ダミアン・ヘンゲは焦らない 1
クリス達の戦いをモニター越しに見詰めているカイは、その手に汗を握っている。
一進一退の攻防であったならば、まだ余裕を持って見てもいられたが、どう考えても分の悪い勝負に彼はハラハラとした気持ちを抑えることが出来ずにいた。
「て、撤退させた方が良くないか?そうだ、そうしよう!」
一方的に押し込まれつつ彼らの姿に、辛抱堪らなくなったカイはスケルトン達を撤退させる事を決断する。
心情から言えばモニターに齧りつきで観戦したかった彼も、部下の手前席に背中をつけてそれを見守っていた。
そのため撤退を指示するコンソールには、すぐには手が届かない。
彼は席を立ち上がると、足早にダンジョンコアへと向かっていく。
「そうですね、その方がよろしいかもしれません」
「そうだろうそうだろう!よし、早速―――」
カイの行動に、ヴェロニカはすぐさま賛同の声を上げる。
彼女の肯定に機嫌よく頷くカイは、ダンジョンコアへと辿り着くとすぐにコンソールを開く。
空中に展開したキーボード状の入力端末に、カイは指を這わせると早速スケルトン達を撤退させる命令を下そうとしていた。
「それは止めた方が良いのではないじゃろうか」
焦りのためか操作に手間取ってしまうカイの背中に、ダミアンの声が届く。
それは彼の行動を諌めるものであった。
「ダミアン?何故だ、このままでは彼らが死んでしまう。まさか・・・今更、今回の計画に反対だったとか言わないよな?」
彼の言葉の意味が分からないカイは、それでも一旦その指を止めていた。
振り返った先のダミアンはそのピンと張った長い髭を撫でては、何か腹に一物を抱えているような表情を見せている。
その表情にカイは彼の不満を感じ取り、若干焦った声色で彼の真意を問い掛けていた。
「いやいや、まさかそのような事はこれっぽっちも思ってはおりません。寧ろその逆ですじゃ・・・ここであれらを退かせては、不味い事になるのではと思ったまででございます」
「・・・どういう事だ?このままでは彼らは返り討ちにあってしまう、それより不味い事なんてあるのか?」
カイの疑念に、ダミアンはそんな事はありえないと否定する。
彼は自らの発言は、あくまでカイの意に沿ったものであると強調する。
彼の持って回った言い回しを理解出来ないカイは、彼の言葉に耳を傾けながらも、今にもコンソールに指を伸ばそうと、それを落ち着きなく動かしていた。
「いやなに、スケルトン共は今まさに勝ちに入っているところ。そこをいきなり退いてしまっては、あまりに不自然。彼らにもいらぬ疑いを抱かせてしまうでしょう、今はまだ静観なさるべきかと」
「た、確かにそうかもしれないが。しかしだな・・・」
ダミアンは今スケルトン達を引かせるのは、あまりに不自然だとカイに忠告する。
確かに彼の言葉は道理に適ったものに感じられたが、カイはそれ以上にクリス達がやられてしまう事を恐れていた。
静観を勧めるダミアンの言葉にも、彼はチラチラとモニターを見やりながらコンソールに指を伸ばしている。
その視線の先では、クリス達がさらに苦しい状況へと追い込まれようとしていた。
「ダミアン、確かに貴方の言う事にも一理あると思うわ。でもこのまま静観して、彼らが死んでしまっては元も子もないでしょう?・・・貴方の事だから、何か考えがあるのではないかしら?」
「な、なるほど!そういう事かダミアン!ふふふ・・・お前も中々、意地が悪いな」
ダミアンの意見にも、ヴェロニカはカイの考えを支持する姿勢を崩さない。
しかし彼女はダミアンの言葉の裏に、別の意図があるのではないかと考えていた。
彼女の言葉にようやくその事に思い至ったカイは、コンソールから離した指を口元へと当てては、まるで始めから分かっていたとでも言いたげな態度を見せている。
「いやいや、ご謙遜を・・・わしの考えは危険が伴うもの、場合によってはすぐにスケルトン共を引かさねばなりません。カイ様はそれを分かっておったのでしょう?」
「んんっ!?ま、まぁな・・・そういう部分もあったかな」
カイの先ほどまでの振る舞いを、分かっておりますとダミアンは頷いてみせる。
彼はカイの行動が、自身の考えを理解した上での振る舞いだったと解釈する。
しかしそれが何の事だかさっぱり見当のつかないカイからすれば、ただただ知ったかぶりをした態度を見せる以外に術がなくなってしまっていた。
(こいつは一体何を言っているんだ?しかし分からないとは言えない、一気に信望を失ってしまうかもしれないし・・・ていうかさー、何でこの人達、俺が全部分かってるみたいに話す訳?そんな訳ないでしょうが!本当、もう勘弁してくれよ・・・)
必死にそれっぽい言葉を紡ぎながら、カイはダミアンが言わんとしている事を推測する。
しかし彼の頭では老獪なダミアンの思考など読み解く出来る訳もなく、意味ありげな表情で佇む事しか出来ないでいた。
「流石はカイ様!そのような事まで、とっくにお見通しとは・・・その深謀たるお考えには、感服するばかりでございます」
「おおっ、そ、そうか・・・まぁ、そう言われるほどもあるかな。ふふふ・・・」
カイとダミアンのやり取りに、素直に感心した表情を見せ賞賛の言葉を述べてくるヴェロニカに、カイは思わず肩を跳ねさせてしまう。
ただただ知ったかぶりのポーズを取っているだけの彼からすれば、彼女の賞賛の言葉こそが心に刺さる一言であった。
「それで、その・・・お考えというのは、どのようなものなのでしょうか?私にもお教え願えませんか?」
「うっ・・・そ、それはだなぁ。えーっと・・・」
主人の考えを慮る事が出来ずに悔しそうな表情を作っているヴェロニカは、カイの方へと視線を向けると、縋るような仕草でその考えを教えて欲しいと懇願してくる。
カイが彼女のそんな視線から顔を背けたのは、何もその美しさにたじろいだからではない。
彼にはそれについて、何一つ話す事が出来ないからであった。
(えぇ・・・そんな事言われても無理だっての。だって俺にも分からないんだもん。てか、ヴェロニカの方が俺より頭が良いんだから、実はとっくに分かってて俺をからかってるんじゃ・・・?いや、それはないか。うぅ、可愛いなぁくそっ!そんな目で俺を見ないでくれ!なんか悪い事してる気分になるだろっ!)
僅かに身体を前に傾けた上目遣いで、カイへと懇願の瞳を向けるヴェロニカの表情は、色々あって年頃の女性が若干苦手な彼の心にも、刺さるものがあった。
圧倒的な美人が持つオーラ故か、顔を背けても何らかの圧力を感じる彼女の視線に、カイは静かに苦しみ続けていた。
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