思ってたのと違う 1
「全っ然、人が来ない・・・」
簡素な台に乗せられた球状のダンジョンコアに手を触れながら、ダンジョン内部の様子を周辺に映していたカイは、そこに映る人っ子一人やってこない様子にがっくりと肩を落としていた。
「なにか仰られましたか、カイ様?」
「あぁ、いやその・・・全然、人がやって来ないなと。私がここに赴任して、もう一週間も経つだろう?その間に、どれ位の人がここに訪れた?」
独り言のつもりで呟いた言葉を聞きとがめられ、カイは慌てて背筋を正して鷹揚に自らの椅子へと腰掛けなおす。
彼の方へと顔を向け、穏やかに微笑むヴェロニカには不審な様子はない。
その様子に安堵したカイは、彼女にこれまでにこのダンジョンへと訪れた冒険者の数を尋ねていた。
「そうですね・・・先日雨宿りにこのダンジョンへと訪れた方は、すぐに立ち去ってしまいましたし、数に入れていいものかどうか。カイ様の言いつけどおり、もっと奥に踏み入れたくなるように様々な手段で誘引してみたのですが・・・彼にはそれが逆効果であったようで、申し訳ありません」
このダンジョンに来て以降は、彼の秘書のような仕事をしてもらっているヴェロニカは、唇に指を当てて記憶を掘り起こすと、ダンジョンに訪れた人物について話し始める。
ダンジョンに着いた当初、彼女はその支配下のアンデッドをダンジョンに提供し、その運営を行う役を申し出ていた。
しかしアンデッドに溢れかえるダンジョンはカイの構想とは違ったため、すぐさまその案は却下される事となり、仕事のなくなった彼女はこうして秘書の仕事を仰せつかっていた。
(大体、ヴェロニカが使役しているアンデッドって、ゾンビやスケルトンとかだろ?そんなのが多少増えてもなぁ・・・)
カイからすれば、ヴェロニカが支配する程度のアンデッドをダンジョンに配置しても何の意味もないと考えており、それよりも見目麗しい彼女がこうしてずっと傍にいてくれる方が有益であった。
「あぁ、いいんだ。努力はしてくれたのだろう?それで・・・その彼以外は?」
「それは、その・・・も、申し訳ありません。その男以外に、このダンジョンに訪れた者はおりません!かくなる上は私が―――」
「ま、待てヴェロニカ!?そんな事しなくていい!大丈夫、大丈夫だから!!」
まともにダンジョンに立ち入ったとも呼べない男の話を聞き終えたカイは、その先の事を薄々予感しながらも、他に訪れた者はいないかとヴェロニカに尋ねていた。
カイその声にヴェロニカは明らかに動揺した様子を見せると、深く頭を下げる。
それだけならば問題なかったが、頭を上げた彼女の顔には何か決意した表情が浮かんでおり、そのまま外に向かって飛び出して行こうとしてしまう。
彼女のその動きに、慌ててカイは立ち上がりそれを止めようとするが、身体能力の違いにずるずると引き摺られてしまっていた。
「おぅ、旦那!適当に見繕ってきた連中を・・・っと、取り込み中だったか?悪い悪い」
「セッキ、丁度良い所に来た!ヴェロニカを止めてくれ、彼女は錯乱している」
ダンジョンの最奥の間にある隠し扉を開けて、ダンジョンコアが安置されている部屋へと入ってきたセッキは、その中の様子に慌てて引き返そうとしていた。
確かに上司とその美人秘書が縺れ合っている姿を見れば、その反応も無理はないのかもしれない。
しかし彼女をこのまま外に出す訳にもいかないカイは、彼を必死に引き止めてヴェロニカを止めるように命令を下していた。
「いいんですかい、旦那?それじゃ・・・姐さん、しっかりしてください。旦那の前ですよ、あんまり取り乱した姿を見せちゃ・・・」
「私の、私のせいでカイ様が失望を・・・かくなる上は私が誘惑して、いいえいっそ殺してアンデッドにしてしまえば・・・うふふ、うふふふふっ!」
カイの言葉とヴェロニカの振る舞いに戸惑うセッキは、しかし上司の命令が優先と彼女の肩を掴む。
圧倒的な膂力を誇るセッキにかかれば、身体能力自体は人間とほとんど変わりのないヴェロニカは為す術もなく捕まえられてしまう。
彼はヴェロニカの耳元に口を近づけると、カイの方に目線をやりながら彼女を正気に戻そうと囁きかける。
しかし彼の耳に聞こえてきたのは、彼女の口から漏れる恐ろしい妄言だけで、彼はこれは駄目だと頭を抱えることしか出来なかった。
「こりゃ駄目だ。しばらく治りそうもないですなぁ・・・旦那、いいですかい?」
「あぁ、頼む」
「それじゃあ・・・おい、お前!姐さんを自室まで送り届けろ。これはカイ様の命令だ、しっかりと確実にこなせ。後、丁寧にな。姐さんは、お前と違ってか弱いからな」
ヴェロニカの取り乱した様子に、しばらくは正気に戻りそうもないと判断したセッキは、カイに目配せを送る。
その意図を察して頷いたカイに、セッキは開いたままの隠し扉へと振り返ると、その先に居たオーガへとヴェロニカを自室まで送り届けるように命令する。
狭い隠し通路にその巨大な体躯をのっそりと押し込んできたオーガは、このダンジョンのボスモンスターだ。
当初こそ、セッキにその役をやってもらおうと考えていたカイであったが、彼の強力すぎる力を思うとそれはあまりに過剰だと思い直し、召還したモンスターをその役に当てていた。
「さてと・・・あれ、何しに来たんだっけか?あぁ、そうだ!旦那、あんたに言われたとおり適当な奴を見繕って連れてきたぜ」
「そうか。それでどんな具合だ、セッキ?」
当初予定されていたダンジョンボスという役割を他に譲ったセッキは、カイから周辺の魔物をスカウトする役目を与えられていた。
セッキの実力を思えば、この辺で彼を脅かすような魔物はいるとは考えられず、またその圧倒的な力は現地の魔物を屈服させるのには十分だろう。
そう考えたカイは、ダンジョンコアの魔力消費を抑え、かつダンジョンの強化を図れる策としてそれを実行させていた。
「そうだな・・・ゴブリンたくさん、オークそれなり、トロールを一・・・二匹だったか。まぁ、そんな所だな」
「結構な戦力だな。正確な数は後でヴェロニカに調べさせるとして、当面の寝床をどこにするかな?確かあのフロアに・・・」
「なぁ、旦那よぉ。こんなに戦力を集めて、あんたどうするつもりなんだ?ダンジョン防衛の戦力に当てるのかと思ってたが・・・敵なんて、一向にやってきやしねぇしよぉ」
「うっ!?そ、それは・・・」
セッキの疑問に、カイは思わず言葉を詰まらせてしまう。
防衛戦力を外から補充することで魔力の消費を抑え、他の事にそれを使おうと画策していた計画も、ダンジョンを訪れる冒険者が皆無であれば、過剰な戦力にもなる。
カイにはせっかく集めさせた戦力の使い道を、彼に説明することが出来ずにいた。
「いやいや、皆まで言わなくても分かってるって、旦那。戦力を整えて、周辺の村や町を占領しようって魂胆なんだろう?で、いつ決行するつもりなんだ?もっと戦力を集めてからか?」
「なにを?い、いや・・・ばれてしまっては仕方ない。しかしな、セッキよ。戦力も重要だが、情報はもっと大事でな。周辺の情報を収集し終えるまでは―――」
カイが言葉に詰まっていると、セッキが彼の肩へと手をやり、なにやら訳知り顔で語り始めていた。
その内容はカイにとって意味の分からないものであったが、なにやらやけに自信有り気に話すセッキの様子に、それを否定しては危険だと感じ取った彼は思わず、それを肯定する言葉を吐いてしまう。
それでも本当に周辺の村や町に対して進攻する気などない彼は、適当な理由をつけてそれを誤魔化そうとしていた。
しかしその試みは、失敗に終わってしまう。
何故なら―――。
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