ドラゴン・オーブの見つけ方〈上〉
〇
ドラゴン。
その中でも全長二十メートルを超えるものはヘルカイトと呼ばれている。
複数の高次魔法を扱う、世界最強の魔法生物だ。
ヘルカイトにとって、僕たち人間なんて可食部位の少ない餌に過ぎない。人間はヘルカイトに全然勝てないのだ。だから、僕たちは彼らの生息域とかち合わない、北部の寒い地域に押し込められて生活している。
でも、彼らの第三眼球を見つけることができたら、状況は変わるはずだ。
第三眼球は、魔法を扱うための器官だ。
生物の小脳を開くと、丸い石ころみたいなのが出てくることがある。
それが第三眼球だ。
魔法を扱う生物にはみんなあって、当然ながら人間の脳にもある。そして、人間の第三眼球のユニークな特性として、摘出された他の生物の第三眼球に干渉できる——ってのがあった。
第三眼球さえあれば、僕たちはドラゴンの魔法も使えるわけだ。
だから、ドラゴンの第三眼球を手に入れることができたなら、その人は最強の魔法使いになれるんだ。数まで揃ったら、人間はドラゴンたちを退けて、この星の肥沃な地域に進出できるようになるかもね。
ただまぁ、当然ながら、そうなっていないのにも理由がある。
未だかつて、ドラゴンの第三眼球は見つかっていないのだ。
〇
グーリン国立生命博物館。
僕はそこの研究員だ。
ちょっと前にアブラムシについて論文を書いた。でも、同僚に頼んでも読んでもらえなくて、仲間内では肩身が狭い。面白いと思うんだけどな、アブラムシ。
僕以外の研究員の多くは、鳥類の研究をやりたがった。
鳥類は北部に住む生き物の中では、ドラゴンに最も近いと言われている。
空を飛ぶってのもそうだけど、小脳が発達していて、優れた第三眼球を持つ——という点で、彼らは似通った魔法生物だった。
魔法は暮らしを豊かにする。
これは揺るぎない事実だ。
カマドキツネの第三眼球がなければ毎朝火を起こすのも一苦労だし、夜の読書にチョウチンガエルの第三眼球は不可欠だ。そして、鳥類の優れた第三眼球は、多くの産業の発展に貢献してきた。
一つの発見が、わかりやすい利益を生むのだ。
そんなわけで、アブラムシの研究とかやってる人間は結構馬鹿にされる。
「アブラムシは魔法を使えるわけでもないし、研究したからといって暮らしが豊かになるわけでもない。ハッキリ言って役立たずなわけだ。そんな君の研究のために、どうして貴重な予算や器具を割かなきゃならない? ぼんやりドープ君」
最近器具を借りようとしたら、同期の研究者に言われた台詞とかこれだし。
あんまり酷い言いぐさなので、あんまり酷いなぁと思った。
思ったけれど、特に文句は言い返さなかった。
というか、僕は人との会話があまり得意じゃない。
当意即妙な応答とかできないのだ。実際、言われて時間が経ってから「あれは酷いことを言われたんじゃないか?」と気づいたくらいだ。文句を言うタイミングをすっかり逸してから悶々とした。
そんなこんなで、僕の肩身は狭い。
肩身が狭いとお昼ご飯を食べるのも一苦労だ。
僕は博物館の裏手にある雑木林の近くで、木の根を椅子にしてお弁当を食べている。
これはこれで風情があっていいかも知れない……と思えたのは春先までの話だ。初夏も近い今、コウゲンヤブカたちが飛び交い厄介だった。
虫たちと格闘しながら落ち着かない昼食を取っていると、「なんでそんな忙しないことをしているの?」と林の方から尋ねられた。
僕は声の方を見る。
立っていたのは、女性の先輩研究者だ。
パロット・ブルーウィングさん。
長い髪を乱雑にまとめて、野外活動用のツナギを着ている。そういえば、今日はニシキフクロウの雛に足環を付けると聞いた覚えがある。鳥類の人たちだけでやるって話だったから、僕は外れていたのだけれど。
彼女は土埃で汚れた眼鏡を拭き、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
僕は「研究室は居心地悪いので」と正直に答える。
パロットさんも事情を察したのか、「そうよね」とだけ答えた。
それだけ答えて、じっとこちらを見ている。黙って見られていると、何だか食べ辛いし、居心地が悪い。パロットさんは眉を寄せて睨むようにこちらを見ているのでなおさらだ。眼鏡の度が合っていないのかな?
「君の論文を読んだよ」
パロットさんがそう言った。僕は「はぁ」だか「へぇ」だか、そんな感じの曖昧な返事をしてしまった。あんまり下手くそな返事だった。反省したい。した。
「研究機材が必要だったら声をかけて。それから、この間はありがとう」
パロットさんはそう言った。
猛禽類の研究で成果を上げている彼女には、伝手があるのかも知れない。
でも、この間はってなんだろう。
何かやったっけ。
ああ、あれかな。標本の整理を手伝ったやつかな。ああいう細々したものを分類して片付けるのは好きだ……なんてことをつらつら考えていたら、僕は返事をし損ねたらしい。
パロットさんはすでに本館の方に向かっている。
やっぱり受け答えは苦手だ。ぼんやりドープと呼ばれるわけだ。僕は自分の話術にガッカリしながら、腕に止まっているコウゲンヤブカを叩い……逃げられてしまった。
ガッカリだよ、もう。
〇
その次の日だった。館長からの緊急招集がかかり、僕たち博物館所属の研究員は全員、その日の予定を中断して本館の会議室に集まった。
各研究班の班長たちが長方形に配置された長テーブルに腰掛け、僕のような日陰者は壁際に立っていた。十八歳で就職してからもう三年が経ったけれど、研究員を全員集めるような会議は初めてだ。
神経質な顔の見本みたいな館長が、いつもよりさらにピリピリした顔で言った。
「東のエイリーン地区の浜辺にドラゴンの死体が漂着した。それも間違いなくヘルカイト級の個体らしい。我が国では三度目の事例だ」
班長たちのほとんどが、それを聞いて呻いた。
話の流れは予想できる。
つまり、僕たち生命博物館の研究員に、漂着個体の調査に行けという話だ。国の偉い人たちから、通達でも来ているのだろう。
館長が一大事な顔をするわけだ。
「ドラゴンの解剖調査ができる又とない機会だ。まずは希望者を募ろう」
館長が白々しいことを言った。
研究者として、興味がないと言えば嘘になる。
それはこの場にいるほとんどの研究者だって同意するはずだ。何の柵もなくドラゴンの解剖ができるのなら、この段階でみんながこぞって手を挙げていた。
だが、実際は違う。会議室は静まり返っていた。
「どうした? 誰かいないのか?」
館長は白々しい演技を続けている。
でも、知らないはずはないのだ。
前例である二件の漂着個体からは、究極の第三眼球——ドラゴン・オーブが発見されなかったことを。そして、調査を主導した研究者たちが「貴重な個体を無駄にした」という汚名を背負い、研究者としてのキャリアを失ったことを。
ドラゴンの解剖はろくな資料がないにもかかわらず、リスクが大きい。
みんなそれを知っているから尻込みして……
「やります」
……ない人もいた。
パロットさんが手を挙げたのだ。
結局、その後は誰も手を挙げず、パロットさんが現場の責任者に納まった。
ただ、流石に一人では何もできないので、残りのメンバーは今日中に彼女が選定し、それで足りない分は現地スタッフやボランティアに協力してもらう運びとなった。
出発は明日の予定だ。
こんなに急ぐ理由は一つ、夏が近いからだ。
北部とはいえ、夏には気温が上がるし、漂着個体の腐敗も早まる。下手すると、発酵ガスが溜まって誇張じゃなく爆発する。腐った脂や肉が飛散したらそれこそ一大事だ。
いやはや大変だなぁと、僕は他人事のように考えていた。自分にお鉢が回ってくるとは、これっぽっちも思っていなかったのだ。考えが甘い。
「何を考えているんだよ、パロット」
会議室を出ると、同期の研究者フォックス・サンドランナーが、パロットさんに詰め寄っていた。
フォックスは僕のことを「ぼんやりドープ」と呼ぶ男だ。確か彼はパロットさんと同郷とかで、幼いころから親しいらしい。
「キャリアを考えている」
パロットさんはその割にぶっきらぼうだ。
「私には成果が必要なの」
そう言うと、彼女は翻意を促すフォックスを歯牙にもかけない。
キャリア、キャリアか……。
日陰者には厳しい言葉だ。
自分のやりたい研究だけやっていたいが、それで食べられるわけじゃない。
博物館に所属していてもそうだ。
展示の準備に、ガイドに、質問への対応、雑務は山ほどあるし、何より求められる研究成果もある。その成果を出しやすいから、みんな鳥類をやりたがる。成果を出せない研究者に資金援助してくれるほど世の中は甘くない。しかも、この成果というのは、支援者たちが望むような成果のことだ。
つまり、魔法であり、第三眼球だ。
ああ、嫌な話だ。
「キャリアなぁ……」
僕はいつものように考えに耽っていた。
だから、目の前で振られている手にもしばらく気づかなかった。
「リンリンガル君。また手伝ってもらえる?」
パロットさんは僕の前に立ち、そう言った。
僕は「はぁ」だか「へぇ」だか、そんな感じの曖昧な返事をしたが、後で確認した調査員名簿にはしっかり僕の名前が書いてあった。だからまぁ、そういうことになった。
〇
準備は急ピッチで進められた。
防腐処理用にタクワエガラスの第三眼球を集められるだけ掻き集めて、他にも解剖に必要な機材や道具を荷車に詰め込んだ。
ほとんど夜っぴて準備を推し進めて、移動は雇いの馭者に任せる。徹夜組の僕たちは、揺れる荷台の上で浅い眠りについた。
ちなみに、うちの博物館から参加するのは、
①責任者のパロットさん
②日陰者の僕
③同期のフォックス
という、頼りなさすぎる感じのメンバーだった。
いいんだろうか。
一応は国家規模のプロジェクトだと思うけど。
まぁ、その前例二つが国家規模で人を動員した結果、大勢の研究者のキャリアを閉ざすという大惨事に終わっているのだ。それらを踏まえた三回目ともなると、この程度がちょうどいいのかも知れない。案外もう、みんな期待していないのかも。
そう考えると、肩の力が抜けた気がする。
肩の力を抜いて考えると、ちょっと楽しみになってきた。
そうだ。そもそも、僕は日陰者だし、なくすようなキャリアもない……みたいなことを浅い眠りを繰り返しながら考えていたら、馬車が止まっていた。
「ドープ、いつまでぼんやりしてる。お前も見とけ」
と、フォックスに揺すり起こされる。
僕は荷台で身体を起こし、ゴワゴワになっている関節を解きほぐした。
荷台を跳び下りると、潮風の匂いが鼻先を掠める。
海はすぐそこだった。
小高い丘の上にいるためか、目的地の町もすでに見えていた。白い漆喰の建物が並ぶ、綺麗な街並みだ。そういえば、エイリーン地区は、貴族の保養地として有名だと聞いた覚えがある。綺麗なわけだ。街並み自体が観光資源なのだ。
パロットさんとフォックスは、街道の端に立って浜辺の方を注視している。
僕も彼らの隣に並んでそれを見た。
街並みにも増して壮観だ。
僕は右手の指を立てて、浜辺に打ち上げられているそれに翳した。親指がだいたい六センチ、人差し指が九センチだから……
「ええっと、五十メートルは超えてる。尾の長さを入れたら、八十いくかな?」
「計算したの?」
「ざっくりですが」
「前回の個体は確か三十前半だろ。前々回は二十後半だから、こいつは馬鹿にデカいな。あれの解体、もたもたやってたら絶対に間に合わないぞ。現地のスタッフって、どれくらい仕事振れるもんなんだ? 学生とか言ってたか?」
僕たちはそれぞれの感想を口にした後、馬車に乗り直して目的地に向かった。
それにしても、実物を前にするとキャリア云々とかの考えが吹き飛んだ。ドラゴン。僕たち人間を北部に押し込める生態系の頂点。その生態に迫れるまたとない機会だ。
俄然、やる気になってきた。
〇
町に着いて最初に行ったのは、エイリーン地区の区長さんへの挨拶だった。
場所は街の中央にある区庁舎だ。白い漆喰の壁に、青いタイルで飾り立てられた雅な感じの建物だった。他の建物に比べてひときわ大きかったから、すぐにわかった。
僕たちは応接室で区長さんを待った。
二人掛け用の長椅子にパロットさんとフォックスが座り、僕は椅子の後ろに立っている。
もう一セット長椅子があるけど、あっちには区長さんが座ると思うし。椅子取りゲームに負けた感じになっていた。区長さん、早く来て。
ぼんやり待つことしばし。
五分ほどでやって来た区長さんは、ふくよかな体形のおじさんだった。
区長さんはニコニコ顔と慇懃な態度で言った。
「遠いところ、よくぞお越し下さいました。いやぁ、助かります。これでようやくあの邪魔な死体をどかしてもらえるんですな?」
僕たち三人は「邪魔な死体」呼ばわりにギョッとなる。でも、そうか。研究者でもない普通の人たちにとって、あれは邪魔な死体になるわけか。
国家規模の話が、著しくスケールダウンしていく。
邪魔な死体ってこら。
生態系の頂点も死んだらこの言いざまか。
ちょっと可哀そうだ。
僕たち三人の驚きなんて知らん顔で、区長さんは話を続けた。
「いや~、手前どもの漁師たちは『ドラゴンの死体に触ったら祟りがあるぞ』と嫌がるものですから、仕方なく御上に撤去を依頼した次第でして。こうして専門の方々に来ていただけると大変助かります。それで何日ほどで撤去は叶いますでしょうか?」
「て、撤去ですか……?」
パロットさんが流石に口を挟んだ。
いや、話が違うと。
僕たちはあれの解剖と研究を依頼されて来たはずなのだ。
もちろん、研究のために解体して移動させるだろうけど、あの巨体を一日、二日でどうこうできるわけない。少なくとも、研究資料としての保存などを考えたら、移動させるにしてもそれなりの時間が必要だ。
僕は目の前に座るフォックスに耳打ちした。
「何だか、根本のところで認識の違いがない……?」
「黙ってろ。今確認する」
フォックスは酷い言い草の後で確認した。
「我々はドラゴンの調査に来ておりますので、完全な撤去には時間が掛かります」
「は、話が違います!?」
区長さんは僕たちの台詞を奪った。
そう、話が違うのだ。
区長さんは慌てた表情を隠しもしないで言った。
「あ、あんなものが波打ち際にあったら、うちの区の財政が破綻します!」
「いや、祟りなんてあるわきゃ——」
フォックスは宥めるように言ったが、それは見当違いだった。
区長さんは「違うのです!」と泣き出しそうな顔で言った。
「我が区の財政を支えているのは観光業! 夏の保養地として貴族の方々が足を運んで下さるからなのです。けれど、ご覧になられたでしょう!? あんなでかくて臭い死体が浜辺に転がっていたら、貴族様たちが逗留して下さらない! 夏はすぐそこなのに!」
区長さんの剣幕は大した物だった。
だってほら、フォックスが気圧されてるし。
区長さんの言ってることはわかる。確かにドラゴンの死体が転がっている横で、海に入ろうとは思わないし、死体に縁起の悪さを感じるのも致し方ない。つまり、保養できない。
「わ、我が区としては一刻も早い撤去をッ!!」
区長さんは懇願するように両手を合わせた。
その恥も外聞も捨てた区長さんの姿勢に、フォックスは圧倒されっぱなしだ。僕も似たようなものだったけど。年上の男性が恥も外聞も捨てて来ると、うん、迫力があるね!
そんな状況でも、責任者のパロットさんは落ち着いた様子で答えた。
「わかりました。しかし、ドラゴンの解体と研究は国からの要請であり、人類の歴史で見ても非常に重要な事業なのです。中止するわけには参りません」
「そ、そうは言っても、こ、この区にとってあれは、傍迷惑な死骸でしかない!」
「エイリーン地区のご事情は理解しました。可能な限り配慮させていただきます。浜から離れた場所で、解体が可能な場所はございませんか?」
「そ、それは、漁師たちに確認してみなければ、何とも……」
「場所がなければ、浜で解体することになります」
「そ、そんな! それはダメです!」
「では確認して下さい。その間、我々は移送の手はずを整えます」
パロットさんが言うや否や、可哀そうなくらい慌てて区長さんは飛び出した。
パロットさんはくたびれた様子で首を振っている。
フォックスが「いいのか?」と、パロットさんに尋ねた。
「外貌観察だってやんなきゃいけないのに、いきなり移動は流石に無理が——」
「仕方ないでしょ。事情が事情よ。区長の協力なしに、話を進められない」
パロットさんは「ふぅ」と一息吐いて表情を切り替える。やれることをやる、彼女はそう決めた顔で指示を出した。
「とにかく移送の準備よ。人手と道具が要る。フォックスは人の手配を。ここの学生に協力をお願いしてあるはずだから、可能な限り借りてきて。多すぎることはまずないから」
「今度こそ話が通ってるといいけどな……」
「そう願うわ。私は道具の準備を担当します。それから、リンリンガル君」
僕は話が自分に向いて「あ、はい」と間の抜けた返事をした。そうか。この規模の解体になると、人に指示したり、確認を取ったり、人間関係できないとダメなアレか。
報告・連絡・相談がいるやつか。
ヤバい。それは自信がない。
急にビクビクする。目が泳ぐ。
「リンリンガル君は、ええっと……」
歯切れよく指示を出していたパロットさんが、言い淀んだ。
僕はビクビクして指示を待ってる。
目が泳ぐ。
「とりあえず、死体を見てて」
あっ、これはいろいろ諦められたやつだなと、流石に僕でもわかった。
〇
とにもかくにも。
ドラゴンを見に行けるのは嬉しい。
渉外とか全然ダメだから、という残念な理由であっても。
僕は計測器やら荷物やらを背負い、意気揚々と浜辺に向かった。保養地らしい風光明媚な砂浜をしばらく歩くと、潮風に血の臭いが混ざり始める。
というか、ドラゴンの死体はすでに見えていた。
全長八十メートル級の巨大生物だ。遠目にも悪目立ちしている。
しかし、やっぱり大きいな。魔法生物でないと有り得ないサイズだ。普通なら自重を支えて立つこともできない巨躯だった。にも拘わらず、空を飛び、高速で捕食する。
まぁ、トンデモナイのだ。
笑っちゃうくらい、めちゃくちゃな生き物だ。
迷いドラゴンとか出たら、笑えないくらい被害が出るけど。
村とか襲われたらひとたまりもないし、キッチリ防衛設備を整えた城塞ですら、撃退できたら御の字という怪物だ。
こんな生き物がウヨウヨいるんだから、人類が南部に進出できないのも仕方ない。
ドラゴンの漂着個体に近づくにつれて「およ」と気づく。ドラゴンの巨体ばかりに気が取られていたけど、その近くに人が立っている。
それも団体さんだ。
白いローブ姿の人影が、一、二……四人いる。よく晴れて暖かい中、被り物までしていた。あれは確か、魔法管理委員会の装束だ。だとしたら、彼らは危険な魔法や第三眼球の管理を担う役人だ。ドラゴン・オーブが目当てだろうか。
まだ見つかるとも限らないのに、気の早い方々だ。
まぁ、向こうもお仕事だろうから、渋々来ているだけかも。
ご苦労様です。
考えている内に、漂着個体に到着。
「……さてと」
僕は荷物を下ろして外貌観察を開始した。
外貌観察の目的は、解体前に外貌からできる限りの情報を集めておくことだ。
大きさや性別から外傷や死因など、外から見てわかることも多い。
それらは未知の生態に迫る手掛かりになる。国的にはドラゴン・オーブの発見が最優先なんだろうけれど、生命博物館の研究者としてはドラゴンの生態に迫ることこそ本来の職務だ。
なんて建前のもと、僕は好奇心に駆られるままにドラゴンを見ていく。
先行研究をいくらか読んでいたけど、そのどれにも当てはまらない。
そもそも、八十メートル級なんて文献で見たことないし。
蛇に似た頭部に、長い首、胴体にかけて丸みを帯びてゆき、胴体の終わりから三十メートルほどの尻尾が伸びている。
手足はウミガメなどに似たヒレ状。
水棲だった可能性がある。
もしくは完全な飛行能力を獲得した結果、退化したのかも知れない。胃に捕食した生き物が残っていたら、もう少し判断つきそうだ。
体表は硬い鱗で覆われている。俗にいう竜鱗だ。投石器や弩、魔法による火炎や雷撃にすら耐える代物で、鍛造された鋼の鎧より頑丈との噂だった。
「あ、寄生虫いるじゃん!」
鱗の一枚に手を伸ばし、少しめくってみると、竜鱗の裏側にフジツボのような寄生虫がみっしりいた。この手の固着生物が引っ付いてるのを見ると、やっぱり水棲だったのかな。
「もし、そこのもの」
ドラゴンの観察を続けていたら、後ろから声を掛けられた。寄生虫にテンション上がってたせいか、背後に人がいるなんて気づかなかった。
白いローブと被り物をした女性だった。
彼女の後ろに控えるような形で残りの三人もついてきていた。付き人みたいだ。
「……はぁ?」
僕は鱗を閉じてローブの女性を見る。あれ? まだ子供じゃないか。背も小さい。歳は僕より五つくらい下に見える。被り物から覗く髪は、白銀色だ。このあたりじゃ珍しい。もっと中央の都会に少数いるイメージだ。
あれはそう、お貴族様に多いやつだ。
お貴族様に好まれる髪色だ。
なんてことをまじまじ見て考えていたら、すっごい不審者を見る顔をされた。
いや、悪いのは僕だね。
一方的に僕が悪い。
反省しよう。した。
僕は「失礼しました……」と我ながら虫の鳴くような声で謝る。ローブの少女は、声を掛けたときより五歩ほど後退した位置から言った。
「そのほうは、この区のものか?」
「……いいえ」
「ち、違うのか。ああ~、では、ここで何をしておるか? これは世にも貴重なドラゴンの尊体である。無遠慮に触ってよいものではない。そのことは承知しておるのか?」
「……知ってます」
「で、では、何故そのように触っておるのだ?」
女の子は段々と不気味なものを見るような顔になっていく。
ああ、うん。ごめんね。
応答が下手で。
見ると、女の子の後に控えている三人も若干気味悪がってる。というか、そんなに気味悪がるなら、女の子に対応させないでよ。後ろの三人は、結構いい歳したおじちゃんじゃんか。
危ない橋を女の子に渡らせないでよ。
僕は責任転嫁ぎみにおじちゃんへの不満を募らせる。いや、そもそもは僕が怪しげなのが悪いんだけど。いやいや、でも、僕は悪くないよ。
調査してるだけだし。
うん。そうだ。
そう思い直し、僕は自分の正当性を主張してみる。
「ああ~、いろいろ、ええっと……ほら!」
「ほ、ほら?」
「寄生虫とか、調べてたので!」
僕は鱗をめくって寄生虫がみっしりのところを女の子に見せる。
女の子は「ひぃッ!」と声を上げるなり、白い顔で卒倒した。あ、あれ、これは不味かった?
「「「確保~ッ‼」」」
後ろで控えてたおじちゃんたちが、完全に取り押さえる感じで突っ込んで来る。
ヤバそうなので逃げる。でも、ドラゴンの死体が邪魔で全然逃げられない。八十メートル級の身体を迂回するのは無理。でかい。本当にでかい。
あっ、取り押さえられました。
これは不味いんじゃないでしょうか?