ダミアン・ヘンゲは焦らない 3
「確かに今のままでは苦しいじゃろうな。しかし考えてみぃ、彼らは三人パーティ・・・もう一人、手が空いておる者がおるじゃろう?」
「もう一人?それって、アイリスとかいう女の子の事?」
ヴェロニカの言葉に頷いたダミアンは、更なる考えをそっと指し示す。
彼が示した存在は分かりやすく、ヴェロニカもそれにすぐに気づいて彼へと確認の視線を送る。
二人が見詰める先では、アイリスがその長い杖を振るってポカポカとスケルトンを殴り続けていた。
(ふ~ん、アイリスを使うのか。しかし彼女の腕力じゃ、大して戦力にもならないと思うけどな?彼女はヒーラーではあるんだろうが・・・今まで使わなかったことを思えば、浄化系の魔法は扱えないようだしな)
アイリスの無駄な抵抗に冷めた視線を送るカイは、彼女をどう使うのかと首を捻っている。
アンデッドに有効な浄化の魔法を彼女は扱えないようであるし、カイには彼女をうまく使う方法が思いつかなかった。
「でも、彼女をどう使おうというの?彼女には悪いのだけど、現状戦力になっているとは思えないし・・・」
「なに、簡単なことじゃよ。彼女には囮になってもらえばいい。その間にあの少年が魔法でスケルトンを倒してしまえば、それで一気に形勢逆転よ。どうじゃ、簡単じゃろう?」
カイと同じく、アイリスのうまい使い方を思いつかないヴェロニカの疑問に、ダミアンは簡単な事だと笑いかける。
彼はその笑顔のままで、彼女を囮に使う作戦を語っていた。
(なるほど、確かにこの編成であればそうするのが正解かもな。クリスは頑張っているが、敵を引きつけるのがやっとで、アイリスには敵に対して有効な手がない。そうなれば唯一敵を仕留められる、ハロルドを如何に自由にさせるかっていう話しだもんな。ん?でもそうなると、彼らは何でそうしないんだ?明らかにそうするしかないって分かりそうなもんだが・・・)
ダミアンが語る作戦に彼らへと背中を向けながら納得の仕草を見せていたカイは、その道理の通った考えに、逆に何故クリス達がそれをしないのかと疑問に感じていた。
彼らのパーティの構成を考えれば、ダミアンの案が今の状況を切り抜ける最適解の筈だ。
別に取り立てて突飛な考えでもないそれを彼らが実行しない理由が分からず、カイはひたすら首を傾げてしまっていた。
「なるほど。確かにそれならば、間違いなく彼らは勝利出来るでしょうね。でもそうすると、彼らは何故それをしないのかしら?別に難しい事でもないと思うのだけど・・・?」
「ふぉっふぉっふぉっ!ヴェロニカ、お主には分からんのか?彼らには、いや彼にはそう出来ん理由があるのよ。ほれ、良く彼らの動きを見てみぃ。お主にも分かるじゃろうて」
カイと同じ疑問を感じたヴェロニカが、それをダミアンへと尋ねている。
ダミアンはそれにとても愉快そうな笑い声を上げると、モニターの一点を指し示していた。
そこにはアイリスにスケルトンの攻撃がいかないように、必死に身体を張っているハロルドの姿が映っていた。
(ん~?ダミアンは、何の事を言ってるんだ?ハロルドは単純にヒーラーを庇ってるだけなんじゃ・・・ゲームなんかでもヒーラーが死んじゃうと一気に詰みだからな、彼の判断も間違ってはいないだろうし。確かにこの状況じゃ、それは悪手なんだけど。いや待てよ、彼らのパーティ構成にハロルドのあの動き・・・ははぁんなるほど、そういう事か)
元の世界でゲームを遊んだ時の記憶を思い出し、ハロルドの動きは当然の事じゃないかと考えるカイは、彼の動きや表情をつぶさに観察する事である事実に思い至っていた。
それはゲームによってはそもそも存在しない要素であるが、現実では絶対的な影響を及ぼしてくる感情である。
その感情の名を、恋慕という。
「あぁ・・・なるほど、そういう事。確かに彼には、それは出来る訳ないわね」
「然り。いやいや、青い青い。じゃが、あの年頃では致し方ない事であろうよ。惚れた女子にいい格好を見せたいというのは、男の子の本懐。止めろと言われて止められるものではなかろうよ」
ハロルドの動きを良く見てみれば、執拗なほどにアイリスに危険が及ぶの避けている。
それはまるで、指先一つ触れさせはしないという態度だった。
パーティにとって最重要な存在であるヒーラーを守るためというには、それはいささか過敏すぎる扱いだろう。
つまるところその動きは、彼の個人的な感情に基づいたものであった。
つまり、好きな女の子に傷を負わせたくないという、ほんのささやかな我が侭だ。
「でもあれでは、貴方の考えは実現しないのでなくて?」
「そうじゃのう・・・これ以上状況が悪くなる前に、あの少年がそれに気づいてくれればいいんじゃが」
ハロルドの行動の意図に気づいたヴェロニカは、それでは駄目ではないのかとダミアンに尋ねている。
彼はその問いにお手上げだと両手を上げると、困ったように頭を左右に振っている。
智謀に長けるダミアンからしても恋の病には為す術がないと、彼は溜め息を吐くように諦めを口にしていた。
「今は彼らを見守るしかないという訳ね。あぁ、だからカイ様があそこにおられる必要があったのね」
「その通りじゃよ、ヴェロニカ。今の状況ではいつ切迫した事態になるとも分からん。その時は、無理矢理にでもスケルトン共を撤退させるしかない。カイ様にはその辺りの見極めをお願いしておるのよ」
こちらから下せる手がないと分かり、脱力した様子を見せるヴェロニカは、ふと顎に手を添えるとカイへとその視線を向けていた。
彼女の考えに肯定を示したダミアンは、カイにモニターを監視させていた理由を語り始める。
二人からの突然の注目に戸惑っていたカイは、その言葉にようやく納得がいったと僅かな動揺から立ち直っていた。
(あぁ。そういう事だったのね。だったらもう撤退させても良くない?なんかもうやられちゃいそうなんだけど・・・う~んでも、二人の落ち着きを見る限り、まだ大丈夫って事なのかなぁ?)
訳も分からずとりあえず説明から逃げるためにモニターへと齧りついていたカイは、ようやくその意図を知って納得の吐息を漏らしていた。
ダミアンは撤退をタイミングを。カイへと任せたと語っている。
それならば今すぐ撤退させてもいいんではないかと、彼はコンソールへと手を伸ばすが、後ろの二人の落ち着きようを見れば、それはまだ早すぎるのではないかと思われた。
「見極めか・・・ダミアン。私はもうスケルトン達を撤退させてもいいと思うのだが、君はどう思う?」
「それは・・・少し時期尚早でしょうな。スケルトンの一体でも彼らが倒せば、形勢不利と見ての撤退という事も装えるとは思えますが・・・」
今にもやられてしまいそうなクリス達の姿に、一刻も早くスケルトンを撤退させたいカイは、それをダミアンへと窺っている。
ダミアンはカイの問い掛けに静かに首を横に振ると、それは難しいと否定の言葉を告げる。
彼の見立てでは自然な撤退をするために、少なくともスケルトンの一体は倒される必要があるとの事だった。
「それまでは見守るしかない、か・・・」
ダミアンの見立てに反論が思い浮かばないカイは、冷静な態度でモニターへと顔を向ける。
そこには一方的に殴られ続けている、ハロルドの姿が映されていた。
部下の手前、取り乱した姿を見せられないカイは、静かに手の平を握って彼らに祈りを捧ぐ。
どうか生き残ってくれと。
モニターの向こうでは、まさにクリスがその得物である木の棒を弾き飛ばされている所であった。
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