モノクロの機械論的世界観 断章前編
※日付訂正(2/26)
「ちょ…っ!ちょっとタンマ!俺らが悪かったって!!」
「はぁ?悪いことは承知でやってんだろ?ガキから金集っといて悪かったすみませんで済むわけねえじゃん」
生き方なんて、人それぞれだ
「アンタらはガキに恐喝してお金を手に入れた。ならあたしがアンタらを恐喝して金取ったって文句は言えねえだろ?まあそのやり方は人それぞれってことで…よっ!」
「――ブハッ!」
あたしはあたしが合ってることをする
それは正しいとか悪いとかじゃない。
あたしの性に『合っている』ことを意味する
「お姉ちゃんありがとう!」
「ありがと!」
「…ううん、お礼は言わなくていいよだって………ていっ!」
「あいたっ!」
「いでっ!!」
だからいい年した連中には本気で殴るし、年下には痛がる程度に殴る
「なっなんで…!」
「コイツらから聞いたよ?お金持ってんだー!って言いふらしながらレアカード見せてたって。それが絡まれた原因なのよ」
暴力は何も生まないというがあたしはそうは思わない。
暴力による痛みは喜々とした思い出よりも、カビのように酷く記憶にこびりつく
しかし世間からしたらこれは正しくない。それはやり過ぎることが問題視されているからだ。
暴力は時に人を惑わす。それは自制心が無い人間であればあるほど振りかざした腕に酔いしれる
けどあたしはそうはならない。だからあたしがやることは悪ではない
だからやる
「やりたい気持ちは分かるけど、それをやったら他人がどう思うかを考えなさい?世の中にはこういうどうしようもない大人もいるんだから、同じことやったらまた取られるわよ?」
「…ごめんなさい」
「ごめんなさい」
それがあたしだ
2004年 夏
神奈川県 某所
「見たよー理絵っち。昨日子供たち助けてたでしょー」
「…近所の悪いところね。てかあたしのことはいいから早くデッサンしちゃいなさいよ。今日の課題でしょ?」
セミの音が劈く平均気温37度以上の日中
既に夏休みに入っている中学校だが、あたしはあたしらしくないと言われている部活動に励んでいる
そこに唯一と言っていい近所に住む幼馴染、サイドテールでいつも活発に過ごす賑やかな子、乱獅子優愛がニヤニヤした顔で話しかけてくる
「いーじゃんまだ時間あるしー。それよりよく立ち向かうよね、相手うちの3年じゃなかった?」
「そんなの関係ない。むしろああいう連中は面子ってのがあるから『年下の女子に負けましたー!』なんて大っぴらに出来ないわけよ。だから仕返しなんて来ない、解る?」
「いやいや、うちが気にしてるのはそこじゃなくてよく年上の男に立ち向かえるなってことよ」
少し顔を引きつりながらあたしの話に反論してくる
「なんだ、そんなこと。あたしだって10人くらい居たら歯向かわないわよ。けど昨日は3人じゃん?なら…ねえ?」
「そんな当たり前みたいに話されても…理絵っちちょっと血の気盛んすぎだよ。そんなだから一匹狼なんだよー?分かるー?」
「……あたし自身そういうつもりはないんだけど」
「どの口がそれ言うよ…もう少しお淑やかにするとか無いわけ?このままじゃ中学3年間ぼっちよ?」
「ぼっち言うなし。少なくても美術部員は話しかけてくれる」
とはいえ数が多いわけじゃないし彼女以外親しい人は居ない。
小学校からの友達も中学に進学し、あたしがこういう性質だから皆避けていった
「うちはクラス違うけど上手くやってる?いじめられてない?教室のど真ん中一人読書してない?あたしゃあ心配だよぉー」
「唐突のオカンやめーや。別に人並み程度には会話くらいするよ。これでも学力は良いほうですからねー、誰かさんと違って」
親しい人は確かにいないが、別に孤立しているって気はしない
給食だって話すし、勉強も教えたりする。
誰にでも平然と出来る自身があるから男子にもそれ相応の態度で話せるし、その結果これまで学校内ではトラブルらしいトラブルは起きてない
「だからだよ!もう少しだけお淑やかにすれば絶対モテるって!勿体なんだよそのポテンシャルがありながら我が道往くのは!」
「モテる云々なら優愛の方が受け良いっしょ?元気だし活発だしまさに太陽じゃん」
「それ全部『明るい性格』からの派生じゃん…。言い方変えるだけでうちには明るいしかないみたいじゃん」
ホントだ、自分で言ってて気が付かなかった…
「――――おーい、課題終わったかー?」
暑さのせいか、それとも元々か分からないがとにかく気怠そうにしながら男性顧問が部室に入ってきた
「やべっ!…あー……先生!」
ほんの少し間を置いて優愛が挙手しながら立ち上がった
「おっ何だ乱獅子。終わったら教壇に置いて帰っていいぞー」
「デッサン対象が簡単すぎます!!シル○ニアファミリーの家とかうちら見慣れてきてるんで!てかそれを持ってくる先生ちょっとキモイです!!」
「おーおー挑戦的なことをズラズラ並べてくれたなぁー。じゃあブルータスでもやってみるか。30分でさっと終わらせてみろよー。…因みにこれはうちの娘の卒業品だ、俺の趣味じゃねえからな」
そう言いながら家の模型を取り下げあたし達の目の前には石膏像のブルータスさんが置いて教室を後にした
「………優愛、名前に反して周りに優しくないことしないで。出来るわけないじゃん、30分でブルータスとか…」
「いやいや名前通りっしょ。うち乱獅子だし」
「これだからライオンは…」
「あっ!それ禁句にしたじゃん!小学校卒業と一緒に!!」
軽く腕を動かしに来ただけなのに変な重圧を感じるようになってしまった
優愛は変なところで度胸がある。何かと挑戦的というか、肝が据わっている故に結構何に対しても進んで行う
『面倒』という言葉が彼女の辞書にないんだろう
多分、それが彼女に『合っている』んだ
2004年 10月24日
「……日本語表記、帰ってきたって感じがするな」
到着した空港の中にあるコンビニを見ると、4泊したイギリス、フランス旅行から帰ってきたと実感する
キャリーバッグを引きずる面倒さももう少しでお別れだ
何度も経験しているが、こればかりはその面倒さが恋しく思ったりする
「えっと、待ち合わせは……」
「――お帰り、理絵」
携帯でメールを確認しようとしたところ、大人の男性が声を掛けてきた
その声色、その口調、その雰囲気。ほんの数日旅立っただけなのに中々に懐かしく感じさせた
「おっ!ただいま、父さん!」
「ただいまー…」
「お帰りー理絵!どうだったイギリス、何かとためになった?」
キャリーバッグを玄関に置き去りにして気怠い身体をリビングに無理やり歩かせながら母さんと話す
「まあ色々と。やっぱ現地行ってみないと価値観や文化が分からないものね。今回も勉強になったよ」
「去年の夏はアメリカ、今年の春にオーストラリア。冬にはアフリカでも行くの?」
「…?行っていいなら行くけど?」
「大人気アイドルでもこんなスパンで海外行かないわよ…。まあお金は出世払いって言うから今は伸くんが払ってるけど…無理はしないでねぇ」
「俺もより一層働かなきゃいけなくなるからほどほどにして欲しいんだが…」
「大丈夫大丈夫、怪我とかしないように身を守る術は鍛えてきたし」
「いやそこじゃなく」
海外旅行が趣味と言われることがあるが、あたしの場合、目的は調査だ
色んな地域の文化、価値観、秩序、信仰、習慣を身をもって知る事
両親からはなんでそんなことをと聞かれたが、あたしはこう答えた
『色んな世界を身をもって知りたい』
まあ単純な好奇心から来ている行動力だ
「そうそう!また向こうでも知り合い出来たからおかげでメル友増えたよ!そろそろ友達百人目指そうかな」
「そのコミュ力は相変わらずね、学校でも同じぐらいのコミュ力発揮してほしいわ」
「くく…三者面談した時の母さんの顔は正直ウケたよ」
旅行先でも誰彼構わず話しかけるあたしをよく見ていた母だからこそ、学校で一匹狼の雰囲気を持っているあたしにとても驚いていた
「もうーそんなことばっかり。誰の影響なのよ…」
どっしりとソファに座ったあたしに対してため息混じりに呆れた様子を見せてきた
というより、それを父に見せていた
「…俺じゃないぞ」
「私でもないわよ。…となると、紬さんかぁ」
「まあまあいいじゃん、文学少女やるよりかはマシじゃない?外出て肌で感じた方が良い経験になるし」
「…まっ無事に帰ってきてくれればそれでいいわ。二人とも、ご飯まだよね?用意するから理絵は先お風呂入ってさっぱりしちゃいなさい」
「はーい」
適当に相槌をしつつ自室に向かい、洋服箪笥から部屋着を取り出す
…こうして日常に戻ると、あたしはつくづく恵まれていると思う
あたしの我儘を聞いてくれる両親、理解者である優愛。
刺激のある私生活。飽きなんてない、あたしはあたしなりに今を楽しく生きている
だから、このままずっと続けばいいとさえ思った
環境は変わる。だけど、この人間関係だけはこのままずっと…
2004年 10月25日
「――おっ久しぶりー理絵!…ってなんだか眠そうだ」
「あー…優愛。おはよ」
「久々にみたなぁ、時差ボケってやつでしょ?いいなーうちもそういうの経験してみたいー」
別に良いものではないんだが…
「今回はヨーロッパだったから、時差9時間はちょっと厳しい」
今までの日じゃないくらいの時差ボケだ
順応性はあると自負しているから長引かないと思うけど、今日だけはしんどい
「授業中に寝るにポン○リング3個!」
「部活中に寝るにエンゼ○フレンチ3個」
「ぐぅ…さりげなく高いの掛けてきたな…っ!」
「先に吹っ掛けてきたのはそっち」
度胸ある分賭け事も普通にやってしまうあたり将来不安になる
ある日気が付いたらパチプロに目覚めてましたとかやめてよ?
「――ん、これお土産」
「おっ!待ってましたぁ!……ってなにこれ」
鞄から取り出し渡したのは小瓶
そのビンの中には砂が詰まっている
渡された優愛はまじまじ見るが、次第に眉間にしわが寄る
「うーん…星の砂ってわけじゃなさそうだけど…これは?」
「砂」
「いや見ればわかるって。だから何の?」
「イギリスの砂。好きでしょ砂」
「だから当たり前みたいな顔でこんなの渡してくんなって!ええ確かに砂は好きよ!砂で遊ぶの大好き!でもそれ小学生のころ!!」
貴重だけどさぁ…と言いながら懐に仕舞うあたりやはりからかい甲斐がある
「アッハハハ!うそうそ冗談だって!…はいこれ」
本当のお土産である子袋を渡す
苦虫つぶしたような顔をしながらその袋を優愛が開けると…
「……おしゃれ」
「でしょ?」
青く煌めく石が銀の枠の真ん中に取り付けられているネックレス
優愛は歩きながらそれをまじまじ見ている
「…なんか、吸い込まれそう」
「今まで食べ物のお土産ばっかりだったから、たまにはね。露店で売ってたものだからそんなに良いものじゃないけど」
「ううん!なんか、すごくいい!へぇ~」
腐っても美術部だ。こういった芸術品には目が行くのだろう
「因みにあたしは色違いで赤色の石を買ったよ」
既に身に着けているネックレスを服の下から取り出し見せびらかす
銀の枠も同じで、本当に色違い
だけど色が違うだけで魅せるモノは違う印象を与える
「うわっ!なんか格好いいねぇ!…というか似合う」
「でしょ?優愛も付けてみなよ。多分似合うから」
言われた通りに優愛はネックレスを首に回し、身に着ける
登校中故に制服とはいえ、その印象は服によって変わるものではなかった
「ど、どうかな…?」
「うん、睨んだ通りいい感じ。普段明るいから、少しクールなモノ身に着けると大人っぽさが際立つ」
こういった美的センスは人それぞれだが、あたし的にはとても良く映る
彼女を知っているが故の輝きだ。ネックレスを通して優愛自身の魅力も増しているように見えた
「あ、ありがと…なんか結構まともなモンくれるの初めてだよね」
「中学生にもなったし、少しくらいオシャレしてもいいっしょ」
ねぇ?と同意を求めると
「――うん!!」
いつも以上に明るく…いやもう明るいだけじゃない
自分で言った通り少し大人びた優愛がそこにいて、あたしは唾をのむ
…これが変わっていくってやつなのかなぁ
こりゃ大人になった時が楽しみだ
2004年 10月26日
「…やっぱ次はロシアかなぁ」
昼休み、給食を食べ終えて中庭のベンチに腰を下ろし今後どこに行くか雑誌を見ながら検討する
しかしこれから北半球は冬。それを考えると今年はもう大人しくして最短でも来年の夏になるな
冬のロシアとか素人が行っていいところじゃないのは調べなくても分かる…
ブラジルならって思ったけど、あそこは治安が悪いらしいので調べ上げるのに結構時間掛かりそうだ
「……そういえば、北海道と沖縄行ってないな」
本土の有名どころは制覇したつもりだが、最北と最南はまだだったことを思い出す。
しかしそれにも理由がある。
中学や高校の修学旅行で行く可能性があるからだ
だったらその時でいいだろうと放置していたが、なんか中学は京都って噂を聞く
「…たまには国内も良いかも」
国内向けの旅行雑誌を取りに行こうと図書館に向かうべく立ち上がると、唐突にポケットに入れてある携帯が震える
――嫌な予感がした
バイブレーションは止まらない。ということは着信だ
今までお昼に掛かってきたことなんてなかったのに
すぐさま手に取り画面を見る間も無く電話に出る
「もしも――」
「…理絵!今外か!?」
着信は父さんからだ。…父さんから?
それも何かに焦っているような…
「言いつけ通り外よ」
あたしが通う学校は築40年以上で、既に近所に新築を建造中。
来年にはそちらに移転するって話を父さんが…というよりおばあちゃんが気にしてて、それまでは出来る限り外にいろとのことだった
災害大国だからか、色々と危険視していたのだろう
「――よし、よく聞け。義母さんから連絡だ。今から大地震が来る!だから周りに気を付けろ!それが収まったら決めていた家で合流だ!!」
「………は?」
脳の処理が追いつかない
「待ってるからな!必ず来いっ!!」
電話はそれで切れてしまった
――――大地震
その単語だけで今何しなければならないのか理解した
それは常々おばあちゃんがあたし達に気に掛けるよう教えてきた厄災
だからあたしはそれが来る時、来ると分かった時まずどうするか身体に教え込んでいた
「…すぅぅ……ラアァァァイイイィィィイオォォォォオッッッ!!!」
あたし史上、最大にして最高音量の絶叫を中庭で発する
危うく喉が潰れかけるが、そんなこと気にしてられない
「――――ダァレダァ!!うちをバカにした奴はァッ!!!」
するとすぐさま中庭が見える二階廊下の窓からその本人が顔を出す
「……って理絵?」
よかった、思った以上に早く反応してくれた!
小学生の時からいじっていた甲斐があった!
「どうし―――」
―――地面が、唸りを上げる
そう、"それ"が始まった。
小さな揺れは一瞬。それはすぐさま身体が上手く立っていられないくらいの振動に変わる
…あっヤバイ
そう思ってすぐに優愛に目を向けると
「…………あっ……えっ――?」
窓から顔を出していた優愛、つまり上半身は窓の外に体重が掛かっていた
何とか手に力を入れてしがみついても、この揺れじゃ―――っ!!
「――――――り」
…………落ちる
優愛が、落ちる
親友が、幼馴染が、頭から落ちようとしている
足からならまだ生きることが出来ただろうが、あれは違う。あれは頭から落ちる
「――っ…!!」
揺れはそれを笑うようにさらに強くなる
最早足を上げることすらままならないくらい、身体が、頭の中が気持ち悪く震えるくらいに
――でも!
「ああぁあぁァアア!!」
――――走る
普段より格段に遅くても、確実に足の歩みを進める
絶対に
絶対に絶対に
絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に
「ゆああああぁっ!!!」
絶対死なせない、その思いだけが全身に伝わり――意識が、飛ぶ
……………………………………
…………………………
………………
……思考がままならない。目の前が真っ暗。しかし空気の冷たさは肌で感じる
身体は…動く、揺れは…無い。地震は収まっている、意識も徐々にはっきりしてきた
そして…腹部にはそこそこの重みがある。すぐに目を開き"それ"を確認すると
「――優愛」
意識を失っている優愛を、あたしは抱きしめていた
――助かった
そう安堵したのも束の間、もしかしたら死んでいるかもしれないという恐怖が頭を過る
すぐに首筋に指を当てると――脈は…ある
ああ、本当に………本当によかった
一息ついて可能な限り辺りを見渡す。
背後の校舎は壊れていないしかしあの揺れだ、いつ崩れてもおかしくないと不安に思う
ならば、とにかく校庭に行かなきゃ
昼休みだったから人もいるはずだ、今はとにかく人と合流しないと
重い身体を気合で立ち上がらせて優愛の身体を支えようとした時…気づいてしまった
「……うそ」
…それが、最初の後悔だった
いや悔しさなんかじゃ収まらない。自分の唇をこのまま引きちぎってしまいたいと思うほどに、様々な痛みが心身伝わる
…優愛の上半身は無事なのは確かだ。あたしが抱き留めたんだから
けど、下半身は…足は…地面に打ち付けられていた
その為膝や下腿が酷く腫れてる。恐らく…折れている、両足ともに
「ごめん…ごめん………優愛っ」
泣きそうな気持ちを堪える。今は泣いている時じゃない、尚更人と合流しないと
早く…早く優愛を安全な場所に
優愛を背負い、中庭を脱出し校庭に出ると一つの事実を突きつけられる
「………ぇ」
…校舎は壊れなかった。だからあたし達は今も生きてるし助かった
それは確かだ。しかし、それは"片側だけ"
(…そうか、こっちは増築した方で)
人口が増えていくにつれて後付けで校舎を増やしたんだっけ
ああ、だからなんだ
見慣れた学び舎の片側は、瓦礫となって崩れ落ちていた
その現実を受け入れると、目の前に広がる非日常が無理矢理頭の中に入り込んでくる
悲鳴、絶叫、悲観、諦観、憤怒、憎悪…そして絶望
あらゆる負の感情が校庭一面に広がっている。
いやそれは校庭だけじゃないだろう…周りの住宅密集地、何気ない道路から大型スーパーまでもが血まみれに広がっていることが用意に想像出来る
恐怖、恐怖、恐怖――
外で遊んでいた生徒たちの大半はその場で座り込み泣きじゃくる
後ずさり、眼を背け、頭を抱えて
しかし…懸命に動く人も何人か居た
その筆頭に……
「――先生!」
普段出さない大きな声で指示を出している美術部顧問の男性教師を見つけゆっくり駆け寄る
「お前ら!大丈夫か!」
「あたしは無事!だけど、優愛が……」
先生は上から下へと視線を動かしあたし達の状況を把握する
「…いや、生きてるだけまだマシだ。とにかく、校庭の右側でケガ人を手当てするよう広場を作っている。乱獅子をそっちに」
「分かった!」
指示された方角を見ると、教師の大半はみな避難誘導やけが人の手当てに当たっていた
そうか、職員室は後付けされた校舎側にあるから教員の大半は何とか逃れたんだ
でも、崩れた半分は各学年6組中3組が位置していた場所
給食中…つまり休憩中で教室で遊んでいた子も沢山いたはずだ
つまり……
(考えるな…見るな…今は優愛を安全な場所に…っ!)
一心不乱、周りをよく視ずに指示された場所へ向かう
「……うん、命に別状はなさそう。けど両足は折れてるわ。今は安静に、無暗に動かせないからそっとしといてあげて」
「そう…」
「他の人見てくるから、何かあったらちゃんと声かけてね」
保健室の女性医が触診で状態を把握、説明しその場を後にした。
優愛は毛布の上に優しく寝かせひとまずの安堵を得る
しかしそれもまた束の間、すぐにやらなきゃいけないことを思い出す
それは両親との合流ポイントである家に行くことではない
そんなのは一番最後だ。今はまず…
「よし…携帯はまだ繋がる」
まだアンテナは立っていることを確認し、すぐさま電話を掛ける
……2秒………5秒………15秒………
(お願い…出て……っ)
携帯の電源は減る一方だが、まず連絡しなければならない人物がいる
だから…じっと待つ
……20秒…………30秒……そして
『――――もしもし!理絵ちゃん!?』
「おばさん!」
それは他でもない優愛のお母さんだ。優愛が目覚めた時、家族がいないと…どうなるかわかったもんじゃない
「そっちは無事!?」
『ええ!丁度愛華ちゃんと一緒に買い物に出かけてて、外だったの』
となると母さんも無事か
まああの人については割と心配はしていなかった
今日は看護師の仕事は非番だし、家の家具は地震対策していたから大事には至らないと分かっていたから
『愛華ちゃんに変わろうか?』
「ううん、それよりおばさん…聞いて。……優愛が地震の影響で…両足骨折したみたいなの」
『えっ!?』
「ごめんなさい……あたしのせいで…あたしが呼んだから…っ!」
思わず泣きそうになる…だけど今は伝えなきゃいけないことがあるからとにかく食いしばる
『……理絵ちゃん、分かってる。貴女が助けたんでしょ?』
「――っ!」
なんて答えればいいか、分からなかった
助けたともいえるし、怪我の原因とも言えたからだ
あたしが呼ばなければもしかしたら無事だったのかもしれない
現状を見るに、その確率が半々だったところみると…何も言えなかった
『昔からそうだったもん、ヤンチャな優愛を引き留めてくれたのはいつも理絵ちゃんだったから。それにあの子が生きてるだけで、私は十分よ…今はまだ学校?』
「うん……校舎は半壊してるから、今は校庭で休んでる」
『半壊!?……わかった、いい?理絵ちゃん。今から愛華ちゃんとそっち行く!車なんだけど、通れそうかな?』
「……大通りはダメそう。崩落の近くだから車も渋滞してる。…だからあたしが優愛を連れて秋畑公園まで連れてくよ。そこで合流しよう」
秋畑公園は学校から歩いて10分程度の距離。
そこなら裏道通っているから大通りに捕まらなくて済むはず
『…分かったわ。負担掛けるようでごめんなさい。ゆっくりでいいから、気を付けてくるのよ。私たちも着いていなかったらそっち向かうから』
「うん…おばさん達も気を付けて」
電話を終えて視線を地面に落とす
疲れがどっと襲う。けど…まだだ、まだそんなのに構っている場合じゃない
両足が折れている優愛を運ばなくちゃ…。こんな状況だ、ここだけじゃなく他でも死傷者が何人いるか分からない。救急車がいつ来るか分かったものじゃない。
今は移動手段持ってるおばさんと合流するのが先決。
とにかく頭上には注意しながら動かないと…
「…その前に」
一つ、別れを伝えておこう
「――先生」
先ほど指示してくれた美術部顧問に再び訪れると一目で解る
酷く疲れているけどそれを見せないよう日陰で休憩していることが
…立派だ。一言そう思う
「おぉ美明!乱獅子の様子は!?」
「……やっぱり両足折れてるみたい。今は休ませてる」
「!?…くそっ!来年には新校舎だったってのに……最悪のタイミングだッ」
強がっていても人間だ。声を小さくして先生は愚痴を溢した。
「…被害は、どんな感じ?」
「――聞きたい…のか?」
先生は少し動揺しながら聞き返した
特に思い入れもないが、1年はここで過ごしたし、色んな同級生と戯れてきたんだ。
だから…眼を背けない
あたしはしっかりと頷き、先生はそれを見て少し迷ったようだが重い口を開けてくれた
「……俺が見た範囲だと、負傷者は大体160人以上。骨折や欠損を含めた重傷者は50人を超えてる。…正直、救急車の駆けつけでどうこうなるような問題じゃない。ラジオで耳にしてたが、震源地は静岡県でこの惨状だ。校舎が古かったとはいえ、他の地域ももっと被害は出ているだろうよ」
「……死者、は?」
聞きたくないけど、聞かないといけない
眼を背けないってのは…そういうことだから
「…………さっき、消防隊が来て救出を行ってるが…各学年の4組、5組は旧校舎側だから、見ての通り跡形もない。だから少なくても……100人以上は……」
先生は目線を地面に落とし、握りしめた手からはうっすらと血が露わになった
もうこれ以上は聞けない。いや、聞いちゃいけないと態度で物語ってる
「ありがと、先生…もういいよ」
「…っ!こっ子供が大人を気遣うなよ!それより、お前は乱獅子の近くに居てやれ。こんな有様だ、無事な友人が近くにいた方があいつも安心するだろ」
「そのつもりだけど…その前に、先生には伝えておこうと思って」
先生は不思議そうにあたしを見る
「…優愛はこれから親の元に送り届ける。あたしが責任もって、それは確実に。…その後は、多分この町を離れる。移動に時間が掛かっても、正確に治療すべきだから」
「そう…だな。出来るならそうした方がいい。骨折してるなら早々に熱も出す。静かで安静に出来る場所が必要だ」
「うん、優愛については命第一に動いてもらう。…んで、あたしもこのままこの地を離れるよ」
「…行くあてはあるのか?」
先生は、いつも以上にぶっきらぼうな言い方ではなく、親切心から聞いてくれる
「ある。おばあちゃんのところに行くつもり。…結構離れてるけど、今後のこと考えれば最適かもしれない」
「…今後?」
そう、あたしはこれから両親と合流しておばあちゃんが住む長崎まで行く
これはおばあちゃんが常々計画していた決定事項だ。災害時はおばあちゃんの対策プラン通りに動くこと。それが長生きのコツ。
幼少期から教わってきたことだ。だから疑わない…というかあの人を疑うことなんてありえない
だから伝えておこうと思ったんだ
別れと…予測を…
「…先生、これは前震だと思う。近いうちに本震が来るかもしれないって研究者である祖母が言っていた。…だからこれはアドバイス。今すぐ家族と合流して太平洋側から逃げた方がいい。多分…これを超える最悪が来る」
おばあちゃんの研究資料で見たことを思い出す。震源地が静岡であるなら…近いうち"アレ"が来る可能性が高い
だから…
「あたしは逃げる。先生も逃げた方がいい」
我が身第一、家族一番。それが海外旅行を得て経験したあたしの信条だ
それを誰かに押し付けるつもりはない。そのためこれはただのアドバイス。先生への信頼から来るあたしなりの親切心に他ならない
「言いたいことはそれだけ。…じゃあ先生、達者で」
言いながら身体を回れ右し軽く手を振り、その場を後にする……つもりだった
「美明!」
それを先生の一声に反応して足を止める
「…どうして、俺にそこまでの情報を?お前らしくない」
…まあ、普段のあたしらしくないのは正直自覚してる
別れなんて気にしないし、アドバイスなんて勉強以外したことない
普段一人で友人は優愛だけ。それを知っている先生だからこその反応なんだろうな
だったら…答えよう
「――あたし、こう見えて家族大好きなんだ。我儘を聞いてくれる父さんも、いつも気にかけてくれる母さんも、心配性のおばあちゃんも…大好き。だから先生にアドバイスしたの」
「………?」
わからない、か。まあ自覚はなかったんだろうな
「先生も家族好きでしょ。覚えてる?夏休みのデッサンで先生が持ってきた娘さんのおもちゃ。あれを片付ける時、先生微笑みながらすっごい大切に片付けてたんだよ?」
あれで確信した。先生にも命と同じかそれ以上に大切な人がいることを
そしてそれはあたしと同じであることを
「だから…あたしと同じだからアドバイスしたんだ。家族は大切にしてほしいから。…まっあたしの言葉なんて学校じゃ優愛と先生ぐらいしか耳貸さないからってのもあるけどね」
振り向かず、肩をすくめながらそう言った
まあ、実はもう一つ理由はあるが…それは言わないでおく
「納得するのも疑うのも先生の自由だよ。…立ち向かうのも、逃げるのも、ね。つーわけであたし達は逃げる…じゃあね、先生。お互い生きてたら成人式で会おうよ」
先生の顔は視ず、言葉も待たずに、今度こそ優愛の元へ向かう。
そう、あたしらは逃げるんだ。自然には勝てないから、勝てる見込みが無いから今は逃げる。
生きる為に、生きていく為に……最後の最後まで逃げ切ってやる
崩れた校舎を通り過ぎる
周りは見ない。見てはいけない。だけど…理不尽に視界に入る
――敗れた体操服。ボロボロになった学生鞄。散乱した教科書。…そして血、血、血。
(…くそ!優愛のことだけを考えろ!)
雑念を振り切り、学校の外へと出る。
大通りは車の事故で渋滞。だから裏道を辿って合流地点の公園へと向かう
住宅街を通る時、そこに住む住人はみんな外へと出ていた
現実を確認しようと必死になっている様子だ。
あたしはその人たちの視界に入らないよう隅の方を歩き目的地へと急ぐ
話しかけられても、今は威圧的な態度を取るだけだからだ
余計なことに時間を使われたくない
(…遠い、こんなに距離あったっけ)
人ひとり背負ってるだけで徒歩10分の距離がこんなにも長く感じるなんて
腕も痛くなり、足も笑ってきている。けどここで立ち止まったらもう歩けない気がした
その恐怖が奇しくもあたしの心に波風を吹かせ、足を確実に一歩、また一歩と進ませた
「…まだ、来てないか」
公園へ辿り着くと、人が何人か居た。しかし老人や主婦といった日中家に居るであろう人物ばかり。
ここは公園、この辺の住人のいざという時の避難所だったんだろう
あたしはそれに目もくれず優愛を近くのベンチへと下ろし、その隣に座り優愛を膝枕する
時計を見ようと携帯を開く。ディスプレイには《13:27》と大きく記されていた
…あれから、まだ一時間も経っていない。それほどまでにあの惨状が濃密で時間を忘れさせていたと実感させる
――脳裏、光景が浮かび上がる
(うっ…!!)
一瞬吐きそうになるが、それを堪え空を見上げる。
人が死んだ。それ自体は海外旅行した時何度か見たことがある。
けど今回は何人も、何人も…それも同じ学校で学んでいた年の近い奴らが一瞬で命を奪われた
あたしはどれだけ恵まれていたんだと思わせる
……ああ、駄目だ。何か考えてないと手の震えが気になる。喉が熱くなる。目が渇く。
はは…あたしは本当に恵まれてる。これがクラスで人気者、先生や生徒からも慕われる才色兼備の生徒会長キャラだったら…とても耐えらなかった
「――――理絵っ!!」
空を見ているところに、聞きたかった声を耳にし目線を移す
母さんだ。母さんが公園の入り口から駆け寄ってくる。その路側帯に車が止めてあり、続いて優愛のおばさんも飛び出してくるのが分かった
…まだだ、もう少し…もう少しだけがんばれ…あたし……
手のひらを前に出し、二人に静止の合図をジェスチャー。喉を整え、その意味を伝える
「優愛が起きる。二人とも静かに、落ち着いて」
少しびっくりした二人だが、状況を理解し頷いて歩み寄る
おばさんは跪き、膝枕してる優愛の頭を優しく撫でた
「ありがとうっ…ありがとう、理絵ちゃん。うちの子を…守ってくれて…っ!」
涙ぐみながらそう言いあたしの眼を見る
「…おばさん。母さんから聞いてると思うけど、多分さっきの地震は前震。おばさんの実家、秋田でしょ?出来るなら…そっちに今すぐ行った方が良い。どうせこの辺の病院はまともに機能してないだろうから」
この先のことを提言し、優愛が一番生存できる確率を相談する。
そうね、とおばさんは一言呟いた後少しだけ考え
「……来る途中夫と連絡が取れて、家で合流することになってるの。今の話も含めてすぐ相談するわ」
「そう……」
なら…これであたしが出来ることは全てやった…
よかっ……た…間に合って……
「理絵、このまま車で家に向かうわよ。ここからだと歩きで30分は掛かる」
母さんが優しくあたしの肩を掴みそう提案してくる
意識は朦朧としていたが、正直もう歩きたくなかったからその提案を飲み、頷く
母さんの指示の元、二人は優愛の胴体を優しく持ち上げ、車へ運ぶ
あたしは先に車に向かい、後部座席側のドアを全開にし優愛が運ばれるのを見ていた
おばさんはそのまま後部座席に座り優愛の身体を支え、あたしは助手席、母さんは運転席へと座り出発する。
思考がまとまらないなか、学校方面の住宅街を見つめ、先ほどの喧騒と煙を思い出すが…意識は闇へと落ちていくのが分かった
一息で良い…ほんの一瞬で良いから…休みたかったんだ……
もし…もし叶うことなら、この惨事が夢であってほしいと願う
そんなこと、あるはずないと分かっていても願わずにはいられなかった