実戦より後処理の方が大変ってそれ皆言うから
あの日、私が聖女として召喚された日の戦い――化け物と世界の存亡をかけた戦いは、化け物の撃破、人間側の勝利で終わった。
血みどろで焦げ付いてて、毒塗れで、けれど、私の奇跡が発動してからの死者はいなかった。私が来る前に死んだ人はいる。もう少し早く来ていれば、なんて私が言うのは聖女の傲慢だし、誰も言うことはなかった。
それどころか勝鬨を上げてから、即行で打ち上げに入り、陣にあった気付け用酒を飲むに飲んで吐いて騒いで喜んで涙して――次の日大体の人間が吐物の酸っぱさの中で目を覚まし、もらいゲロをして世界救済の余韻を台無しにした。
私もゲロの海で目覚めるという最悪の目覚めだったが、聖女パワーのおかげか頭痛も吐き気もなく起き上がることができ、二日酔いをしている連中を助けて回った。その中には召喚されたときに跪いていた男もいたし、あの絶望的な空気の中、最前線で戦い続けていた王様の姿まであった。
「一番偉い人が最前線に出るのはダメでしょう!?」
「世界滅びるんだぞ? 切り札を惜しんでどうする」
そういう切り返しをされて、なるほど、こういう人が王様というのだろうと納得した。
さて、そのあとはというと、私は歓待され、まず説明を受けた。この世界がどんなところで、どんな状況にあって、どんなふうに救われたかだ。
この世界は私の主観からすると、自然の脅威と共存する魔法と剣のファンタジー中世ヨーロッパ世界だった。よくあるタイプの異世界だが、おそろしい魔物はいても人間たちの国に進軍する魔王はいない。その代わりにあの化け物のような災害が千年に一度ほど訪れるという世界だった。
あの化け物はいくつもの国を飲み、海を焼き、山を溶かし進んでいたらしい。意思の疎通も図れず、ただ壊しつくす災害。もう世界中の誰もが絶望し、このまま滅びるしかないという状況でも、王様たちは立ち上がった。そしてたくさんの民が住む王都には踏み込ませないと移動にひと月ほどかかる距離の荒野を陣取り、討伐に乗り出した。
それから呼び出された聖女のことだが……私は、やはりというかなんというか、特別な存在ではなかった。
聖女として呼び出された女性の数、なんと、七人。この世界で、ではない。この王国だけで、である。この世界は割と聖女を簡単に呼べる世界らしく、召喚士の資格を持つ騎士はそれなりにおり、彼らは一人で聖女を召喚・帰還させるだけの力を持っているようだ。
とはいえ、相性がよくて性能はピンキリという前提はつくらしいが、それでも人ひとりを呼び寄せて戻す力は純粋にすごいと言えた。
そんな聖女たちだが、私以外誰一人まともに戦えなかった。
一人目は早い段階で王様が呼び出し鍛え上げてから共に戦場に出たが、化け物を視界に入れるなり悲鳴を上げて、召喚者がいなくても危険が及べば逃げられるようにあらかじめ用意されていた帰還用アイテムを使い早々に元の世界へエスケープ。
二人目、緊急事態だと騎士団長が呼び出し、即座に絶叫、断って元の世界に帰った。
三人目、腰を抜かし気絶したため元の世界に帰した。
四人目、散々罵倒して泣き叫んで助けを乞うて元の世界に帰った。
五人目、失禁し、半ば発狂。帰還させざるを得なかった。
六人目、逃げまどい化け物の攻撃から召喚者が庇って怪我をしたが帰還はできた。
二人目から六人目。それがものの十分の間の出来事だというのだから笑えない。そして彼らは聖女を呼ぶのを諦め、しばらく戦ったが、まあ無理だよねってなもんで。私が七人目。どうやら私の前に跪いていた男――ヴァルターさんが召喚したようだ。
どうりで誰も私に期待する目なんて向けないわけだ。六人もそんな状態が続いてしまえば聖女なんて役に立つわけがないと誰もが切って捨てるだろう。寧ろ八つ当たり的に物理的に切って捨てられなくてよかったと思うくらいだ。
逃げられた彼らには言えないが、同じ世界から呼び出されたかもしれない聖女たちが無事に皆帰れてよかった。精神的にはアレなことになっているかもしれないが、その、まあ、死んでないし、怪我もしていないようだった。私の前の聖女が死んでました、とか言われたら後味が悪すぎて爆発しそうだ。
と、そんなこんなで勝利を収めた聖女様はもてはやされるのが通例だが、まずはうちの聖女がやりました!とあちらこちらの国に宣言して、マウントを取るところから始めるらしい。
世界滅亡の危機は去ったが、人間がいる限り世界の平和は訪れない。
私は、とても、空しい。多分この説明をされたとき、ものすごい不細工な顔で王様を見てしまった。
いやね、こういったことに詳しいわけじゃないけど、言いたいことはわかるのだ。滅んだ国の領地を残った国で分割するにあたって、うちがどれだけ世界平和に貢献したかをアピールして、自国に有利な条約やらを取り付ける必要があるのも、今回の化け物戦で国力が疲弊したのも、素人で知識の浅い私にもわかる。わかるけども、なんとも言えない気持ちになるのだ。
というわけで、王様からは落ち着くまで元の世界に帰らないでいてくれると嬉しいと言われた。だよね。もっと混乱するよね。聖女が帰れば今度は国同士の戦争で領地争いに明け暮れるよね。
でもさ、一番目の聖女って王都を出立するときもいたわけじゃない? その聖女じゃない聖女が戻ってきたら、国内、というか王都、すっごい微妙な空気にならないかな……?
そんな心配事を言ったところで、世界を救ったのは私に他ならず、王様も考えがあるそうなので気にしなくていいとのことだった。
とりあえず王様が私の身分は保証してくれるし、この世界における聖女や貴族、様々な国のことなどいろいろと教わった。でも一番初めに教わったのは敬語や敬称を用いないことだった。聖女は王侯貴族たちとは違う偉さを持つらしく、誰にもへりくだってはいけない、とかなんとか。まったくもって異文化である。
いろんなことを教わりながら、戦死者の埋葬などここでしかできないことを終わらせ、私たちはひと月かかる帰国の途についた。
そしてその途中、危険なことのない他愛もない日常が続いたおかげか、馬上で急に冷静になり、いたたまれないほど恥ずかしくなった。
聖女であることを受け入れて、当然のようにふるまって、雷や回復を降らせて、よくわからない正義感を振り回して。それを今思い出すと、たまらなく恥ずかしかった。しかもこれ、聖女として後世に語り継がれるかもしれないのだ。こわい。黒歴史の規模が大きすぎる。
私は聖女なんて大層な名前を付けられるべき人間ではなく、アドレナリンどばどばで空気に酔って悲劇のヒロインごっこに興じていただけに違いなかった。
「聖女様、どうかされましたか」
「い、いや、なんでも、ない……」
補助するべく横を歩いていたヴァルターさんにそう聞かれ、ぎこちない動作で首を振った。場の空気に流されて自分の身の上事情に酔っていたとしか思えない行動を思い出して羞恥心に駆られていた、なんて言えるわけもない。それを言うと恥の上塗りになるだけである。
「もしや、今後についてご心配を……?」
余程深刻そうな顔でもしていたのだろう。ヴァルターさんは武骨な武人ではあるが、大変気の回る丁寧な人物であるため、私のことを心配そうな顔で見ていた。
「いや、そんなことはないよ。王にも色々と気にかけてもらってるし、たぶん、大丈夫だと思う」
「もし何かあれば微力ではありますが自分にも協力させてください。巻き込んだのは自分です。必ずあなた様の幸せは守ってみせます」
「ふふ、」
「……何か、おかしなことを申しましたでしょうか?」
「ううん、ありがとう。ただね、プロポーズみたいな台詞回しだと思って」
軽口で返すと、ヴァルターさんは目蓋をぱちぱちと開閉させて、それから慌てて首を横に振った。
「そんな不敬なことを申し上げたつもりはなく!!」
「わかってるって。婚約者もいるんでしょう?」
ヴァルターさんの婚約者についてはそれなりに詳しかったりする。なにせ周りの騎士たちがこれでもかと教えてくれるのだ。政治的な理由からなのか、それとも出世間違いなしのヴァルターさんに対する嫉妬からなのか、あいつとはくっつけないぞ、という意思を小娘の私が感じるほどに婚約者の話を聞かされた。
王様から始まって騎士団長さんに繋いで、そうやって七番目に召喚するくらいだからヴァルターさんは高過ぎず低すぎない位なのだろうとは思うし、世界を救った聖女の影響力が大きいのは言わずもがななので、結婚なんてされたら容易に力関係がひっくり返りそうなものではある。
ただ、出会ってまだ数日の仲である。いい人なのはわかっているし、劇的な出会いだったのも間違いないが、救われた側であるのならばともかくとしても救った側の私が彼とどうこうと色恋沙汰に発展することはなかった。
だから彼にすごい美人でスタイルのいい婚約者がいるって聞いても、リア充死滅しろとしか言いようがないっていうか……ズルじゃん? 私もイケメンの恋人が欲しいな、と思うくらいである。
「あ、いえ、彼女とは……」
「え、ご、ごめん。もしかして触れちゃいけない話題だった?」
「いいえ、婚約者とは今回の戦に出る前に婚約を解消してきたのです」
「なるほど……そういう」
たとえ倒せたとしても生き残れないか、不具になって帰ってくる可能性もある。その状態で帰って来て、解消になれば婚約者が冷たい女扱いされることは想像に難くない。
「ヴァルターは優しいんだね」
言えばヴァルターさんはすこしだけ黙り込んで、ありがとうございます、と困ったように笑った。信じていないというよりも、納得できないと言ったような表情に、つい私は笑ってしまった。
今ならわかる。あの時、私を召喚したときの、あの不躾とも言える質問はきっと私を帰すための言葉だった。あの危機的な状況で、小娘のことを思って、安全な異世界に戻してやろうとしたはずだ。この何日かで彼の人となりを理解すれば、そんなふうにしか考えられなかった。彼はそれほどに優しい。
なら初めから呼ぶなという話では、あるのだけれども。あんなに聖女たちに逃げられても、世界を救える聖女が来るという希望も捨てられなかったのだろうと思う。
「ヴァルターは優しいよ」
きっと召喚したのは、他でもない、世界のためだったから。きっとヴァルターさんは泣き叫ぶ聖女たちを見て、聖女を呼びたくないと思っていたから。推測でしかないことだけど、私の中ではそれが真実だった。




