意外な結末に三人は修正を急ぐ 1
緊張した空気が漂っている最奥の間は、唾を飲み込む音だけが響く。
それはその部屋の中に浮かぶモニターと、そこに映る映像を見れば分かるだろう。
そこには今まさに、バラバラになって崩れ落ちていくスケルトンの姿が映っていた。
「意外な結末でしたなぁ・・・」
「そうね、思っても見なかったわ・・・少し、羨ましいわね」
崩れ落ちていくスケルトンの姿に、ダミアンはしみじみとその感想を漏らしていた。
ヴェロニカも彼の言葉に同意する意見を述べるが、彼女の本心はその最後に呟いた言葉に篭っているだろう。
最後まで意中の女性を守って戦った少年の姿に、ヴェロニカはうっとりとした羨望の瞳を向けている。
彼女はその濡れた瞳をチラリチラリとカイに向けては、意味ありげな表情を作っていたが、目の前の光景に夢中な彼がそれに気づくことはない。
「・・・もう撤退させていいんだよな?なぁ、そうだよな?」
「そうですなぁ、今なら多少不自然なぐらいに誤魔化せるでしょう」
「よし、撤退だ!撤退撤退!!」
カイはそんな事よりも、とにかく一刻も早くスケルトン達を撤退させたくて仕方なかったのだ。
のんびりとした雰囲気でそれぞれに感想を述べていた部下達に、カイはコンソールへと手を伸ばしながら問い掛ける。
彼の言葉に、ダミアンは問題ないでしょうと話す。
それを聞いたカイは、すぐさま指を動かすとスケルトン達に撤退の指示を送っていた。
「ふぅ・・・何とか間に合ったか」
撤退の指示を出し終えたカイは、ほっと胸を撫で下ろす。
彼の視線の先のモニターでは、ハロルドに泣きついているアイリスへとその得物を振り下ろそうとするスケルトンの姿が映っていた。
「いやはや素晴らしいタイミングでございましたなぁ、カイ様。後一拍でも遅れておったら、彼らの身も危うかったでしょう。お見事にございます」
「ん?そ、そうか?まぁ、それほどでもあるかな?はははっ!」
カイの素早い撤退の指示に、ダミアンは賞賛の言葉を述べている。
実際の所、彼の指示が少しでも遅ければ、アイリスやクリスが致命的な一撃を受けていたかもしれない。
ハロルドにかまけて隙だらけだったアイリスもそうだが、スケルトンに組み敷かれ一方的な攻撃を受けていたクリスも、いつ危険な一撃を食らうか分からなかったのだから。
「目にも留まらぬ素早い操作、御見それいたしました。流石はカイ様でございます」
自らの不慣れな操作と比べて圧倒的な速さを誇るカイの端末操作に、ヴェロニカは彼へと尊敬の視線を送っている。
彼女からすれば、カイの操作速度はまさに魔法とも言えるものであろう。
この世界では全く見たことも聞いたこともないようなものを、一目見た瞬間から自在に扱ってみせたカイの姿に、ヴェロニカは彼に対する崇拝の気持ちをまた一段と強くしていた。
「はははっ、ありがとうありがとう。ヴェロニカも、早くこれぐらい出来るようにならなければな」
「はい!精進いたします!!」
ヴェロニカの尊敬の視線はむず痒くて、思わず頭を掻いてしまう。
彼女の言葉におだて上げられたカイは、先達者の自信を覗かせては早くこちらまで上がってこいと彼女へと声を掛ける。
背中を撫でた彼の手に、両手を握って気合を新たにしてみせたヴェロニカは、元気良くそれに答えていた。
「おっと、そんな事よりも・・・その先の展開をどうするか考えないとな」
部下からの賞賛に上機嫌となっていたカイは、それ所ではない状況を思い出すと急に表情を引き締め直す。
最初の戦いこそ何とか切り抜けたクリス達だが、その被害は甚大だ。
しかも彼らの戦力は、予想を大きく下回っている。
それを考えれば、この先のダンジョンの構成を一刻も早く変更しなければならないだろう。
短い時間でそれを考える自信のないカイは、優秀な部下達にそれを手伝ってもらおうと、そっと話題を振ってみる。
しかしそれに返ってきたのは、ダミアンの渋い表情であった。
「それは・・・先ほどの戦いを考えて、この先の難易度を下げるという事じゃろうか?それには賛成しますが・・・しかし、彼らはこの先も進んでくれますかの?」
「彼らがこのまま帰ってしまうと?それは・・・困るな」
カイの言葉の意図をすぐさま理解したダミアンが口にしたのは、クリス達がこのままダンジョンを後にしてしまう可能性であった。
初めての冒険の高揚感も、命の危険の前では霞んでしまう。
彼らが直面した危険は、その探索意欲を失わせるには十分のものであろう。
ダミアンに言われて初めてその可能性に思い至ったカイは心底困り果て、それをそのまま口にすることしか出来ずにいた。
「今の内に、ダンジョンの入り口を塞いでしまいましょうか?魔物を配置するのもいいかもしれません、強力な魔物であれば彼らもそこを通ろうとは思わないでしょう」
カイの困った表情を目にしたヴェロニカは、すぐさまクリス達を帰さないような方策を考え出す。
それは物理的に彼らを閉じ込めてしまう方法であり、カイが求めるものとは方向性が違ってしまっていた。
「いや、それは確か出来ない筈だ。外の者がダンジョンにいる場合、幾つかの操作が出来なくなるとマニュアルに・・・魔物を配置するのは可能だったか?」
ヴェロニカの発言にそれは不可能だと答えたカイは、入力端末をあれこれと弄ってはマニュアルを探している。
彼が以前読んだダンジョンのルールでは、外から来た人間が内部にいる場合はダンジョンの構成を弄れなかった筈だ。
それは外から来た魔物達によっても実証されている。
彼らがダンジョンに来て間もない頃、ダンジョンの構成を弄ろうとしてうまくいかず、延々と頭を捻っていた記憶がカイにはあった。
それは彼らをダンジョンに所属する魔物として登録することで事なきを得たが、クリス達がダンジョン内にいる今は、それが不可能な事には変わりはない。
「まぁいい。それよりもヴェロニカ、私はあまりそういう事はしたくないんだ。彼らにはこのダンジョンを楽しんで帰って欲しい。閉じ込めるというのはあまり、な・・・」
ダンジョンの構造を弄るのは不可能でも、クリス達がいないエリアに魔物を配置するのは可能だった筈。
それを確認するためにマニュアルを探していたカイは、中々見つからないそれに諦めを口にすると、ヴェロニカに語り掛ける。
カイの目的はあくまで、クリス達にこのダンジョン探索を楽しんでもらう事だ。
それを考えれば、ヴェロニカの案は彼の意図に完全に反したものであろう。
それでもその案が自らの事を思ってのものだと分かっている彼は、優しい口調で彼女に苦言を呈していた。
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