ダンジョンチェックのお時間
クリス達が去った後の部屋に、一人のスケルトンがふらりと歩いてくる。
それは、彼らが仕留め損なった相手ではなかった。
賑やかなやり取りを残しながら去っていった彼らの後姿を、うんうんと満足げに頷きながら見送っているスケルトンは、その口から最下級のアンデッドとは思えぬ知性の篭った言葉を零している。
「よしよし、中々いい戦いぶりだったんじゃないか?やはり一番の問題は得物だったようだな」
クリス達の戦いを影から見守り、その見事な戦いぶりに満足したカイは、自らの狙いが正しかったと自画自賛しては腕を組んでいた。
「あれぐらい戦えるんなら、わざわざ同じ構成にしなくても良かったかもな。いや、それは実際に戦っている所を見ないと分からなかったか」
ここに配置されていたのは、最初の戦いと同じスケルトン三体であった。
それも今度は不意打ちなどの特別な仕掛けはなく、堂々と正面から戦うように配置していた。
それは彼らの最初の戦いを見ての判断であったが、まともな得物を手に入れたクリスの戦いぶりを見れば、それほど気を使う必要はなかったことは明白であった。
「さて、こいつらはどうしたものか?別にこのままでも問題なかった筈だが・・・そうだな、連絡しておくか。あー・・・でも、あっちもあっちでなぁ」
足下に転がっているスケルトンの残骸を足で突いたカイは、その処理について頭を悩ませている。
それらはそのままにしておいても、時間が経てば自動で回収されるされる筈であったが、実際に目の前にあれば少し気になってしまうのも仕方がないことであろう。
カイは近くの壁へと歩み寄ると、ダンジョンコアを通じて最奥の間にいる二人へと通話しようとする。
しかし先ほどまでの彼らの様子を思い出すと、果たしてまともに会話になるかは、甚だ不安なものであった。
「あー・・・ダミアン、聞こえるか?ここのスケルトン達を―――」
『回収すればよろしいのですね?』
若干の不安を抱えたまま壁へと手をつけたカイは、その向こうに待っているであろうダミアンへと語りかける。
しかし彼が用件を伝えきる前に、それを察して答えてきたのは妖艶な雰囲気を纏った女性の声であった。
「あぁ、ヴェロニカか。もう落ち着いたのか?」
『えぇ。先ほどは取り乱した所をお見せして、申し訳ありませんでした』
カイの呼びかけに応対したのは、先ほど激しく取り乱していたヴェロニカであった。
その時の様子を思い出してもう大丈夫なのかと尋ねるカイに、彼女は声からでも分かるぐらいに深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べていた。
「何、気にする事はない。こちらこそ、心配させてすまなかったな」
『そんな!?滅相もございません。カイ様が謝られる事など、微塵もございません!私が勝手に取り乱してしまったまででございます!!』
そこまでへりくだられた態度を取られると、逆にこっち悪い気がしてくる。
彼女の言葉にこちらにも非があったと軽くフォローしたカイに、ヴェロニカは激しく反応して彼は悪くはないと言い立てていた。
「んんっ、そ、そうか・・・いや、この話題に触れるのはもう止めよう。それより先ほど頼んだ事を進めてくれないか?」
『はっ、畏まりました。スケルトンの回収ですね。しかし・・・わざわざそうする必要があるのでしょうか?確か、自動で回収する設定になっていると思いましたが・・・』
ヴェロニカの急激な態度の変化に若干引いてしまっているカイは、もうこれ以上この話題に触れない方がいいと、先ほどの件を彼女へと急がせる。
彼女もそれに素直に了承し、その作業へと移る様子を見せていたが、何か引っ掛かったように疑問を述べると、その手を止めてしまっていた。
「あーっと、それはだなぁ・・・回収されたスケルトンが、どれくらいで回復するか知っておきたかったんだ。今はほら、剥ぎ取りやなんかのために自動回収の時間を長く設定しているだろう。早めに確認しておきたくてな」
『そうでございましたか。それでは、最初に倒されたスケルトン達も回収いたしましょうか?』
ダンジョンの魔物は倒されると自動で回収され、回復すると自動で再配置される。
このダンジョンでは訪れた冒険者が倒した魔物の剥ぎ取りなどを行えるように、その時間を長く取っていた。
そのためカイが知りたいと話した事を確かめるには、結構な時間が掛かってしまう事は確かであった。
勿論それはただ単に、そこに白骨死体じみたものが転がっているが気持ち悪くて回収したかったのを誤魔化しただけであったが、どうやらヴェロニカはそれに気づく様子はなさそうだった。
「いや、それは自動回収がちゃんと機能するか確かめるのに使おう。色々とダンジョンの機能も検証しておかないとな」
『畏まりました。では、そちらはそのままという事で。今、回収しても?』
「あぁ、頼む」
ヴェロニカは放置したままであった最初に倒されたスケルトン達の回収も提案するが、それはカイによって却下される。
初めての冒険者の訪れに、試しておかなければならない事は山ほどある。
そちらの方は自動回収がちゃんと機能するかの検証用にすると指示を出したカイに、ヴェロニカは了承を返すと、今すぐその部屋のスケルトンを回収していいかと伺いを立てていた。
「よし、問題ないな。ヴェロニカはスケルトンがどれ位で回復するか、記録を取っておいてくれ。あぁそれと、損傷の具合で時間の変化があるかもだな」
『回復時間と、それの損傷での変化ですね。はい、畏まりました』
「よし。では私は、引き続き彼らの後を追う。そちらは任せたぞ」
背後で音も立てずにその姿を消したスケルトン達の残骸に、カイは回収機能は問題ないなと頷くと、必要なデータの確認をヴェロニカへと申し付ける。
彼女がそれをしっかりと承ったのを確認したカイは、自らのこれからの予定を告げるとそのまま壁から手を離し、クリス達が向かったダンジョンの奥へと歩みを進めていく。
「おっと、そうだ・・・ヴェロニカ、聞いているか?」
『は、はいっ!何でしょうか、カイ様?何か至らぬ点がありましたでしょうか?』
その途中で何かを思い出したカイは、近くの壁へと手を伸ばしてヴェロニカへと呼びかける。
早速カイに申し付けられた作業へと取り掛かっていたのか、モニターから聞こえてくるカイの声に驚いた様子を見せるヴェロニカは、何か失敗でもしてしまったのかと恐る恐る尋ねていた。
「いや、そうではない。回復したスケルトンが、再配置されないようにしてもらわないとなと思ってな。彼らは帰り道には敵は現れないと考えていた、それを裏切る訳にはいかないだろう?」
『あぁ・・・なるほど、畏まりました。それは・・・これから倒される魔物も同様の処理を?』
「そうだな、頼む」
『ははっ』
回収され、回復した魔物は基本的に配置されていた場所に再配置される。
しかしそれではクリス達が考えていた、帰り道の安全が保障されなくなってしまう。
そのためその設定は解除する必要があった。
それをヴェロニカへと申し付けたカイは、自らの考えの抜けていた部分を修正する彼女の提案にも即座に頷いていた。
「いやぁ、やっぱりヴェロニカは優秀だな。そうだよな、これから倒される奴の設定も解除しとかないと不味いもんな」
壁から手を離し、自らの部下の優秀さに感心した声を漏らしていたカイは、そのままダンジョンの奥へと向かっていく。
「あれ?でもこれって、向こうに帰れなくないか?だって基本的にずっと一本道だもんな」
クリス達の後を追ってダンジョンの奥へと向かおうとしていたカイは、その途中にある事実に思い至り足を止めてしまう。
それはクリス達が前にいる限り、彼はヴェロニカ達の待つ最奥の間に戻れないという事実であった。
「あー・・・不味ったなぁ。ダンジョンに所属する者だけが通れる隠し通路とか、用意しとくべきだったなこれは。なんか色々と使い道ありそうだもんな、それ。うん、次からはそうしよう」
クリス達と遭遇する事なく、最奥の間に至る道がない状況に、カイは失敗してしまったダンジョンの構成を反省する。
これからもダンジョンに外部の者がいる状況で、自由に動きたい場合などあるだろう。
それを考えればダンジョンに所属する者だけが通れる通路を作るのは、必須の課題とも言えた。
「次はそれでいいとして、今はどうするかなぁ・・・まぁ、歩きながら考えるか」
このダンジョンをより快適な環境へと変えるアイデアを思いついたカイも、今目の前に立ち塞がる問題はどうする事も出来ない。
そう急いで戻らなければならない理由もない彼は、適当な諦めを告げると、そのままぷらぷらと前へと進み始めていた。
その前方に、クリス達の気配はない。
彼らの下に追いつくまでには、何かいい考えが思いついているだろうと、彼は気楽に足を進め続けていた。
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