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カイ・リンデンバウムの恐るべき計画 2

「あー!海だ!!海があるよ、おじじ!!海が見えるの!?楽しみ、楽しみー!!」

「そう!それじゃ、フィアナ!!お主は頭がいいのー」

「えへへー、そうかな~」


 フィアナは地図の一点を指差しては、大きな声で歓声を上げている。

 それは、クラディスの手前にある海を示していた。

 彼女の声に我が意を得たりと机を叩いたダミアンは、彼女の身体によって押し潰されそうになりながらも、その気づきを褒め称えている。

 褒められた事でその背筋を伸ばしたフィアナに、ようやく圧迫から解放されたダミアンは静かに安堵の息を吐いていた。


「それに引き換え、お主らは・・・」

「海?海がなんだって言うの?海なら、このオールドクラウンにもあるじゃない。まぁ、ちょっと遠いけれど」


 その豊かな体毛によって一頻りフィアナを撫で上げたダミアンは、フィアナですら気づけたことを察せられなかったヴェロニカ達に、蔑むような視線を向ける。

 彼の態度にヴェロニカは不満げな様子で腕を組んでみせる、彼女は地図に目をやってはオールドクラウンの周辺にも海があると示していた。


「ふぉふぉふぉ・・・お主にはこれが同じに見えるのか?よく見てみぃ、クラディスとオールドクラウンの海には大きな違いがあるじゃろう。分からぬか?このエダリヤス海峡じゃよ」

「海峡?確かに、海が狭くなっている所があるわね・・・でも、これがどうしたというの?」


 ヴェロニカに反応に笑い声を漏らしたダミアンは、地図の二点を指差してはそれをよく見比べるようにと指示を出す。

 はっきりとしたヒントを示しても、一向にピンと来る様子のない彼女に、ダミアンはついにその答えを述べる。

 しかしその言葉にもヴェロニカは眉を顰めるばかりで、一向に彼の真意を汲み取ろうとはしなかった。


「姐さん・・・海峡はやばいよ、凄ぇ重要な立地だ」

「セッキの言うとおりじゃ。海峡は交通の要衝よ、特に海運のな」

「海運?そんなの、あの鳥男に空を飛ばさせとけば十分でしょ?」


 微妙な反応しか返さなかったヴェロニカと違い、その言葉を耳にしたセッキは僅かに興奮した様子を見せていた。

 彼は遥か東方にルーツを持つ種族出身だ、海や海運というものに対して造詣が深いのもその辺りが理由なのだろう。

 彼の反応に満足げな表情を見せるダミアンに、ヴェロニカはさらに不機嫌そうに顔を顰めていた。


「そうじゃ!そこが重要なのじゃよ。大魔王様の支配領域は基本的に北部にあるためか、凍った海が多く海運も重要視しない傾向が見られる。まぁ、メルクリオが空輸を発展させたのもあるが・・・しかし、これから南に領土を増やしていけば、海運というものの重要性にもいずれ気がつくじゃろう。その時、カイ様がこのエダリヤス海峡を押さえておったらどうなると思う?」

「魔王軍での影響力が増すだろうな・・・いや、いっそいきなり魔王へと昇格なんて事も有り得るかも知れねぇ」


 ダミアンが語る海峡の重要性に、セッキがうんうんと頷いて同意する。

 彼はそこを押さえる功績を算段し、尊敬する上司が一気に魔王へと昇格する姿を思い浮かべていた。


「それほどの事なの?まさか、カイ様はそれを見越して?」

「当たり前じゃろう、あのカイ様じゃぞ?それにアルバロ達の故郷であるホワイトホール島は、ここオールドクラウンとエダリヤス海峡を結ぶ海路の中間地点に当たる。メルクリオが持つ商人のネットワークは、今後も重要になってくるじゃろうし、その辺もあのお方は考えておられるのじゃろうて」


 ダミアンの自慢げな語りよりも、普段から直截的な意見ばかり述べるセッキのストレートな物言いの方が、ヴェロニカの心には響いていた。

 彼の方へと顔を向け驚きの表情を作ったヴェロニカは、そこからさらに恐ろしい可能性を思い至り、驚愕に目を見開いている。

 彼女はカイがそこまで見越して今回の辞令を受け入れたのかとダミアンに問い掛ける、彼は片目を閉ざしては当然だとばかりに頷いて見せていた。


「ははは!流石、旦那だぜ!こりゃ楽しくなってきたな!!」

「えぇ、そうね。私には何が出来るかしら・・・いいえ、それもあのお方がすでに考えられているのでしょうね」


 辺境のど田舎への追放から、壮大な野心を抱いての旅立ちへと変わった状況に、ヴェロニカ達は気合を滾らせる。

 その両拳を打ち付けて闘志を顕にしているセッキに、ヴェロニカは自らの主人の考えを想像しては妖艶に唇を湿らせていた。


「ほれほれお前達、のんびりしている暇はないぞい。カイ様は明日の昼には出発すると仰せられた、普通これだけの旅路となれば準備に一週間はかけるもの。それをあのお方は一日足らずで十分だと言う、これがどういう事か分かるかの?」

「・・・事前に、準備していたということでしょうね」


 カイの壮大な計画の一部を知り、興奮しているヴェロニカ達にダミアンは両足をペチペチと叩いて急かし始めていた。

 彼は長い旅路の割に短すぎる準備期間を引き合いに出して、そこから導き出されるカイの意図を語る。

 そこにはまるで未来を見通しているような、カイの鋭い戦略眼が示唆されていた。


「そういう事じゃ。あのお方は、とっくに準備を終えておる。それでも一日の猶予を残したのは、我らにその暇を与えてくれたのであろう。それに応えねばならんぞ?さぁ分かったなら、急げ急げ!!」


 彼らの主は、彼らに一日の猶予を与えてくれたのだとダミアンは語る。

 だからこそ、それに答えるのは彼らの義務だと、彼は彼らを急かしていた。

 その声に背中を押されるまでもなく、ヴェロニカ達は旅立ちの準備へと足を急がせる。

 彼らが立ち去った後には、静寂に包まれた部屋だけが取り残されていた。


「はえー・・・みんなすごいな~」


 ただ一人、先ほどまでの話にまったくついていけなかった少女を除いて。

 正確に言えば、彼女に抱えられたままの猫も一緒に残されていたが。


「さてさて、あのお方が一魔王に納まる器かどうか?それとも、それ以上を望むのか・・・?まぁ、それは追々じゃの。ほれ、フィアナ。お主も急がんか」

「はーい!」


 カイの動向に、なにやら危うげな予想を立てては唇を吊り上げているダミアンも、旅立ちの準備に駆け出して、彼の事を放り出してしまったフィアナに掛かれば形無しだ。

 猫らしい俊敏性でうまく床へと着地した彼も、物凄いスピードで遠ざかっていくフィアナの後姿を目にすれば、溜め息も吐きたくなってしまう。


「はぁ・・・これだから、最近の若いもんは」


 しみじみと深い溜め息を吐いて疲れた表情を見せたダミアンは、そのままの四本足でトコトコとフィアナの後を追いかけていく。

 彼が立ち去った後には、今度こそ本当に静けさを取り戻した部屋だけが、ポツンと取り残されていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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