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激昂する部下達

「こんなの、こんなの有り得ません!!」


 それなりの広さを持った部屋に、怒りに満ちた叫び声が響く。

 カイから渡された辞令の書類を握りつぶして震えるヴェロニカは、その美しい容貌を激しい怒りによって歪めてしまっていた。


「・・・内容をよく読んだのか?」

「勿論です!一言一句、間違いなく読み込みました!!でも読むべき内容はこの一文だけです、『カイ・リンデンバウム五席書記官にクラディス郊外のダンジョン、新月の道への転属を命じる』。あんな辺境への赴任なんて・・・これでは実質、追放ではありませんか!!」


 上役に与えられた辞令の書類を、そのまま破り捨ててしまいそうな雰囲気のヴェロニカに、カイは落ち着き払った様子で彼女を窘める言葉を放つ。

 その腰が深く体重を預けた椅子から浮いていたのに、気づいた者はいるだろうか。

 カイはドッペルゲンガーとしての能力によって、自らの顔を上書きし続けることで焦る表情を覆い隠していた。


「バカな!?追放だと!!?」

「おいおい、せっかく旦那の出世祝いの準備してったのに・・・台無しじゃねぇか」

「・・・ねぇねぇ、クラディスってどこ?ここから近い?」


 集まっている部下は、なにも彼女だけではない。

 ヴェロニカの丁寧に要点を伝える叫び声によって、事態を悟った部下達はそれぞれに怒りの声を上げていた。

 中にはよく意味が分かっておらず、周りの者の服の裾を引っ張っては解説を求めている者もいたが、それは極少数に過ぎない。


「こんな仕打ち、黙って受け入れる必要などありません!!即刻抗議を!いえ、いっそ・・・」

「へぇ、珍しく気が合うじゃねぇかヴェロニカ。いっちょ、やっちまうか?」

「なになに、なにかやるの?フィアナも入れてよー」


 周りへと伝播した怒りに勢いを加速するヴェロニカは、握りつぶした辞令を机へと叩きつけ、こんなもの否定すべきだと声を荒げる。

 彼女はもっと過激な事も仄めかし始め、それは彼女の後ろに控えていた大柄な角の折れた鬼、セッキによって後押しされてしまっていた。

 彼から比べれば圧倒的に小柄なフィアナが、その猫耳をピクピクと動かしながら彼へと纏わりついていたが、それはいつかセッキのあしらう腕の方へと夢中になっていた。


「い、いや待て、お前達。俺は―――」

「まぁまぁ待つんじゃ、お前さんがた」


 危ない方向へと話が進みそうだった空気を読み取り、慌てて制止しようと試みたカイの声は、どこかから響いたしわがれた、しかし妙に通りの良い老人の声によって掻き消されていた。

 その声の主はヴェロニカの怒声が響いた時からずっと、カイの机の上で丸まっていた猫であった。

 その猫は億劫そうに背筋を伸ばすと、近くに積み上げられていた本の上へと腰を下ろし、彼からすればまだまだ年若い仲間達へと向き直っていた。


「ん?カイ様、何か仰られましたか?」

「んん?いや、何も。続けて、ダミアン」


 自分の言葉が主の声を遮ってしまったのではと、すぐに気がついた二本足で歩く猫、ダミアンはカイへと振り返りその意図を窺う。

 しかし千年生きたとも、一万回別の生を送ったとも言われる目の前の猫の方が、自分よりも荒ぶる部下達を鎮めるのに適している判断したカイは、言葉を濁して彼へとその役割を譲っていた。


「なるほど・・・分かりました、カイ様。その役目、この老猫が引き受けさせて貰います」

「・・・ん?それは、どういう―――」

「魔王への反乱などという大事を、主の裁可なく考えてはいかんじゃろ?それにまだ今回の件について、カイ様のご意向を聞いておらんではないか。何をするにしても、まずはそれからじゃろうが。落ち着かんか、お前達」


 ただ単に、自分がやるべき責務を部下に放り投げただけのカイに、ダミアンはウインクをするとしたり顔で頷いて見せる。

 その仕草と彼が囁いた言葉の意味が分からないカイは、それを問いただそうとするが、その時にはすでにダミアンは彼に背を向け仲間達へと語りかけ始めていた。


「・・・確かに、その通りねダミアン。申し訳ありませんでした、カイ様」

「ちっ、言われなくても分かってんだよ爺さん!俺は最初から、旦那に窺うつもりだったぜ?」

「おじじは、賢いなー」


 ダミアンの言葉に、それぞれに反省の言葉を述べる部下達は、先ほどよりも落ち着いた様子となっていた。

 一人、フィアナだけが本の上で腰を下ろしているダミアンの顎の下を撫でては笑顔を見せていたが、彼女は始めから反乱の企てに関与していなかったようだから、問題ないだろう。


「えぇい、止めんかフィアナ!!まったく、お前はいつまで経っても・・・んん!それではカイ様、どうぞお話ください」

「・・・うむ、ご苦労」


 顎の下を撫でる感覚に、僅かな間悦に入ってしまっていたダミアンは、怒りと共にそれを振り払うとぶつぶつと文句を零す。

 彼はそのやり取りを誤魔化すように咳払いをすると、カイへと頭を垂れてその言葉を促していた。


「あー、そのなんだ・・・皆聞いてくれ。俺、いや私は・・・この辞令を受け入れようと思っている」

「しかし、カイ様!!」


 設えられた舞台に緊張するカイは、その言葉の始めを迷わせてしまうが、肝心の内容だけははっきりと断言していた。

 その言葉にすぐさま反感を示したヴェロニカを、カイは手を上げて制する。

 自らの主人の自信に溢れる仕草を目にした彼女は、続く言葉を飲み込んで大人しくなっていた。


「確かに、ここオールドクラウンからクラディスという辺境への赴任となると、追放だと言う者もいるだろう。しかし私はそうは思わない。私は今回の辞令を魔王の側近とは名ばかりの下っ端から、ダンジョンマスターという一国一城の主への出世だと捉えている」


 集まった部下達、一人一人へと目線を向けながら、カイは自分の考えをはっきりと述べる。

 その言葉が、怯えに震えなかったのは行幸だろう。

 それは真剣な表情を、作り出した顔によって誤魔化しているからできる行いであった。

 彼はドッペルゲンガーの能力によって、話す言葉だけに集中すればいい環境を作り出していた。


「旦那、あんたの言い分も分かる。しかしよぉ・・・」

「勿論、セッキの不満は分かる。大魔王様の勢力圏の中心から、何もない田舎へと赴こうというのだ。そこには不便や、危険もあるだろう。だから私は、皆について来るよう強制はしない。セッキ、君も残りたいのならば言ってくれ。私自ら、魔王様に掛け合ってこよう」


 不満を示してきたセッキに、カイはすぐさま向き直ると彼を宥める言葉を述べる。

 それは予め彼の不満を予測していたのか、淀みないものであった。

 しかしその内容に、セッキは目を剥くと眉を吊り上げる。

 それも無理はないことだろう、カイの言葉は彼らの忠誠を疑うものであったからだ。


「旦那ぁ、俺を舐めてるのか?俺はあんたを・・・」

「待ってくれ、セッキ。私は何も、君の忠誠を疑っているわけではない。今回の件が、それだけ重大な決断だと言っているんだ。だから一時の感情や、この場の流れだけで決めて欲しくない。他の皆もだ、一度良く考えて欲しい。私について来るのか、ここに残るのかを。勿論、残る者についてはその後の処遇を私が魔王様に掛け合うと約束しよう。それは安心して欲しい」


 何か、鬼気迫るオーラすら纏い始めたセッキに、カイは制止の手を向ける。

 その仕草に僅かに矛先を収めたセッキに、彼は丁寧に説得の言葉を続ける。

 それは次第に周りの全ての者へと向けられ、セッキに続いて声を上げようとしていた者達の言葉を詰まらせていた。


「・・・私は一度、席を外す。その間によくよく、考えて欲しい」


 席を立ち、退室していくカイを引き止める者はいない。

 沈黙が訪れた室内に、カイが閉める扉の音だけが、やけに大きく響き渡っていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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