一方その頃セッキ達は 3
「人間だ!人間がいたぞっ!!」
新たな指針を打ち立てて薬草採集へと邁進しようとしていたレクス達は、どこかから聞こえてきたその声に驚き顔を上げる。
その声は彼らから遠く離れた場所から聞こえてきており、その言葉が伝える存在が確かに見つかったのかは分からない。
しかしざわざわと広がっていく動揺に、嘘ではない様に思われた。
「あぁ?人間を見つけただぁ・・・ったく、旦那から騒ぎは起こすなって言われるのに。おい、てめぇら!!手は出すんじゃ―――」
人間を見つけたと叫んだのは、ゴブリンだろうか。
その浮かれた声は、暗に今の作業への不満を表現している。
その声に顔をそちらへと向けながらうんざりとした表情を見せたセッキは、面倒臭いことになると察してそれらをすぐに制止しようとしていた。
「やった!当たった!!おい、お前らもどんどんやれ!あいつ、弱ってるぞ!!」
しかし、それはもう遅い。
すでに行動を起こしてしまった彼らは、どうやら見つけた人間に危害を加えてしまったらしい。
彼らはそれを声高に叫んでは、周りの者達にも焚き付けている。
その声にセッキはその巨大な手の平で顔を覆うと、深々と溜め息をついていた。
「あぁ~あ、やっちまったよ。はぁ、旦那にどうはなしゃいいんだか・・・」
まだ信用していない新参者の魔物達を外に出すのだから、カイは彼らがトラブルを起こさないようにとセッキに厳命していた。
そのためそれを破ってしまった者達の浮かれた声に、セッキは絶望し頭を抱えて落ち込んでしまう。
この場に通りがかった人間など、どうなっても彼は気にもしない、しかしそれが主人からの厳命となれば話も違ってくる。
セッキは襲われた人間の安否などよりも、この後どう主人に言い訳しようかを考えていた。
「それより今はっ!おい、てめぇらぁ!!そいつに手を出すんじゃねぇ!!ぶち殺されてぇのか!!!」
現実逃避にも似た心境に陥っていたセッキは、すぐにそれから抜け出すと今やるべき事を思い出す。
彼が頭を抱えている瞬間にも、襲われている人間はその傷を増やしているだろう。
通りがかった人間がどんな人物かは知らないが、その一瞬が致命傷になるかもしれない。
セッキはその声を張り上げると、彼らを襲う者を止めようと一喝していた。
「はははっ!!あいつら背中見せて、逃げてってるぜ!馬ぁ~鹿、逃がすわけねぇだろうが!ぎゃははは!!!」
セッキの一喝も、一方的な暴力の興奮に頭をやられている者達には届かない。
彼らの姿はここからでは見えないが、その笑い声に相当数の者がそれに参加していることは分かる。
それを考えれば、襲われている人間の命はもって後数分といったところだろうか。
もちろんそれは、彼らがそれをいたぶる事を望めばの話ではあるが。
「フィアナが行ってこよーか?」
「おおっ、頼めるか!?」
「ういういー」
もはやどうする事も出来ないと諦めかけていたセッキに、彼の首へとぶら下がっては身体を伸ばしているフィアナが、手伝おうかと提案してくる。
その提案にセッキはすぐに飛びつき、彼女に縋るような視線を向けていた。
その視線も、いつまで彼女の姿を捉えていられただろうか。
セッキからの頼みを受けたフィアナは、気の抜けた了承の声を残して彼の目の前から消えてしまっていた。
「襲われた人間が死にそうなら何とかしてやってくれ。そうじゃなければ、適当に追い払ってくれればいい!そいつらを襲った奴らは・・・好きにしちまっていいぞ!」
「りょうかーい!」
たとえ目の前から消えてしまっても、彼女がこちらの声を聞き逃さないことは分かっている。
適当な方角を向いてはより細かい指示を出したセッキに、フィアナは気楽そうな様子で返事を返していた。
「ぎゃはははっ、そらそら!!避けないと死んじまう、ぞぁっ!?」
「何だ、どうしぐはぁっ!!?」
フィアナが目の前から消えてから、その悲鳴が聞こえてくるまでの時間は短い。
そしてその悲鳴が響き渡っている時間すら短く、気づけば周辺は静まり返ってしまっていた。
「終わったよー」
「おぅ、そうか。で、襲われてた奴はどうだった?」
「うーん・・・なんか大丈夫そうだったから、適当に追い払ったよ?」
「そうかそうか、ご苦労さん!」
一瞬の内に暴れている連中を制圧したフィアナは、出て行った時と同じようにいきなり目の前に現れている。
それを特に気にした様子もないセッキは、彼女に襲われていた人間がどうなったかを尋ね、大丈夫そうだという彼女の話にほっと胸を撫で下ろしていた。
「えへへー、フィアナ頑張ったでしょ?褒めて褒めてー!!」
「おぅ、頑張ったな!偉いぞ、フィアナ」
返り血どころか、汗の一つも掻いていないフィアナは、再びセッキの首へとぶら下がると褒めて褒めてと頭を擦り付けている。
そんな彼女の頭を、セッキはその大きな手の平でかき回してやっている。
フィアナもその乱暴な感触にくすぐったそうに笑い声を上げると、わしゃわしゃと騒ぎまわっていた。
「・・・なんだ、ありゃ」
「・・・ははは」
その一部始終を眺めていたレクスとニックは、フィアナの現実離れした力に圧倒され、呆けたように固まってしまっていた。
見れば彼らの周辺で薬草を収集していたゴブリン達も、皆同じような表情で固まってしまっている。
「・・・薬草集め、頑張ろ」
「・・・そうだな」
ポツリと呟いたレクスの言葉に、ニックは素直な賛同を返す。
薬草採集へと戻った、彼らの動きは素早い。
それは目の前で繰り広げられた光景に、もはやそれしか生き残る術はないのだと、まざまざと見せ付けられたからだろう。
もはや口を開く者すらいなくなった森に、草を摘む小さな物音だけが響き続ける。
コロコロと鳴り続ける、フィアナの笑い声を除いて。
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