胡散臭い男フィリップ・コーニング 2
「あ、おい!まだ話は終わって・・・」
「あんたみたいなのと、これ以上一緒にいられる訳ないでしょ!じゃあね、貴重な情報をどうもありがとう!」
親子連れ添ってさっさとこの場から立ち去ろうとしているリディ達の姿に、フィリップは慌てて引き止めようとしている。
しかし彼の話などもはや聞く耳持たないと、リディはその言葉を遮ると強引に別れの言葉を告げていた。
「あ~ぁ、まだ話しておきたい事があったのに・・・ま、いっか」
足早に立ち去っていくリディ達親子は、もはや振り返る気配すら見せない。
その姿に残念そうに溜め息を吐いたフィリップはしかし、それほど落ち込んだ様子は見せてはいなかった。
「さて、と・・・お、やっぱりまだ息があるな。さてさて、あのロドルフ・アンリにしては爪が甘いねぇ。娘の面倒に手一杯で、勘でも鈍ったかね?」
リディ達が仕留めたゴブリンへと近づき、その一つ一つを丁寧に観察していったフィリップは、その内の一匹にまだ微かに息がある事を発見していた。
彼はそのゴブリンの首筋へと手を添え、その微かな呼吸を確認すると、皮肉げに唇を吊り上げては去っていたリディ達の方へと視線を向ける。
どこか残念そうに首を振った彼は素早くナイフを取り出すと、それでゴブリンの首を掻き切っていた。
「・・・死んだか?さて、出てくるならそろそろの筈だが・・・お!やっぱりな!」
ゴブリンの首を掻き切ったフィリップは、その末期の様子を観察しては何かを待っている様子だった。
彼がその死を確信したのは、その流れ出る血の量か、それとも冷たくなっていくその身体か。
とにかく息絶えたそのゴブリンに、部屋をきょろきょろ見回していたフィリップは、目的の物の出現に目を輝かせては歓声を上げていた。
「これがあるから、この仕事は止められないってね・・・ふふ~ん、このダンジョン特有の仕組みを知らない連中はちょろくて助かるねぇ。あいつらはこの『宝箱』って物の存在も、それが敵を全滅させた後に出現する事があることも知らないんだから」
昼過ぎを回った時間帯に、多くの冒険者がすでにこのダンジョンを訪れている。
そのため部屋に事前に設置されている宝箱は、その多くが既に開けられている状態であり、リディ達親子はその存在の意味を正しくは理解していないだろう。
ましてやこのダンジョンに初めて訪れた彼女らは、部屋に配置された魔物を撃滅する事で出現する、このような宝箱の存在など知る由もなかった。
「さてさて、中身は何かなーっと・・・ちっ、鍵が掛かってやがんな。ま、この程度俺様に掛かればちょちょいのちょいってね」
出現した宝箱の前へと座り込み、それに罠が仕掛けられてないかと色々な角度から観察したフィリップは、見つからない罠に思い切って箱へと手を掛ける。
しかし鍵の掛けられたそれは、ガチャリと音を立てては彼の望みを叶えようとはしなかった。
適わなかった望みにも、彼が落ち込んだ時間は短い。
それはその程度の障害ならば、彼は自らで対応出来るからだ。
素早く鍵開けの道具を取り出したフィリップは、鼻歌交じりにそれをかちゃかちゃと動かすと、すぐに確かな手応えを探り当てていた。
「へへっ、軽いもんよ。さてさて、中身はっと・・・お、中々良いもん入ってる―――」
「それの権利は、勿論私達にあるのよね?覗き屋さん?」
開錠した鍵に昂ぶる気持ちで宝箱を開いたフィリップの背後から、悪戯な声が響いてくる。
それは彼の顔のすぐ横へと、巨大な斧の刃が差し込まれるのと同時であった。
「おっと・・・これはこれはリディアーヌお嬢様、お戻りでございましたか。これはその箱に入っていた代物でございます、どうぞお納めを」
「あら、良い心掛けね・・・って、これってもしかして治癒のポーション!?と、父さん!早くこれをこの子に!!」
「ん」
背後を取られて為す術のないフィリップは、宝箱から回収したポーションを恭しい仕草でリディへと謙譲していた。
その意外なほどの素直な態度に感心した声を漏らしていたリディは、彼が差し出したものが治癒のポーションだと気づくと、慌ててそれを妹へと使おうと奪い取っている。
その声にロドルフも片手で抱えていたレナエルをリディにも届く高さへと下げ、彼女がポーションを使いやすいようにしてやっていた。
「良かった・・・これでこの子は、もう大丈夫ね。フィリップあなたにも感謝しないと、お陰で助かったわ。これで騙そうとした事はチャラにしてあげる」
「それは光栄の至りでございます、お嬢様」
振りかけたポーションに、レナエルの傷がみるみる治っていく様を目にしたリディは、心底安堵した声を漏らしている。
そこまで大した事のない傷でも、苦しそうに呻いている妹の姿を見るのは忍びない。
そんな苦しみから救ってくれたフィリップに感謝の言葉を告げたリディは、その事で今回彼が自分達を騙そうとした事は許すと笑顔を見せていた。
「それじゃ、今度こそさよならね。行きましょ、父さん!父さん・・・?」
傷が治り、穏やかな吐息を漏らしながら眠っている妹の表情を眺めては上機嫌に変わったリディは、さっさと次の部屋に向かおうとフィリップに別れを告げる。
しかし先に向かおうとする彼女にも、ロドルフはその場を動こうとはしなかった。
「・・・出せ」
「何を・・・って、そう怖い顔なさりなさんな。降参降参!このフィリップ・コーニング降参でありますよ!」
短い言葉で出せとだけ話したロドルフに、フィリップは一瞬誤魔化そうと試みたものも、すぐに降参だと両手を上へと掲げていた。
その手の中からは、幾つもの小さなガラス瓶が覗いている。
どうやら彼はあの短い間に、リディへと差し出す分を除いて、残りを素早く自らの懐へと忍び込ませたようだった。
「呆れた・・・あんた、どれだけがめついのよ?」
「へへへ・・・仕事柄、どうもね」
自分達を騙して宝箱を奪おうとしただけに飽き足らず、その中身までも掠め取ろうとしたフィリップの振る舞いに、リディは呆れてものも言えないと頭を抱えている。
リディへとがめようとしたポーションを差し出したフィリップは、そんな彼女に卑屈な笑みを見せては申し訳なさそうに眉を下げていた。
「まったく・・・ほら、これ」
「・・・これは?」
「授業料よ。あんたには色々ーっと勉強させてもらったから、そのお礼!」
心底あきれ返ったような声を漏らしてフィリップからポーションを受け取ったリディは、その一つを摘み上げると彼へとそれを差し出していた。
彼女の意図が読めないフィリップはそれに困惑した表情を見せるが、素直に受け取ろうとしない彼の姿に、戸惑っているのはリディも同じであった。
彼女はそれを無理矢理押し付けると、そのまま逃げ去るように駆けて行ってしまう。
「・・・やれやれ、世間知らずのお嬢様の行動というのは、中々予想できないね。お礼なら、もう十分頂いてるというのに」
立ち去っていったリディ達の後姿を見送ったフィリップは、一人しみじみと呟いていた。
彼は懐から幾つかのポーションを取り出すと、それを手の平の上で転がして見せている。
それらの数は、先ほどの宝箱の中身だけは足りはしないだろう。
「おっと、次の冒険者がやってくる。急いで隠れないと・・・」
リディの予想外の振る舞いに、つい柄でもない感傷に浸ってしまっていたフィリップは、訪れる冒険者の気配に慌てて通路へと足を進めていた。
フィリップが立ち去り誰もいなくなった部屋に、放置されていたゴブリンの死体達が一瞬の内に消えていく。
彼が解錠した宝箱もそれと同時になくなっており、代わりに新たな魔物達がその場に姿を現していた。
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