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モノクロの機械論的世界観  作者: リクヤ
1/9

モノクロの機械論的世界観 1章

初投稿となります

誤字脱字は随時修正予定

よろしくお願いします。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


《ある原因が結果を生み、その結果がまた原因となってさらなる結果を生む

つまり、世界は原因と結果の連鎖によって動いているという物の見方

それは要するに、世界は時計のようなものと定義する考え方である》


この表題を解釈するに原因となるのは作用因だけであり、生物の目的や意志は含まれない。

それは逆に、《この世の起こる事は全て決まっている》という決定論を含意されることになる

俺はこの表題が俺たちの世界観を現しているように思えた

津波、地震、火事、病気…これらすべてにおいて意志などない

機械的に淡々と起こるべくして起きた


だからこそ、俺たち生物はこの表題に反論していかなければならない

生物の意志を、目的を、価値を証明していかなければならない

それこそが、存在証明になると信じているから


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



―――2012年9月4日日曜日


――― 一振り

また一振り

頭に思い浮かべた字を白い紙へ書いていく。

幼少期からの趣味であり、高校生になった今では小遣い稼ぎにまで至った技術。

依頼された文字を筆で人の代わりに書くこと。


――「筆字の代筆」つまりは筆耕だ


「…よし」

作業が終わり携帯に表示されている時間を見ると、気づけば12時を回っている。

今回は急ぎの依頼だったため、朝から取り掛かるや否や作業を始めてから既に3時間ほど経過していた。

仕上げた文字を端からスキャナーでPCに取り込み、依頼者にそれらをまとめた圧縮ファイルを添付してメールで送る。

メール送信直後に電話したところ、ワンコールで出てくれたため諸々の説明をしつつ内容を確認してもらうと…

『問題ありません!急ぎの対応ありがとうございます!!』

ということで依頼達成。

今回は書道をメインにした漫画の作者からの依頼。

締め切りギリギリだったが、文字に納得いかなくなったとかなんとかで急遽依頼したらしい。

普段は見積もりとって納得いったら1/3前払い、残りは仕上がりを相互確認後に支払いをセオリーにしている。

しかし、この人はこれまでも何度か依頼してきた人なので、急ぎであることを考慮して今回は全額後払いでOKにした。

(忘れないうちに見積書送っておかないと…)



「―――修司、終わった?」

「ああ、丁度終わったよ」

仕事場であるプレハブで広げた道具を片付けていると、不意に声を掛けられる。

「んじゃあ、朝兼お昼にしようか。あたしオリジナルパエリアが丁度出来たぞー」

「…朝から作ってたよな?パエリアにどんだけ時間かけてんだよ姉さん」

「その分愛が詰まってるってことだよ。んじゃリビングに来なー」

そう言い残し声の持ち主はその場を後にした。

「単に普段やってないから失敗しまくっただけだろうが…」


道具を片付けた後、リビングに足を運ぶと既に作られた料理が並べられていたが…

「なんでパエリアだけなんだよ」

「え?十分じゃない?」

そう自信満々でドヤ顔してイスに座っているのが姉である美明理絵みあきりえがそこにいた。

どうでもいいけどエプロンつけたまま食べようとするなよ…いや、忘れているだけか?俺もよく忘れるから分からんでもない

「美術の先生のくせに彩りが簡素すぎんだよ。たく…」

イスには座らずそのまま冷蔵庫に向かい、彩りある食べ物を取り出す。

「…え、なんでサラダ作ってあるの?」

「気づいてなかったのか…。どうせ作らないだろうと思ったから昨日の夜作っておいたんだよ」

パエリア作ることは昨日の買い出しで予想出来ていたからな

「マメだねぇ…。そのままを維持すれば絶対モテるよ!」

「そりゃどうも。ズボラな姉が居てくれて将来明るいわ」

「あっれ、もしかして反面教師にされてる?教師だけに」

「自分で言うなよ副担任…」

その自虐ネタは笑えそうで笑えんわ


「―――・・・あ、言い忘れてたけど午後藍ちゃん来るから」

ご飯を食べ終わった後、姉さんが唐突にこの後の予定を報告してきた。

「へぇ何時ごろ?」

「13時ごろ」

「ふーん…ってもう10分もねぇじゃねぇか」

掛け時計を見ると既に12時50分を回ろうとしている。

どうしていつもギリギリで報告してくるかなぁ…。

応用力を試されている気分だ。

「パエリア作ってたらつい…」

うっわ、バツ悪そうに言いながら目線を逸らしやがった。

まあ唐突に何か言ってくることはもう慣れたので、最早追求はしない。

「はぁ…んじゃあ食器洗いよろしく。俺外出るから」

「えー10分あればできるじゃーん」

手早く食器まとめて台所に持っていく後ろで不満げな声をぶつけてきた。

その態度にちょっとイラっとしたので脊髄反射の如く反論する。

「姉さんが失敗した残骸の処理があんだよ!!」

「…ごめんなさい」


姉さんのごみ処理を済ませた後、直ちに外に出た。

メールに追加の依頼無し。財布の中身OK。携帯と家の鍵OK

…しかし突発的に外出たため、これといった予定がない。

休日だから港の市場でも見て回ろう。

「・・・天気、良いな」


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―――2004年 10月30日


日本人全ての日常が崩壊するほどの大災害が発生

全国各地で様々な"難"が発生。

―――食糧難

―――住居難

―――衣類難

つまり日本人の基本的生活が困難に陥った。

一時は『金』の価値が0にまで落ち、現物が最高の価値を見出す世の中。当たり前が当たり前でなくなり、混乱や暴動が起き、人々から人道やモラルなどという価値観は一度失われ、誰もが保身第一に生きているという文字通り地獄な日々であった。

暴行、強盗は当たり前。騙し騙されが繰り返し、次の日友や家族が死んでいたなど普通で、生きていくことで精一杯の日々。

平和…などという言葉は最早どこにも無く、外を出歩くときは凶器を持つのが基本の物騒極まる日常。

しかし、日本を愛する各国の援助が行われ、徐々に経済や物流は回復していく。

援助により自衛隊、警察等の公共機関が権威を取り戻ていった結果、血みどろな期間は1年のみとなり、日本の人々は人道とモラルを取り戻した。

この血みどろな1年は、戦災の惨状に酷似していたため、今ではこう呼ばれる。


戦似一年(せんじいちねん)


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『―――ですからぁ!これからの日本は援助していただいた国に最大限の感謝を込めて!!』

「……」

駅前の近くを歩いてる時、じいさんばあさんたちによる身勝手な演説とビラ配りが行われていた。

そこには8年前の悲劇を簡単にまとめた内容と、そのこと忘れないでというご高説。

そして今後の日本の方針を身勝手に拡声器で宣伝していた。

(休日だっていうのにしんどいこと言いふらしてんじゃねえよ)

ああいうご高説を並べる人間は、客観的事実を利用して自分の声を大にして満足感に浸りたいだけの人間が多い。

アイツらの言う悲劇に直面した人間の気持ちや処遇なんか微塵も考えてない。

なんせ今でも復興されてない地域は腐るほどある。

その現実から目を逸らし、楽に生きていくことに寄生したいがために、かつての悲劇をダシにしているだけだ。

糞ッタレが、腹立つんだよそういう驕り。

…いや、今のは思い込みだな。こういうのは良くない

否定する時は事実に基づいた裏付けをしてからが鉄則。

それまではただの想像だ。

そんなもの、ロクなものじゃないだろうよ


――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――――――――


「―――いらっしゃい。待ってたよ藍ちゃん」

「こんにちは、先生。今日もよろしくお願いします。」

私のクラスの副担任、美明先生がいつもの軽やか笑顔で迎えてくれた。

「礼節は学校に居る時の方が好感度高いかなぁ。今は普段通りにしようよ。」

なんせ私はオフの日だからね、と付け足し私に促した。

「…分かった。私はあくまで普段通りにするよ。今日もまた修司は…」

「普段使わない気を使って外に行ったよ。採点係に途中の絵を見られたくない気持ちを汲んで」

「ありがたいことで」

本当にありがたい。中途半端な絵を見られたらそこで印象が決まってしまう

「よし、じゃあ早速上がってくれ。この間の続きで、私が言ったものを想像で描いてみようか。君が好きなようにね」

こうして私の休日が始まる。

やりたいことをやるために、得たいもの得るために

もう二度と誰かに助けてもらう必要が無いように

その為の努力はーーー惜しんだりするものか


――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――――――――


家を出てあれから5時間ほど経過した。

そろそろ日が暮れる頃合いということと、姉さんが夕飯をごねる時間になるので帰路を辿る。

結局遊びに行かず色々買いこんじまったな…主に食料。

一時の爽快感より糧になるものに使う、うん実に有意義だ

食べてもいないのに満足感に浸りながら歩いていると既に家の前にたどり着いてた。

充実しているとはまさにこのことだな

「帰宅ー」

一人ドヤ顔をしながら家のドアを開ける

買ってきた食材を保存するために真っ先に台所があるリビングのドアを開けると…

「……」

「……」

「……」

三者三様、驚愕した顔を浮かべた

それもそのはずだ

二人はリビングでテーブルをどかして新聞紙を広げキャンバスに絵を描き、俺はデカい荷物を背負いながら登場したのだから

一人はポニーテールにして白衣を身に着けている姉さんと

後ろで簡単に髪を結び、前髪を耳に掛けて眼を見開いている古い友人の青梅藍(おうめあい)

…いやその姿はどうでもいい、肝心なのは

「なんでリビングで絵描いてんだよ」

「いやぁ、休憩中にふと描きたくなって…」

藍がバツ悪そうな顔をして視線を逸らす。

分かっててやったなコイツ

「…禁止したよなぁ、姉さん?リビングが汚れるって、臭いが付くからって」

「い、いやぁ…それはゴメンだけど……あのぉ一つ尋ねても良いでしょうか」

「なんだよ」

「…背中に背負ってるもの、なに?」

二人は俺を見る、というより俺が背負っているものに注目していたので答えてやる。

「――――鯛」

クーラーボックスを背負わなきゃいけないレベルの魚に、二人は呆れた。


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―――――――――――――――――――

――――――――――――――――


「…それで、これはまた例のおっさんから?」

まあな。と相槌を打ちながら刺身を口に運ぶ

おっさんというのは、港で釣りをしていた時に知り合った釣り仲間の一人

俺は基本趣味というか習慣で釣りをしているため、量や質には拘っていない。

そんな俺を気に入ったのか、利用しているのかは分からんが、とある日に会話をし始めたことをきっかけに魚の交換をするようになったのが例のおっさんという人物である。

今回は魚市場を除いていたところ遭遇して、何匹か余ったからということで頂いた

「今度棚にある焼酎でも持っていきなよ、もらってばかりで悪いじゃん」

「いんや?俺が釣った魚で良質なの何匹か取っていく日があるからお相子だよ」

「あんたのは習慣でしょ?」

「腕を鈍らせないためにな」

他愛のない話を姉さんとしているが、それを傍目に黙って食事をする女が姉さんの傍らに一人

「……」

これはこれで良い

なんせ食事は黙って食すのが彼女のモットーだからだ。

それはどこでも、どんな場所でも変わらない。

それぐらいは知った仲だ。だから俺も姉さんもあえて彼女、青梅藍に声を掛けない。

そういう俺もどちらかというと黙って食べるが、姉さんは談話しながらのほうが箸が進む人なのでそれに合わせている。

そんなことを続けているうちにテーブルに広げていた鯛の刺身やだし汁を全員平らげたので、片付けに入る

「それくらいはやるよ、座ってて」

台所に立つと姉さんが声をかけつつ俺の隣を陣取る。

「あ?お前今『くらい』っつったか?一回の皿洗いで2枚皿割る奴だっているだぞ?皿洗いナメンな」

「そんな人いるは………人によってそういう日もあるって」

「今二人して私を視て話してたよねー、ねー!」

筆持つと人が変わるが、それ以外は基本ポンコツってどうなんだろうな

「…二人でやっちまおう。そのほうが効率良い」

「りょーかい、じゃあいつも通り食器洗うから拭いて」

そう、いつも通りだ


青梅藍が俺たち姉弟の家に来るのも

姉さんが食事後に授業プラン考えているのも

俺が嫌味っぽく家事するのも

この家のいつも通りだ


―――翌日、2012年9月5日月曜日


「それじゃあ行ってくるね、戸締りはいつも通りよろしくー」

「ああ、今日は福岡にある居酒屋に行ってくるから」

「日帰りだっけ、晩飯楽しみにしてるよー」

そう言い残し姉さんは玄関のドアを勢いよく閉めて学校へと向かった。

「…ん?」

スマホから震えたので画面を見ると、藍からメッセージが来ていた

画面には30分くらいに前に一件

《そろそろヤバイ》

明日か明後日には例の日ってところか

隣町のスーパー開店で使う垂れ幕を書く為に出向こうと思ってたんだが…

それは来週に回すか

今日の予定を事前に確認して、俺も急ぎ足で家を後にする。

すると家から出て一つ目の曲がり角のところで

「やあ」

藍と鉢合わせてしまった

いや、本当に鉢合わせたのか?

コイツは驚いた様子がなかったが、まさか…

「お前、また待ってやがったな?」

毎回唐突過ぎるからやめてほしい

「その通り。昨日先生に修司が出かけること聞いてたから。…それよりちょっと絵見てもらいたくてね」

ここから学校までは40分ちょい

このままじっくり見てもまだ間に合う時間だが…

「悪いが電車の時間も迫ってるから歩きながらで良いか?」

「勿論…まさか県外?わざわざ出向くとはお仕事熱心だねぇ」

子供が悪戯する時のような顔を浮かべながら、大きなカバンの中から大切に保全されているキャンバスF20号を俺に渡してくる。

「一昨日仕上がったものが渇いたんだ。見て 」

てことは昨日描いていたのは別の絵か…最近は特に毎日描いてる様子だが勉強してんのかコイツ?

「絵描くのは構わないが勉強も勿論やってるよな?」

「………」

目逸らすんじゃねえよ…

「何で無言なんだよ。…お前まさか」

「…私には絵と勉学、二人の先生が近くにいて恵まれてるなー」

若干遠い目をしてる。コイツ…コンクール近いから勉強してねえな?高校舐めてるだろ

「なので今日の夜勉強教えてください」

「次の試験いつだっけ?」

「来週の水曜に中間…」

また微妙な間隔だな…。進級できないなんてことは無いだろうが、念には念を入れて今のうちに試験対策させるか。

さて、その話はまた今晩するとして、渡された絵をじっくり眺める。

「…おおぅ、これはまた塗りたくったな」

色鮮やか、虹色、十人十色、なんて言葉が陳腐に思えるほど様々な色が使われていた

パッと見で何十色と使われているから、普通は描かれている造形など分かりづらい

けど、コイツの絵はそれでもどんな形かが分かる

だから凄い。けど問題もある

俺から見れば十分凄いが、その絵の造形が俺から見たものと彼女が描いたものでは違う回答になることだ。

それこそ十人十色。それが彼女は気に入らないらしい

なのでその手法を使った絵が完成したら俺や姉さんにクイズしにくる

「こいつは…あれだ、太陽を見上げるタヌキだろ」

「……はあぁ、空中を駆けるペガサスだよ」

え、これタヌキじゃないの?

でもペガサスと言われたら確かに羽根と角が浮かび上がってくる。

そして次第にこの絵が言われた通り空中を駆けているペガサスに見えてきた

ここも凄い。確かに初見だとロールシャッハの如く見えるものが人によって違うが

言われたらその通りに見えてきて、絵の世界に引き込まれてしまう

「お、おお!確かに!すげえな、やっぱ!……って不満そうだな」

「……何度も言ってるけど初見のインパクトが一番重要なんだよ。いくら私が言って、その通りに見えたからって初見の印象は必ず頭にこびりつく」

「十分引き込まれるし、今度出すコンクールも入賞するレベルだと思うがな」

「先生の絵に見慣れてる修司がそういうなら信じるけどさ…」

「やっぱ、納得はいかないか」

「期限までまだ時間あるから、もう少し描いてみる」

努力を惜しまない奴だ。そういうことなら何も言うまい

「そうか…と、もう駅か」

絵を見ながら話していたら駅前近くに来ていた。

キャンバスを藍に返し、並んで改札口まで向かう

「学校は上りだろ?俺は今日下りだからここで」

「わかった、明日明後日は頼むよ」

おう、と返事をしてから振り向き俺は2番ホームへ、藍は1番ホームへと向かいその場を後にした。


電車が来るまで後数分。白線の内側でのんびりと待つとしよう

そうしていると左斜めに藍の姿が見えた。

何やらチラチラと周りを見ている。

いや、恐らくは周りを気にしているからではない。

アイツにしか見えない"色"を眼で追っているんだろう。

別に精神が病んでるとか、クスリ打ちまくって幻覚みえているわけじゃない。

一言で言うなら後遺症だ。あの災害の

元々は普通の景色を見ていたらしい。

けど今はなんというか、俺には説明できないレベルの多種多様性を見せられているとか

例えば信号の赤を見るとしよう。

俺が見ればLEDで光る赤か、電球で薄く光る赤に見える。

そうどちらも"赤"と認識する。

けど彼女が見れば赤、オレンジ、黄色、ちょっぴり緑、大まかにメタルとかなんとか

まあよう訳わからんことを口走ってくる。俺の顔もどういう風に見えてんのか謎だ。

そんな色とりどりの視界だからか、描く絵もそのまんまって雰囲気がある。


…そういえばアイツ、なんで絵を描いてんだろう。

女性だから?いやそれは差別だ。有名な男性画家だってたくさんいる。

今まで聞いたことなかったな。将来画家にでもなりたいのか、好きなのか

知り合って8年経つが、お互いの性格は理解していても磨いている技術の動機に関しちゃ聞いちゃいない。

まあでも、人に聞かれたくないことを聞くのは卑怯だよな。

俺の筆耕の理由も、聞いてもらいたくはない。

…その辺、似たり寄ったりだからこうやって8年も縁が続いたのかね

だったらその縁は大切にしよう。聞いてほしいならそもそも最初から言ってきてるし

チラ見程度の視線を送ると、その視線に気づいたのか軽く手を振ってきた。

俺もそれを返したところで2番線に電車がやってくる。

良いところで区切ってくれる。実にありがたい

変なところをクラスの連中にでも見られて学校で噂でもされた日にはアイツが苦労することになる。

それは実に好ましくない。ドヤされるのは俺なのだから。

さっさと電車に乗って目的地に向かうとしよう。


――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――――――――


これといって刺激のない生活というのも悪くない。

けれど、いつか必ず独り立ちの時が来る。

その為の準備は早ければ早いほうが良い。

『―――何でもよい、出来ることを、得意なことを手始めに続けてみなさい』

そう言われたのはもう6,7年も前になるか

言われたことをし続けたし、それを評価してくれる人たちも出てきた。

ああ、やってみて実感したさ。これこそ将来の準備であり財産なのだと。

学校で教わることだけがすべてじゃないと。

だが、学歴社会な部分は往々にしてどこでも存在する。

いつ俺の職が失っても良いように保険を用意するのも必要だ。

とはいえ、得手不得手があるのも確か

なので…

「―――…あ、そこ水酸化カリウムじゃなくて水酸化ナトリウム」

「………」

「いや原子ちゃんと覚えてたら水素じゃなくて酸素が必要って分かるだろ」

「………」

「リトマス紙を使った理科昔やっただろ?その問題はあれの応用だ」

「あーもーわっかんない!!なに原子番号とか!いちいち名前多すぎる!!」

「それを覚えたら後は足し算引き算するだけだ。頑張れー」

「はぁ…何で学校行ってない奴に負けるんだろ」

時刻は19時過ぎ、各々で食事を終えた後藍が俺の家にやってきた。

そしてすぐさま勉強教えてと久々に首を垂れたのでよろこんで教えてやってる最中だ。

俺の部屋は誰も入れたくないのでリビングのテーブルを使って見てやってるのだが…これがヒドイ

特に科学と化学が駄目だが、苦手だと意識している分、少しだが理解していってるところに救いがある

「てか私は中間の対策を手伝ってって言ったのに何で中2の内容やってるの?」

「その中2の内容も分かってないからやってるんだろ。現国や社会と違って数学と科学は積み重ねが重要だ」

「正論なんか聞きたくない…はぁ…数学も展開図とかグラフを読み取るとかやりにくいし…計算は出来ても、私にはそれに至るまでの理解力がないわ」

「画家目指してるんだから立方体くらい想像出来るようになれよ…」

「私の絵は自分の想像で出来てるから関係ない」

「まあでも、前回は中1の内容は出来たじゃないか。要点絞って教えてやってるから、もうすぐ中学の内容は超えれるぞ。ほら頑張れ」

うちは学力に一目置いているが、それは総合点数で評価されるところが大きい

だから仮にコイツが科学ゼロ点でも、他で補えるだけの力量はある。

あるが…やっぱり自分でも見っともないと思っているからか、こうやって教えを乞う時は決まって苦手科目なところ殊勝な心意気である

「くっそう…自分は出来るからって…」

「でもお前、現国とか超得意じゃん。俺より出来るくらい。理系はダメなのか?」

「……修司は、炎色反応ってどう判別してる?」

そりゃあどんな素材が火に入ったかとその結果の色を見て…

「花や果実の茎はどういう風に見える?」

……そういうことか

「わかった、もういい。理解したから」

「ごめん、責めたわけじゃないんだ」

「知ってるよ、けど現実は変わらねえんだ。テスト用紙だってカラーじゃないんだから一生懸命暗記してくれ」

数学、現国、科学、社会、英語

この中で最も色を使う科目は間違いなく科学だ。

こいつはその色をまともに視れないからいまいちピンと来なかったんだろう。

それでも今まで自分なりに理解しようと勉強してきたはずだ。

なんせ努力を惜しまない女だ。なんでもやらなきゃ気が済まない性質なのはよく知ってる

それでもいつかは限界が来る。そういう時周りの人間にちゃんと助けを求めれる。

そこがコイツの良いところなのだから

どんなことがあろうと、それはコイツなりに努力した結果だ

ちゃんと理解してなかったのは俺の方だったな。

「…少し休憩しよう。甘いクッキーもらってきた」

「今日の現場で?気が利くねぇ」

「あっ!あたしにも頂戴ーー!」

リビングの隣にある部屋、すなわち姉さんの部屋から大きな声が壁を乗り越えてきやがった。

「飲み物は紅茶で良いな?」

「ええ、微糖で」

「あたしコーヒーブラックー」

注文が多い姉である。まあ今度の職員会議で使う資料をまとめてるとかで、家で仕事しているんだ。

こういう時くらいは大目に見よう、我ながら甘々だな。

サービスだ、コーヒーも甘くしてやる


お湯を沸かし茶葉を使い紅茶を作る

コーヒーはインスタント。飲むのは姉さんしか居ないし、豆よりインスタントのほうが落ち着からということでインスタントしか置いていない

「ほらよ」

リビングのテーブルはいつの間にかある程度片付けられて、いつの間にか姉さんが書類を見ながら席を一つ陣取っていた。

真ん中にクッキーを置くとすぐさま藍は手を付け始める。

食い意地の張ったやつだ。

その光景に微笑みを浮かべながら姉さんがコーヒーを飲むと…

「……うぅっ!あっまッ!!」

笑みから一転、眉間にしわがよりさらに年を感じる顔になった

「目が覚めたろ」

「ブラックっつったじゃん…。もう……」

文句言いつつもちまちま口につける姉さんである。

俺も紅茶を飲みながらクッキー食べよう。

「……あっ、この茶葉ブルーベリー混ざってる?」

「ああ、ミルクティーに合うらしいから買ってみた」

「じゃあこれ飲み終わったらそれ飲む」

「おう、まずは元を楽しんでみてくれ」

「今時の子は洒落てるねぇ、大人になればそんなもの楽しむ余裕ないっつーの」

俺と藍が紅茶を楽しみながら飲んでると不貞腐れた大人がぶつくさいってきやがった

嫌な現実を押し付けてきやがる…。紅茶が苦くなるだろうが

「そうそう、修司」

苦い顔をした姉さんが話しかけてくる

「ん?」

「明日からさ……その、学校行ってみない?ほら、怖くないからさ!ね?」

「引きこもりに説得するような言葉並べんな、いきなりなんだよ」

「……うちの高校の仕組みは知ってるでしょ?」

俺と藍、そして姉さんが務める高校は県立の朝座崎高等学校。

この高校は少し特殊で、一つは県立でありながら私立のような扱いだとか

理事長などは存在しないものの、経営方針の一つはお偉いさんの一人が決めている。

その決め事とは"学力主義"であること

この言葉を意味するのは、学力があれば進級できるというところだ。

通常の高校の仕組みにある単位制じゃない。

なので、俺はテストがある日以外は基本的に学校へは行っていない。

勿論テスト対策は色々しているが

「学力主義ってところは良いんだけどさぁ…やっぱそのせいで出席率が低いのよ」

「そりゃそうだろ、それを目的に入学した奴らも居るんだから」

「それがちょっと増えてきて先生(あたしたちのモチベがね…。だから今年のクラス替えの時考えたの」

「ひとまとめにして隅に置いたのか?」

「大まかに正解かな、正確には人格と家柄を調査したうえでクラスを割り振ったの」

冗談のつもりでいったんだが、そんなことになってたのか

「因みにその割り振られたのが私たちね」

興味があるのかないのか分からん口ぶりで藍が補足してきた。

「分かってるよ。それで?割り振ったは良いけどその問題児だらけのクラスの担任が落ち込んでるから、ちょっとでも助けたいとかそんなんか?」

「それもちょっとあるけど、本当に隅においたわけじゃないの。うまくばらけさせて目立たないようにしたわ」

「ならそれで解決だろうよ」

「けどね、それでも少しは目立ってしまうの」

少しだけ真剣な表情をして姉さんが話を続ける。

「登校しなくて良い、学力さえあれば良いってのはある種自主性を重んじているから個人的には特に思わないわ。義務教育じゃないし。けれど、言い方悪いけど学力が無いから学校に行かなければいけない、けど登校しにくいって子もいるの」

家庭の事情、なんだろうな

だってそれなら普通の、それこそ単位制の学校に行けば良いんだから。

登校しにくくても、そっちの方がいくらか配慮が出来るってもんだ。

少なくてもうちの高校に比べたら

「モチロン学力面はあたしたちが全力でサポートするわ。けれど、学校生活全てをサポートなんて出来ない」

ここまで言われてある程度察することが出来た。

「なるほどな、俺に学校来いつったのはそういうことか」

「…?どういうこと?その子たちを修司がサポートするってこと?」

まだ姉さんが考えていることが分からない藍が疑問を投げる。

「俺がそんな面倒見が良い奴に見えるか?」

「うん」

即答しやがった。ありがたいことだが、俺は他人まで優しくしてやることは一切ない

「姉さんは俺がいじめられないように考慮してくれたんだよ」

「……はぁ?」

コイツがいじめられる?ありえねぇって顔をしている。女性がするような顔じゃねえな、おい

「目立つって言葉は大体悪い意味で使われることが多いからな。…つまり今学校でいじめが起きてんだろ?何人かは知らんが」

「…そういう噂…というか雰囲気を感じる機会が最近よくあるの。目撃したわけじゃないから具体的なことまでは分からないけど…」

「いじめは無くなんねえよ。携帯も普及している最中だ。先生がその雰囲気を察することが出来る今のが珍しいくらいだろうよ」

「確かに。そういうのは本人が変わるしかないと思うよ。性格的にも環境的にも」

俺の言葉に藍が続けて補足する。

考えていることは一緒のようだ

だから根絶なんて出来るはずがない。それこそマインドコントロールでもしない限り

「…そう、ね。まあ今あなたたちが通ってる学校はそういう雰囲気だよってことを頭に入れておいて。あと、何か分かったら教えてほしいかな」

少し悲しい顔をした姉さんが諦めた口ぶりで話を終わらせた。

まあ、俺も全く行かないってわけじゃないから他人事じゃないのは事実だ。

いじめ、ねぇ……。その行為自体は肯定しないが否定もしない

つまり不干渉であればそれに越したことは無い問題だ。

ともすれば追及することはない、か。

「話は終わりなら勉強を……っておい」

藍に目線を移すとちょっとだけ目が虚ろいでいる。

俺はその姿をよく知っていた。

「……ああ、ゴメン。まだ大丈夫だけど、明日はダメそう」

「勉強はどうする?」

「続けるよ。時間もったいないし」

「そうか、んじゃあ続けるぞ」

なるべく尊重はしてやるが…限界来たら家に帰そう



―――翌日、2012年9月6日火曜日の朝


朝食を片付け、制服に着替えたあとリビングに入ると姉さんも学校へ行く支度をしていた

「あれ、今日は学校に行くんだ。昨日の話を気にしてくれた?」

「元々その予定だったんだよ。変に勘繰るな」

「あっ藍ちゃんか…乗せていこうか?どうせ行く場所一緒だし」

「それを嫌うからなぁ…」

適当に受け答えしつつ水回りと電源のチェックをする。

「ならちゃんとエスコートしてあげなよー。ちょっとでもないがしろにするとすぐ分かるからねー」

そう言い捨てて姉さんは玄関へと向かった。

…っと言い忘れてたことを思い出した。

すぐさま姉さんを追いかけて玄関に向かうと、既に靴を履き家を出ようとしていた

「姉さん言い忘れてた。今日帰り遅くなるから飯は各自で」

「えっ!どうして!?焼肉楽しみにしてたのに!」

「材料みて勝手に決めんな…。まあ色々とあんだよ、時間あるなら先週クリーニグに出したスーツを引き取っといてくれ」

「そんなの自分で行きなよー」

「アンタが使うスーツだ!!」

自分が来週末に会食行くからって言ったの忘れてんじゃねえよ

その言葉を受けた姉さんがバツ悪そうにしながら逃げるように家を後にした。

少し早いが俺もそろそろ出よう。

…っとその前に一言藍に向かうことを連絡して…と。

戸締り、電源、水回り、そしてカギに財布に携帯よし

「行ってきます」

誰も居ない家に一言告げて藍の家へと向かう。


藍が住んでいるマンションに後5分程度のところでもうすぐ着くとさらに一報。

瞬時に既読になるがその後無反応。まあいつものことなので気にしない。

マンション入口に向かう最後のT字路を右折すると、見覚えある人影がガードレールに身体を預けていた。

近づくにつれてよくわかる、めっちゃ仏頂面。

ヒデェ顔だなぁ…。あんな顔、悪夢見た後か蜂の子食べた後にする顔だぞ。

「…相変わらずぶっさいくだな」

「うっさい、機嫌悪いんだからからかうな。アキレス健ちぎるぞ」

「不細工な上に物騒とか救いがねえな!…ってうそうそ、超美人。だから鞄からデザインナイフ出すな」

「…どんな道具も使いようって教えてくれたのは修司だよ??」

「今更かわいこぶるんじゃねえよ、気色悪い」

さて、もしも俺たちが青春用語でいうところのカップルまたは恋人同士なら、相手を家まで迎えに行き、手を繋ぎ、両隣平行で歩くのだろうが

実際違うので何も当てはまっていない。

確かに藍が住むマンションまで来たが、俺はコイツが何階の何号室に住んでいるかなど知らないし、俺は藍の斜め前を歩いているので手を繋ぐどころか両隣ですらない。

一見恥ずかしがり屋に見えなくもないし、そう見たほうが心は穏やかになるのも間違いないが…現実はそうじゃない。

そんな楽観できる理由ではないことだけは知っている。

「…あーつまんない、刺激が無い。修司、ちょっとスキップしてみて」

俺は子供が今日の給食を楽しみな様子を想像しながらスキップしてみせた

「あっはははは!!」

「いや笑い過ぎ」

「だってっ…突然だったからっ!卑怯…っ」

ツボに入ってくれたみたいでうれしい限りだ

「ほら、さっさと行くぞ。ちゃんとついて来いよー」

「はいはい…………」

返事の後にボソボソっと何か言っていたが、追求しないでおく。

特に心配してなかったが、この様子なら大丈夫そうだ。

仏頂面より、笑っていた方が受けが良いんだ。

外では極力笑っていてほしい。


例え、"視えてなくても"


自分の家から藍の家まで徒歩10分

藍の家から駅まで10分。

電車に乗り、バスの乗換込みの終点まで15分。

そして急激な坂を徒歩で約10分登ると、そこに俺たちが通う朝座崎高等学校がある。

そんな足腰鍛えられる高校の近くまで来る藍から「帰りもよろしく」と一言告げられ一足先に学校へと向かっていった。

さて、姉さんがいじめだなんだと脅していたが、まず心配は要らない

普段学校行かないとはいえ一週間に一回は必ず行くようにしている。

そして必ずクラス全員に挨拶と軽く雑談する。印象強く。誰一人かけることなく

その為、下駄箱でクラスメイトと鉢合わせても

「―――…おっ千秋(せんしゅうじゃん!今日来る日かよ!」

「よう新橋、御崎とは相変わらず仲良くやってるかー」

「ぜんっぜんだよー、コイツこの間から部活ばっかりで構ってくんないぃ」

「おはよう御崎、部活動でも結果残すと大学有利だからな。彼氏が優秀だと鼻高くなるだろ?応援してやれって」

2年3組、自分の教室に入っても

「おっはようシュウシュウ!珍しい竿仕入れたけど私の店で買ってかない?」

「気軽に買えねえモンを気軽に進めてくるな春日井。あとお前の店じゃなくてバイト先のアウトドア店だろうが…。でも気になるから今度見に行くわ」

「―――あっ、ども千秋(ちあきさん。珍しいニュースない?情報に飢えちゃって…」

「ネットでも巡回してろよ…」

「地元のニュースが欲しいんだ、そのほうがリアリティあって楽しいんだ」

「そうだなぁ…渡里が面白がりそうなのは……ああ、知り合いの漁師がオンボロの探知機らしきもの見つけたって言ってたな。ほらこの写真」

「おお!これはまさに1970年代に陝東飛機工業で作られたY-7に搭載されていた海底探査用音波機D-Ⅲ!こんなはっきりとした状態で、しかもこの海域周辺で見つかるとはもしや公表されてない交戦が…!!」

授業中でも

(…ちょっ!ちょっと千秋さん!ノート見せて!)

(はいよ、女子アスリートで有名になりたいなら寝ないでノートもちゃんと取りなって…)

(隣にいるなら起こしてって…)

(肩叩いたんだがなぁ…沙川には脇腹つついてやったほうが効果的か)

(やったらセクハラで訴えてやる)

(ならちゃんと起きてろ)

「―――じゃあこの問題を…千秋!Aの枠内に当てはまるものを答えてー」

「…3番の『この詩は七言絶句という形式であり、第一、第二、四句の末字で押韻している。』」

「…正解。よく引っ掛からなかったね」

「先生の話ちゃんと聞いてたので」

「だったら学校にも毎日来てほしいなあ」


一応は問題なく過ごしている高校生活だが、姉さんの話が頭に入ってたため改めてクラスの雰囲気や状態をさっと確認した。

ひとクラス25人程度。そのうち俺のように基本学校に来ないのが5,6人だった。

そのため来てない奴に対していじめが起きるということはまずないのが現状。

常時来ている連中も特に仲が悪い雰囲気はないため、割と平和な環境なはず。

俺の方は良いが、ならいつも努力惜しむなく来ている藍の方はどうだろうと思ったが…思っただけである。

特に確認する必要はない。あいつも言っていたが仮にいじめられても本人がなんとかするしかない

だから藍がいじめられていても俺は何もしない。相談されたら乗るがそれ以上はしない。

「―――…てなことを聞いたんだけど、実際起きてるもんなの?」

「いじめねぇ…高校生にもなってそんなちっさいことする人いるのかな?」

教室で昼食を食べようとしたところ、御崎と新橋に同席を誘われたので一緒に食べている。

「いじめっていうと教室より部活内の方で起きるイメージすっけどな。少なくても俺の周りじゃそんな話聞かねえ」

「うちも同じー。まあ起きてたとしてもさ、来年には受験だよ?ふーかするって!」

お気楽な二人に聞いた俺が間違いだったかもしれない…

「もし千秋(せんしゅう)がいじめられたら俺たちに言えよ!普段世話になってるからな!」

「どうしてくれるんだ?」

「昼食を教室から屋上に移動してやる」

「気の使い方が小賢しいわ!もうちょい大手を振ってくれ」

「下校する時は毎日一緒だよ!」

「お前ら部活してるからおせえんだよ。その間俺は図書館にでも引きこもれってか?」

「いーじゃんー。たまには一緒に帰ろうよー。遊びにいこーよー。ねえハッシー?」

千秋(せんしゅう)は娯楽施設とか行かないもんなー。おもしれえねのに」

今更だが呼び名を統一する気がないな、この二人。

千秋修司(ちあきしゅうじ)が俺の名前だが、新橋の『センシュウの方が格好良くね?』から始まり『シュウシュウの方が可愛くない?パンダみたいで』と御崎が便乗してきたのが由来だったりする。

そのせいで春日井にもパンダのように呼ばれる羽目になったし…

しかしこんなお気楽な二人と1年の時からの縁があったおかげで、皆と仲良くなれたところもある。

借りを借りたままは気分が悪いのでこれからも返していこうと、二人と話すとよく思う。


――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――――――――


「…よう」

授業が終わり玄関で藍と鉢合わせた。

というより待たせてしまったのか少し不機嫌だ。

……いや、なんか違うな。俺に対してというよりほかのことで…

「…槙島、行くよ」

最初からこの後の予定を決めていたようだ。

俺も気分転換にこいつの好きな裏山行こうと提案しようと思っていたが、藍が行きたいというのだからそれに従おう

「りょーかい」

学校近くの港である常坂港からフェリーで片道700円20分で着く島。

バスの方が安いが時間にして3倍以上かかるため基本的にはフェリーでの移動となる。

とはいえ4年前に本土とは橋で繋がっているため、地元民からは島という感覚はない。

槙島…と言っても目的地は島そのものではなく、島の端にある灯台だ。

場所にして中継地である槙島港から歩いて30分ちょい。

標高約100メートル程度を軽くハイキングしたところで目的の灯台に辿り着く

「…何かあったのか?」

学校から島でのハイキング中までなにも話してこなかった藍に対し、ちょっと気になったので尋ねてみた。

「―――……いじめられてる子、居たわ」

藍のクラスは2年1組。因みに副担任が姉さんだ。

なるほど、俺に対して始まった話だったが、蓋を開けてみれば藍に対する局地的な話だったか。

そんなことをする理由はひとつ

姉さんは"もしかしたら実行犯が藍の可能性"を考慮して遠回しに俺に伝えたんだろう

とはいえ、もし藍が実行犯であるなら話題に出した時点で警戒されるし巧みに隠されるのが関の山だが…

まっ、その可能性は限りなくゼロだろう。そこは信頼していたんだろうな

しかし藍は周囲に無頓着だから俺をダシにして話したってところか

「先生が話してたのは私に対してだったんだ」

俺と同じことを藍も考え着いたみたいだ

「先生…ううん、理絵らしい」

敬称ではなく、名前で呼んだところをみるに意図していたことも察せたようだ

というか、元々名前で呼び合ってたんだから普段から気兼ねなく呼び合えばいいのに。

いや、学校でつい呼んでしまう可能性があるか

普段から敬称で癖付けておくに越したことは無いか

「で、お前はどうするんだ?現実を目の当たりにして」

「決まってるじゃん。どうもしない」

意志は昨日から変わっていない、いやこれは昨日からではない。出会ったときからだ

「憶えてる?私たちの決意」

「…忘れるわけねえだろ」

気づくと灯台が見えてきた。1860年に建てられた由緒ある年代ものの灯台。

観光地のビジュアルポスターに選ばれるほどの見栄えがある。

時間帯にして夕日が水平線上に神々しく輝く時間だ。

「負けたくない、強くなりたい、生きていたい…」

その願いが無意識になるほどに拘った俺たちの"決意"

「その結果、ケンカにもいじめにも技術でも、同年代に引けを取らないようになった」

「ああ、これまでの努力の賜物だな」

「だからこそいじめられてる子をみると思うんだ。もしかしたら、私もあんな感じになってたのかなって」

「IFの自分を考えるなんて珍しいな」

「…視えないからかな。ちょっとセンチメンタルになっちゃうんだ」

「弱々しいぞ、らしくなくて調子狂うわ」

灯台近くの自販機で缶のカフェオレを二人分購入し、1缶を藍に渡す。

「たまにはね…。勿論他人には見せないから安心しなよ」

「…まっ平日のここは人いないからな。言いたいこと言える環境だ。好きなだけ話せばいい」

「景色いいしね、真面目な話をするに持ってこいかも」

「真面目な話?」

いつになく真剣な雰囲気だ。わざわざ真面目なんて言葉を使ってくるなんて

「…ううん、やっぱ何でもない。」

「そうか…」

これは無暗に突っ込むのは辞めた方がよさそうだな

そして気づけば灯台へと辿り着いていた。

予想通り夕日が水平線の彼方に沈もうとしている瞬間

だけど、その光景を藍は"視えていない"

そのことが分かっているからこそ一瞬ここに来るのを戸惑ったんだが…

それでもコイツは眺めている。

ならば俺如きが口出しする必要などどこにもない

我ながら勝手に空気を読みつつカフェオレを口に付ける。

…やっぱ紅茶の方が性に合うな

「…ねえ、もしこの先―――」


「―――――――ガヴゥッ!!!」

誰もいないはずの灯台に敵意を持った叫び声が鳴り響いた。

それは人間のものではない。明らかに動物だ。

8年以上前はよく町の中でも聞こえていた、動物の声

声がした方向へ俺たちが目を向けると…そこには"犬"が居た

体型は恐らく小~中型ぐらいで、首輪をし、リードが付いたままの犬が居た。

そこまでなら見たことある姿だ。

ハッキリと違うのは、俺たちに向けて牙を出し、威嚇していること

俺の記憶だとここが犬のたまり場になったことなど無い

なんせ犬は―――

「―――ヴヴゥッ!!ガヴッ!」

次の瞬間、俺の思考を停止させた。

間隔50Ⅿ程度あった距離を一気に詰めてきて犬が俺たちに襲い掛かろうとする

そのことを理解した後の俺たちの行動は早かった

犬が距離を詰めてきたように、俺たちも逃げるのではなく同時に距離を詰める。

「…!」

飛びかかるであろう瞬間を見極め、犬が足に力を入れたタイミングで藍がすかさず犬の口にカフェオレの缶を突っ込む

口をふさいだことを瞬時に確認し、犬が怯んでいる間に体制を低くして四足の足に蹴りを入れ転げさせる

そして起き上がる前に俺が犬を足で抑えつき…

「……悪いな」

鼻と顎を掴み180度首を回転させる。

そうすると簡単に息絶えた。

…そう、死んだんだ。俺が、俺たちが殺した。

慣れた手つきだろう、完璧なフォーメーションだったろう。

それもそのはずだ。何せこんなことは"何度も経験している"

「噛まれたか?」

「誰に言ってるのよ。視えてないからってこのくらい対処出来るって」

「そりゃ悪かったな」

お互いの無事を確認したところで、今度は遠くから人間の叫び声が聞こえた。

犬ではなかったため慌てず目を向けると、中年の女性が俺たちに向けて鬼の形相を浮かべている。

「―――アンタたち!!あたしのむつちゃんになにを!!」

なにやら勝手な文句を言いながら俺たちに近づいてくる

そして藍の胸倉をつかもうとしてきたので、すかさず間に入り、このババァと距離を置く

再度俺たちと距離を詰めようとしてきたが、それよりも犬の方へと寄り大切に抱きかかえた。

明らかに飼い主だったのだろう。何かの拍子にリードが外れたか、散歩中だったか。

理由はどうあれ脱走したってところか。

「なんて…なんてことしたのよっ!あたしにはこのこしかいなかったのに…!なんで…っ!!」

泣きながら俺たちに情を訴えてくる。

しかし―――そんなこと知ったことではない

「その子は私たちに襲い掛かりました」

冷静に藍が状況を説明し始めた。

「私たちは死にたくなかったので殺しました。」

淡々と、罪悪感など微塵もない

「アンタ…アンタたちは…それでも人間かっっ!!!」

声が掠れるほどの敵意を藍の顔を見て言ってくる

けれど、実際俺たちは何も悪くない。

「テメェこそ正気か?」

臆することなく俺はババァの眼を見て説明してやる


「日本の犬は全て7年前に[特定動物]に分類された。3年前には飼育禁止にまでなっている。…その犬の大きさからして生後2年ちょいだろ。加えて俺たちに襲い掛かってきたってことはレイビーズ症EG型の可能性大だ。…テメェは、その犬に大量殺人をさせるために育てて来たのか?」


それはひとつの現実。残酷な現実に他ならない

犬が害獣指定されたのも、藍の眼がおかしくなっているのも

俺が動物を殺すことに躊躇わなくなったのも

全て、8年前の災害が齎した結果だ

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