支配者の振る舞いに新参者達は不信感を募らせる 2
「よし!じゃあ、もう少し奴らが行ってから・・・」
「駄目だよ?」
レクスの同意に足を叩いて喜んだニックは、身を乗り出して逃げ出していく他の連中の事を観察しようとする。
しかしその瞬間、彼の耳元で聞き覚えのない囁きが響く。
「なっ!?がっ!!?」
「ニック!?ど、どうしたんだ!?」
その声に驚き身を翻そうとしたニックはしかし、その動きの途中で何かに引っ掛かるように身体を止めてしまっていた。
彼の不自然な動きに驚きの声を上げたレクスは次の瞬間、その首筋に凍えるような冷たい感触を感じることとなる。
「このゴブリンさんは、悪いゴブリンさん?」
「き、君は・・・!?」
首筋に突きつけられた刃から喉を伸ばして逃れようとするレクスは、その耳に無邪気な声を聞くことになる。
その状態で目だけを必死に動かしても、見えるのは突きつけられたナイフと、それを握る指先だけだ。
しかしその声の響きに、相手が女性という事だけは分かる。
彼女が誰かと問い掛けたレクスは、せめて最後に聞きたかったのかもしれない。
自らの命を奪うのが、誰なのかを。
「ま、いっか」
後ろから語り掛けてきた声は、何か急激に興味を失った様子を見せると、レクスの首筋に突きつけたナイフを離す。
彼女はそれを地面へと投げつけると、レクスの影を縫い止める。
その瞬間、彼は身じろぎ一つ出来なくなっていた。
凍りついた彼の視界に、猫耳の少女の姿が一瞬浮かび、そして消えていく。
「おらぁぁぁっ!!!何逃げてやがんだ、てめぇらぁぁぁ!!!」
動けなくなってしまった身体にも、その吹き飛ばされてくる同族達の姿は見えていた。
身も凍るような叫び声と共にこの広間へと突っ込んできた巨漢の鬼、セッキはその身体全体で逃げ出したゴブリン達を吹き飛ばしている。
そのほとんどはすでに意識を失っており、床で僅かに蠢いている残りの連中も、もはや逃げ出す気力はないだろう。
それだけ圧倒的な気配をその鬼、セッキは放っていた。
「やれやれ、よもやこんな早くに逃げ出す者が出るとは。これだから、忠義のなんたるかを分からん連中は・・・」
セッキが猛烈な勢いで通り過ぎた道を、ゆっくりと歩く人影があった。
その一匹の二本足で歩く猫は、広間で震えている者達へと視線を送ると、ぶつぶつと何やら嘆いている。
「おい、爺さん。説教は後で聞くからよ、他の連中は?」
セッキが気にしているのは、逃げ出した残りのゴブリンだろうか。
確かに彼が吹き飛ばした数は多いが、それが全てではない。
「ほれ、そこに置いといたわい」
彼の問い掛けに、ダミアンは何もない空間を指差す。
一瞬だけ首を捻って見せたセッキも、そこに現れたゴブリン達の姿を見れば納得するしかない。
「どうやら私の出番はなさそうね」
ダミアンに続いてゆっくりと広間に入ってきた妖艶な美女、ヴェロニカはなさそうな出番に溜め息を吐く。
「あぁでも、何匹か殺してしまったら言って頂戴。私が再利用させてもらうから」
彼女は怯える魔物達に一瞬だけ視線を送ると、セッキに向かってなんでもない事かのように語りかける。
その内容と、彼女の石ころでも見るようなあまりに無機質な瞳に、広場に集まった魔物達は怖気を感じて震え上がってしまっていた。
「ねぇねぇ!逃げ出しそうな人を捕まえておいたよ!褒めて褒めてー!!」
「あら、偉いわねフィアナ。ふふふっ、くすぐったいわよ」
どこかから現れた猫耳の少女、フィアナはヴェロニカの胸に飛び込むと、褒めて欲しそうに頭そこに擦り付けている。
彼女の身体を受け止めたヴェロニカが浮かべる表情は、先ほどまで見せていたものとは明らかに違ったものだった。
「それじゃあ貴方は引き続き、逃げ出そうとする者がいないか警戒していてもらえる?」
「分かったー」
慈愛に満ちた微笑を浮かべながら彼女の頭を優しく撫でてやったヴェロニカは、一頻りその柔らかな感触を楽しむと彼女に新たな仕事を与える。
その指示に元気よく両手を掲げて答えたフィアナは、気づけば彼女の目の前から姿を消していた。
「後の事はお願いしてもいいかしら、セッキ?」
「おぅ、任せとけ」
突然目の前から消えたフィアナに、ヴェロニカは驚いた素振りも見せない。
彼女は身の毛もよだつ怒りのオーラを放ち続けているセッキに気軽に声を掛けると、後は任せたと立ち去ろうとしていた。
「私はこのままカイ様のお手伝いに向かおうと思うのだけど、貴方はどうするのダミアン?」
彼女が通る先には、自然と道が出来ている。
それは彼女の事を恐れてのものか、それともその傍らに続く猫の姿に怯えたものなのか。
ヴェロニカは上へと向かう道の途中、同じ方向へと歩いていたダミアンに話しかけると、その動向について尋ねていた。
「わしは、少し休ませてもらうよ」
「そう?じゃあ、体調が戻ったら上に来てもらえる?少し相談したい事があるの」
彼女の問い掛けに腰をトントンと叩きながら答えたダミアンは、そのまま彼女と分かれて別の方角へと歩き始める。
そんな彼にヴェロニカは後で上に来て欲しいと頼むが、ダミアンは手を軽く振っただけで、そのまま立ち去って行ってしまっていた。
「・・・なぁ、レクス」
「なんだい、ニック?」
フィアナが立ち去り、いつの間にか身体を拘束する力から解放されていたニックは、床に横になりながら相棒に問い掛ける。
同じような姿で横になっていたレクスは、疲れたような表情を浮かべる顔だけを彼の方へと向けていた。
「化け物は、あのおっさんだけじゃなかったんだな」
「・・・だから言ったろ?」
しみじみと諦め言葉を漏らすニックに、レクスは短く言葉を返す。
ニックが恐れていたのは、セッキという化け物だけだ。
レクスはそれよりもここの主、カイ・リンデンバウムの方が恐ろしいと考えていた。
それすら甘かったのだと、彼は天井を見上げる。
警戒し、想定していた力量を軽く上回る実力を垣間見せた彼の部下達に、レクスはもはや達観した気持ちすら抱いていた。
「お前らっ!!逃げ出すとはいい根性してんじゃねぇか!!覚悟は出来てるだろうなぁ!!!」
何かを諦めた表情で天井を見上げる二人のゴブリンの耳に、セッキの大声が響く。
その声に、彼らはこの先に待っているしごきを思い浮かべるが、もはやそれはどうでもいい事のように思えていた。
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