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カイ・リンデンバウムの恐るべき計画 1

 カイが立ち去った後の室内には、どこか弛緩した空気が流れる。

 カイが彼らの前にして緊張していたのと同じように、彼らもまたカイという偉大な上司を前に緊張していたのだ。


「旦那、機嫌良さそうだったよな?」

「えぇ、そうね。内心冷や冷やしていたのだけど、ご気分を害された様子がなくて本当に良かった・・・」


 上司が辺境に赴任するというのに、その側近達が次々について行かないと宣言する。

 そんな場に居合わせたヴェロニカ達は、実の所かなりのストレスを抱えてその場に臨んでいたのだった。

 そんな彼らからすれば、カイが機嫌を損ねずこの場を後にしたのは、僥倖ともいえる事態であった。


「まったく、それもこれもあの鳥男のせいよ!!ウーヴェやアルバロ達は事情も分かるけど、あの鳥男はなによ!儲かりそうもないからですって!!ふざけるのも大概にしなさい!!!」


 それぞれに止むに止まれぬ事情のあったウーヴェやアルバロ達と違い、個人的な思惑によってカイから離れていったメルクリオに、ヴェロニカは不満の矛先を向ける。

 その怒りは留まることを知らず、彼女の影からなにやら怪しげな人影が這い出してきたかと思うと、それは部屋中へと広がり始めていた。


「ま、まぁまぁ姐さん!それぐらいにしときましょうや!旦那もあいつの離脱は始めから分かってたようだし、怒っちゃいなかっただろ?」

「確かにそれはそうだけど・・・でもこれは、そういう問題ではないのよセッキ。これは礼儀や忠節の問題だわ!これだから商人は・・・」 


 彼女の足元から広がっていく影に、その怒りが臨界点に達していると察したセッキは、慌てて彼女を宥めようと声を掛ける。

 その声に一度は怒りを収めたように見えたヴェロニカは、しかし再び怒りの炎を燃え上がらせると、ぶつぶつと文句を零し始める。

 彼女の怒りは収まることはなさそうではあったが、その足元から広がり続けていた影は、どうやら一定の範囲に留まっているようで、それを目にしたセッキはほっと一息を吐いていた。


「やれやれ、どうにか収まったか。ま、気持ちは分からんでもないが・・・」

「お主も損な役回りよの、セッキ」


 ヴェロニカの暴走を何とか食い止め、その肩の荷を下ろしたかのように脱力しているセッキに、いつの間にやら机の上で蹲っていたダミアンが声を掛ける。

 彼は机の端へと歩み寄り、そこから格好良く床へと飛び降りようとしていたが、それはフィアナによって阻止されていた。


「爺さん・・・そういや、さっきは妙に大人しかったな?いつものあんたなら、もっと口を出しそうなもんだがな?」

「ふぉっふぉっふぉっ、確かに普段であればそうじゃな。しかし、今回の件では・・・のぅ、フィアナよ。わしをそこに下ろしてはくれんかの?」


 先ほどのやり取りの中で妙に大人しかったダミアンの振る舞いに、疑問を感じたセッキはそれを彼へと問い掛ける。

 ダミアンはセッキの言葉に意味ありげな表情を作って見せるが、それも抱きかかえるフィアナの腕にほとんど隠れてしまっていた。


「やっ!」 

「そうか・・・それは、仕方ないのぅ」


 控えめに適当な床に下ろしてくれと要請したダミアンの願いを、フィアナはその身体をぎゅっと抱きしめる事で拒絶する。

 彼女の駄々を捏ねる子供のような仕草に、ダミアンは怒るどころか眉を下げると、まるで孫が可愛くて仕方のない老人のような表情で、それを受け入れてしまっていた。


「それで・・・今回の件は何が特別なの、ダミアン?」

「おおっ!姐さん、正気に戻ったのかい?」

「えぇ、心配かけたわねセッキ。それより、気になる事を言うじゃないダミアン?勿論、あなたの事だからちゃんと説明してくれるのでしょう?」


 うやむやになってしまいそうな話題を、意外の声が引き戻していた。

 怒りの矛先を収めたヴェロニカはフィアナに抱きかかえられたダミアンへと近づくと、その髭を撫で上げる。

 彼女のその振る舞いに正気を戻ったことを知ったセッキは、軽く腕を掲げて喜びを表現していた。


「そうさな・・・フィアナよ、地図を取って来てくれんか?」

「ちず?それって、どこにあるの?」

「ほれ、あそこの戸棚の・・・そうそう、それじゃそれ!それを机に・・・よしよし、良く出来たな。偉いぞ、フィアナ」

「えへへ、褒めて褒めて!」


 ヴェロニカに事の詳細を話すように促されたダミアンは、自らを抱きかかえるフィアナをうまく操って説明の準備を整える。

 ダミアンに指示されたフィアナは戸棚から丸められた地図を取り出すと、それをあたふたと机へと広げていた。

 その仕草は危なっかしかったが、周りに見守られながら彼女はそれを何とか成し遂げ、賞賛を求めてはその薄い胸を反り返らせていた。


「それで・・・地図を広げて、どうするつもりなのかしら?」

「まぁまぁ、そう急かしなさんな。お前さんがたは、まさかあのカイ様が何の考えもなしに今回の辞令を受け入れたとは思っておらんだろう?」


 机に広げられた地図には、このオールドクラウンを中心にエウロペ大陸のほとんどが描かれている。

 勿論それは暗黒領域を超えた範囲までをフォローするものではないが、現在知られている範囲の領域は網羅されていると言っていいだろう。

 その地図の周りにヴェロニカ達が集まってくる、彼女はフィアナに抱えられたダミアンへと挑発的な視線を向けるが、それは彼の思わせぶりな視線によって躱されてしまっていた。


「そりゃそうだが・・・」

「えぇ、勿論。でも、あのお方の思惑までは分からないわ。だからダミアン、こうしてあなたに尋ねているのでしょう?ねぇ、『賢者』様?」

「ほっほっほ、そう持て囃してくれるな。わしとて、あのお方の考えを真に読み取ってなどはおらんよ。ただその狙いの一部を、汲み取っているに過ぎんのだからな」


 今回の辞令をカイが受け入れたのは、そこに彼の狙いがあるからだというダミアンの言葉に、セッキもヴェロニカも当然といった表情で頷いていた。

 彼らからすればカイは権謀術数に長けた謀略家であり、未来を見通しているのではないかと思えるほどの壮大な計画を描く智者である。

 それは賢者と呼ばれるダミアンすらも敵う事はないのだと彼らは目しており、それはダミアン自身も認めていることであった。


「そんな事、改めて言われるまでもなく、当たり前のことでしょう?それでダミアン、あなたが読み解いたあのお方の考えの一部とはなに?もったいぶらず、早く話しなさい!」

「やれやれ、これだから若い者はせっかちで困る・・・そうさな、まずは我らが今いるオールドクラウン。これはエウロパ大陸の北の方に位置する、それは分かるな?」

「えぇ。大魔王様の支配する領域の、ほぼ中央から南より位置しているわね。首都に匹敵・・・とまでは行かないけど、第二の都市と言えるのではないかしら?」


 もったいぶって焦らすダミアンに、ヴェロニカは机を叩いては早く話せと急かしていた。

 彼女の振る舞いに苦言を呈して首を横に振ったダミアンは、ゆっくりと考えを話し始めている。

 彼らの会話を、フィアナはぽかんとした表情で眺めていた。


「そうさな。それで我らが主、カイ様が赴任を言い渡されたクラディスが・・・フィアナ、そこにそれを置いてくれんか?」

「うん、分かったー」

「そう・・・もうちょっと下じゃな。そう、そこでいい!」


 フィアナに抱えられたままのダミアンはクラディスの場所を地図に示すのに、その仕事を彼女へと頼んでいた。

 机に転がっていた適当な小物を手に取った彼女は、それをダミアンの指示された場所へと置くと、褒めて欲しそうに瞳を輝かせる。

 彼女のその仕草に、無言のままセッキがその頭を撫でてやっていた。


「地図の端じゃない。ここから遠いとは聞いていたけど思ったよりも辺境なのね、クラディスって」

「詳しい場所も知らずに、ついて行くと決めたのか?大した忠誠心じゃな」


 フィアナが示した場所を目にして顔を顰めたヴェロニカに、ダミアンは皮肉げに口を歪める。

 彼女はそれを睨みつけ、自分も彼女と同じだったセッキは明後日の方へと顔を背けていた。


「さて、ここで問題になるのは距離よりも立地じゃな。ほら地図をよく見てみぃ、何か気づかんか?」

「何って・・・遠すぎてうんざりする以外に、何かあるって言うの?」

「ふむ・・・セッキ、お前は?」

「いや、よく分からねぇな爺さん。正直そこら辺は行った事がなくてな・・・」

「ふーむ、出来れば自分で気づいて欲しいんじゃが・・・」


 地図のクラディス周辺を腕で示しながら、何か気づいて欲しそうにしているダミアンは、ぱっとした意見を述べない生徒達に、困ったような表情を見せる。

 彼らの沈黙に、ダミアンを抱えるフィアナが何かに気づいて身を乗り出していた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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