プロローグ不思議な少女
「ろ…ひろ!千広!どうしたの?ご飯は?」
女性の声が響き渡る。
が、少女はそれが自分に向けられた言葉だとも知らずにぼーっとしていた。
少なくとも、女性にはそう見えた。
「まったく、この子は…ねえ、お父さん?」
「まあ、まあ。いつか千広もしっかりした子になるよ」
少女の父と思われる男性は女性をたしなめる。
しかし、父も心の中ではいつもふわふわしている少女に少しばかりの違和感を感じていた。
「…?ああ、別に、気にしないで」
少女が突然口を開いた。だが、父に向けたか母に向けたかよくわからない言葉を吐き出している。まるで空気と話しているようだ。
「はあ。ご飯冷めるわよ。千広!ねえ、寝ているの?」
両親は呼び掛けることしかできなかった。
「お母様、千広さんは勉強も運動もよくできています。ですが、あまり授業に集中してくれないことが多いです。あと、よく何かにぶつかりそうになっています。目が悪いのかもしれません。以前行った視力検査では正常でしたが…」
「そうですか…。学校でもそんな状態なんですね。家でもよくひとりごとをつぶやいたり、ぼーっとしていたりするんです」
「見守るしかなさそうですね」
教室を出た千広の母は頭痛がしてくるような気がした。
この面談のやり取りは、去年もおととしもやったのだ
(千広がぼーっとするようになったのは二年生のころか…何かしたかしらね?)
どんなに悩んでも母の悩みは解決しなかった。
母も父もそわそわしながら教室の人混みに混じる。
「では、芽衣さんから教科書の話を読みましょう。91ページを開いてください」
「これは昔の話です。あるところに、一人の若者がいました」
「はい、次は…」
授業は国語。今はみんなであるお話を読み上げている。
「では、千広さん」
(千広の番ね!何かやらかさなければいいけど…)
母は心の中で少し心配する。
「はい。眠る男にとある動物が近づき、寄りかかります。そして…」
「うまくやってるな」
父は母に耳打ちする。
「そして、ゆっくりと話しかけます。『君には、何かおかしなものが憑いているんだね』」
「ち、千広、それ間違ってるよ?」
芽衣が千広に声をかける。
「はあ、本当に、あの子は…」
母はため息をついた。
このように、千広が何を考えているかは誰にもわからなかった。
まるで他の人と違うものを見て、他の人と違う音を聞いているかのようだった。
そして時は過ぎ、とある夜のこと。
「千広、千広、お願いがあるんだ」
千広の夢の中で、何かが千広にささやいたのだった。