12ぱあとなあ
封印が解けた瞬間、指輪とカメは外へ飛び出した。
「しまっ…!」
蛍は驚いたが、カメも指輪も止まらない。そして、
「蛍さん!私たち、危険じゃありません!」
「そうじゃ!わしらは、人間と幽霊の味方じゃ!」
と叫んだ。
「…その言葉、信じていいのですか?」
「もちろんです!」
「だから、詩々と一緒にいさせておくれ!」
蛍はしばらく黙り込むと、
「いいでしょう。信じます。ただし、危険な行動を起こした瞬間、檻の中へ逆戻りですからね」
とだけ言った。
「やった!やったあ!」
「これで自由じゃ!」
カメと指輪…妖怪の二人は叫んだ
「それで、蛍さん。私の父様のこと、なんで知っていたんですか?」
葉月が尋ねる。
「ああ、そうですね。教えましょう。光春さんは…光春君は、幼いころ、幽霊の里に迷い込んできたことがあるんです」
蛍はゆっくりと、昔話を始めた。
少年、日水光春は退屈な日々を過ごしていた。
今年から、父だけでなく母も働き始めたのだ。
なので、誰もいない暇な夏休みは初めてだった。
光春の家は神社だ。両親がいない今、光春が参拝客を出迎えている。なので、外にも出かけられない。
「ああ、暇だなあ」
仲良しの幽霊たちも、今は涼しいところで休んでいるので、遊びに来ない。
「それに、暑い。涼しい幽霊の国にでも行けたらいいのに」
光春は、お守りのお札を握りながら、冗談交じりにつぶやいた。すると、
「…え?」
光春は、青白い世界に立っていた。
熱くもなく寒くもない。温かいけど、涼しい。
そんな変な世界だ。
「なんだ、ここ」
光春はゆっくりと歩いて行った。
しばらくすると、幽霊たちがかたまって何かをしていた。
そのさらに向こうに、ひときわ目立つ幽霊がいた。
「あなたは…人間?」
「はい。ここって、どこなんですか?」
「ここは、幽霊の里という場所です」
その幽霊は、ここのリーダー、月光水蛍という人だった。
蛍は、いろいろなことを説明して、光春を歓迎してくれた。
それから、二人は仲良くなった。
光春はよく幽霊の里に遊びに来て、神秘的な世界を楽しんだ。
そして時は経ち、成人、結婚、子供の誕生、子育てなど、いろいろなことを経験した。
それらを報告すると、蛍はまるで自分のことのように喜んでくれた。
それがうれしくて、光春はよく里に遊びに行った。
しかし、あの日から、もう里には行けなくなってしまった。
あの日、光春は家族の名前と、『蛍』という言葉をつぶやいて、静かに…。
「それで今、光春君は、元気ですか?」
蛍が尋ねると、葉月はうつむき、
「父は、亡くなりました…病気で」
と静かに言った。
「そう、ですよね。うすうす気づいていました」
蛍はさみしそうに微笑み、
「また、会いたかったなあ…」
とつぶやいた。
今、光春は転生を待っている状態だ。
転生は、たいていその人が丸ごと次の肉体に移る。しかし、幽霊としてもっと生活していたい、という人もいる。その場合は、その人の魂の一部を肉体に移すことになる。
もし光春が後者を選べば、また二人は再会できる。
前者を選んだとしても、会える可能性はゼロではない。
「じゃあ、私たちはそろそろ帰ります」
ゆりが頭を下げる。
「では、お気をつけて。本当に、申し訳ございませんでした」
「いや、別に大丈夫ですよ。檻にとらえておくのは、里のリーダーとして必要な判断だったと思います」
蛍の謝罪を受け、ゆりは首を振る。
「では、またいつか!」
蛍は六人に手を振る。
一行は、来た時と同じ方法で地上に帰って行った。
「あの…へなっちょろさん」
「何ですか?」
帰り道、花々と詩々が千広に近づく。
「えー、あんたには、まあ、助けられたね」
「その、亀之助君を救ってもらえて、うれしいです」
「そんなの、当たり前ですよ。目の前の人が困ってたら、助けてあげるのが当たり前じゃないですか」
「…」
千広が微笑んで言うと、二人は黙り込む。そして、
「なんであんたは、そんなに優しいのさ」
と、花々が尋ねた。
「優しい?そんなことありませんよ。私は全然役に立てないし、私なんかより優しい人はいっぱいいますし」
「そうだとしても、あたしはあんたぐらい優しい人、見たことない。どうして、そんなに優しくなれる?」
その質問を聞くと、千広は考え込んだ後、
「人を助けると、自分も助けられたような、うれしい気持ちになるから、ですかね」
と答えた。
それを聞いた花々はしばらくうつむいた。詩々も同じだった。
「あたし、あんたのこと、誤解してた」
「え?」
「あたし、人間は弱くて嫌いだった。でも、弱いやつが悪いやつだって決めつけるのはだめだって、今更気づいたよ。弱くても、優しい人や、思いやりのある人はちゃんといるんだな。それに、私も元人間だったんだし」
「僕も、同じです。勝手に人間のこと、誤解してました。ごめんなさい。これからも冷たい幽霊にたくさん会うことはあると思います。それでも、僕やゆりさん、花々さんは、あなたの味方でいます」
二人は千広に頭を下げた。
「それでさ、ちゃんと言うよ」
「はい、僕も」
そう言って二人は、
「ありがとう」
というお礼の言葉を口にして、笑ったのだった。
「っていうのはいいんだけど」
千広は目の前を見て困惑していた。
そこには、頭を下げた幽霊二人がいる。
「お願いです!あたしらをあんたの手下にしてください!」
「掃除、洗濯、クーラー、何でもしますから!」
「うーん…わたしなんかまだ、未熟者ですから、そういうのは…」
千広が断ろうとすると、二人はどんどん近づいてくる。
「いいんじゃないの?こういう部下って、便利だし、可愛いし」
「そっかあ…じゃあもういいや!部下にしてあげます!」
「やったあ!」
二人は喜んで飛び上がる。
「じゃあ、これからよろしくお願いします、千広さん!」
「よろしく頼むよ、千広!」
「うん、よろしくね!」
こうして、新たなパートナーが誕生した。
「いいなあ、葉月ちゃんといい千広ちゃんといい。そういう手下って、使い魔とか契約した妖精とかみたいで、ファンタジーっぽくて憧れる~」
結衣がうらやましそうにつぶやいた。
「ではでは、これから僕らはべすとぱーとなあになれるように頑張りましょう!」
「常に主のそばで主をお守りし、命じられればそれに従うのが大切って、オーカミが言ってたから、その通りにやるよ!」
「…これから大変そうだな」
そう言いつつも、千広は笑う。
これから騒がしくも、楽しい日々になるはずだ。
千広はそれがうれしくて、ただただ笑っていたのだった。