18あの時と同じ、事件の連鎖
「あの鬼…突然、何を言い出してるんですか!?」
喜々は何が起きているのか理解できていないようだ。
今までの騒動にかかわってこなかった喜々は、鬼子がどんな人物なのかを全く知らない。
だから、突然攻撃してきた鬼子を見れば、困惑以外に何もできるわけがない。
しかし、千広たちにはわかった。
目の前にいるのは、鬼子ではないと。
「どうなってるんです?あなた、鬼子に成りすました別人なのですか!?」
「ははっ。違うよ。僕は今、この子に憑依しているんだ。結構しぶとかったけど、何とか乗っ取れたよ」
「あの子…!」
鬼は、永幽霊には及ばないものの、かなり強い生物だ。
閻魔よりも強い力を持っており、あの子、みたいな呼び方をされるような弱いものではない。
「どういうこと…?あなた、何者なの!?」
「いいよいいよ、教えてあげるよ。僕はね…この世界で最もと言っても過言ではない力の持ち主だ。とびきり強い怨霊だよ。ま、知ったところで、すぐにわからなくなるだろうけどね」
「…?」
知ったところで、すぐにわからなくなる。
知った人物をすぐに消せるほどの力を持つ、と言いたいのだろうか。
「ただ、この肉体はちょっと扱いにくいなあ。強すぎる生き物は、憑依するのもつらいし、抵抗されるし不便だね。ま、完全に乗っ取れば強くて便利だから、そこはいいんだけどさ。このままじゃあ僕の能力は使えそうにない。なら、倒すしかないよね!」
そう言うと、怨霊は再び襲い掛かってきた。
「皆さん、気を付けて!あの怨霊は、只者ではありません!」
閻魔はその場にいる全員に呼びかけた。
「千広は下がってて!」
「あ、はい」
ゆりの言葉にうなずき、千広は一歩後ろへと下がった。
花々と詩々がいない今、役には立てないだろう。
「よくわからないけど、戦闘ですね!一年前の事件を思い出します!」
喜々も状況を理解し、攻撃を始めた。
「おいおい、こりゃあ何の騒ぎだ」
ふと、男性の声が聞こえてきた。
「鬼太!今、鬼子が怨霊に乗っ取られているんです!」
「んだと!戻すのに協力するぜ!」
「ありがとうございます!」
すぐに納得してくれた鬼太は、早速光の玉を作り出して、勢いよく怨霊に当てた。
「一応親友の体だからな!ある程度手加減はしてやるぜ、怨霊!」
鬼太はにやりと笑みを浮かべた。
「閻魔様、怨霊を追い出すにはどうすればいいでしょう?」
「そうですね…悪を追い払う浄化の力を持つ人…ここにはいませんね。葉月か誰かを呼ばないと」
「なるほど。でも…」
ゆりは迫って来る炎を凍らせる。
「メッセージを送っている暇がない!」
「当たり前さ。僕は暇なんて与えない。鬼の体から僕を追い出すなんて、無謀が過ぎるよ!」
雨のように降り注ぐ炎。それに暇という名の隙間はなかった。
「僕、強いやつを先に片づけるより、片づけやすいのを先に片づけて、数を減らす方が好きなんだよね」
怨霊は千広に目を向ける。
「…じゃあね」
「あ…」
「せいやっ!」
しかし、千広に炎をがぶつかる前に、炎は半分に割れて砕け散った。
「残念ですが、私は生きている限り一生友達を守り続けます。この子の命を刈り取ることの方が、私たちの目的よりも無謀ではないでしょうか?」
「くっ、厄介な閻魔だな!このちびっ子が、僕に敵うとでも?」
「敵いませんよ、私は。まあ、私一人なら、ですがね」
閻魔の言葉が終わるよりも早く、鬼太が後ろから怨霊を凍らせた。
「なにっ?」
「おっしゃあ!これで一気に叩きこ」
鬼太の攻撃に驚いた怨霊は、前に倒れこむ。鬼太は追撃をしようとした。しかし、
「…鬼太さん?」
鬼太はその場に座り込んでしまった。
「…なんで俺、こいつと戦おうと思ってたんだっけ?」
「お、鬼太?何を言っているんです?鬼子を助けるためでしょう?」
「でも、そんなのに、何の意味があるんだ?」
「意味って…急に、何を言っているんですか?」
ゆりと閻魔に問われても、鬼太はその場から動かない。
「俺は、なんでこんなことしてるんだ?」
「鬼太、いったん落ち着いて。そこで休んでいて下さ」
「休んでいる暇なんてあるのかな?」
閻魔が鬼太を休ませようとしていると、怨霊は自分と閻魔たちの間に氷の山を作った。
「…え?」
「まだ、この体は僕になじんでいない。だから、いったん君たちとはお別れだね」
「そんな!鬼子を返してください!」
「無理だね」
怨霊はどんどん向こうへと歩いていく。
「ま、待ちなさい!」
「無理だって言ってるじゃん」
誰が叫んでも、怨霊は止まらない。
このまま怨霊は、地獄の果てまで歩いていき、力を蓄え…
「…さようなら…なんて、いうかよ…!」
その前に、怨霊は立ち止まった。
「お、鬼、子?」
「空子…そう、だよ、鬼子だ…なわけないだろう。僕は怨霊だ。史上最悪…いや、私は、鬼だ!」
「これは…」
千広も理解した。
鬼子は、怨霊と戦っている。
「地獄の鬼…空子の手伝いをしている、鬼太と一緒に…僕は、世界を乗っ取ろうとしているのだ!」
「鬼子…鬼子!」
閻魔の声を聞き、鬼子は静かに微笑んで、
「いいや…私は、鬼だ。鬼の、鬼子だ。鬼太の親友で、空子とも親友の…地獄の鬼だ!」
「そんな…どうし、ぐああああ!」
怨霊は鬼子の体から抜け出し、消えていった。
鬼子はその場に倒れこんだ。
「鬼子!」
「鬼子さん!」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけさ」
千広たちはほっと胸を撫でおろした。
「そうだ、鬼太!」
閻魔が慌てて鬼太に駆け寄った。
「空子…俺、なんであいつと戦う理由がわかんなくなってたんだろう」
「あいつの能力でしょうか?」
なら、あの怨霊の能力は相手の戦意を失わせるというものなのだろう。
これはかなり厄介だ。
「空子ちゃん、あの怨霊、もう消滅したの?」
「ううん。今は回復のために辺りをさまよってる。いつか、仕留めないと…」
閻魔はため息をついた。
怨霊の管理などは、閻魔の仕事である。
まさかあんな怨霊がいたとは思ってもいなかった。
まあ、千広が無事であることに比べれば、どうでもよいことであるが。
「千広、どこも痛くない?ケガしてないよね?」
「大丈夫だよ。空子ちゃんこそ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないって言ったらどうするの?」
「とっても心配する」
「それはそれでうれしい…けど、大丈夫だよ」
閻魔は微笑んで答えた。
「みんな、ごめん。迷惑かけたね」
「そんなことないぜ!お前は悪くない、鬼子。」
謝る鬼子に、鬼太は首を横に振って言った。
「…一年前と同じで、事件が続いてますね…」
閻魔がつぶやいた声は、誰にも聞こえなかった。