8カメはどこにいる?
「…あだっ」
地獄に落ちて(物理的に)すぐ、千広は痛みを訴える。
「あーあ、何やってるんですか。そんな落ちかたしたら、岩に激突するにきまってるじゃないですか」
詩々は千広の手を取って立ち上がらせる。
「閻魔はどこにいるんだい?」
「知りませんよ」
花々はイライラしているようだ。
早く指輪を探したいのだろう。
「流石に地獄に指輪は落ちてないよね…」
こんなところに落ちていたとしても、マグマか何かで溶けているだろう。
しばらく四人が歩いていると、ようやく閻魔が見えてきた。
「君の罪は、お母さんのことをほうきでぶん殴ったこと。君の罪は、カレーライスを妹にぶっかけたこと。地獄で焼かれて煮られてゆでられて、電子レンジでチンされても文句は言えない罪です。今からお料理セットを持ってきて唐揚げにしますよ!」
「ひいぃぃぃ」
「あのー、閻魔様?」
ノリノリで料理の話をしている閻魔の肩を、ゆりがたたく。
「ああ唐揚げ食べたい…なんですか?」
「私たち、用事があってきたんですよ」
「またですか?前も、用事があるとか言って人間が来ましたが…」
「多分、これからよく来ることになると思います」
「え、そうなんですか?やだなあ、お仕事増える」
閻魔はため息をついて、幽霊たちが誰なのか確認する。
「おや、あなたはあの少女じゃないですか。えーっと、千広ですね。またおばあさん探しですか?」
「いや、今日はこの人の探してるものがないか探しに来たんです」
詩々は、うんうんとうなずいた。
「最近、ここに死んだカメは来ていませんか?」
「カメ?カメか…うーん、裁判する幽霊が多くて細かいことは覚えてないんですよね。特に動物なんかは。今の季節、蚊が大量に来るんですよ。それはともかく、今からカメのことを調べてきますね。鬼子、鬼太!」
閻魔が声をかけると、さっと誰かが現れた。片方は一本角、もう片方は二本角だ。
「今から私は調べ物をしてくるから、唐揚げを持ってきてください。鳥でもシシャモでも岩でもマグマでも構いません。あと、ここで裁判をやっててください。二人で分担してやるように」
閻魔が指示を出すと、二人は不満そうに、
「えー、あたしらが裁判したら絶対みんな怖がるよ、空子!」
「それに、唐揚げって絶対仕事に関係ないだろ、空子!」
と文句を言った。
「だって、幽霊の依頼ですし。お昼ご飯が食べたいんですよ。聞き分けがないですね」
「さっきあたしらが述べたのは事実でしょ?」
「ああ、事実だな」
二人は働いてくれそうにない。
「…私だって忙しいんだもん」
「あ、おい鬼子、これ以上文句言ったらこいつ泣いてふてくされるぜ」
「あ、ねえ鬼太、これ以上意地悪したらこの子泣いてうずくまるわよ」
仕方なく、二人は指示に従った。
「ウソ泣き作戦成功です」
「わーすごいですね。ところで、さっきの二人は何なんですか?」
千広が尋ねる。
「鬼ですよ。普通の鬼は地獄のマグマの中に岩とか砂とかが入って生まれるのですが、マグマの中に人間や幽霊が入るとちょっと違う鬼が生まれるんですよ。幽霊鬼とか犬鬼とか。二人は人鬼です。私の優秀な部下ですよ。私が幽霊になって地獄に来た時からずっと知り合いです。その後も、漢字の勉強とか閻魔の仕事の手伝いとかをしてくれて…本当に優しい二人です。私も助か」
「話が長くなりそうだからここで切りますよ、閻魔様」
閻魔の話を、花々が止める。
「あ、そうですね。調べ物をしてきます」
「行ってらっしゃ~い」
四人は遠ざかる閻魔を見送った。
「連れてきましたよ~」
しばらく経つと、閻魔は六匹のカメを連れて歩いてきた。
「この中に、あなたのカメはいますか?」
「うーん…」
カメたちはみんな同じように見える。
これではわからないかもしれ
「いませんね」
「まさかの即答!?」
詩々は笑って、
「亀之助君とはずっと一緒にいるんですから、亀之助君がいるかいないかくらいわかりますよ。とりあえず、死んでなくて安心しました」
と答えた。
「また大きな事件にならないといいんですけどねえ…」
「?おばあさん探しはそこまで大きな事件じゃあなかったと思いますが」
「いや、その事件じゃないんですよ。一年前、いろんなごたごたがあってですね」
閻魔は懐かしむように微笑む。
「あの頃はしっかりしてたんですけどね」
「今だってしっかりしてますよ、ゆりさん。確かに、あの頃は人間が来たり悪霊が逃げ出したりして、警戒は怠らないようにしてましたけど」
「まあ、別にしっかりしててもしてなくてもいいんですけどね。堅苦しい人より、子供でドジで可愛い人の方が親しみやすいと思いますよ」
「私、あなたより年上なんですけどね~」
ゆりと閻魔は二人でわいわい話をしている。
千広が知らないとき、いったい何があったのだろう。
「閻魔さん、一年前って何があったんですか?」
「葉月辺りに聞けばわかりますよ」
今度葉月に聞いてみよう。
千広はそう決めて、詩々と花々の方を向く。
「亀之助君はいなかったけど、どうしますか?」
「うーん、どうすればいいのかな?」
三人が悩んでいると、
「天国と幽霊の里辺りを探ってみるのはどうでしょう?」
と閻魔が提案した。
「確かに、それくらいしかやれることはありませんよね。早速行ってみましょう」
ゆりが歩き出す。
「あ、でも、里に行くために必要な道具がないな」
「じゃあ、これを持って行ってください。」
そう言って閻魔は地獄の石を拾う。
閻魔がそれに触れると、石が青い光に包まれた。
「はい、これで石は冷えたので、安全に持ち運べます」
「す、すごーい!」
「だって閻魔ですから。それに、幽霊に不可能はないってこと、覚えた方がいいですよ」
閻魔は片目を閉じてウィンクをしてみせ…たかったようだが、見事に両目を閉じていた。
それはともかく、前も不可能はないと言われたが、幽霊の合言葉か何かなのだろうか。
そんなことを考えていると、あっという間にゆりたちは歩き出していた。
「ありがとうございました、閻魔さん!」
「いえいえ、お構いなく…唐揚げ食べたい」
千広はゆりたちに追いつくため、慌てて走り出した。
後ろから鬼子の、「いい加減裁判に戻ってよ~!」という叫び声が聞こえた気がした。