カイは一人、輝かしい未来を想像する
「はぁ~・・・何とか凌ぎきったぁ。っと!不味い不味い、ここだと聞こえちゃうかもしれないな」
閉めた扉に体重を預けて、安堵の吐息を漏らしていたカイは、慌ててそこから距離を取る。
彼からすれば気の抜いた言葉を中の部下達に聞かれるのも問題だったが、これから部屋の中で行われる話し合いも出来れば耳にしたくないものであった。
「しかし・・・なんか思ったより、皆大人しかったな。正直、魔王の側近ていう地位がなくなったら一気に襲い掛かってくるかもとか思ってたんだけど・・・いや、俺より強い部下しかいないとか、有り得ないでしょ、マジで」
魔物の上下関係というのは、基本的に実力の上下によって決まるものである。
そのため彼の部下達のように、上司より圧倒的に強大な魔物が下につくというのは珍しいケースであった。
それでも魔王軍という組織の中にあり、より強大な魔王の庇護下にあった今までは、まだ地位や立場というもので保障されているという部分もあり、安心できた。
しかしそれがなくなった今、彼を身を守るものはないといっても等しい。
そのため先ほどの部屋での出来事は、彼にとってまさに針のむしろと言っていい状況であった。
「思ったより、信頼されてたのかなぁ・・・しかしその理由がただの偶然だったと知ったら、あいつらどう思うのかな・・・うっ、お腹が!いて、いてて・・・」
先ほどの部屋でのやり取りで、部下達が示したのは彼に対する厚い忠誠心であった。
それに感動したい所ではあるが、彼らの忠義の理由がただの偶然でしかない事を知っているカイにとっては、それは寧ろお腹を締め付けるストレスとなっていた。
「しかし、あいつら・・・忠義に厚いのはいいけど、反乱とか正気か?出来る訳ないでしょ、だって相手はあの魔王様だぞ?どう考えても、勝てる訳ないじゃん!」
お腹を抱えて廊下の隅に蹲るカイは、先ほどの部屋で部下達が口走っていた反乱という言葉を思い出して、さらに顔を青くしていた。
確かに彼も自らの部下に、分不相応と言えるほどの強力な魔物が集まっていることは知っている。
しかしそれは、あの強大な魔王様に敵うほどではないと、彼は自信を持って確信していた。
「大体セッキの奴が言うのは分かるよ、あいつも滅茶苦茶強いしね。でもなんで、ヴェロニカや他の連中までそれに乗っかるんだ?ヴェロニカなんて、ちょっとアンデッドの扱いが得意な、か弱い女の子じゃないか」
単純な戦闘能力だけに特化しており、それ以外に取り得のないセッキは実の所、彼の部下達の中でも総合的に見て弱い部類に入る。
しかしその分かりやすい強さは、カイからするととても強大に思え、彼はセッキの事を部下の中で最強の男だと認識していた。
逆に、彼女のネクロマンサーとしての能力の全貌を知らないカイにとっては、ヴェロニカはただのか弱い女の子に過ぎなかった。
勿論、そのか弱い女の子がその気になりさえすれば一人でこの魔王城を落とせるなど、想像することすら出来ない。
「はー・・・それにしても、ダンジョンマスターかぁ。ちょっとワクワクしてくるなぁ!このまま魔王の側近として成り上がって、どうにか人類の味方をしようとかも考えてたんだけど、正直難しかったからなぁ・・・ほら、裏切ったってばれると、即殺されちゃうからさ、俺」
一頻り愚痴を吐き出しきって満足したのか、蹲っていた背中を廊下の壁へと預けたカイは、そのままそこに座り込んでいた。
彼は今回の辞令によって、変更を余儀なくされた人生プランについて思いを馳せる。
それはつまるところ、いかにして人類の味方をするかというものだった。
「でもダンジョンマスターなら、とりあえず食うには困らないよな。それに、それにだよ!うまい事ダンジョンを運営すれば、冒険者を呼び込んで彼らをこっそり強化したり出来るじゃん!!」
せっかくここまで上り詰めるために頑張った努力が、全部ふいになってしまったことを思い返し、暗い表情となっていたカイはしかし、これからの未来を思い描いて顔を上げる。
ダンジョンマスターという立場は、彼にとってとても魅力的なものだった。
それはそれが、彼がかつて生きた世界でゲームとして体験した立場という事もあるが、それ以上に直接的に人類、特に冒険者という人材を育てられることにある。
ダンジョンマスターともなれば、その中の魔物やアイテムの配置など自由自在に操れる筈だ。
それを工夫すれば、効率よく冒険者に経験値を稼がせたり、レアなアイテムを授けるという事もできる筈である。
彼はこれからきたるべく、輝かしい未来を想像しては瞳を輝かせていた。
「これはいけるんじゃないか?ひょっとして俺、人類救済の陰の功労者になれちゃう?俺が育てた冒険者が、魔王を倒しちゃったりして!!うぇへへへ・・・」
輝かしい未来を想像するカイは、自らのダンジョンで育った冒険者が魔王を打倒する場面を妄想しては、頬を緩ませる。
彼は頭の中で、その冒険者を陰から見守り、そっと立ち去って行く自らのクールな姿もばっちりと思い描いていた。
「カイ様、皆決意が固まったようです。部屋のお戻り願いますか?・・・カイ様?」
「お、おぅ!すぐ行く!」
ヴェロニカの声に現実へと引き戻されたカイは、慌てて立ち上がるとくしゃくしゃになった衣服を軽く整える。
すぐさま駆け出そうとしていた彼はしかし、上役の余裕を持ってゆっくりと歩いていくことに決める。
その足取りは次第に遅く、重たいものへと変わっていた。
「はぁ~・・・それにしても、どれくらいがついて来てくれるのかなぁ。いや、身の安全を考えれば誰もついて来ない方が・・・それはそれで、寂しいしなぁ」
部下達の去就が気になるカイは、それについてぶつぶつと独り言を漏らしながら、歩みを進める。
その足取りはさらに遅く、重たいものへとなっていった。
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