第8話 ベルシュの剣
アルンとベルシュは、フォルタン亜人警戒所に戻ってきていた。
早速、エルゼンの村であった出来事をダブリス隊長に報告する。
「おお! 失踪事件をたったふたりで解決するとは! いや、ベルシュ。おまえに任せて正解だったな!」
面倒な問題があっさりと片付き、上機嫌なダブリス隊長。しかし、ベルシュの手柄ばかりが褒められ、面白くないアルンは不貞腐れている。
ダブリス隊長が、その様子に気づく。
「アルン! もちろん、おまえもよくやったぞ!」
ダブリス隊長がそう言うと、ベルシュがアルンの肩を抱いた。
「それで、スケアムはどうなりましたか?」
アルンの肩から手をどけると、ベルシュが尋ねる。
「警戒を強化した影響か、あれ以降大きな動きはない。今のところはな」
「なら、しばらくは暇になりそうだね」
アルンがとぼけてみせる。
「いや、それがな……」
ダブリス隊長の表情が、渋いものへと変わった。
「北東の山岳地帯で、フォンガン族の活動が非常に活発になっているという報告があった。とてもではないが、あのあたりを監視しているオルサー山岳警戒所の兵力では、持ちこたえられそうにないらしい。そこで、この警戒所からも何人か兵を派遣することにした」
「じゃあ、また亜人たちと戦うのか……」
アルンが小さくつぶやく。
「いや、いくのはベルシュだけだ」
「えっ?」
「フォンガン族は、スケアムなどとは比較にならんほど危険な亜人だ。実践経験の豊富な兵だけを送る」
「…………」
アルンは兵舎に戻った。すでに日は沈み、燭台の松明の明かりが兵舎内を照らす。
アルンは地べたに膝を立てて座り、後ろの壁に力なく背中を投げ出す。そして、松明の明かりをぼーっと眺めていた。
松明の炎が揺れると、アルンの影も震えた。
ベルシュが兵舎入り口の布をめくり、なかを覗き込んできた。
無言のまま兵舎のなかに入ってくると、アルンの近くに置かれた椅子に、乱暴に音を立てて座った。椅子ごとアルンのほうに向き直すと、語りかけ始める。
「明日にもオルサーの警戒所に出発するそうだ」
「うん……」
「なに浮かない顔してやがる」
アルンは落ち着きなく手や指を動かし、ベルシュのほうを見ようとしない。
「危険なところにいくんだろ」
「まあ、ここよりはな。でも、おれはフォンガンや、もっと厄介なカナンディラの連中とも戦ったことがあるからな」
「むしろ、おまえがスケアムに食われちまわないか心配なくらいだ」
ベルシュは微笑を浮かべながらそう言った。
「うん、おれ、食われちまうかも」
ふんっと、ベルシュの鼻から息が漏れる。
「だれもが、いつかは独り立ちしなければならない。なあに、一生のお別れってわけじゃない。また会えるさ」
アルンの表情は曇ったままだった。
おもむろにベルシュは立ち上がると、腰のベルトから自分の剣を取り外した。そして、それをアルンに投げ渡す。
アルンはそれを慌てて受け取る。そして驚いた表情でベルシュのほうを見た。
「その剣は特別でな。おれがカナンディラとの戦争に参加していたとき、戦場で倒れていた敵兵からこっそりくすねてきたんだ」
アルンは剣をまじまじと見る。
「カナンディラの工房でつくられた剣だ。サンクオルのなまくらとは比べ物にならない。その剣のおかげで、この国は負けちまったようなもんだ」
「やるよ、おまえに」
「でも、ベルシュの剣が……」
「なに、心配はいらない。向こうで新しい装備が用意されるそうだ。フォンガンと戦うというだけあって、それなりの質のものが用意されるらしい」
「ひとりが何本もいい剣を抱えていてもしょうがないだろう?」
アルンはベルシュから受け取った剣を撫でる。アルンが今使っているものより、一回り大きい。
「大事にするよ」
ようやく、アルンの顔に明るさが戻った。
翌日、ベルシュと数名の精鋭が、オルサー山岳警戒所に出発するため輸送馬車に乗り込もうとしていた。
アルンやシモンら、何人かが見送りにきている。
アルンはベルシュに向け、大きく手を振った。
馬車に乗り込もうとしていたベルシュは、小さく手を振り返す。
輸送馬車が、警戒所から見えなくなる。
アルンの表情は晴れやかで、まるでその日の空のようであった。




