親友。お前男なんだよな?~はい、男の娘です~
俺の親友は可愛い。
身長は150㎝有るか無いか。
濡れ羽の如き漆黒の髪は細く滑らかで、良く手入れがされているのが分かる髪の毛は肩先まで伸ばされていて、朝日に照らされると光沢が鮮やかに彩られる。
容姿も驚くほどに愛らしい。
垂れ目がちの眼は優し気で、何が楽しいのか奥二重の目はいつも微笑まれて俺の姿をその黒目に映りこませてる。
形の良い鼻は小ぶりで、小さなさくらんぼを連想させる唇は少しだけツンと出ていて、笑うと無邪気な笑顔で真っ白な歯を見せる。
口元に添えられた黒子は妖艶さを匂わせる。
更に親友は人恋しいのか、良く抱き着いてくる。
16歳の男子としてはそんな距離感に困惑してしまうし、何度窘めてもすぐにまた抱き着いてくる。
確かに困るが、親友に抱き着かれると親友の少し甘い良い匂いと、柔餅のような柔らかさ、少し高めの平熱と親友の少し熱の籠った吐息が非常に心臓に悪い。
が、無垢な目で見上げられると、俺への信頼から起こしてるであろう行動を思うと優しくたしなめるしか無い。
「ねぇ、蓮は彼女とか作らないの?」
今日も親友と二人っきりで昼食を摂る。
親友は俺の作った弁当に箸を入れると、うっとりとした表情を浮かべ舌鼓を打ちながら箸を進める。
そんな作り甲斐のある反応を肴に、俺も箸を進めながら質問に答える。
「作るも何も、俺みたいな奴と付き合いたいと思う奴も居ないだろう」
「ふ、ふーん。好きな人も居ないの?」
「好きな……」
ふと、目の前の親友が脳裏をよぎるが被りを振る。
「いや、特に居ないな。仮に出来ても余り時間を割いてあげる事も出来ないしな」
「あ。ごめん…」
親友は俺の返答に箸をおき俯く。
事情を知る親友は悪気はないだろうし、単純に友人も少ない、学生らしくない生活を送っている俺を心配しての発言なんだろう。その上で落ち込む親友がどこかいじらしくて、俯く親友の手触りの良い頭に手を置く。
「あっ……」
「気にするな、別に今の生活を苦だとは思ってないし、別に変えたいとは思っていない」
「……うん」
気持ちよさそうに目を細め、口元を緩ませる親友に頬を緩ませつつ梳くように撫で続ける。
「それに、俺は親友とこうして一緒に居られるだけで十分だからな。ありがとな、こんな俺と一緒に居てくれて」
「んひっ」
人相が悪くガタイも良い俺は余り友人が居ない。まず第一印象が悪い上、実際喧嘩をしたことも何度もあるしで怖がられるのは仕方が無いと思う。
それでいて、家庭環境故に家事とバイトで学校以外の時間は埋まっていて付き合いの時間なんてないから。学校には勉強だけしに来ている様な生活だから友好を築く機会が無かったし。
まぁ、自分から積極的に話しかけたりもしなかった所為でもあるのだが、まぁ良いかと思う程度には図太かった。
それにしても恋か。
したことが無い訳では無いが、あれは苦い思い出だったな。
中学二年の頃。俺に話しかけてくれる奇特な女子が居て、その子はとても社交性があって、クラスの中心の様な子だった。
その子は親友と同じように距離感は近かった上、言動も俺に好意があるのでは?と思ってしまったが、周りで同じように思った男子達がその子に告白して玉砕しているのを見て、また、その振られた理由が「友達としてしか見てなかった」と聞いて、俺の淡い初恋は告白することも無く終わったんだ。
「ね、ねぇ……」
「ん?……!」
思い出にふけっていと、頭を撫でられている親友が上目遣いでこちらを見ていた。
迂闊にも頬を桜色に染め目を潤わせているその表情に、俺は生唾を呑むが直ぐに深呼吸して心落ち着かせる。
「その…皆見てるから……」
「あ、あぁすまん」
「ぁ……」
高校生にもなって衆人環視の中で頭を撫でられるなんて、親友には恥ずかしい事だろう、つい妹と弟にやってしまう様にしてしまったが反省しないとな。
とりあえず、お茶を飲んで一息つく。
しかし、改めて思うが、親友は可愛い。
俺が作った唐揚げでてらてらと照らされた唇を開いて、糸引く腔内におかずを入れるその仕草、それを噛み締めた時の美味しそうに微笑む姿、見られてることに気付いて照れて顔を背ける所まで、全てが可愛らしい。
少し前の俺なら勢い余って告白しそうだが、まぁ付き合った所で時間を割いてあげる余裕も無いし俺自身あまり面白みのない人間だからな、付き合った所でと言う話だが。
それに、付き合うとか、告白するとか、それ以前の話ではあるのだが。
「あ!今日蓮の家に行ってもいい?」
「家にか?まぁ今日はバイトが入ってないから良いが」
「ほんと!じゃあ今日はそのまま一緒に帰れるね!あ!金曜日だしそのまま泊って行っても良い?」
泊りか。まぁ母さんも弟妹も親友には懐いてるから家に来てくれたら喜ぶだろう。俺も親友が下の子達の相手をしてくれると助かるしな。
「あぁ良いぞ。ただ問題ないとは思うが一応許可だけ取らしてくれ」
「うん!」
俺は携帯を取り出し母さんに連絡を入れる。丁度休憩中だったのだろう、直ぐに返信が来る。
『良いわよー!久しぶりに朝日ちゃんに会えるなら、ママ今日頑張っちゃう♡』
「頑張りすぎないようにね。っと。お待たせ親友、良いって」
「やった」
親友は心底嬉しそうに小さな手を握ってはにかむ。その姿が可愛くて頬が緩みつい眺めてしまう。
すると親友は耳まで赤くしながら顔を俯かせる。
「その……あんま見ないで……ほしいかも……」
「っ!……す、すまん」
思わず抗いがたい何かが押し寄せ顔を背けてしまう。そりゃ誰だって不躾に顔を眺められるのは気分の良いものでは無い。だが、親友の顔を羞恥に染めながら潤った上目遣いでささやかれるその表情に、得も言われぬ物を感じ、心の中で今日の晩御飯を必死で考えて気を逸らす。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
丁度そこで昼休みが終わる予鈴が鳴り響き、俺と親友は慌てて弁当を食べ終える。
食後直ぐに走るのは気持ち悪くなるが、親友と遅刻ギリギリで教室に戻ったのは楽しいと思った。
◇◇◇◇
キーンコーンカーンコーン……
授業の終わりが告げられ、一日の終わりと共に教室が解放感と共に湧き立つ。
それと同時に凝り固まった肩を回しながら帰宅の準備を進める。手早く荷物を整え、席を立つと隣の席の女子が身じろぎし身を小さくしながら遠慮がちにこちらに視線を寄こす。
その小動物の様な姿に罪悪感を僅かに募らせるが、似た様な反応はいつもされてるから気にしない。実際教室を出るまでの扉までの道にいるクラスメイト達は怯えた様に道を開ける。
思わずため息をついてしまい、それがまたクラスメイト達の肩を撥ねさせる。
面倒臭くなって足早に教室を出る。
面倒くさい。他人が俺に向ける反応は一つだけ、畏怖。
正直学校では気が休まらない。まだバイト先の方が気楽だ。
俺は親友のいるはす向かいのクラスの様子を見ようと足を向けるが、低い声が背後で俺の名前を呼ぶ。
それだけでおおよその要件を察し、めんどくさい気持ちがため息として現れ、仕方なく背後を向く。
そこには予想通り柄の悪い男達が佇んでおり、彼らの中に先日喧嘩を売ってきた男が包帯を巻いて立っている。
「俺らのダチがてめえにやられたって言ってんだよ、覚えはねぇ訳じゃねぇよな」
ため息が出る。自分からガン飛ばすな。と喧嘩を売ってきた癖に返り討ち会っただけだろう。実際怪我をしているダチとやらはにやにやと見ている。
どうやら上級生に泣きついたらしい。あれは3年か、サンダルの色が青だ。
「あぁ、だがそいつが自分から喧嘩を売ってきたんだ。俺は正当防衛をしたまでで、恨まれる筋合いはないと思うが」
一応弁明してみる。だがこの手の輩はまず話を聞かない。古き良きヤンキーと呼ばれる種族は仁義を通すものらしいが、そう言った手合いは見たことが無い。犯罪者崩れの様な奴ばかりだ。
「しったこっちゃねぇよ。それにてめぇは前々からムカつくと思ってたんだよ、一年坊の癖にでけーツラしやがって」
本当に面倒くさい。
俺は男達に誘われるがままに人気のない校舎裏に向かう。
迎えに行かなかったことを親友は怒るだろうなぁ、今日は親友の好きなオムライスでも作ってあげるか。
「とりあえずここまでくりゃぁ良いか……ツー事で、おらぁ!」
人気が無いと見るや否やいきなりリーダー格の男が殴りかかってくる。
遅いし腰が入ってない、こんなのうちの道場の人間なら3日で卒業するレベルだ。
殴られる拳に流す様に手を添え、そのまま脇に挟み引き攣り込み地面に叩き付ける。呻き声を上げるが無視して顎にかかとを落とす。こういう手合いには容赦はしない、徹底的に潰す。
呻き声を上げて足元で蹲る男を余所、周りで固唾を呑む男達を見回す。
「どうした、怖いなら帰っても良いぞ」
嘲笑のオプション付きで吐き捨てれば、男たちは激昂して殴りかかってくる。
何発か貰う覚悟はしつつ、今日はスーパーが卵の日だったな。と現実逃避する。
◇◇◇◇
結果的に、喧嘩は俺の圧勝だった。
足元では殴りかかってきた男達が蹲っている。まぁ正当防衛だし、過剰防衛になりすぎない程度に痛めつけたし暫くは関わってこないだろう。
何発か貰ってしまって、垂れた鼻血をポケットティッシュで拭う。
「おい、二度と俺に関わるな。次関わったら骨おるぞ」
蹲る男達に吐き捨てながらその場を後にする。
歩きながら携帯を見ると親友から幾つも連絡が来ている。段々ひらがなになっていくメッセージに目を通しながら電話を入れる。
『れんくん?どこぉ?どこにいるのぉ?』
「すまない、少し急用が出来てな。まだ学校には居るんだが、まだ校内か?」
『うん。れんくん探してて…皆に聞いても教えてくれないし、置いてかれたと思って悲しくて…連絡つかないし』
「それはすまない、どうしても手が離せなくてな。まだ校内なら校門で合流しないか?」
『うん!行く!』
泣きが入った声で抑揚なく電話に出た時は焦ったが、置いてった訳では無いと説明して声に生気が戻った。
一安心し、目の前の校門に背を預ける。
その間に下の子達のキッズ携帯に電話を入れる。
『もしもしお兄ちゃん?』
「お兄ちゃんだよ、今翠は近くに居る?」
『うん、横に居るけど』
『にーちゃーん!今日は唐揚げが良い―!』
『うるさい!叫ばないで』
翠と藍が電話越しに喧嘩するのを窘める。そしてすまんな翠、今日はオムライスだ。
「今日は朝日が泊りに来るから、帰ったら風呂掃除をしておいてくれるか?」
『朝日ちゃん来るの!?ホント!?』
『朝日ねーちゃん!!俺先帰る!』
『こら!待ちなさい翠!!危ないでしょ!!あ、お兄ちゃんお風呂掃除ね、分かったよ。他に何かある?』
お姉ちゃんしている藍と、走った先で項垂れる柴犬の様になりながら立ち止まる姿を想像し頬を緩ます。
「特にないよ、帰り道気を付けてな。車と不審者には特にな」
『はーい!』
電話が切れると、背後から走り寄ってくる音が聞こえる。そして喘ぐ声で誰だかわかり、壁から離れる。
「蓮君!!」
「うおっ!?」
走り寄ってくる親友はその勢いのまま俺の胸に飛び込んでくる。それはまるで近所に住む野良柴の如き勢いで。
しかし柴犬と違うのは、尻尾は振り回されおらず俺の腰を折らんばかりに抱きしめ、上げられた顔は悲しみに暮れているが目の奥が酷く昏く濁っている事だ。
「蓮君どうして置いてったの?連絡しても出てくれないし寂しかったんだよ?ねぇ僕嫌だよ、蓮君に見捨てられて置き捨てにされるのだけは嫌だ。それ以外ならなんでもいいから離れないで」
「まてまて落ち着け!電話に出れなかったのは手が離せなかったからで、決して無視した訳じゃない!それに離れないから!大丈夫だから!」
「ほんとぉ?」
俺は脂汗を滲ませながら首が取れんばかりに首を縦に振る。
そこまでして漸く親友は目にひかりを取り戻す。
俺の親友は寂しがり屋だからか、時々こうやって暴走することがある。それ自体は好意を持たれていると感じて嬉しいのだが、如何せん怖い。
喧嘩と勉強とバイトしかしてこなかった俺ではこういった事に対する感情の機敏が分からないが、朝日がこうなるのはパターンが決まっている。
俺が親友に連絡も入れず離れてしまう時、俺が女性と親しく話している時などだ。
焼き餅?と思った時もあったがいやいやまさか。と否定する。
前者に関しては大体俺が悪い。親友を近づけない様に喧嘩していたりが大半で心配させてしまうし、後者に関してはやはり焼き餅か?と疑ってしまう。俺が数少なく普通に話せるバイト先の常連さんと話しているのを親友が見ると機嫌を悪くしてしまう。
その度に、ダメ出しをされるから俺の対応が悪いのだろう。忌憚なくダメ出ししてくれる親友には感謝だ。お陰でコミュニケーション能力が着く、学校ではボッチなのに。
「とりあえず、帰ろう?な?」
「……うん」
親友は渋々と言った感じで腰から離れるが、何故かそのまま右腕に腕を絡める。
「親友?」
「なーに?」
親友は何でもない様に言いながら更に腕を絡め、俺の右手に自分の左手を滑り込ませ。
「!?」
あろうことか親友は俺の手に指を絡めて来た。そして親友は驚く俺を悪戯が成功したような笑顔で見てくる。
その顔を見た時、俺は羞恥と共に、してやられたという思うが、直ぐに悪戯心で返す。
「にゅっ!?」
俺は絡めた親友の手を更に握りしめる。さっきまでは添えられる程度だったが、今はしっかりと握りしめられている。
親友は驚きの声を上げ顔を赤く染めるが、おずおずと上目遣いに俺の顔と結合部を見比べ、へにゃ。と蕩けた様な笑顔を浮かべる。
っっっ!!!!!!!!!!!
落ち着け俺。背骨を電撃が伝わり、脳みそが停止しかけ下腹部の安全装置が外されるが、直ぐにバイト先の業務内容を復習し、それでも足りず必死で下の子達の成長記録を思い起こす。
お兄ちゃん、兄ちゃんと無邪気に慕ってくれる天使たちの姿を思い出し邪念を払う。
ふぅ。大丈夫だ。安全装置は掛け直された。
「し、親友!今日は卵が一人一パックで安く買えるから着いて来てもらえるか!?」
「え?あ、うん。良いよ」
「あぁ、助かる」
「あ、でも着替えとかどうしよ」
「この前止まった時に買った下着があるからそれを使えば良いだろ、服は俺のを使えばいい」
「蓮君の……うん」
駄目だ、親友が可愛すぎる。
気恥ずかしそうに俯きながらも、はにかみながら頷く姿が可愛すぎる。
俺はひたすら雑念を浮かべない様にしながら、スーパーまでの道のりを急いだ。
繋がれた手が熱いのは夕焼けの所為にしたい。
◇◇◇◇
俺たちは今スーパーで晩御飯の材料を選んでいる。夕暮れ時だから、賑わっていて活気が良い。
俺は繋がれた手を離して籠を手に取る。
「あっ…」
親友が寂しそうな声を上げるからどうしたのかと聞くと、親友は何でもないと被りを振り、いたずらっ子の様な嗜虐的な笑みを浮かべる。
「蓮君今日は何にするの?」
「オムライスにしようと思っている」
答えると親友はにやにやしながら玉ねぎを選ぶ俺の顔を覗き込んで来る。
「それって、僕の好物だから~?」
「ああ」
「っ!……ふ~ん、そうなんだ~」
横を見ると親友が口元をニマニマさせながら髪の毛を弄っている。可愛らしいな、と思いつつ他の食材を手に取っていると親友が横に並んでこれが良いあれが良いと口を挟んでくる。
実際、大振りだったり艶の良い物を目ざとく見つけてくれるお陰で良い買い物が出来る。
手早く今日のメインである卵を二パック確保し、二人でお菓子とかを選ぶ。
「ねぇねぇ蓮君」
「なんだ?」
俺がしゃがみながら下の子達の好きなお菓子の新味と定番味を見比べていると、親友の声がつむじに降りてくる。
「こうしてると僕たち恋人みたいだねぇ?」
「ぶっ!?」
思わずむせてしまった。このお菓子は両方買い取るしかない。
それよりも親友だ、俺は親友の審議を確かめようと見上げると、親友は楽しそうに目を細めている。
「い、いや。そうは見えないだろう」
「どうして?二人で晩御飯の材料選んで、なんか同棲中みたいで楽しくない?」
思わず親友の言葉通りを想像してしまう。
甘美だ。
違う!違う違う!そもそも違う!
「恋人も何もお前は男だろう!!」
俺の言葉に親友は悲しそうにしなを作りながら、泣き真似をする。
「そんな、無理やり男装さした癖に…それを叫ぶなんて……」
よよよ。としなを作り、やや大きな声で話す親友。はっと気づいて周りを見れば子供の目を隠す母親や、俺に蔑みの目を向ける女性、憤慨する男性等四面楚歌に陥っていた。
気づいた時には時すでにお寿司。親友は楽しそうに嗜虐的な笑顔をその覆う手の向こうに浮かべていた。
やりやがったな!と思いつつ、親友の手を取り逃げる様に会計に向かい手早く袋詰めを終え外に逃げ出す。もうあそこのスーパー行けねぇ!!
外にでて漸く親友は演技を辞めるが、徐々に押し殺した笑い声を上げ最後には大声を上げて笑いだす。
「あはははは!!蓮君凄い顔!!あはははははは!!」
「笑いごとじゃねぇよ、もうあのスーパー行けねぇぞ」
「くっふふ、ふふ…はぁ、ごめんね、つい」
ついじゃねぇよ。と言いたくなったが、こういう冗談は今に始まった事では無いから別に問題ない。本当に洒落にならない冗談は決してしない奴だから、あれだって明らかに演技と分かる感じだったから何人かは微笑ましそうに見ていたのを気づいてる。
「ごめんね?お詫びに荷物持つよ」
「いや、軽いから大丈夫だ」
「むぅ、なんか持たせてるみたいで嫌だ」
親友は優しいから頑なに俺の右手の買い物袋を持とうとするが、それを固辞する。どうせ家までそんなに離れてないんだ、別に重たくも無いから華奢な親友に持たせる必要は無い。
「……手を繋ぎたいって気づけよバカ」
「親友?」
「ふん!」
「痛ってぇ!」
親友が呟いた言葉は大型トラックの騒音にかき消されて聞こえない。親友は不機嫌そうに俺の腰にパンチを入れ駆け出す。
対して痛くはなかったが、俺は親友の後を小走りで追う。
◇◇◇◇
「っあぁぁ~」
湯船につかると溢れたお湯が豪快な音を立て溢れ、年寄りじみた声を上げてしまう。これは仕方ない事だと思う、日本人の魂に染みついてるんだ。
あの後、親友と帰宅した俺は手早く晩御飯の準備に入った。
下の子達は12歳、小学6年生だから邪魔はしてこないが、藍なんかは率先して手伝ってくれるし、翠も布巾掛けなんかを手伝ってくれる。ただ二人ともやる気はあるのだが、悲しい事に結果が伴わない。
別に足元がおぼついている訳でも注意散漫という訳でも無い、ただ何故か双子なのに息が合わない。それはもう藍が皿を持てば雑巾で机を拭いている翠の手の上誤って乗せて皿をひっくり返したり、翠に皿を持たせようとすれば雑巾を放り出し、その先に何故か藍の脚があってすってんころりん。
片方だけ手伝わせれば良いと思わなくも無いが、それは不公平だ。と蟠りを作るのもよろしくない、それに手伝いをしてくれる好意を無下にはしたくない。そんな訳で、二人を最悪感なく手伝いから離せる大義名分があると非常に助かる。
親友に翠と藍を見てもらっている間に手早くオムライスを作る。
その間に丁度仕事を早くに切り上げた母さんが帰ってきて、親友を猫かわいがりする。騒がしくはあるが、普段よりも早い時間に家族全員で、最早家族みたいに溶け込んでいる親友と共に食卓を共にする。
俺はその後皆に一番風呂を譲ってもらい、熱湯に身を沈ませ全身を弛緩させる。
そんな俺の耳に届く衣擦れの音、しかし脳が蕩けている俺は反応が出来なかった。漸く反応できたのは浴室の扉が開けられた時だった。
「………………は?」
そこに現れたのは一糸纏わなく身体を、バスタオル一枚で隠した親友だった。
「背中流そうと思ったけどもう洗っちゃった?」
「あ、あぁ……」
「そっかー」
脳みそが蕩けている俺は完全に思考停止している。
そんな俺を余所に、髪を纏め綺麗なうなじを晒している親友はバスタオルを横に置いて椅子に座りシャワーを浴びる。
その所為で親友の桜色の蕾や無毛の桃尻、更にその容姿から想像できない、男の象徴である可愛らしい…………。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
「きゃあ!?蓮君!?」
俺は脳みそだけでなく理性までもが蕩ける前に必死で飛び出す。
その時親友の視線がやや下に向けられていたのは必死だった俺には気付かない。
にやにやする母さんに文句を言いつつ、母さんの為に買ってきたアイスを目の前で食べ、泣きそうになっている母さんを背に私室へ向かう。
◇◇◇◇
俺は今猛烈に悩んでいる。
親友の布団を俺の寝室に敷いている。これは以前泊まった時と変わらない。
だが、だが直前の光景が脳裏から離れない。
新雪の様なシミ一つない美しい肌、かき上げられた髪は水を吸い肌に張り付きうなじが晒され、桜色の蕾は上を向き小ぶりだが形のいい桃尻は椅子に座る所為で形崩れ、シャワーで温められたからだろう、肌は上気しほんのり桜色に色づき彩を出し。
なにより愛らしいさの中にある異物の筈の象徴は小さく、逆にそれが背徳感と情欲を…………。
「蓮君?」
「キャアアアアアア!!」
「きゃあ!?」
耳障りな男の悲鳴と同じはずなのに、違和感のない小さな悲鳴を上げる親友。
思わず俺は流れる様な土下座に入る。
「ごめんなさい!違うんです何も妄想してないです!!」
「え?蓮君どうしたの?顔上げて?え?」
慌てる親友に起こされて顔を上げる、目の前には親友の顔が吐息が掛かる程に近くに。
風呂上りだから髪はしっとりと濡れていて肌に張り付いている、肌は桜色に色づいていて健康的だ、唇は瑞々しく愛らしい。
それに何より目に毒なのは俺のTシャツを着ているのだが、サイズが合っていないから胸元は大きく開いてるし裾が腿まである。その着られている感が何故かとても愛らしく来るものがある。
慌てて目を逸らすも親友に寂しそうにどうしたの?と聞かれれば心に刺さる物がある。
「な、なぁ朝日さんや」
「なーに?」
「そのな……服なんだが…母さんの物にしないか?」
「やだ」
俺の提案はすげなく断られる。
「な、なんでだ?それサイズあってないだろ」
「うん。でも蓮君のが良い」
んんっ!!
優し気に、母が子を思うかの様な笑顔で言われれば何も言えない。
落ち着け、落ち着くんだ。
親友は男。そう、男だ。…男なのか?漢ではないが男でもないかもしれない、もしかしたら男かもしれないけど確かにあれは男の子だった。
「な、なぁ親友」
「なーに」
楽しそうに目を細める親友にわなわなと口を開く。
「お前、男なんだよな?」
その質問に親友は心底楽しそうに笑みを浮かべる。
その時、雲に隠れていた満月が顔を出し、月を背負った親友が月光に照らされる。
それはまるで月の女神の様に美しく、妖精の様に儚げで、月の光が狂わせる。
「そうだよ。僕は男の娘だよ」
俺は友達が少なくて、不本意だが喧嘩が強くて、バイトと勉強で忙しくて、家族が大事で、ごく普通に女性が好きな男の筈だ。
これは満月の所為だ。満月が俺を狂わせる。
だがこの立花 蓮。決して惑わされない!俺はノーマルだ!!