2閻魔様と地獄
「なんとか繋がったね」
「つ、繋がらなかったらどうなってたの?」
「土の中で永遠に生き埋め」
「繋がってよかった!」
冷や汗をかきながら、千広は周囲を見渡す。
赤く光る岩が突き出し、地面も溶岩のように赤い謎の空間だ。
そして、たくさんの青白い顔をした人がいる。
人々は、針のマットを歩いたり、溶岩の中を泳いだり、炎で焼かれたり…とにかく危険な感じがする。
「こ、ここはどこ?」
「地獄だよ。おばあちゃんがいるかもしれないからね。」
「最初に地獄を選ぶのって、おばあちゃんに失礼だよね!?」
千広がまた何かを言おうとしたとき、カツン、という乾いた音が聞こえた。
「な、なんなの?」
「行ってみればわかるよ」
そう言って奈々は歩き出した。
しばらく歩くと、人々が集まっているのが見えてきた。
中心にいるのは、黒い服を着た高校生くらいの少女だ。
閻魔が持つようなしゃくで、人、いや幽霊の頭をたたいている。
きっと、閻魔なのだろう。想像してたのとは違うけど。
「で、あなたが犯した罪は、えー、妹のお菓子を盗み食いしたこと、アリを踏んだこと、歯磨き粉を大量に使ったこと…などですね。うーんと、懲役、五百年の刑ですね。そっちのあなたは、別にそこまでやばいことはしてないっぽいので、どこ行きます?どこでもいいですよ、地獄以外なら」
閻魔は忙しそうにしゃくを振り回す。
「ちょっと、待ってようか」
「うん」
二人は二十分ほど、閻魔の仕事が終わるのを待った。
「や、やっと終わったっぽいね」
千広は汗をぬぐう。
地獄は何となく熱いのだ。きっと辺りが燃えているせいだろう。
「お、おはようございます」
「…ん、誰ですか?」
閻魔はしゃくをしまって振り返る。
「えっと、この子が噂の霊感ありありの子です」
「おや、そんな噂、聞いたことがないのですが」
「え、そうですか!?もうめっちゃ大有名なのに!」
「…え、そうなの?本当ですか!えっと、私まさか、世間知らず?」
「いやいや、そんなはずありません。別に噂になっていませんから」
奈々はけらけらと笑う。
「え、あれ、そうなんですか?はあ、よかった。で、何の用ですか?」
閻魔は小さくため息をつき、改めて二人に問う。
「えっとですね、私の祖母、どこにいるのかわかりますか?」
「名前は何でしょう?」
「えっとですね…」
二人はこそこそと話し合っている。
千広には全くわからない会話だった。
「なるほど、ちょっと本を持ってきますね。ところで、あなたの名前は何なのでしょう?」
閻魔は千広に尋ねる。
「えっと、佐々野千広です」
「へー、そうですか。この地域には、あなたと同じように霊が見える人が何人か…っていうか、二人いるんですよ。巫女姉妹です」
「あ、あの神社のですか?」
「ええ、そうです」
閻魔は微笑む。
さっきの奈々との会話といい、この閻魔は見た目相応にかわいらしい少女だ。千広より年上だけど。
「じゃあ、本を取ってきますね」
そう言って閻魔は地獄の奥へと消えていった。
「…あの閻魔さんって、すごい、親しみやすい人なんだね」
千広がつぶやく。
「ああ、そうでしょ?まあ、一応百五十歳くらいなんだけどね」
「へえ…」
「でもさ、あの子が死んだの、小学二年生くらいのころだったらしいんだよね」
「え、小さすぎじゃん!」
千広は驚いて目を見開く。
「で、そんな小さな女の子が閻魔になりたいって言いだして、幽霊はみんなすごい驚いたらしいよ。なんか、小さくても人の役に立てることを証明したいって言ったみたいだよ」
「立派だね。」
「でさ、あの子すごいいことしたらしいよ、生きてた時。トラックにひかれそうだった猫を助けたとかだったかな。だから、閻魔選挙でも勝ち抜いて、とうとう閻魔様。まあ、普通に精神もちびっ子レベルから変わってないみたいだし、ドジばっかりしてるみたいだけど。からかいやすくてホント面白いんだ」
奈々はまた笑う。
そこへ、閻魔が戻ってきた。
手には二冊の大きな本を抱えている。
「えっと、机がないな…地面でいいですよね」
閻魔は、重そうな本をごつごつとした地面に置く。
「このどっちかに載ってるはずですよ」
「はーい」
奈々は早速祖母の名前を探し出す。
「あの、閻魔さん」
「なんですか?」
千広の声に、閻魔が振り向く。
「私みたいに霊が見える人って、どんな人なんですか?」
「どっちも、優しくて明るい子ですよ。あの二人はとっても仲良しなんです。今は、姉の方が大学生で、妹は中学生ですね」
閻魔は目を閉じ、確かめるように言葉を紡ぐ。
「そうなんですか。確かに、そうですね」
前、巫女姉妹がいる神社に行ったことがある。
姉の方はよく笑っていて、とても明るい人だった。
妹の方は静かだけど、優しくてしっかりしていた。
そしてやはり、二人とも仲が良かった。
「あ、あった、これだこれ!」
突然、奈々が笑顔で本のページを示す。
「天国にいるって、天国!」
「ホント?やった、わかったね」
千広と奈々は本を閻魔に返す。
「ありがとうございました!」
「いえ、これも閻魔の仕事です。で、これから天国に行くんですよね」
「はい」
「なら、番人がうるさいと思うので、これをもっていってください」
閻魔はメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始める。
「はい、これです」
「こ、これでいいんですか?」
「大丈夫だと思いますよ。じゃあ、その本は返してきますね」
そして閻魔は、重い本を抱えながら歩き出す。
「重いなあ…ぐえっ」
石が転がっていることに気づかず、閻魔は危うく転びそうになる。
「びっくりしたあ。じゃあ、さよなら!」
閻魔はまたよろよろと歩いていく。
「は、はい、気を付けてくださいね!」
そう言って二人は地獄から地上へと戻っていった。