山賊 5
脱獄し、自由を取り戻して暫し。
私達はディッセルハイム13世との合流を急いでいた。
いや、ディッセルハイム13世を引き続き陽動に使って、別行動で戦線離脱でも良かったんだけどね?
流石に都会派サイクロプスの主から抗議が入ったんだもん。
使い魔を心配して合流押し通すとか、良い主してんじゃんフランツ。
私としても友達の使い魔を使い潰すのは良心の呵責に触れるモノがあったんで、構わないけれども。
これがガチの実戦で、私がマジに山賊だったら迷わず捨て駒にしていた自信あるけどな。
武器は没収されていた。
だけど訓練用の木剣だし、敵も味方も持ってる武器は品質トントンだ。
選り好みする程に良い装備なんて、参加者の誰も持ってるはずがない。
要するに、倒した騎士陣営のヤツから無力化ついでに奪えば良い。
ディッセルハイム13世と合流するまでの、三度の遭遇戦。倒した敵の拘束から物資強奪の流れで、脱獄囚仲間の全員へ武器は行き渡っていた。
この時点で、ちょっとおかしいとは思っていた。
三度、私達は騎士陣営の小班と戦った。
ディッセルハイム13世が大勢を引き付けていたけれども、それでも小班規模の敵が三度だ。
全部倒して、武装解除して縛り上げた。
そして見つかり難いよう、物陰や草むらに転がしておいた。
ついでに額には肉って書いたり邪眼を描いたり瞼に昭和の少女漫画的な画風で目を描いたりもした。
その尽くが、別クラスの人間だった。
ここまでで、私達と同じクラスの人間とまだ行き会っていない。
私の気にしすぎ?
でも私達の動きを一番読めるのは、私達と同じクラスの面子だと思うんだよな。
それが一度も私達の様子を見に来ない所か、遭遇すらしないっておかしくない?
ナイジェル君が大山椒魚に釣り出されて以降、一度も遭遇しないってのはタイミングからしても怪しくね? 胸を過ぎる違和感。これはただの、私の疑心暗鬼で済ませて良いんだろうか……
「どうしたんだよ、ミシェル。難しい顔で」
「果たしてナイジェル君がこのまま済ませてくれるだろうか」
「不吉な物言いやめろ、縁起でもない」
強制的に肝の冷やされた顔で唸る複数名。ナイジェル君の調ky……刷り込みが効いてんなぁ。
その中で一番ビビってんの、赤太郎だけど。おい、王子。それでいいのか、王子。
「ミシェルの懸念は、俺もわかる」
「オリバー」
「けど、俺達にナイジェル君が理解できるとも思えないし、あいつがいない此処でソレを考えたって仕方がない。今はミルキーと……セオドアに、任せよう」
マティアスの大山椒魚、ミルキー。
そして、エドガーの小型灰色熊セオドア。
ナイジェル君を引き付ける役目は、あの二体に任された。
つまりは、うん、そう。
ミルキーが誘き寄せた先で、あの若頭的凶相のくまさんが待ち構えてるんだよね。
手に、武器を持った状態で。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「くっそ思った以上に俊敏な上に小回り活用しやがって!」
「しっかり守って、僕の盾」
「あーはいはい、しっかり守るから露骨に盾呼ばわり止めてナイジェル君!」
「うわ、ノキア! くまから意識を逸らすなよ! 右から回り込んで……ぎゃあああこっち来たぁ!!」
「なんでこいつ、執拗にナイジェル君ばっかり狙うんだよぅ!」
「ナイジェル君、こっち、俺の後ろに回って!?」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「ちなみにエドガーはわかがs、セオドアの事が心配じゃありませんの?」
「ミシェル、今何か、テディの事を変な風に呼びかけなかったかしら……? なお、その質問に対する答えは否ですわ。私はあの子を信頼していますもの」
「わあ、終始心配しっぱなしのマティアスとはえらい違い。信頼感の桁が違うね」
「マティアスのアレは、常にナイジェル君の意味ありげな視線に晒されていますし、仕方がないと思いますけれど……でも、そう、私は誰よりも信頼していますの。
自分の使い魔の、武力を 」
見た目からして、そんな気はしていたけど。
エドガーの使い魔セオドアは、物理攻撃特化だった。
コンパクトですばしっこくて、力が強い。物理戦士としては、かなり厄介だ。
しかも戦闘経験が豊富なようで、戦闘の勘が鋭いし自分の動きってヤツを熟知している。
時々エドガーに訓練場に連れてきてもらって、手合わせさせてもらってるんだけど中々いい感じに勉強になるんだよね。色々、本当に色々と学ぶところの多い若頭だ。
他のクラスメイトがいるところでは若頭の戦う姿を秘匿しといたんで、ナイジェル君とこの班員達の意表を突くことが出来るんじゃないかと予想している。
「そういえば……」
「どうしましたの、エドガー。気がかりそうなお顔でしてよ」
「生徒は訓練用の木剣と指定されていましたでしょう? だから私達も、武器は持ち替えていますわよね」
「そうですわね。この通り、今も手にしているのは騎士陣営の生徒から強奪した木剣ですし」
「でも、使い魔には指定がなかった」
「うん?」
「使い魔の武器はどうするのか、指定がなかったので失念していましたの。テディ、普段使いの武器のままですわ。木剣じゃありませんけど、よろしかったのかしら……と」
「指定があるのは生徒だけだし、使い魔は良いんじゃねーの?」
「流石フランツ、さらっと混ざってさらっと流しましたわね。でも私も、良いんじゃねっかなって思う」
ああ、だけど。
若頭に持たせてる武器、アレだしなー。
見た目、結構怖いかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「っつうかナイジェル君、その大山椒魚を放そうぜ! ナイジェル君が大山椒魚を掴んで放さねーから、あのくまナイジェル君を追ってくるんだと思うぜ!」
「というか必死にばたばた藻掻く大山椒魚が見ていて可哀想になって来たから! お願い、放してあげて!?」
「えー……どうしよっかなぁ」
「なんでそこで悩むかなぁ!」
「う、うわわわわっ! くまがまた、ディフェンスの股下潜って……やっぱナイジェル君の方来たぁ!!」
「誰だよ、この熊にナイフでも短剣でもなく包丁持たせた奴!! もっと他にこう、手近に良いのあっただろ!? ビジュアルが猟奇的過ぎてこえーよ!! 異様な俊敏さ云々以前に、見た目が超絶怖すぎんだよ!! 怪奇小説的な感じで!」
※若頭の武器はミシェル嬢とエドガーが二人できゃっきゃしながら選びました。
武器屋ではなく、金物屋さんで。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ナイジェル君の愉快な御供たちが若頭の武力というより、むしろその小さな両のおててに握った出刃包丁と菜切り包丁に怯えて右往左往阿鼻叫喚だったらしい、その頃。
私達はついにディッセルハイム13世と合流を果たしつつあった。
だけど私達の間には、ディッセルハイム13世を取り囲む騎士陣営の人垣が。
フランツとディッセルハイム13世、主従の再会を阻む有象無象をどうにか退けない事には、本当の意味で合流したとは言えない。
「お前ら、ゆっくり武器から手を離しやがれ! 王子がどうなっても良いのか!?」
「ゆっくり、ゆっくり後ろへ下がりなさい! でないと、王子が酷い目に遭うだけでしてよ!」
「もう、どうにでもしてくれ……」
身長的な問題と、見た目の凶悪さを鑑みた結果。
現在、赤太郎の首にはエドガーのぶっとい腕が巻き付いている。
その上で、左右からやんやと声を張り上げるフランツと私。
そして遠い目をする赤太郎。おい、現実逃避をするな。
「ひっどい絵面だな……ミシェル、今の俺達、まるで悪人のようだぞ」
「今の私達は『山賊』だから問題有りませんわ」
「『山賊』が『暗殺者』を人質にするの図……」
なんか斜め後方でオリバーとか、赤太郎んとこの班員とかも遠い目をしていたような気がしたけど、多分気のせいだろう。使える手は、有効性が失われない限り使うに限るだろ?
「く……っどうします、先輩!」
「狼狽えるな! 例え王子を人質にされたとしても……いや、なんで人質にされてるんだよ。アイツらは仲間じゃないのか? いや、いや、いや、でも、そうだ、相手は王子だ。いくら何でもポーズだろ、アレ。まさか王子を酷い目に遭わせる訳が……」
「でも先輩! あの隣にいるの、ジャイアントキリングのミシェル・グロリアスですよ!?」
「は? ジャイアントキリング……学内の王子達を次々に殴って血祭りにあげているという、あの!!?」
そんでもって、何故か通用する。
王子を人質にするってインパクトあるんだなぁ、騎士陣営の奴等、予想外の事態に思いっきり動揺して冷静さを欠いてやがる。
「っていうか、血祭? 私、そんな愉快な事したっけ……殴ったことは否定しないけど、なんか誇張されてない?」
「誇張っつうか、アレじゃね? ほら、一か月くらい前にミシェルが模擬試合の時に赤太郎殿下へ顔面パンチ炸裂させた時にさ」
「うん? ああ、そういえば」
「いいとこに入っちまったのか、鼻にぶち当たったせいか、赤太郎殿下の鼻血が止まらなくなったことあったじゃん。殿下の訓練着の、胸元が血染めで一面赤黒くなってさ」
「あったあった。赤太郎が涙目で「鼻痛い……」しか言わなくって。あの時は鼻骨砕いちゃったかと本気で焦ったもの。周囲の皆も慌てに慌てて、赤太郎を十人くらいで担ぎ上げてさ。保健室まで爆走したんだった。赤太郎はさながら神輿のようだったわ」
「アレはちょっとしたお祭り状態っつうか祭りそのものだったよな。保健室に辿り着く頃にはみんな楽しくなってきて悪ノリしてたからなぁ、赤太郎殿下以外」
「お前ら、トラウマ抉る話は止めろ。あの時は複数人に担ぎ上げられた上、わっしょいわっしょい謎の掛け声で上下に揺らされて滅茶苦茶酔ったんだからな」
赤太郎を害する事には屈指の実績を持つ私が、実際隣にいるせいか。
私達がどんな感じに毎日過ごしているのか、実態をよく知らない隣クラスの奴や先輩方やらは、もしかしたらやるかもしれない……と重々しい緊迫感を募らせているようだ。
みんな、何か意味ありげに恐れるような目で私を見て、固唾を呑んでいる。
どうしよう、そんなに期待されちゃうと、何かやらかしたくなってきちゃうじゃん。
でも実際に害したら人質の効果がぐっと下がる。
赤太郎を傷つけない範囲で、何かやれるとしたら……
「どうしましたの、下がりませんの? もし王子を私達が害する訳がないと思っていらっしゃるようでしたら……覚悟の証として、見せて差し上げるのもやぶさかではありませんわよ!」
「ま、まて、止め……っ」
「まずは覚悟の証として、王子の顔に第三の目と猫の髭を描く!」
「……は?」
「そして貴様らの名前をリストに書き連ねた上で、「こいつらは王子の顔が悪戯されている時、見ているだけで止めませんでした」と学内掲示板に張り出してやる!!」
「待ってそれ止めてぇ!!?」
「じょ、冗談じゃねえ……洒落にならないじゃんソレ!」
「やべぇ、下手に殴られるより性質悪っ!!」
目的の為なら、赤太郎を害する事も辞さない。
そんな私の覚悟が伝わったのだろう……騎士陣営の奴らはさっきよりもざわざわとしながら、その陣形を崩壊させつつあった。
「筆記テスト学内首席の私の記憶力を舐めるなよ! お前達の顔はしっかり把握したからな! 顔さえわかれば名前を調べるのなんてすぐですわよ、すぐ!!」
「じょ、冗談じゃねえ! そんなことされたら風評被害待ったなしじゃん!」
「というか王家の心象が……! いや、き、騎士団からの印象も!」
「さあ、どうしますの!? こちらは目の前で王子の顔をキャンバスにお絵描き大会開催となっても構いませんのよ!?」
「いや、構うだろ……」
「高位貴族はちょっと黙ってろ」
何故か目の前で、敵陣営が敵陣営を人質にするという、謎の事態。
その上、謎の脅しで圧をかけられる事、暫し。
現場指揮官では判断が難しいらしく、ちょっとじりじりしたものの……そう長く時間を置くことなく、彼ら騎士陣営は脱獄囚に屈したのだった。
いや、これお遊びだからまだ良いけど、実戦だったらマズいどころの話じゃないだろ。
ゲーム中だってのに、実際の身分やらを持ち出すのも、利用しておいてなんだけど駄目だと思う。
本当、忖度捨てた方が良いんじゃね?
せっかく、まだまだ無茶が許される学生なんだから、今の内くらいはさ?
☆今回の赤太郎のトラウマ☆
一か月前、鼻血が止まらない怪我人なのに、クラスメイト複数人に神輿にされた。