尾の一本くらいは失うかもしれんけど。
「死にゃあしねーよ」と言ったけれども。
マティアスは「しっぽ……」と呟いて訴えるような目を向けてくる。
だからその目は止めろって。大山椒魚よりむしろお前の未来の方が心配だっての。
納得しそうにはないので、仕方がない。
マティアスの要請に従って、大山椒魚を救出に行くか……。
……あれ?
使い魔と主従の絆があるマティアスやエドガーは、使い魔の位置がわかる、らしい。
ちなみに私はサブマリン達の居場所が具体的にどことかわかった試しはない。
私とサブマリンは何が違うって言うんだ……なんかどうも、色々『一般的な主人と使い魔』のアレコレが私と亀の間じゃ適用されてねーんだけど。
いや、まあ、亀の話は置いておこう。
いま大事なのは、マティアスとエドガーは自分の使い魔の場所がわかるって事。
その使い魔は今、ナイジェル君と同じ場所にいる可能性が高い。
それってつまり、枕カバーの場所がわかるって事と同義では?
なんだか大事なことに気付いてしまったかもしれない。
これは、枕カバー奪取に挑戦するかどうかの分岐点では……?
ちょっと判断に迷って、班員達と顔を見合わせる。
他の面子もそれに気づいたみたいで、ちょっと互いに頭を悩ませた。
それは、若頭がぐったりした大山椒魚を担いで合流してくる、三分前の事だった。
そんでもって若頭は、一体何をどうやったのか。
ナイジェル君達の手から、枕カバーを一枚奪取してきていた。
マジかよ。
若頭の快挙に、予想以上の結果を叩き出してきたことに。
ちょっと頭が追い付かないまま、私達の山賊ごっこは終わった。
なお、枕カバーを先輩に提出したら、めっちゃ頭なでなでされて褒められた。
やめろ、頭を撫でるな。
私の頭を撫でるくらいだったら、エドガーの頭部を撫でろよ。
功績を挙げた若頭は、エドガーの使い魔なんだから!
……丁度いいサイズ感ってなんだ、背か。背なのか。
小柄だからって、露骨な子ども扱いしないでほしいんだけど!
魔法騎士コースの先輩(身長185㎝)がミシェルの頭をなでなでしている!
a.単純に撫でやすいミニマム具合だったから
b.セクハラ
c.理由を付けて女の子に触ってみたかっただけ
d.ただの天然
e.ミシェルの顔が好みのタイプだったから
f.孫を見ている気分になって……