プロローグ 神はいずこへ
ウルジス大陸西部に位置する大国、カナンディラ。
貴族から保護を受けた大商人たちが、大陸中から富をかき集め、まさに栄華を極めていた。
その中心都市レンドルク。
有力貴族や大商人たちの豪勢な邸宅が競うように立ち並び、ひとつの巨大な城のような外観をつくりあげていた。
一方で、十分な収入を得られない労働者や、物価の上昇に耐えられない市民が都市の中心部から追いやられ、周辺に貧民街を形成して暮らしていた。
そんな貧民街の一角に、子供たちが集められていた。
ウルジス大陸で広く信仰されているアシュアナ教。そのアシュアナ教の司祭による、貧しさゆえ教育を受けられない子供たちへの授業がおこなわれようとしていたのだった。
澄み渡る青空の下、地面には厚手の布が敷かれ、そのうえに子供たちが、思い思いに座っている。
子供たちの視線の先には、アシュアナ教の若い司祭がいた。
金髪のおかっぱ頭の青年で、紺の祭服に身を包むことから、まだ見習いの身であることがわかる。
その見習い司祭が、分厚い本を片手に語り始めた。
「えー、今日は、みなさんにアシュアナ教の教えを学んでいってほしいと思います。我々はみな、女神アシュアナの子なのです。女神様のことを知ることで、始めてその愛に触れることができるでしょう」
多くの子供たちは、話にあまり関心がない様子だ。前のほうに座る少年が、大きなあくびをする。
「……えー、えーと、伝承によれば、かつてこの世界エルドアナは、黄金世界と呼ばれる楽園だったそうです。大地や空が金色に輝き、それはそれは美しい世界だったといいます。しかし、我々人間が永遠の命や限りない繁栄などを望んだため、女神様はこの世界を去られ、そのため、エルドアナは今日のような、争いや飢餓の絶えない世界になったと伝えられています」
うつらうつらと、居眠りを始める子供まで現れた。
見習い司祭はあたふたと本をめくる。
「…………あー……えー、しかし、古の大賢者ガプラスの予言によると、世界が滅びる間際、女神様は復活され、善良な人々をお救いになり、世界は再び金色の輝きを取り戻すとされています」
ほとんどの子供たちが授業に退屈するなか、最前列に座る一人の少女は、目を輝かせながら、見習い司祭の話を聞いていた。
その少女が尋ねる。
「司祭様。いい子にしていたら、女神様は貧民でもお救いになりますか?」
見習い司祭は、口元にわずかな笑みをたたえ、答え。
「もちろんです」
授業を終えた見習い司祭は、一息つくように空を見上げた。ちょうど、都市の貴族が住む立派な建物の影が、背の低い貧民街に覆い被さろうとしていた。
影に隠れた見習い司祭の表情は、どこか悲しげであった。