ダン・アダムスは夢を抱く 1
「だから私は鉱山視察など反対だったんだ、アダムス!こんな辺境の鉱山など無理に利用せずとも、他に幾らでもあるだろうに!!」
「あの鉱山復興は私の悲願だ!それにはスタンリー、君だって賛同してくれた筈だろう!?」
鬱蒼とした森の中で、二人の男が言い争っている。
その内の一人、アダムスと呼ばれた男は背中に小ぶりに鞄を抱えた、小太りな男であった。
その二人は格好からしても、商人であるように思われた。
そんな彼らが何故こんな場所にいるかは、その会話から想像できる。
では何故、言い争っているかは。
それは、彼らの足元を見てみれば分かるだろう。
そこにはボロボロの身体で、なにやら苦しそうに呻いている男の姿があった。
「その結果がこれか!?あんな魔物達がいるなんて聞いてなかったぞ!!」
アダムスの目の前で怒鳴っている男、スタンリーは足元で呻いている男を指し示しながら彼を非難している。
彼は鉱山へと向かう道中で遭遇した、魔物の大群の事で憤っているのだろう。
放棄されて以降人の手の入っていない鉱山と、それへと続く道は当然整備されている訳もなく、魔物と遭遇する事もあるだろう。
彼らもこのような辺境に赴く商人だ、そういった魔物への対処はある程度心得ている。
しかしあれほどの大群と遭遇する事など想定していなかったと、スタンリーは大声で喚き散らしていた。
「うっ!そ、それは・・・あれは、私にも予想外だったんだ!!最近は見掛けなくなっていたゴブリン達が、あんなに大量にいるなんて・・・」
スタンリーの指摘に、アダムスは痛い所を突かれたと言葉を詰まらせていた。
アダムス達が目にした大量のゴブリン達は、近頃ではめっきりその姿を見せなくなっていた筈の魔物達であった。
彼はそうした事実もあり、仲間の商人達を鉱山視察へと呼び寄せたのだが、それは結果的に裏目になってしまっていた。
「どうだかな?本当は知っていたんじゃないか?言えば私達が来なくなると思って、黙っていたんだろう!!」
「そ、それはない!!信じてくれ、私も知らなかったんだ!!」
アダムスは今回の事は不慮な事故だったと主張するが、スタンリーはそうは思ってはくれない。
彼はアダムスが自分達を鉱山へと連れてくるために、意図的にそれを黙っていたのではないかと勘繰っていた。
その疑いこそ、アダムスにとっては青天の霹靂だ。
アダムスは予想だにしない疑いを驚き、それを否定しようと両手振るって必死に知らなかったのだと主張する。
しかし彼のそんな姿を見詰めるスタンリーの視線は、その疑いの色を弱める事はなかった。
「君はあの鉱山の復興が悲願なんだろう、自分でも言っていたじゃないか?そういうもののためなら、人は幾らでも非情になれる。君もそうなんじゃないか?」
「ち、違う!!断じて、そんな事はない!信じてくれ!!」
語った夢こそが、彼を疑う理由となっている。
向かおうとしていた鉱山復興こそが自らの悲願だと語ったアダムスに、だからこそ自分達を騙したのではないかと、スタンリーは疑いの目を向けていた。
アダムスは必死にそれを否定しては、信じてくれとスタンリーに語りかけているが、これまでに起こった出来事ですっかり信用を失くしてしまったアダムスの言葉を、今更彼が信じる訳もないだろう。
「ふん、どうだかな!まぁいい、もう休憩は十分だろう?今は彼を早く安全な場所に運ばないとな」
「あ、あぁ・・・そうだな」
結局、最後までアダムスへの疑いを解くことはなかったスタンリーは、それよりも今は怪我をして地面へと横たわっている男を、安全な場所まで運ぼうと急がせる。
元々彼らがここで口論していたのも、その男を運んで逃げるのに疲労して、足を休めていた中での出来事であった。
地面へと横たわっている男は意識を朦朧とさせて、なにやら苦しそうに呻いているが、すぐに治療しさえすれば命には別状はないだろう。
釈然としないもの感じながらもそれに同意したアダムスは、彼の腕を肩へと回すとその身体を担ぎ上げ始めていた。
「村まで戻れば、回復魔法を使える人がいる筈だ。そこまでいけば大丈夫だろう」
「あんな田舎に・・・?高名な司祭でも派遣されているのか?」
この世界の回復魔法の使い手といえば、まず最初に浮かぶのが教会の司祭や神父であろう。
彼らは希少な回復魔法の使い手を独占しており、それを神の奇跡と称して民へと施している。
それには勿論、多額の寄付や寄進といったものが必要となってくるが、それでもないよりはましであろう。
アダムスが口にした回復魔法の使い手の存在に、スタンリーは当然の如く教会関係者のことを思い浮かべる。
しかしアダムスが頭に思い浮かべていたのは、それとは別の存在であった。
「いや、彼女は教会の関係者では―――」
「あれ?アダムスさんじゃん。こんな所で、何やってるんだ?」
彼が思い浮かべた人物は、教会関係者などと一緒にされればまず間違いなく怒り狂うだろう。
そんな事態になる事を恐れて、それをしっかりと否定しておこうとしたアダムスの言葉は、どこかから響いた能天気な声によって遮られていた。
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