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奇妙な二人

『あっっっっぶなぁ!!死ぬかと思ったわ!』


 床に溜まっている水溜りへと擬態しているスライムが、恐怖にふるふると震えている。

 彼の身体のすぐ傍には、地面に線を引いたような傷跡が奔っていた。

 そちらへと視線を向けて、かけもしない冷や汗を流しているスライム、カイはあと少しで失っていたかもしれない命に、背筋を凍らせていた。


「ス、スライム!?い、いやぁ!!」


 そんな彼の背後から聞こえてきた悲鳴は、まだ年若い少女のものだ。

 自らの足元でふるふると震えるスライムの姿に、怯えた表情を見せている少女、アイリスはそれから逃れようと尻餅をついたままの身体をずるずると引き摺っていた。


『えっ!?あ、そ、そうか!彼女を助けるために夢中で飛び出したんだった・・・』


 通路へと向かうためにシーサーペントに背中を向けていた彼女と違い、通路の縁から部屋の中を覗いていたカイにはその姿よく見えていた。

 そのためアイリスよりも早く彼女が狙われると気づき、それを助けるために部屋の中へと飛び出していたのだった。

 彼女を突き飛ばし、自らもシーサーペントの攻撃を間一髪躱せたのは、彼の今の身体能力を考えれば奇跡にも等しい。

 自らの行動の危うさを思い出したカイは、改めて恐怖に打ち震え、その柔らかい身体をふるふると揺らしていた。


『え、えーっと・・・ボ、ボクは悪いスライムじゃないよ!』


 はっきりと突き飛ばしてしまったアイリスに、今更ただの水溜りだと誤魔化すことは出来ないだろう。

 開き直ったカイは彼女を怖がらせないようにちょっとずつ近寄ると、安心するように声を掛けていた。


「ひ、ひぃぃぃ!!こっち来ないで、来ないでよぅ!!」

『あれ、これじゃ駄目か?あー・・・確かにこの見た目じゃな、わりとグロいし』


 アイリスを安心させようと吐いた台詞も、彼女を余計に怯えさせるばかり。

 その理由は、カイの身体を一目見れば分かるだろう。

 彼の身体は半透明の粘液の中に、内臓が透けて見えているような姿だ。

 某有名ゲームのように、愛らしい姿をしている訳ではない。

 そんな姿の魔物がジリジリと近寄ってくれば、それは普通怯えるというものだ。


『いや、ほんとに危害を加えるつもりはないんだ!それどころか助けようと・・・』

「うぅ・・・何かぶつぶつ言ってるよぉ。私を溶かして食べちゃうつもりなんだ」


 距離を詰めようとするとアイリスが怯えるので、その場で立ち止まったカイは、何とか彼女を説得しようと、こちらには危害を加えるつもりがない事を説明し続ける。

 しかしその振る舞いはアイリスを益々怯えさせるだけで、ジリジリと後ろへと退いていく彼女の足を止めさせるものではなかった。


『ん?もしかして、言葉通じてないのか?そうか翻訳されているのは、ダンジョンの機能だったな・・・』


 彼女の反応に、言葉が通じていないのでは感じ始めたカイは、彼女の言葉が翻訳されているのはダンジョンの能力である事を思い出していた。

 当然それは、ダンジョンの構成員ではないアイリスには適用されない。

 言葉が通じないのでは説得のしようがないと頭を悩ませるカイは、その柔らかい身体をグネグネとくねらせていた。


『以前姿を盗んだ男の姿になれば、言葉が通じるか?』

「ひ、ひぃぃぃ!!?」


 言葉の問題をクリアしようと思案するカイは、以前姿を盗んだ男の姿を思い起こす。

 彼の身体はそれに反応し、早速とばかりに形を変えようとしていた。

 しかしその姿はあまりにグロく、それを目にしたアイリスは抱えていた荷物も放り出して逃げ出してしまっていた。


『あ、おいっ!荷物忘れてますよー!!しょうがないなぁ・・・』


 荷物を放り出して逃げていってしまったアイリスに、カイは少し扱いの慣れた身体を使って触手を伸ばしていく。

 伸ばした触手で荷物を抱きかかえたカイは、それをアイリスの逃げていく先へと、次々に放り投げていた。


「きゃあ!?えっ、何!?何が・・・?」


 次々と目の前に放り投げられる荷物に、アイリスは驚き足を止めていた。

 その姿を目にしたカイは、荷物を放り投げるのではなく、一つ一つ丁寧に彼女の前へと置いてやっていた。


「ス、スライムさん・・・?もしかして、私を助けてくれてるの・・・?」


 言葉よりも明確に敵意はないと示すカイの行動に、アイリスは振り返り彼へと疑い混じりの視線を向けている。

 カイは彼女のそんな視線に、うんうんと激しく頷いて見せているが、果たしてそれは彼女に頷きと認識されているだろうか。

 少なくとも見た目上は、スライムがプルプルと激しく揺れているようにしか見えてはいなかった。


「えっと、その・・・ありがとね?うぅ・・・でもやっぱり気持ち悪くて、近づくのは無理だようぅ」


 カイの分かりづらい挙動にも、その意図は確かに伝わったようで、アイリスは彼にお礼の言葉を述べていた。

 敵意がないと分かっても、彼女がそれに近づきたがらないのは、その年齢を考えれば仕方のないことだろう。

 カイ自身ですら、変身してしばらく経ったことで愛着が湧いていなければ、こんな気持ち悪い生き物に近づきたくなどないのだから。


「ご、ごめんねスライムさん!私、もう行くから!!」


 明らかにこちらを助けてくれているカイに後ろめたさを感じていたのか、軽く頭を下げて謝罪の言葉を告げたアイリスは、荷物を抱えると駆け足で彼から逃れていく。


『お、おいっ!えぇ~・・・めっちゃ助けてあげたじゃん?まぁ、この見た目じゃ・・・不味いっ!?』


 全速力で逃げていくアイリスの姿にショックを隠せないカイは、悲しげにその身体をふるふると揺らしている。

 彼はとぼとぼと、彼女から離れようと地底湖の方へ身体を向けていく。

 その先から漂ってきた危険な気配に、彼は総毛立つような恐怖を感じていた。

 本来そういったものに疎い彼にすらそれを感じさせるものの正体、それはシーサーペントのブレスであった。

 それは目の前で松明を振り回しているクリスを狙ったものであったが、その先は今まさにアイリスが駆けていこうとしている所であった。


『危ないっ!!』

「きゃあっ!?な、何?」


 全速力で逃げていったアイリスに、その距離は短くはない。

 跳ねていっても届きそうはないその距離に、カイは身体の一部を伸ばして飛び掛っていた。

 この姿となった時間に慣れた身体は、スライムの本来の権能である触手の扱いをも可能とする。

 それによって彼女の身体を弾き飛ばしたカイは、そのままそれを縮めて自らも彼女の傍へと降り立っていた。


「ひっ!?わ、私が狙われたの?あ、ありがとうスライムさん」


 訳も分からず地面へと蹲っていたアイリスも、すぐ傍の地面へとついた恐ろしい爪跡を見れば、その身に迫った危険を理解できる。

 傍らに佇むカイへとお礼の言葉を述べたアイリスは、弾き飛ばされた事で散らかしてしまった荷物を拾い集め始めていた。


『それより早く向こうに!ここは危ない!!』

「な、何?えっと・・・向こうに行った方がいいの?う、うん!分かった!」


 アイリスの足へと触手を纏わりつかせて、ぐいぐいと引っ張っているカイは、安全な通路へと彼女を誘導しようとしている。

 荷物を拾い終わったアイリスは、カイのその行動に戸惑っていたが、やがてその意図を悟るとはっきりと頷きを返していた。


「はぁ、はぁっ・・・ここまで来れば、もう大丈夫・・・かな?」

『よしよし!これで取り合えず、アイリスは安全だな。後はあの二人をどうにかしないと・・・』


 通路まで辿りつき、その場に荷物を放り出したアイリスは、乱れた呼吸に膝へと手をついている。

 彼女の後ろを守っては、その後をぴょんぴょんと跳ね回っていたカイは、彼女を安全圏へと脱出させた事に安堵していた。

 それぞれに自分で何とか出来そうなクリスとハロルドと違い、アイリスはいかにも危なっかしい。

 そんな彼女を安全な場所へと運ぶことが出来た事に、カイは一人満足感に浸っていた。


「そうだ、二人はどうなったの!?」

『あ、おいっ!?顔出しちゃ危ないって・・・』


 その二人から望まれた事とはいえ、一人安全な場所にいる後ろめたさに、アイリスは彼らの様子を窺おうと通路の端から部屋の中へと顔を覗かせる。

 ここまで来れば大分威力は弱まるとはいえ、シーサーペントのブレスはそこまで十分届いてしまうだろう。

 その行為に危険だと注意の声を上げたカイも、やはり彼らの様子が気になるのか、自らもそこへと近づいていくと通路の端から顔を出していた。


「えっ、何で・・・?」

『ん?うおっ、マジか!?』


 その先で目にしたものに、彼らは二人そろって言葉を失ってしまう。

 そこにはシーサーペントの尾に弾かれて、空中へと舞い上がっているクリスの姿があった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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