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黄金世界  作者: 藤田 寛
どちらかの正義
5/17

第1話 豆のスープ

 ウルジス大陸中部に位置するサンクオル自治領。

 その領内の小さな農場に、ふたりの男の姿があった。



「なんで兵士のおれが、こんなことをしなきゃいけないんだよ……」


 小さな鎌を手に、草を刈る男の口から、不満の声が絞り出された。

 男の名はアルン・カートライエ。

 金色の髪が汗で濡れ、きらきらと輝く。もたげた顔は、まだ少し幼さを残している。

 アルンはサンクオルの兵士だが、農場の人手不足のため農作業に駆り出されていたのだった。



「まあ、そう言うな。亜人や盗賊の相手をするよりはマシだろう?」


 そうアルンを諭す、もうひとりの男の名はベルシュ・ドルトン。

 アルンとは違い、骨格の逞しい精悍せいかんな男である。

 ベルシュもサンクオルの兵士だが、経験豊富で人望も厚く、若いアルンの面倒を見てやっていた。



「はあ……はあ……農場で働くのが嫌で、兵士になったのに……」


 アルンの額に浮かぶ汗の粒に、青い空が映し出されていた。


 ふたりが農作業の手伝いを終えたころ、青かった空はすっかりオレンジ色に染まっていた。

 アルンは小さな木箱に、ベルシュは大きな樽に腰かけ休んでいると、そこへ農場主の婦人が、何やら両手に持って近づいてきた。


「こんなものしかないけど、食べていきなよ」


 差し出されたのは、木製の器に入ったベンズ豆のスープ。見るからに硬そうなパンが一切れ、添えられていた。

 農民の一般的な食事といえるが、農作業の手伝いの男たちに出すにはいささか粗末で、量も不十分に見える。


「戦争で旦那が死んでから、農場をやっていくにも精一杯で……」


 そう申し訳なさそうに話す婦人の話を、ベルシュがさえぎった。


「せっかくのスープが冷めちまう」


「ああ、そうだね」


 婦人が去っていくと、二人は食事にありついた。


 硬いパンを噛み千切る音が、農場に吹く青臭い風にかき消される。


「この農場も昔はもっと広かったんだけどなあ」


 ベルシュが手を止め、口を開いた。

 アルンはよほど腹を空かせていたのか、黙々と食べ続ける。ベルシュは続けた。


「戦争が終わってやっと生活が楽になると思ったら、そうじゃなかった」


 ベルシュは木製のスプーンで豆をすくうと、それをじっと見つめる。


「貴族たちは豆のスープに飽きるなんて経験、したことがないんだろうな」


 自分のぶんを食べ終えたアルンは、ベルシュの話を黙って聞いていた。


 サンクオルは、5年前まで隣国カナンディラと戦争状態にあった。

 カナンディラ・サンクオル戦争と呼ばれるその戦争は、嵐のように過ぎ去っていった。そしてその爪痕は、今もこの地に生きる人々を苦しめ続けている。

 夫を亡くしたもの……息子を亡くしたもの……アルンも、サンクオルの兵士だった父を亡くしていた。

 新しい領主は政治に関心がなく、貧しい農民たちの苦境を訴える声は、貴族たちがひらく晩餐会の、賑やかな音に溶けて消えた。

 人々の不満は、静かにこのサンクオルの地を満たしつつあった。


「日が沈む前に、警戒所に戻るぞ」


 ベルシュがアルンにそう声をかける。

 二人は、詰めているフォルタン亜人警戒所に戻るため、農場を後にした。

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