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シーサーペントとの戦い 2

「水を飲んだっ!注意しろ、クリス!!」

「あいよっ!って、結局俺はどうすればいいんだ?これを振ってればいいのか、それとも大声でも上げるか?」


 彼らの和やかなやり取りにも、敵は待ってはくれない。

 再び水中に頭を突っ込んで水を飲み込み始めたシーサーペントの姿に、ハロルドが警戒の声を上げる。

 それに軽い調子で応答したクリスはしかし、結局どう振舞って敵の注意を引けばいいのか分からずに戸惑ってしまっていた。


「全部だ!思いつく事は全部やれ!」

「よっしゃ!おーい!!こっちだ、こっち狙えー!!」


 クリスの疑問に対する、ハロルドの答えは簡潔だ。

 シーサーペントが何を感知して狙いを定めているか分からない以上、思いつく限りの全てをやれと彼は語る。

 その分かりやすい指示にクリスは片手を掲げて了解を示すと、持っていた松明を振り回しながら大声を張り上げていた。


「おーい!ってハロルド、あいつこっちを狙ってるか?さっきは感じた嫌な気配が、全然ないぞ?」

「確かに・・・変だな、確かに水を飲んだ筈なんだけど。給水しただけ?そんな訳は・・・不味いっ!?」


 必死にシーサーペントの注意を引こうとしているクリスも、その余りの手応えのなさに疑問を覚えている。

 その言葉に、ハロルドも確かな違和感を感じていた。

 シーサーペントという彼らからすれば圧倒的に強大な存在に狙いを定められるという行為は、その本能を刺激して命の危機を訴えかける。

 先ほど攻撃された折には、彼らはその身に身も毛もよだつような恐怖を事前に感じていた。

 しかし、今回はそれを感じない。

 その理由に思い至ったハロルドは、後ろへと振り返る。

 そこにはこの部屋の出口へと走る、アイリスの姿があった。


「アイリス、避けろっ!!!」

「えっ!?な、何!?」


 彼らが危険を感じ取れなかったのは、そもそも彼らが狙われてすらいなかったからだ。

 背中を見せて逃げるアイリスに狙いを定めたシーサーペントは、その口腔を開いてブレスを放とうとしている。

 ハロルドはアイリスに避けるように叫ぶが、突然声を掛けられた彼女は訳も分からずに振り返るだけであった。


「きゃあ!?」


 ハロルドの声に振り返ったアイリスは、その足下の水溜りに気づかない。

 彼女はそれに足を取られて、派手にすっ転んでしまっていた。


「キィィィィ!!!」


 いきなりすっ転んだことで、思わぬ方向に動いてしまったアイリスを、シーサーペントは狙いきれない。

 アイリスが転んだ直後に放たれたブレスは、彼女の足先を掠めて消えていく。

 その圧倒的な水圧に消し飛ばされてしまったのか、アイリスの足を滑らせた水溜りは跡形もなく消えてしまっていた。


「はははっ!!流石の奴も、アイリスのドジっぷりは予想出来なかったみたいだな!」

「ふふっ、そうだね」


 覚悟した最悪の事態は、アイリスのドジさによって回避された。

 その余りにあっけない結末に、思わず笑みがこみ上げてきてしまったクリスは、豪快に笑い声を上げている。

 流石にこの場で笑ってしまうのは不味いと堪えていたハロルドも、それに釣られて僅かに笑みを漏らしてしまっていた。


「さてと・・・あいつも避難した事だし、これからどうするんだ?俺達もあいつみたいに、さっさと逃げた方が良くないか?」

「アイリスみたいに背中を向けて?生憎と、僕達に彼女の真似が出来るとは思えないな」

「はははっ、違いない」


 これまでの経験から、シーサーペントがブレスを連続して放ってはこないと分かっている彼らは、その間に今後の方針を考える。

 アイリスが通路の向こうへと消えていくのを見守ったクリスは、放り出されたままであった剣を拾い上げる。

 それを肩に担いだ彼は、さっさと逃げてしまおうとハロルドに提案していた。

 確かにシーサーペントと彼らでは、余りに実力が違いすぎて戦いにもならない。

 それを考えれば、さっさと逃げてしまうのが正解なのかもしれない。

 しかしそれはハロルドによって否定される。

 彼はアイリスのような幸運は、再び巡ってはこないと皮肉げに唇を歪めていた。


「それにあいつは、逃げていくアイリスを優先して狙っていた。それが狙いやすかっただけなのか、逃亡を恐れたからか分からないけど、同じようにすれば確実に僕らも狙われてしまう。逃げられないよ」

「それはそうかもしんないけど・・・でもそれじゃ、どうすればいいんだ?」


 逃げていくアイリスを優先的に狙ったシーサーペントに、逃亡は難しいとハロルドは語る。

 しかしそうなると、どうすればいいんだとクリスは首を傾げていた。

 彼は自らが手にする得物を掲げているが、その程度の刃ではシーサーペントに碌なダメージを与えられる訳もない。


「僕が、何とか一撃入れてみる。あれの獲物は本来、水中に棲む魚や魔物の筈だ。少しでもこちらに脅威を感じれば、引き下がるかもしれない」

「・・・余計に怒るんじゃないか?」

「かもね。その時は形振り構わず、全力で逃げよう」


 シーサーペントの挙動から目を離さずに、ハロルドはその考えをクリスへと伝える。

 確かに彼の魔法であれば、この位置からでもシーサーペントの身体を狙うことは出来るだろう。

 しかしハロルドが自分で話すほどのダメージを、本当にシーサーペントに与えられるのか不安なクリスは、それを口にして彼へと釘を刺している。

 その言葉にあっさり同意したハロルドは肩を竦めると、その時はお手上げだと諦めを口にしていた。


「それしか、ないんだろう?」

「・・・たぶんね」

「はぁ~・・・分が悪っいなぁ、ったくよぉ」


 勝ち目があるようにも思えないハロルドのアイデアに、クリスは深々と溜め息をつくと剣を肩に担いでいた。

 ブラブラと彷徨うような動きでハロルドから離れていった彼の動きは、一人逃げ出そうというものではない。

 ハロルドから一定の距離を取ったクリスは、その手の松明を振ってシーサーペントの注意を引こうとしていた。


「ま、囮は任せろよ」

「・・・死ぬなよ、クリス」

「そっちもな。そうだ、風邪を引く前に頼むぜ。こっちは、こんな格好だからよ」


 湖を泳いでいた所をシーサーペントに弾き飛ばされたクリスは、全裸のままであった。

 最後の会話になるかも知れない言葉に、そんな冗談を口にした彼にハロルドは笑みを漏らす。

 彼らの視線の先では、シーサーペントが頭を湖へと突っ込んでいる。

 その姿を目にして、二人は図ったように同時に左右へと走り出していた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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